SSブログ

フランス・ギャルの伝説 [音楽]

FranceGall_01.jpg

フランス・ギャル France Gall を聴いた。
《Poupée de son/France Gall》というタイトルの一種のベスト・アルバムである。
タイトルになっている Poupée de son というのはセルジュ・ゲンズブールが彼女のために書いた〈Poupée de cire, poupée de son〉(邦題:夢見るシャンソン人形) からとられているが、この曲がフランス・ギャルの歌の中でたぶん最も有名であるので、こうしたタイトルになっているのだと思う。収録曲をかえたベスト盤が何種類も繰り返し出されているようだ。

〈Poupée de cire, poupée de son〉が最初に収録されたのは、1965年4月にリリースされた4枚目の同名のアルバム《Poupée de cire, poupée de son》である。データを見ると、バックのベーシストに Pierre Michelot がクレジットされていたりする (ピエール・ミシュロは、マイルス・デイヴィスがルイ・マルの映画《死刑台のエレヴェーター》Ascenseur pour l’échafaud (1958) のサントラを作ったときのベーシストのひとりである *1)。

私は今までフランス・ギャルといえば、この〈夢見るシャンソン人形〉という曲があることくらいしか知らなくて、そしてこの曲がゲンズブールの作った売れ線ポップスであったこと、ところがこの歌詞には悪意があって、いわゆるダブル・ミーニングになっているということがwikipediaなどでも解説されていて、いかにもゲンズブールらしいと思ったし、私もそれを信じていた。*2)
彼女は当時のいわゆるアイドル歌手であり、「歌はヘタだけどカワイイ」 といった評価がほとんどで、だからゲンズブールに見事ハメられて、恥ずかしいダブル・ミーニングの歌詞をそうとは知らずに歌ってしまったという推論も成り立っていたりする。*3)

ここで冷静に確認しておくと、wikipediaはネットの百科事典として便利ではあるが必ずしも真実が書いてあるとは限らない。その信憑性・信頼性は印刷されている百科事典よりも相当低いという事実を改めて思い出しておきたい (日本語wikiは特にそのクォリティが低い)。
今回、フランス・ギャルを実際に自分の耳で聴いてみて、あらためてこのことを思い知った。基本的に私は自分の耳しか信じないのである。

〈Poupée de cire, poupée de son〉を歌ったとき、フランス・ギャルは18歳で、しかもアイドル歌手だから先入観だけで 「カワイイけれど歌はヘタ」 という論理になるのかもしれないが、そしてそれを鵜呑みにした安直な感想がネットには氾濫しているが、それは耳を持っていない人の思考方法にしか過ぎなくて、この突き放したような歌い方は、声をソフィスティケートすることなくストレートに、わざとぶっきらぼうなふうに歌うという一種の歌唱スタイルであって決してヘタではないこと。
そして当時の彼女へのプロデュースは、なかなか凝っていて、オーケストレーションもきちんとしているし、たとえば現在の日本のアイドル・ポップなんかよりずっと上質で内容が深いことである。

gall&gainsburg01.jpg
セルジュ・ゲンズブールとフランス・ギャル

〈Poupée de cire, poupée de son〉が大ヒットしたので、続けて作られたゲンズブールの〈Attends ou va-t’en〉は邦題が〈涙のシャンソン日記〉で、タイトルの付け方としてはあまりにも安直で笑ってしまうが、曲は決して二番煎じではない。
韻の連なりとルフランは完璧である。

 Attends ou va-t’en
 Mais ne pleure pas
 Attends ou va-t’en loin de moi
 Attends ou va-t’en
 Ne m’embête pas
 Va-t’en, ou alors attends-moi

ところが聴いていくうちに、このゲンズブールの曲に似て凝った歌詞づくりとジャズ風な5拍子のリズムを持つ曲があった。それは〈Pense à moi パンサモア〉で、ロベール・ギャルの作詞である。この曲の初出はフランス・ギャル2枚目のアルバム《Mes premères vraies vacances》(sortie: août 1964) であり、作曲は Jacques Datin である (fr.wikiのアルバムのリストには Alain Goraguer とあるがこれは間違い)。

 Pense à nos vacances
 Au ciel bleu
 Pense à notre plage
 À nous deux
 A ce grand soleil
 Sur toi et moi
 Et pense à la neige
 A l’hiver
 Au chalet
 Sous le sapin vert
 À nos soirées
 Près du feu de bois

フランス・ギャルの本名はイザベル・ジュヌヴィエーヴ・マリ・アンヌ・ギャル Isabelle Geneviève Marie Anne Gall で、つまりギャルという姓は芸名ではなく、もともとの姓である。
ロベール・ギャル Robert Gall はフランス・ギャルの父親で作詞家であり、1918年生まれだからゲンズブールより10歳年上である。晩年のエディット・ピアフに提供された歌詞が幾つかある。1963年の〈C’était pas moi〉はフランシス・レイの曲に付けられた歌詞である。
デイヴ・ブルーベックに、ポール・デズモンドの作った〈Take Five〉という5拍子の曲をタイトルにした有名な同名のジャズ・アルバムがあって、このリリースが1959年だから、〈Pense à moi〉はそのリズムを意識して作られた曲だと思える。

フランス・ギャルの母親はセシル・ベルティエ Cécile Berthier といい、その父ポル・ベルティエ Paul Berthier は木の十字架少年合唱団 Manécanterie des petits chanteurs à la croix de bois の創設者のひとりで、自身はオルガニスト・作曲家ということになっているが、どんな曲があるのかは知らない。Dors ma colombe という有名なクリスマスの曲を作ったとのことで聴いてみたけれど初めて聴いた曲だった。ブルゴーニュのオセール教会 (Auxerre) のオルガニストを勤めたようである。
息子のジャック・ベルティエ Jacques Berthier もオルガニスト・作曲家で、こちらのほうがやや有名。NAXOSに宗教曲のCDが何枚かある。Communauté de Taizé に書いた曲でも知られるとのことだが、テゼというのはキリスト教のエキュメニズムの一環で、このへんの宗教的なポジションは私にはよくわからない。まぁつまり父子にわたってキリスト教系の音楽家であったということだ。

ロベール・ギャルとゲンズブールは知り合いで、というか業界仲間で、ロベールが自分の娘に1曲書いてよ、とゲンズブールに頼んだのだろう。そうした音楽環境の中で育ったフランス・ギャルが、そんなに無知な少女であったとはとても思えない。日本語wikiの筆者が想像して書いたような、ダブル・ミーニングの意味も知らずにゲンズブールの曲を無邪気に歌っていたというような 「タマ」 ではないのである。
たとえば宇多田ヒカルがAutomaticを歌ったのは15歳のとき。その歌詞の内容はとても常識的な15歳とは思えないが、それは彼女の環境が普通の15歳とは違うからである。蜷川実花でも金原ひとみでも幾らでも例はあるが、フランス・ギャルだってたぶん状況は同じである。
wikiの筆者が書くような 「若年のアイドルであったギャルはこの隠された意味に気付かず無邪気にロリポップを嘗め」 てみたいなイマジネーションは、残念ながら単なるファンタシィであって、現実の彼女 (たち) はもっとずっとしたたかである。
それはゲンズブールの娘のシャルロットを見てもわかることだろう。

poupée du sonの意味が、冠詞がないからヌカ人形云々というのだって、このCDのタイトルが《Poupée de son/France Gall》と名付けられていることからもわかるように、そこから受けるパッと見の印象は〈son〉イコール〈音、サウンド〉なのである。



*1) Musique du film de Louis Malle réalisée en 1957 par Miles Davis. Barney Wilen est au saxophone ténor, René Urtreger au piano, Pierre Michelot à la contrebasse, Kenny Clarke à la batterie et Miles Davis à la trompette.

*2) ja.wikipediaには現在、次のような記述がある (以下wikipediaからの引用)。
この歌のタイトルは「蝋と音の人形」と訳されることが多い。しかしフランス語では前置詞“de”の後ろに(広義の)物質名詞が冠詞なしで置かれる場合、「de+名詞」は「素材・材料」を表す修飾句となるのが普通である。よって、前半の“poupée de cire”はまさに「蝋を材料とする人形、蝋人形」の意味であるが、後半の“poupée de son”は通常「音を材料とする人形」と解するわけにはいかず、また「音の人形、音の鳴る人形」という意味にはならない。「音の人形」(音の鳴る人形)という意味にするならば“son”に冠詞(通常、定冠詞)を付ける必要があり、つまり“poupée du son”であるが、実際のこの歌の題は冠詞なしの“poupée de son”であるのでこの場合、sonは「音」ではなく同音異義語の「穀類の搾りかす」、つまり「ふすま、ヌカ」」を意味し広くは「(人形等の詰め物に用いる)木くず」をも意味する。つまり、後半の“poupée de son”は「詰め物をした人形」のことである。よって、タイトル全体は直訳すると「蝋人形、詰め物をした人形」となる。ゲンスブールが、フランス語では「音」と「詰め物(または「ヌカ、ふすま」)」が同じ“son”であることを利用して語呂合わせをしていると言える[要出典]。

*3) ja.wikipediaの続きにはこうある (以下wikipediaからの引用)。
歌詞の一部を見ると人生経験も浅く、年も若いアイドルが恋愛について歌うのを揶揄する内容の詞を綴ったものである。
ギャルに与えた歌におけるゲンズブールの作詞をもっと詳しく考察すると他にも皮肉や嫌味が入っている歌があり、時としてそれは悪意の領域にまで達している。1966年にギャルは、同じくゲンスブールの制作した『Les sucettes』(邦題:アニーとボンボン)を歌い、こちらもヒットした。しかし、このsucette(スュセット)という語はロリポップ・キャンディ(子供などが嘗める棒状の飴)を意味すると同時にフェラチオの隠語でもあり当時、若年のアイドルであったギャルはこの隠された意味に気付かず無邪気にロリポップを嘗める姿でPVに登場していた。それにはギャルの後ろでロリポップ・キャンディの着ぐるみを被った数人の人物が共演しているが、彼らの着ぐるみもギャルが手にしたキャンディも両者共に男性器を彷彿させるような形状であることが確認できる。
後年、ギャルは1960年代では「蝋人形、詰め物人形」の歌詞やタイトルに込められていた二重の意味に気付かなかったと述べ[要出典]、後年は本作より距離を置き、歌うこともなくなったという[要出典]。


France Gall/Poupée de Son (Polydor France)
Poupee de son




France Gall/Poupée de cire, poupée de son
https://www.youtube.com/watch?v=rRva0YOVtcI
France Gall/Pense à moi
https://www.youtube.com/watch?v=A3_yFhQM8kM
France Gall/Attends ou va-t’en
https://www.youtube.com/watch?v=iMDb5ukAP9Q
nice!(15)  コメント(2)  トラックバック(0) 

nice! 15

コメント 2

Loby

この歌手も歌もまったく知りませんでした。
Youtubeで聴いてみたところ、私の耳にも
あまり上手な歌手だとは聴こえませんでしたが、
ルックスの可愛さもあって、当時はかなり人気が
あったのでしょうね。
by Loby (2012-12-04 20:43) 

lequiche

>> Loby様
あ、そうですか。やっぱりF-popはちょっと特殊でしょうか。
フランス・ギャルはアイドルの元祖みたいな歌手ですね。
もちろん上手くはないですが、でもそんなにヘタでもないと思います。
というかヘタだヘタだという評判を聞いていたので、
いざ聞いてみたら 「そんなにヘタじゃないじゃん!」 ということで。

今の音楽市場に較べてどの程度の人気・売上なのかはわかりませんが、
フランソワーズ・アルディなんかもそうですけど、
フランスの歌手はみなアンニュイがあります。(^^)
by lequiche (2012-12-04 22:52) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0