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ネヴィル・マリナーの《フィガロの結婚》を聴きながら [音楽]

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Sir Neville Marriner

朝日新聞夕刊の連載コラムで竹宮惠子がボーイズラヴ的作品の意図について語っている。愛を語る選択肢としてベッドシーンを描きたくても、当時それをマンガに描くことは無理だった。ところが『風と木の詩』のように男性同士の同性愛のストーリーとして描けば問題ない。女性の性衝動を描くことはむずかしいが男性の姿を借りれば描ける。そういう仮面をかぶっていたのだ、と。

たぶんそれで全てを説明できるほど単純ではないけれど、方便のひとつとしての方法論と考えることはできる。だからその頃の竹宮をはじめとする同性愛的な作品には後ろ暗さみたいな感情が欠落しているのだと思う。美少年が簡単に女装することが可能なのは、それがマンガとしての幻想であるよりも、そもそもその主人公は少年ではなく少女であるからに過ぎない。あるいは過剰な少年性は少女を暗示すると言い換えてもいいのかもしれない。

モーツァルトのオペラ・ブッファ《フィガロの結婚》Le nozze di Figaro K 492 は最も完璧な歌劇のひとつであることは確かである。私の愛聴しているのはネヴィル・マリナー/アカデミー・オブ・セント・マーティンの西独フィリップス盤で、有名なフィガロ録音のひとつにエーリヒ・クライバー盤があるというのは知っているのだが、たまたまマリナー盤を最初に買って、これで聴けるから、まぁいいじゃないと思ってそのままなのだ。1985年ロンドン録音と記載されていてすでに録音はデジタルである。

オペラは歌詞の意味がわかったほうがいいし、視覚的であったほうがもっといいからDVDとかBDのほうが理解しやすいと思うのだが、このフィガロは音だけで聴いていても充分に楽しめる。指揮の快活なスピード、レチタティーヴォにおけるキレのいいチェンバロ、きちんとしたルーム感、すべてがモーツァルトの明るい音をかたち作っている。
真面目に聴いてもいいが、BGMとして流れていてもモーツァルトの美しさがこぼれ落ちるようなその輝きが貴重だ。1曲1曲がそれぞれに個性を持っていてダレることがない。

フィガロのストーリーはかなり複雑なドタバタなので wiki などを参照していただきたいが、登場人物の中に小姓のケルビーノという役がある。少年の役なのだが演じるのは女性であり、en travesti (ズボン役) といわれる。
劇中、策略のため、ケルビーノが女装するという場面がある。もともと女性の歌手が女装するのだから結果としては簡単なのだが、女性歌手が男性役をやっていて、その男性がさらに女装するというトランスヴェスタイト感のある設定なのだ。
後半には、これは女性同士だが、伯爵夫人と小間使いの入れ替わりの話もある。人が入れ替わるというギミックは原初的だが江戸川亂步テイストで、モーツァルトの時代からごく近代までサプライズ・システムの有効なひとつだったのに違いない。一種の 「お決まり」 パターンであってゲーム的な印象がある。

謡曲の《井筒》にも同様の仕組みが存在する。シテは男性が演じることがほとんどだが、シテの井筒の女は業平を思い出そうと業平の形見の衣装を着て、井戸に自分の姿を映す。

 筒井筒、筒井筒、井筒にかけし、まろが丈、生ひにけらしな、老いにけ
 るぞや、さながら見みえし、昔男の、冠直衣は、女とも見えず、男なり
 けり、業平の面影 (謡曲集 上、日本古典文学大系、岩波書店)

地謡の 「生ひにけらしな」 に対してシテが 「老いにけるぞや」 と詠嘆する個所は井筒のクライマックスである。男性が女性役を演じていて、その女性がさらに男装するという重層感はケルビーノの逆だが、しかしフィガロと違って井筒のそれは重い。
それはたぶん世阿弥がトランスヴェスタイト以上の情動をそこに望んでいたからにほかならない。そして少年の頃、足利義満に寵愛され、一転して晩年は不遇な時を過ごした暗い影がすべての世阿弥能には存在している。

フィガロから話がそれてしまったが、フィガロというと思い出すのがアニメ《トムとジェリー》でトムがフィーガロフィガロフィガロフィガロと歌うシーンで、あれはロッシーニの《セビリアの理髪師》だが、いわゆるフィガロ3部作はイタリアの風を含んでいて、それは遡ればコンメディア・デッラルテに至るイタリアの伝統的な笑いなのだろう。
ドン・ジョバンニや魔笛に較べて、フィガロが軽い感じがするのはそれがイタリア系だからであるが、あの明るいイタリアの光の中のモーツァルトは至福の時をいつでも必ずもたらしてくれるように思える。


Neville Marriner/Mozart: Le nozze di Figaro (PolyGram)
Mozart: Le Nozze Di Figaro




Marriner/Le nozze di Figaro, Overture
https://www.youtube.com/watch?v=rYTd3jWGYik

トムとジェリー 129話/The Cat Above and the Mouse Below
http://www.nicovideo.jp/watch/sm17403636
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コメント 4

tyapi

遅くなりましたが
新年明けましておめでとう御座います。
本年も引き続き宜しくお願いします。
皆様のお蔭で無事引っ越しが終わりました!(^^)!

今年も書ける範囲内でブロブを更新しますので、宜しくお願いいたします。
by tyapi (2015-01-08 20:40) 

lequiche

>> tyapi 様

あけましておめでとうございます。
ご訪問ありがとうございます。
お引っ越し大変でしたね。船は私も苦手です。

こちらこそ今年もよろしくお願い申し上げます。
by lequiche (2015-01-09 04:10) 

Loby

う~ん...
オペラとか能とか、まだその良さがわからないでいるLobyです^^;

by Loby (2015-01-12 21:36) 

lequiche

>> Loby 様

確かにマニアックなジャンルだと思います。
それに舞台芸術は出かけなくてはなりませんから面倒ですよね。(^^)
私も最近は時間が無くてあまり出かけられなくなっていますし。

でも、ハズレも多いんですけど、アタリだった時は、
ごく限られた人間だけが見られた奇跡なんだと (その中に私も入っている) 、
ちょっとトクした感じになることも確かです。
by lequiche (2015-01-13 13:42) 

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