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12人いる! あるいはリンドバーグの謎 — 三谷幸喜の《オリエント急行殺人事件》 [雑記]

三谷幸喜_オリエント急行01.jpg
(右より) 三谷幸喜、玉木宏、杏 (oriconstyleより)

何日か前から午後の再放送ドラマ枠で古畑任三郎が流れていたので、なぜ急に古畑? と思ったのだが、どうやら三谷幸喜の豪華ドラマの番宣という意味合いだったらしい。
そのフジテレビの開局55周年ドラマ、三谷幸喜の《オリエント急行殺人事件》を2夜連続で観てしまった。タイトルを見ればわかるように、アガサ・クリスティの同名の推理小説の翻案である。

『オリエント急行殺人事件』は『そして誰もいなくなった』『アクロイド殺し』などとともに、最も有名で人気のあるアガサ・クリスティの作品である。三谷の脚本はそれを日本の昭和初期という舞台設定にして、各登場人物も英語の音に似せた日本名とし、オリエント急行は特急東洋という幻想の豪華列車へと変化させている。最近話題のJR九州〈ななつ星〉を連想させる。

最初の衝撃は原作の名探偵エルキュール・ポアロにあたる勝呂武尊役の野村萬斎の違和感ありまくりのセリフだった。あのアクの強さというか、ノーマルな日本語の喋りかたとは思えない独特のイントネーションは、萬斎の本来のフィールドである狂言の抑揚という感じもするが、ちょっと昔の、わざとらしさを兼ね備えた洋画の吹き替え音声のような気もする。勝呂のキャラのアクの強さに、途中で見るのをやめてしまった人もいるらしい。
だが、あの台詞回しはまさに三谷幸喜の仕掛けなのだ。しかもその特殊な喋りかたは野村萬斎だけで、それ以外のひとたちはごく普通のドラマと同様の喋りかたをしているので、萬斎ひとりだけが際立って奇妙に映る。(尚、勝呂武尊/すぐろ・たけるの 「勝呂」 はポアロの語呂合わせ、そしてフランス語のエルキュール Hercule はヘラクレス、ハーキュリーのことなので、ヘラクレスに対応するのは日本だとヤマトタケル→武尊という命名だと思われる)

ポアロ (=勝呂) という自己顕示欲と自己陶酔的な性格を誇張したのが三谷の意図した演技であり、まるで実写映画の中にひとりだけアニメのキャラクターがいるような (そう。まるでロジャーラビットみたいに)、ポアロをよりカリカチュアライズした結果が勝呂のキャラクターなのである。ギャグすれすれで、実像としてのリアリティに乏しい幻想の名探偵ポアロというこの三谷のオーダーに応えられる役者はごく少数だろう。
そしてこの気持ち悪さとアクの強さに慣れたとき、俄然ストーリー展開が面白くいきいきとしてきた。気持ち悪さキャラをドラマとして成立させた野村萬斎の演技は素晴らしい。

フジテレビの番組サイトを見ると、出演者のインタビューも掲載されているが、三谷もそして出演者も意識しているのが、シドニー・ルメットの映画《オリエント急行殺人事件》Murder on the Orient Express 1974 である。超有名俳優ばかりを揃えたこの映画と比較してしまうのは仕方のないことだろう。
能登巌大佐/沢村一樹は、その役が映画ではアーバスノット大佐/ショーン・コネリーであり、ショーン・コネリーの役を自分が演じるということへのプレッシャーがあったと言っている。でも逆に考えれば話が来たら絶対に断れないキャスティングだとも言える。抑制された冷静な大佐を演じていて、最初の一太刀を加える場面とかも含め、いつもの沢村一樹らしくなくて (まぁ、例のキャラもひとつの演技なのだが)、エリート軍人の存在感があった。

最も感心したのは藤堂の秘書・幕内平太を演じた二宮和也で、このむずかしい繊細さの必要な性格がよくあらわれていたと思う。ジャニーズすごい! 彼は憎い藤堂の近くに秘書として潜り込み、いわばずっとスパイをつとめていたわけで、その恐怖やストレスと闘う強靭な、でも時に折れそうになる精神性がよく表現されていた。映画でこの役に該当するのはヘクター・マックイーン/アンソニー・パーキンスである。

それから呉田その子/八木亜希子も、三谷の配役に見事にはまりこんだ演技だったと感じる。八木は本来のキャラを消していて一瞬この人誰? と思わせるところが《泥の河》の加賀まりこに似てプロっぽい。地味で暗くて、でも突然の激情を兼ね備えたこの役は、映画ではグレタ・オルソン/イングリット・バーグマンであり、バーグマンはわざわざこの端役のようにみえる役を自らチョイスして、結果としてアカデミー賞助演女優賞を獲得した。

馬場舞子/松島菜々子も沢村一樹とのペアが非常に絵になる。困難な依頼を最初は拒否しながらだんだんとのめり込んでいく一途な雰囲気がいい。映画でこの役に対応するのはメアリー・デべナム/ヴァネッサ・レッドグレイヴであり、レッドグレイヴは後年の映画《アガサ》(1979) ではアガサ・クリスティを演じている。

と、ひとりひとり書いていったらキリがないのでこのへんにするが、豪華でよく作り込まれたセット、当時を彷彿とさせる衣装や髪型など、そして映画のシーンを意識したほとんど同じ画角の画面構成など、三谷のリスペクトはクリスティとルメットの両方にあるように見える。
第2夜の、事件に至るまでの脚本は、よくある事後譚ではなく事前譚になっていて納得させられる。三谷は芝居にはキャスティングが最も重要であるとよく言っているが、そのキャスティングがぴたりと決まったドラマの一例である。

この作品は、小説でも映像でも主役はポアロではなくて、12人 (13人) の乗客たちであって、ポアロはまさに狂言回しなのである。だからポアロが野村萬斎で間違いないのだ。
ラストシーンで、廊下を去ってゆく勝呂の後ろ姿もまるでアニメで、思わず拍手してしまいそうになった。三谷のシャレはちょっと濃くてエグいのかもしれないけれど。


三谷幸喜_オリエント急行02.jpg
オリエント急行殺人事件 (2015.01.11〜12・フジテレビ)
http://www.fujitv.co.jp/orientexpress/index.html


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コメント 4

リュカ

普段テレビは殆ど見ないのですが、これは見ました。
三谷さんのだったから^^
最初、勝呂武尊の喋り方に度肝を抜かれましたが、慣れたら物語にのめりこんじゃいました。
lequiche さんの記事を頷きながら読みました。
たまにこういうのを見るのも面白いですね。
by リュカ (2015-01-15 10:07) 

lequiche

>> リュカ様

そうですか。ご賛同ありがとうございます。
やっぱり最初はあの喋り方にびっくりしますね。
ただ、ずっとあの作り声のままで長セリフをこなすのですから、
野村萬斎は大変だったと思います。
ドラマだけでなく、間に入るCMも
力の入っているのが多かったと思います。
by lequiche (2015-01-15 11:53) 

kyoro

私もこちらのドラマ視聴しました!
勝呂の喋り方、私も最初「?!」と驚きましたが意外にすぐ慣れました(笑)
キャスティングもばっちりで二夜連続楽しめました♪
個人的に勝呂の助手?的ポジションのお二人が好きでした^^

by kyoro (2015-01-15 14:51) 

lequiche

>> kyoro 様

二夜連続というのがよかったですね。
翌日の放送が待ち遠しかったドラマなんて滅多にないです。

髙橋克実&笹野高史のお二人ともベテランの味になってましたね。
髙橋さんはショムニでのチョロいキャラの印象が強いです。
笹野さんはやっぱりバンスキングのバクマツですね〜。
トランペット上手かったし。(^^)
by lequiche (2015-01-16 03:04) 

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