今日の空は暗くて — 《Xenakis Works for Piano》を聴く [音楽]
Iannis Xenakis
アメリカの moderecords から出されているクセナキスのシリーズ Edition Iannis Xenakis Volume 4 は《Xenakis Works for Piano》というタイトルで、ピアノ独奏曲とピアノ+アルファの室内楽曲が収められている。ピアノは高橋アキで、1998年から99年にかけて録音されている。
この幾つかのピアノ作品の中で最も有名なのは〈Herma〉(1960−61) や〈Evryali〉(1973) だろう。特にエヴリアリは、そのパルス的なパターンが繰り返し重層的に押し寄せてくるのに特徴があり、いかにもクセナキス的と言ってしまえる作品である。重なり合い歪みながら上がったり下がったり螺旋状に複雑に絡みつく無限の階段を連想させるが、たぶん、いや圧倒的に演奏の難易度は高いと思われる。
ヤニス・クセナキス (Iannis Xenakis 1922−2001) はルーマニアで生まれたギリシャ系フランス人の作曲家であるが、第二次世界大戦後の1947年にそれまで加わっていたレジスタンス運動への逮捕から逃れるため、アメリカへ亡命しようとする途中でフランスに寄りそのままフランスに留まった。彼の照影が顔の右側からのものが多いのは、顔の左側に戦争中に受けた傷があるためである。
クセナキスはル・コルビュジエに建築を学び、数学的な発想/理論をその作品に取り入れたといわれている。それがどのように作品に反映されているのかは私にはよくわからない。でもエヴリアリやヘルマのような有名曲には特有の音のクセがあり、それはある程度の個性を確立した作曲家には誰にもあって、ヘルマだとまだ他の作曲家風な音も感じられるが、エヴリアリになると、もう100%クセナキスである。それが何かといわれると言葉で表現するのがむずかしいが、貧困な言葉の範囲内でいえば 「怒濤と沈黙」 みたいな流れであって、ともかく音がどんどん向こうから容赦なくやって来る、というのが私のクセナキスの印象である。
でもこのCDの最も聴き所は〈Six Chansons pour piano〉という作品である。これは1950年〜51年と表記されていて、クセナキスの最も初期の頃のピアノ曲であるが、1分から、長くても3分に満たないごく短い6曲で構成されている。
それぞれの曲はクセナキス特有のクセを持っていない。まだ習作といえる段階の作品なのだ。最初の〈Ça sent le musc...〉はバルトークのミクロコスモスを連想させるような心細さで始まる。4曲目の〈Trois moines crétois...〉もごく緩いシンプルなメロディが続くだけで曲が終わる。ギリシャの民俗曲がベースになっているとのことだ。そして5曲目の〈Aujourd’hui le ciel est noir...〉の練習曲のようで、素朴な、単純で、それでいて懐かしいようなセンチメンタルな和音とメロディのつながりにしんみりとする。終曲の〈Sousta, danse〉は、この6曲の中で唯一、やや激しい表情を見せてぴたりと終わる。
ピカソの初期の具象のように、音がくっきりとしていて、その個性をまだ模索している習作であるのがかえって微笑ましい。作曲家に限らず、初期の作品を人目にさらさない人も存在するが、その人の生成過程にある、いわば 「弱み」 を見せてくれるほうが完成作との落差がより大きく見えてしまうので、その人がより偉大に見える効果もきっとあるのだと思う。
ストラヴィンスキーやヴェーベルンの 「えっ?」 と思わず声に出してしまうような初期作品と同様にこの〈Six Chansons pour piano〉もクセナキスの、若き真実の歌の記録である。
Aki Takahashi, Jane Peters, Charles Peltz/Xenakis: Works for Piano
(mode)
Aki Takahashi/Xenakis: Six Chansons pour piano
https://www.youtube.com/watch?v=F5wcPouZXzQ
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