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流行と風化 — 高橋アキの〈Sequenza IV〉を聴きながら [音楽]

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イタリアの作曲家、ルチァーノ・ベリオ Luciano Berio に《Sequenzas》という作品集があって、これは40年以上にわたって各種の楽器のソロ演奏のために書かれた一連の作品群の集成である。どれもがセクエンツァという標題のもとに一定のイメージを持って書かれ、そしておそらくどれもが難曲である。

アメリカの mode records に、この全てのセクエンツァを収めた《The Complete Sequenzas, Alternate Sequenzas》というCDセットがあって、つまり1曲毎に異なる楽器のソロを、それぞれのソリストがまるで腕を競うように演奏したのが並んでいて、壮観といってもよいと思う。
この中で、ピアノ用のソロの〈Sequenza IV〉を弾いているのは現代曲のピアニストとして名高い高橋アキである。

高橋アキには、そのキャリアの初期に《高橋アキの世界 Aki Takahashi Piano Space》(1973) という作品集があるが、すべてが日本と海外との現代曲で占められていて、当時としてはかなり先進的なリリースだったのではないかと思われる。
この中に〈Sequenza IV〉があったのを思い出し、両方を聴き較べてみた。《高橋アキの世界》は1972〜73年の録音、《The Complete Sequenzas》は1999年2月24日録音となっている。

最初の部分はどちらもほとんど同じようである。ただ後の録音のほうが、録音機器そのものの進歩もあるのかもしれないけれど、ピアノの和音の出し方に深みがあって、成長というか熟練を感じる。しかし中間部に行くにつれて、まるで違う曲のように聞こえる。現代曲の記譜法には、どのようにも解釈できる、つまり演奏者によって全く異なる演奏になる可能性のある曲も多いし、同じ演奏者でもその時によって異なってしまう曲も存在する。偶然性に依存する作品もあるし、ジャズのインプロヴィゼーション的な演奏を要求する曲もある。
そうした中で、このベリオの曲がどの程度のフレキシビリティを持っているのかはわからないが、それほどの自由度がある作品には思えない。それなのになぜ違った印象を持ってしまうのか。

若い頃の高橋のセクエンツァを聴いていて連想したのはジャズ・ピアニストのセシル・テイラーの演奏である。音の出し方とかタイム感が驚くほど彼のソロピアノの演奏に近い。痙攣するように交互に鳴らされる2つの音をきっかけとして、執拗に、少しずつ変奏されていくような曲構造も、当時のセシル・テイラーに似ている。
それは例えば〈Indent〉〈Silent Tongues〉〈Air above Mountains〉といったソロ・アルバムの時期で、録音日は順に1973年3月11日、1974年7月2日、1976年8月20日であるが、〈Sequenza IV〉は作曲年代こそ1966年だが、《高橋アキの世界》の録音は1972〜73年であり、時代的には同時期である。
ところが1999年のセクエンツァはそうした連想に至らない、何か異なる印象を持っている。各音が十分にこなれていて、瞬発的、刹那的でないのである。

ついでにこの1973年のアルバムに収められたセクエンツァ以外の曲を聴いてみると、現代曲においてもその時代に沿った一種の流行を感じ取ることができる。たとえばクセナキスやシュトックハウゼンの曲を聴いても、少し時代を経た特有の音の使い方を感じる個所がある。
さらにもっと極端に時代性を感じさせる曲もあって、それらはまるで古びた流行歌のように、いまではその時代特有の香りだけを発散していて、その時代に取り残されてしまった亡霊のようでもある。現代曲がクラシックというジャンルに属しているとして、クラシック音楽とは恒久的な内容を常に持っているのかといえば必ずしもそうとは言えないのだ。たとえばモーツァルトやベートーヴェンのように何百年経っても風化しない作品もあるし、あっという間に色褪せてしまう作品も存在するのである。

《高橋アキの世界》は最初はLPで出されたが、その後、CDフォーマットとなって複数回再発されていて、しかし現在は廃盤である。高橋アキの演奏の原点として一種のスタンダードになっているはずの内容なのだが、現実にはレギュラー盤になりえないのは、やはり需要と供給の関係なのだろうか。


高橋アキの世界 (TOWER RECORDS/EMIミュージックジャパン)
高橋アキの世界




Berio/The Complete Sequenzas, Alternate Sequenzas (mode records)
Berio: The Complete Sequenzas, Alternate Sequenzas & Works for Solo Instruments

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