チョン・キョンファのシベリウス [音楽]

今、チョン・キョンファのデッカ録音全集を聴いている。昨年、彼女の40周年記念豪華ボックスというセットが発売されたが、内容はこれと同一とのこと。ただ今回のは豪華ブックレットも付いていないしパッケージングもごくシンプルだ。豪華ボックスのほうがよかったのかもしれないが、メディアが韓国製だということで二の足を踏んでいるうちに今回のEU製廉価盤が出たのでこれを選んでみた。
すでに持っているアルバムもあるのだが、リマスターだということにも少し期待していた。セットの1枚目はチャイコフスキーとシベリウスのコンチェルト。1970年の録音で、チョン・キョンファ22歳のときのファースト・アルバムである。
このシベリウスを最初に聴いたのはアナログのレコードで、それからCDを買っているので、今回のは3枚目ということになる。
このシベリウスは音自体はよいのだが、アナログのときにも感じたのは出力レヴェルが低いということで、それはCDになってもなんとなく残っているような気がする。リマスターの効果は、聴きくらべていないのでよくわからないが、そんなに画期的な改善があったようには感じられない。
そんなことはいいとして、何より今回あらためて聴いての印象なのだが、チョン・キョンファのテクニックは完璧であり何も問題は無いのにもかかわらず、なぜか感動が来ないのだ。
チョンの音楽との出会いは、以前のブログにも書いたが、サン=サーンスのコンチェルト3番で、そのカップリングはヴュータンの5番。私がヴュータンにハマるもっと前のことである。サン=サーンスの3番は1975年録音で、当然このボックスにも入っているが、試しに聴いてみると、たとえば第3楽章のはじめのほうとか、ところどころに 「チョン・キョンファ節」 な閃きはあるにせよ、あの頃感じた強烈なイメージはもう感じられなくて、むしろ整然とした演奏であるように思える。
つまりその演奏をパッショネイトな熱演のように 「火の出るような音」 とか書く評論家の言葉につい影響されてしまって、そういうものなのだろうと思いこまされていただけであって、チョンの本質はもう少し違うところにあるのではないだろうか。
セットのCDは19枚組でほぼ録音年順になっているので、最初から順に聴いていく。チャイコフスキー、シベリウス、ブルッフ、ウォルトン、ストラヴィンスキー、バッハ、サン=サーンス、ヴュータン、プロコフィエフ、バルトークあたりまで聴いて、あらためてチョン・キョンファの傾向がわかってきた (収録曲は各々そのコンチェルト。バッハのみ無伴奏パルティータとソナタ)。
最初にあった違和感は、連続して聴いているうちに無くなってくる。それならなぜ最初に違和感があったのだろうか。
やはり耳慣れというのはある。例えば古いフルトヴェングラーのモノラル録音を聴くと、最初は何てもこもこしたひどい音なんだろうと思うのだが、そのうちにそれが気にならなくなってくる。それと同じで、チョンの弾き方はすでにオイストラフとかハイフェッツのような巨匠芸のランクになってしまっているのだと思う。だからそれに慣れてくると、完璧で心地よい。
巨匠芸=エラそうだけど古い、という短絡的な表現ではないしそれが悪いというわけではないのだけれど、やはり現在のヴァイオリン演奏のシーンからするとちょっと違うような気がする。もちろんそれは、現在の若いヴァイオリニストがすぐれていると言っているのではない。ただ音楽の拠り所とする部分が違うような気がするのだ。
というのは以前、プロコフィエフのコンチェルトを若いヴァイオリニストが弾いているのをTVで見ていて、ちょっと必死過ぎて余裕がないなぁと思って、試しにオイストラフのと聴き較べてみた。そしたらオイストラフは余裕ありまくりで弾いているのだが、何となく感動がない。いや、感動はあるのだがその質が違うのである。
これは微妙な感覚だし、私の特殊な感覚なのかもしれないが、つまり時代とフィットしないように思えたのだ。
チョンの弾いている曲目を見ると、やはり王道の正統派の曲がほとんどであり、だからたとえばプロコフィエフにしてもややアヴァンギャルドな1番より無難な2番のほうが聴きやすい。彼女はシゲティにも師事したが、プロコの場合、どちらかというとよくトレースしていたというハイフェッツ的な音のような気がする。
それとこのシベリウスにしても、BISのシベリウス・エディションのような録音が出て、シベリウスに対する情報が飛躍的に高くなっている今では、1970年の頃とはシベリウスに対する音の捉え方も違ってきているように思えるのだ。
ただ、そうした歴史的変遷を踏まえた上で、これまでのチョンへの先入観を排してこのセットを聴いていくと別の面が見えてきて、とても魅力のあるアルバムであるといえる。
チョンの演奏は、やはりロマン派的であり、だからブルッフとかエルガーが結構心地よい。プロコの1番より2番がいいというのも同様の理由による。バッハのパルティータも素晴らしいのだけれど、ちょっとアーティキュレーションが鼻につく部分がある。でも、だからチョン・キョンファなのだ、と言ってしまえばその通りなのだけれど。
もちろんそれだけではなくて、私の経験値が増したのと、時代としての耳 (理解力) がよりよくなってきたためというのもあるだろう。たとえばヴュータンもヴュータンのコンチェルトではなくて、チョン・キョンファというフィルターを通した後のヴュータンなのである。
なぜかチョン・キョンファを否定的に見ているような書き方になってしまったかもしれないが、これはつまりないものねだりなのであって、私にとって至高のヴァイオリニストであることは揺るぎない。
ライヴ演奏における重要なファクターはその空気感である。その場に居合わせているような咳払いやざわめきも、雑音であるのにそのライヴ感を増幅するものとなる。だがスタジオ録音の場合、本来ならそれは存在しない。
でも彼女のこのシベリウスにはその空気感が存在する。それはチョンの、22歳でありながらすでに大成しているソロイストが奏でる空気感であり、スコアを音にしていく過程のなかで、北欧の冷たい空気を垣間見るような孤高の響きなのだと思う。
Kyung Wha Chung/Complete Decca Recordings (Decca)

Kyung Wha Chung/40 Legendary Years
http://www.amazon.com/40-Legendary-Years-Chung-Kyung-Wha/dp/B003B6SMX2/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1418797551&sr=8-1&keywords=Kyung+Wha+Chung+40
Kyung Wha Chung/Sibelius Violin Concerto
live 1973.05.16
https://www.youtube.com/watch?v=1TuDVhJi9Ec
チョン・キョンファ/メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲
ゲオルク・ショルティ/シカゴ交響楽団 live 1980
http://www.nicovideo.jp/watch/sm16720041
コメントありがとうございます。
今は、健康でいることのありがたさを身に沁みて感じています。
体力はまだ回復していませんが
今後は、じっくりと養生して回復をめざそうと思っています。
by cafelamama (2014-12-17 17:49)
演奏家と聞き手の年齢の違い,その時々の時代性で感じ方は変わると思います。でも演奏の好みはどこかで通底しているのだろうと思います。
by Enrique (2014-12-17 19:56)
>> cafelamama 様
復活おめでとうございます。
とはいってもまだ完全ではないようですので、
のんびりとご養生なさってください。
ときどきブログをお書きになるのも気晴らしになってよいかと思います。
by lequiche (2014-12-18 11:45)
>> Enrique 様
聴かせる者と聴く者、それぞれに年齢を重ねていくなかで、
経験値も違ってきますからそうなるのだと思います。
食べ物の好みにしても、だんだんと変わっていきますから、
それと同じようなことかもしれません。
逆にそれがどこかで波長が合うと、強烈な感動になるのでしょうね。
by lequiche (2014-12-18 11:46)