ラジオとヴァイオリン — 江戸川乱歩『化人幻戯』 [本]

江戸川乱歩作品の評価は初期の短編が高く、後期になるにつれてパターンが陳腐化しクォリティも低くなってしまったとよく言われる。『化人幻戯』もそうした後期作品のひとつであまり評価としては高くないようだ。
『化人幻戯』(けにんげんぎ) は1954年〜1955年に雑誌に連載された乱歩60歳頃の作品であり、体裁としては一応、長編の本格推理小説となっている。その最初に、乱歩の偏愛のひとつの閉所願望が主人公の語りとして描かれている。
青年時代には一室にとじこもって読書することを愛した。部屋は狭いほ
どよかった。汽車の客車を地上に固定して住居にしている西洋人の写真
などを見ると、うらやましくて仕方がなかった。サーカスのホロ馬車の
中の住まいや、和船の船頭一家の狭くるしい生活などにも、なにかしら
甘い郷愁があった。
(江戸川乱歩推理文庫26『化人幻戯』講談社、1987、p.33. 以下同)
他にも双眼鏡が重要なアイテムとして登場し、レンズを通して見る風景への乱歩の偏愛が示される。そうした乱歩アイテムは相変わらずなのだが、有名作を発表し続けていた戦前は 「夜の闇こそまこと」 と言っていた猟奇的・幻想的なスタンスであったのに対し、戦後は非常に社交的になり、作家活動よりも評論とかプロデュース的な方向に力を注いだ。それは自分の推理作家としてのパワーがすでに過去のものになりつつあったことを自覚していたためでもあり、それよりも自分のネームヴァリューを利用して後進の作家たちを育てようとしたのである。まだ無名だった筒井康隆を推したことでも知られている。
乱歩の代表作といわれるものは戦前に書き尽くされており、創作の最盛期を過ぎた時点での『化人幻戯』なのであるが、トリックがあまり独創的ではないとか全体の構成がゆるいというような批判があっても、乱歩らしいステロタイプで世界が描かれていてそんなに悪い作品ではないような気がする。つまり乱歩は、少し甘い評価になってしまうが、あぁまただ、と思えてしまうようなワンパターンがいいのである。
乱歩のステロタイプのひとつとして、住所では離れているような印象に思える2個所が、実は意外に近いというパターンがある。
港区と渋谷区というと、なんだかひどく離れているように思われるが、
実は眼と鼻のあいだなのだ。(p.215)
柳橋から千住大橋までは、地図で調べてみると存外近い。自動車で十五
分か二十分の距離だ。(p.232)
このような記述は他の作品でも繰り返し出てくる設定で、ワンパターンと見るのならば確かにワンパターンなのだが、乱歩のこの、いわゆる地図トリックが出てくると私は逆に喜んでしまうほうなのだ。なんとなく昔の香りがして古い東京がしのばれる。乱歩の頃、荻窪なんてまだド田舎だったのだから。
同様にして、最初は天使のようだった元侯爵・大河原の夫人である由美子がだんだんとその正体を現してくるところも乱歩ワンパターンのひとつなのだが、表現がとても上品で、いくら主人公たちが20代の若者だったとしても、当時60歳であった乱歩の描きかたは非常にウブで、当時はこんな表現でもかなり刺激的だったのだろうと思うと時代の違いに感慨を抱いてしまう。現代の作品のレヴェルからすれば、乱歩の猟奇趣味などもはや猟奇のうちには入らないかもしれない。
事件のトリックの道具としてラジオから流れるヴァイオリンの生演奏とテープレコーダーが使われている。これは当時最新の機器であったのだと思われるが、今、すでにテープレコーダーは過去のものとなってしまった。そこにも時代の流れとノスタルジイを感じる。
惜しいのは、結末に近い部分で、由美子の推理という告白文が全体のバランスを崩すほど長いことで、このあたりが、手抜きとか不評な原因となっているのかもしれない。
調べてみると、化人幻戯はテレビ朝日で1980年にテレビドラマが作られているらしいが未見である。土曜ワイド劇場の第12作 「エマニエルの美女」 という作品だが、あまり原作に忠実な作品とはいえないようで、明智小五郎=天知茂って……ん〜、違うような気がする。それに 「エマニエルの美女」 というタイトルはもっと意味不明だ。
*画像は江戸川乱歩フランス語訳のパッケージ。
パノラマ島奇談、盲獣、黒蜥蜴が収録されている。
フランス人から見た乱歩はやはりこうしたイメージなのかもしれない。
江戸川乱歩全集第17巻・化人幻戯 (光文社)

2015-01-13 12:30
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コメント(8)
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あったなぁ、天知茂の明智小五郎。
“江戸川乱歩の美女シリーズ”ってやつ(๑◔‿◔๑)
by desidesi (2015-01-14 05:30)
>> desidesi 様
おおっ、ご覧になったんですか。それはすごいですね。(^^)/
DVD-BOXが発売されているようですが、
買うのにはちょっと高過ぎますし。
でも乱歩のドラマを毎週やっていたなんて、
今から考えるとうらやましい時代だと思います。
by lequiche (2015-01-14 11:00)
乱歩作品は幾つか読んだくらいで、そんなに詳しくないのでやすが
やはり映画化されたものは記憶に強いでやす。
「双生児」とか「押し絵と旅する男」とか(◎o◎)b
by ぼんぼちぼちぼち (2015-01-14 11:19)
>> ぼんぼちぼちぼち様
映画になるとインパクトがありますよね。
映像でいかに乱歩の世界を描き出せるかですが、
乱歩作品は食指をそそるものが多いような気がします。
昔の浅草の面影とか、映像として見たいものも多いです。(^-^)
by lequiche (2015-01-14 15:00)
小学校高学年のころ,少年探偵団だったか怪人20面相だったか,シリーズものでよく読んでいましたが,その後大人向けのものは読んでいず,TV番組や映画化されたものもあまり見ていないので,小学生の時の記憶のままです。
by Enrique (2015-01-14 17:30)
>> Enrique 様
乱歩が子ども向けに書いた少年探偵団のシリーズは、
文章等がとても上品ですね。
アブノーマルな部分が全く入っていなくて、
その禁欲度は驚くばかりです。
といって、では成人向けがすごくアブノーマルなのかというと、
今の目で見るともはや乱歩の表現はとても上品です。
ただ、モノの偏執的な見方やこだわりは、さすが乱歩ですが。(^^;)
by lequiche (2015-01-14 21:49)
ワイド劇場はわりと大人向けのエンタメでしたからね〜。真面目な鑑賞に耐えるかどうかはわかりませんが、中学生にはちょっと刺激的なシーンがあったかな。いい時代だったのは確かですね。
古谷一行の金田一が好きだったな。あとは田中邦衛と浅茅陽子の幽霊シリーズとかね。d( ̄  ̄)
by desidesi (2015-01-22 06:40)
>> desidesi 様
そうなんですか。ちょっと刺激的シーン、気になります。(^^;)
今から較べるとTVの規制もユルかったでしょうから、
いい時代といえばいい時代なのかもしれませんね。
今でも〈相棒〉など警察系のドラマが多いですが、
ミステリー仕立ての話はやっぱり魅力があるんでしょうか。
おぉっ、よくご存知ですね。
金田一シリーズは見たことがないんですよ。
田中/浅茅の幽霊シリーズっていうのも初めて聞きました。
田中邦衛は黒板五郎さんっきり知らなくてスミマセン。(^^;)
by lequiche (2015-01-22 11:00)