SSブログ

シェルブールの雨傘 [映画]

demy_160103.jpg
Catherine Deneuve, Jacques Demy

フランシス・レイ (Francis Lai) とミシェル・ルグラン (Michel Legrand) は同じ1932年生まれだということに突然気がついた。何をいまさら、といわれたら困るけど。2人とも映画音楽を多く書いている。
ときとして映画音楽は耳当たりの良いイージー・リスニングなBGMとして使われるが、それは映画の印象的なシーンを思い出すための触媒でもある。かつて日本で制作されたアート・ファーマーのインティメイトなアルバムが、ミシェル・ルグランの映画音楽から始まるのもそうした効果を狙っていたのだろう (アート・ファーマーのEast Wind盤→2015年03月21日ブログ)。

ジャック・ドゥミの1964年度作品《シェルブールの雨傘》は、ミシェル・ルグランが音楽を担当した、全編が歌だけで進行する映画で、ある意味きわめてアヴァンギャルドな手法であるし、台詞が無いということに最初は躊躇するが、その映像と音楽の流れの美しさにすぐに同化してしまう。ミュージカル映画と形容されるけれど、そのへんの凡百のミュージカルと一緒にされたくないという気持ちになる。

タイトルの後、暗いイメージの港湾都市シェルブールの遠景が映り、すぐに下にパンして冒頭の有名な俯瞰での傘のタイトルロールにかぶさるメインテーマ。ストーリーが始まると、ガレージで働く主人公ギィ (ニーノ・カステルヌオーヴォ) に合わせて流れるジャズのリズムへの転換が快い。店を出てジュヌヴィエーヴ (カトリーヌ・ドヌーヴ) と出会うギィ。シェルブールの道は雨で濡れている。そしてジュヌヴィエーヴの傘店へ。ダンスホールのシーンはタンゴが流れる。壁の赤。
デジタル・リマスターにより甦った過剰なまでの色彩が鮮烈で、日本では考えられないインテリアの色だったりするが、それがポップさに傾くわけでもなく、ごく自然に映画の背景として成立している。

ギィが兵役で旅立つシーン。
駅の傍らのカフェで悲嘆に暮れるジュヌヴィエーヴ。窓の外にたなびく汽車の煙。2人がそこを出ると、すぐ外はホームになっている。雨が降ったのかホームは少し濡れている。ギィがトランクとコートをもって列車のステップに乗るとすぐに列車は走り出す。画面左を手前に走り去る列車と、画面中央で列車の進行に合わせ少し歩きかけるがやがてホームにとり残されるジュヌヴィエーヴ。列車が去った後には線路が見え、ホームの手前右側から駅員が奥に向けて歩いて行く。中央で小さくなったジュヌヴィエーヴの姿。コートの裾がひらりひらりと翻る。右手前に大きくシェルブールと描かれた駅名の看板。

あっけないけれど悲しみの充満した別れ。
この別れで2人の仲は破局してしまうのだが、それにしては映像はあまりに軽くて短い。普通だったらもっと長く引っ張ってお涙頂戴にするべきシーンだ。思うに、昔の映画ほどそれぞれのシーンの描き方はさらっとしていて淡泊だ。しかしそれは見かけ上のものであって、そのなかに幾つもの意味合いが籠められている。たとえばフェリーニの《道》も、ひとつひとつのシーンは決してしつこくない。それと同じだ。

ラストシーンはdécembre 1963のクリスマス。雪の中のEssoのガソリンスタンド。ギィの経営しているそのスタンドに、ギィの妻子がちょっと出かけるとの入れ違いに、偶然のようにジュヌヴィエーヴがガソリンを入れにやってくる。見つめ合う2人。イルフェフロア (寒いわね)。ジュヌヴィエーヴは車から降りてスタンドのショップの中に入る。ガラス窓を通して雪の降っているのが見える。シトロエンが出て行く。ジュヌヴィエーヴが車に乗っている娘 (フランソワーズ) を見るかと聞くが、ギィはいやいい、と答える。帰り際、ジュヌヴィエーヴの 「あなた、幸せ?」 に対して 「うん、とても」 と答えるギィ。出て行くジュヌヴィエーヴの車。再び会うことはもうないだろう。
あまりにも悲しくていながら淡々としていて、2人にはそれぞれ個別の幸福があるのに過ぎなくて、2人の幸福が交わることはもはや無くて、それは諦念であると同時に人生とはそういうものでしかないのだ、というふうにもとれる。

現在DVD等で観られるのは2009年のデジタル・リマスターだが、《ローマの休日》のリマスターと同様にとても美しい。でもリマスターされるのはごく限られた有名映画だけなのが残念である。まだまだリマスターして欲しい映画はたくさんある。

demy&legrand_160103.jpg
Jacques Demy, MIchel Legrand


ジャック・ドゥミ/シェルブールの雨傘 (Happinet)
シェルブールの雨傘 デジタルリマスター版(2枚組) [DVD]




Les parapluies de Cherbourg
https://www.youtube.com/watch?v=kLXNBu6_JNA

全編
http://www.dailymotion.com/video/x14f1km_les-parapluies-de-cherbourg-1964-1-2_lifestyle
http://www.dailymotion.com/video/x14f23j_les-parapluies-de-cherbourg-1964-2-2_lifestyle
nice!(74)  コメント(30)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

nice! 74

コメント 30

Speakeasy

『シェルブールの雨傘』と『ロシュフォールの恋人たち』のブルーレイをリマスターされた時に合わせて購入しました。どちらもルグランの音楽が印象的ですね。

by Speakeasy (2016-01-03 10:35) 

lequiche

>> Speakeasy 様

ブルーレイ! さすがですね。
私は雑なので細かい分析ができませんが、
各々のシーンに合わせて効果的に音楽が付けられています。
ライトモティーフ的な扱いの個所もありますね。
ただ2013年に公開された完全版というのは、
それまでのリマスターと違うんじゃないかと思います。
でもそれが発売される気配はまだありません。

上記ブログ本文に出てくる3つのタイトル、
シェルブール、道、ローマの休日が、私にとっての三大偏愛映画です。
by lequiche (2016-01-03 14:39) 

okin-02

今晩は~
訪問・nice!&コメント有難う御座います。

新春のお喜びを申し上げます。
昨年は、我がブログにお付き合い頂き有難う御座いました。
今年も愛変わり無くお付き合いの程・よろしくお願い致します。
本年が・lequiche様に取ってより良き年に成る事をお祈り申し上げます。
by okin-02 (2016-01-03 17:41) 

yam

後れ馳せながら、新年明けましておめでとうございます。

本年も昨年同様、宜しくお願いします。
by yam (2016-01-03 18:55) 

majyo

明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします
名画のDVDを購入し、見ていたのですが改めて動画を見て
思い出しました。
カトリーヌドヌーブがとてもきれいだったと
そしてやはり音楽が良いですね
見る時間が無くて、今は友達の家に貸してありますが
また観たくなりました。
兵役に就く恋人との別れ
これはストーリーに多く使われますが、あってはならないように思います


by majyo (2016-01-03 19:36) 

johncomeback

新年明けましておめでとうございます。
本年も宜しくお願い致しますm(_ _)m
by johncomeback (2016-01-03 21:07) 

lequiche

>> okin-02 様

わざわざお越しいただきありがとうございます。
いつも季節感のわかるブログを楽しみにしております。
こちらこそよろしくお願い致します。
by lequiche (2016-01-03 21:25) 

lequiche

>> yam 様

あけましておめでとうございます。
こちらこそどうぞよろしくお願い致します。
by lequiche (2016-01-03 21:25) 

lequiche

>> majyo 様

あけましておめでとうございます。
いつもコメントをありがとうございます。
カトリーヌ・ドヌーヴ、いいですね。
この映画は強い性格の人物というのがいなくて、
皆、はかなげで、それが全体を通しての
悲しみのトーンになっているように思えます。
この映画に関してのミシェル・ルグランは天才です。
兵役に行く悲劇というのは当時のドラマの常套手段ですが、
でもそれほどに非人間的な性格を持っていたのだと思います。
by lequiche (2016-01-03 21:27) 

lequiche

>> johncomeback 様

あけましておめでとうございます。
いつもおいしそうな話題をありがとうございます。
カメラのことも楽しみにしております。
今年もよろしくお願い致します。
by lequiche (2016-01-03 21:32) 

末尾ルコ(アルベール)

明けましておめでとうございます。
友人のフランス人との会話でよく話題に上るのが「シェルブールの雨傘」。友人によればやはりこの作品は「特別」にして「特殊」だといいます。わたしももちろん大好きで、特にドヌーヴ。当作品と「哀しみのトリスターナ」などの美しさは映画史上でも別格。
「道」も大好きで特別な作品です。
パリ・オペラ座バレエ・・・近年「かつてのエトワールと比べると・・・」とも言われますが、わたしにとって常に「美の頂点」の一つです。
今年もよろしくお願いします。

                        RUKO
by 末尾ルコ(アルベール) (2016-01-03 22:21) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

あけましておめでとうございます。
ご賛同ありがとうございます。
やはりそのような評価があるんですね。当然だとは思いますが。
ただ単純に動きに音を付けているだけでなくて、
内容に沿っていて感情の機微・うつろいがよくわかるし、
それに何て美しい発音なのだろうと感じます。

La Strada (と書いたほうがすっきりしますが) は
フェリーニの傑作というだけではなくて、
私の中ではずっと映画史上の最高傑作だと思っていました。
今も、以前ほど強くはありませんが、その気持ちは変わりません。

バレエのことは私はよくわかりませんが、
人間の肉体をいかに美的に見せるように使うかということにかけては
究極のシステムなのだと思っています。
by lequiche (2016-01-03 23:18) 

すーさん

三作品とも観ました〜^^。
ただ「シェルブールの…」だけが
それほど印象に残っていないのに対し、
「道」は強烈なインパクトと共に
脳裏に残っています。
あの理不尽さやモノクロームの絵から感じさせられる
迫力は怖いくらいでした。
上手く言えてませんが↑あのワールドに
引き込まれたくて何度も観たくなる作品ですね^^。

関係ありませんが、「旅芸人の記録」という映画は
ご存知ですか?。
かな〜り入手困難なDVDですが、これも今一度
ワールドに入りたくてヤフオクなどを物色している
ところなんですよー。
1975年製作230分の超大作(^^;)ですが
lequicheさんがご存知の作品だったら嬉しいです♪。

by すーさん (2016-01-03 23:45) 

lequiche

>> すーさん様

シェルブール、あんまり印象にありませんか。
うーん、まぁフェリーニみたいなパッショネイトなのに較べると、
ソフトタッチですからねぇ。
でも、そのそこはかとない悲しみと憂いがいいんですけど。
それと《道》は、ジュリエッタ・マシーナの演技力が大きいと思います。

アンゲロプロスに関しては亡くなったときに
ちらっとブログに書きました。
http://lequiche.blog.so-net.ne.jp/2012-02-02
あと、これとか。
http://lequiche.blog.so-net.ne.jp/2013-01-24

《旅芸人の記録》は傑作です。
入手困難なんですか。
傑作映画はことごとく入手困難ですからね〜。
私はDVDでアンゲロプロス全集を全巻持っています。
by lequiche (2016-01-04 00:20) 

prin4795

難しいことは、何もわかりませんが~
シェルブールの雨傘ー私のなかで今でも心に残る作品です。勿論口ずさめますし
口ずさんでます。(ホンと)

こんな風にレクチャーいただくと
なんか嬉しいです。自分の感性も満更ではないのだと自己満足!
理屈なしで良いものは良いのですね。
しかし、講義を受けると尚更納得。

挨拶が遅れましたが
明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
時間を作って、ご講義を受けに参らさせて頂きます。劣等生ですがね。赤点にならないように~頑張ります。

by prin4795 (2016-01-04 08:09) 

MONSTER ZERO

あけましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いいたします^^;
by MONSTER ZERO (2016-01-04 10:44) 

lequiche

>> prin4795 様

あけましておめでとうございます。
そうですか。美しい映画ですよね。

いえいえ、でもこんなのは講義じゃないです。(^^;)アセアセ
テキトーに書いているだけですので、
あまり真剣にとらないで流し読みで十分ですから。
私の文章はその程度の内容でしかありません。
今年も楽しくいろいろなことに興味を持ちたいですね〜。
ということで今年もよろしくお願い致します。
by lequiche (2016-01-04 14:10) 

lequiche

>> MONSTER ZERO 様

あけましておめでとうございます。
昨年末の貴ブログで、FかF2そっくりの記念モデル、
もう出るもんだと期待しちゃってます〜。
DFもそんなに悪くないんですけど、
デザイン的には60〜70点くらいですね。
チタンボディだったら最高です。出て欲しいですね。わくわく。

今年もよろしくお願い致します。
by lequiche (2016-01-04 14:10) 

U3

明けましておめでとうございます。
本年も宜しくお願い致します。
そういえば最近フランス映画見ていません。
by U3 (2016-01-04 17:50) 

ぽちの輔

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします^^
by ぽちの輔 (2016-01-05 06:49) 

lequiche

>> U3 様

あけましておめでとうございます。
映画を観るのにも波がありますね。
今年もよろしくお願い致します。
by lequiche (2016-01-05 14:12) 

lequiche

>> ぽちの輔様

あけましておめでとうございます。
こちらこそ今年もよろしくお願い致します。
by lequiche (2016-01-05 14:12) 

昆野誠吾

随分遅くなってしまいましたが、
明けましておめでとうございます。
今年は更新訪問共に毎日はできないと思いますが、
なんとかネタを消化していこうと思います(笑
今年も宜しくお願い申し上げます^^
by 昆野誠吾 (2016-01-06 00:01) 

lequiche

>> 昆野誠吾様

あけましておめでとうございます。
わざわざお越しいただきありがとうございます。
お忙しいでしょうから、毎日ではなくても、
ご自分のペースでされるのが良いと思います。
こちらこそ今年もよろしくお願い致します。
by lequiche (2016-01-06 03:46) 

sig

確かにミュージカル映画などに慣れていない当時としては、全編音楽で展開するこの映画には最初戸惑ったものでした。最近、デジタルリマスターでTV放映されましたが、録画し忘れたのが残念です。
by sig (2016-01-06 21:12) 

シラネアオイ

新年あけましておめでとう御座います!
本年もよろしくお願い致します!
随分昔に見た「シェルブールの雨傘」
懐かしく思い出しています!!

by シラネアオイ (2016-01-07 00:12) 

lequiche

>> sig 様

映画全編が歌うだけですから、
オペラなんかよりも音楽純度が高いです。
なんとなく気恥ずかしいという面があったと思います。
ちょっと違う例ですが、宝塚歌劇にも気恥ずかしさがあって、
でも慣れるとそれがキモチイイんですね。

TVでも放映されたんですか。
それは知りませんでした。
私はリマスターされてからの映像きり知りませんが、
昔の映像は色褪せていて雲泥の差なのだそうです。
by lequiche (2016-01-07 05:27) 

lequiche

>> シラネアオイ様

あけましておめでとうございます。
こちらこそよろしくお願い致します。
シェルブールはスタンダードな名画の1本ですね。
私の中では名前のみ有名でしたが、
観たらびっくり、でした。(^^)
by lequiche (2016-01-07 05:27) 

sig

デジタルによるリマスター版の放送を録画しそこなったので、返すがえすも残念でした。以前のアナログ放送画質の4倍以上の高画質で、色彩も製作時の鮮やかさに調整されています。
by sig (2016-01-13 21:09) 

lequiche

>> sig 様

それは残念でしたね。
私はリマスター盤きり観ていないのでわかりませんが、
劣化した画質が随分改善されているようです。
色彩がフランスです。
日本とは色彩感覚が違うのがよくわかります。
by lequiche (2016-01-13 23:52) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0