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暗い瞳のレベッカ [音楽]

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REBECCA@Ⅱによりアップロードされているレベッカの動画がYouTubeにあるのを見つけて、スーパーアリーナにおける2015年の復活ライヴの何曲かを観ていた。
レベッカというのは書くまでないだろうが1980年~90年頃に活躍した日本のバンドで、でも私には思い出がない。全然知らないわけではないから、あぁなつかしいね、と同調することもできるのだが、そう言ったらそれはリップサーヴィスで、そんなに、いや、ほとんどなつかしさはない。もし偽りでなつかしいねと言ってしまえば、それは存在しない過去の思い出を創ろうとするブレードランナーのレイチェルに似ていて、でも虚しくても偽りで、なつかしいねと言ってしまったほうが世の中は丸くおさまるのかもしれない。

私のレベッカ体験は、後のほうのアルバムをCDで1枚買って、それから、ソロになってからのNOKKOを、リサイクルショップの中古盤のセール品の中から何枚か見つけ出して聴いて、でもそこにはときめく何かを感じなかった。アナログのLPをやはり中古で1枚買ったが、買っただけで聴いていない。

それから随分経って、音楽が時の彼方に沈んでから、コンプリートボッックスというのがリリースされたのを買っておいた。とりあえず資料として買っておこうという、全集好きの悲しい性で、でも全集の利点は、音楽でも全集でも、主要な作品でない作品を参照できることで、そして興味というものはたいがい、主要でない作品に対して生じるものだからだ。

黄色く細長いボックス。それは一種の標本箱のようで、ヒット曲も売れなかった曲も、すべてが等価のようにして収納される。手頃で便利だけれど、その音楽としての時代性は見事に欠落している。昆虫の死骸をピンで留めるように、生の息吹きからは遠い。標本箱でなくコフィンなのかもしれない。
憧憬も共感もないままに、そうした音楽の、その時代への距離感を保つことによって、その距離という冷静さがかえって音楽そのものを際立たせリアルに感じることができるのかもしれない。それは後追いの利点である。

後追いというのなら、クラシック音楽は皆そうだ。この現代に、モーツァルトが作曲をし、演奏をしていた頃をリアルタイムで経験している人は誰もいない。すべてが後追いだ。
この前のニュースで、サリエリとモーツァルトが共作した曲がチェコの博物館で発見されたことが報じられていたが、2人がどういう関係にあったのかは後世の想像と伝聞推定に過ぎない。2人が犬猿の仲にあったというのは映画《アマデウス》の創作に過ぎないのだから。

2015年の復活ライヴ。レベッカの大ヒット曲〈フレンズ〉はNOKKOの 「用意はいいか? 用意はいいか?」 というコールから始まる。わざと are you ready? と言わないのがちょっといい。
ロックではなくポップスなのかもしれないが、バンドサウンドは手堅く安定していて、長年の経験に裏打ちされていて、深い。
NOKKOは、若い頃のほっそりとした体型は崩れてしまい、声のトーンも失われてしまったのかもしれないが、ずっとおだやかで充実した瞳をしている。

同様にupされている当時のレベッカのPVやライヴ映像を観ると、NOKKOはもっと刹那的で暗い眼をしている。あの喧噪のバブル期とはこんなに暗い表情をしなければならない時代だったのだろうか。それとも若さゆえの焦燥のあらわれに過ぎなかったのだろうか。
それはたとえば杉本彩の自信満々さとは厳然と異なる。ついこの前、彼女が当時のバブル期の衣装 (ボディコン?) を着て、その時代を説明しているTV番組があったが、その大きなボタンや肩パッドの入った服の外見は大仰で異形で、使い古されたギャグのようで、一種のコスプレのように見えた。
だがNOKKOの当時の衣裳は全く色褪せていない。いつの時代にも通じるそのvariableな適応性の高さに、NOKKOというキャラクターのスタンスを知る。つまりNOKKOのファッションはトレンドのように見せて、そうではなかったのだ。
1985年12月25日のライヴで、バンドメンバーの動きや衣裳が、今から見るとぎごちなく、バブリーで古びていて時代性を感じさせるニイチャンに過ぎないのに、NOKKOだけが古びていない。

そうしたNOKKOの永遠さの意味は、永遠のように見せかけながら、そのときだけに成立していたヴィジョンなので、だから逆に、今、バンドメンバーたちが練熟の味を出しているのに、NOKKOにだけはその連続性がないのだ。

ジュディ・アンド・マリーはレベッカのフォロアーといわれているが、こうした暗さとは別のところでジュディマリは成立していた。ヴォーカルを邪魔するようなメチャクチャな (だけれど計算された) ギターワークとそれに拮抗する強いヴォーカル。そのテンションがジュディマリのすべてで、だからレベッカは継承されておらず、レベッカはそれだけで孤立する。

シンプルなのに、せつなく最も核心を言い当てる歌詞。そのとき、どれだけ意識的だったかわからないで書いた歌詞に、今、NOKKOは追いついたのではないだろうか。だからその歌詞がセピア色に染まっているメロディーなのかどうかは聴く者が音楽とどのように対峙しているかによる。

NOKKOのプライヴェートなどどうでもいい。ダイナミックな波瀾万丈か、ミニマリズム的な微細な変化かにかかわらず、誰にでもそうした歴史はあるのだから。
大切なのは 「今」 と 「これから」 であることをNOKKOの今の歌から感じる。それがノスタルジックな過去をめぐるコンサートであるのは皮肉なことなのかもしれないのにもかかわらず。
失われた若さとひきかえに獲得したものもきっとあるはずだ。煙った蒼白な時間はすでにない。予言のような歌詞はすでに通り過ぎてしまった過去だ。

私は日本の有名バンドの楽曲をほとんど知らなくて、だからあるとき何かのきっかけで思い立って、遡ってその音楽を辿って行くことはとてもスリリングで発見に満ちている。その音楽が通俗だとか商業主義であるかなどというジャンルわけはあまり意味がない。その探究は珍しい蝶を追って行くのに似ている。わかっていることは、蝶を追う採集者も、追われる蝶も、どちらもが奇妙に孤独なことだ。

REBECCA@Ⅱサイトのなかでは、テレビ埼玉の1984年ライヴが素晴らしい。結接蘭 破接蘭~夢幻飛行~蒼ざめた時間~ヴァージニティーと続くライヴの劣悪な映像のなかにきらめくNOKKOがいる。

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赤いプレートは販促物でcomplete boxの付属品ではありません。

REBECCA/Complete Edition (ソニー・ミュージックレコーズ)
REBECCA/Complete Edition




REBECCA@Ⅱ
https://www.youtube.com/channel/UCjdRmRn6iCqFjfYZQzNmt5w

フレンズ 1985 live digital refine/1985.12.25 渋谷公会堂
https://www.youtube.com/watch?v=ngdr7xoSJ9U
フレンズ 2015 live
https://www.youtube.com/watch?v=n4At_l9RQOg
蒼ざめた時間 1984 live
https://www.youtube.com/watch?v=CdOogvytCWI
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コメント 18

青山実花

ジュディマリはファンクラブに入るくらい好きでした。
解散ライブも2回とも行きました。
レベッカの事は・・・
ごめんなさい、よく知らなくて^^;
by 青山実花 (2016-03-26 23:07) 

lequiche

>> 青山実花様

いえいえ、私も上記に書いたようによく知りません。
知らないのでかえって新鮮です。
ジュディマリお好きなんですか!
だとするときっとカラオケのレパートリーにも?(^^)
YUKIちゃんには Mean Machine というのもありましたね。
by lequiche (2016-03-27 01:04) 

末尾ルコ(アルベール)

レベッカの最盛期当たりの頃、テレビでライブを観たんですが、後半に向けて高揚させていくボルテージに感心した記憶があります。さほど積極的に聴いていたわけではありませんが、NOKKOは観客となあなあにならないところが好印象でした。

                     RUKO
by 末尾ルコ(アルベール) (2016-03-27 01:29) 

ぽちの輔

私は当時とあまり変わってない印象でしたね^^
by ぽちの輔 (2016-03-27 06:33) 

ponnta1351

全然知りません。
レベッカと言えば若いときに読んだイギリスの作家ダフネ・デュ・モーリアの小説「レベッカ」です。大昔のことで内容は忘れました。
by ponnta1351 (2016-03-27 09:37) 

Speakeasy

コンプリートボックスと聞くと、良く知らないアーティストでも欲しいかもと思ってしまうのは、私も同様です(笑)

レベッカの黄色い箱も、魅力的ですね〜
ところで、それって紙ジャケなんですか?紙ジャケ好きなので、気になります(笑)

ちなみに、レベッカは殆んど知りません!って、おーい(汗)

by Speakeasy (2016-03-27 09:38) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

TVのライヴ。それはうらやましいですね。
なあなあにならないというのは、何となくわかります。
毅然とした感じがあって、それは今も変わらないように見えます。
ミュージシャンはやはり音楽で勝負すべきです。
by lequiche (2016-03-27 21:53) 

lequiche

>> ぽちの輔様

おー、そうなんですか。
昨年末の紅白にも出たらしいですが、
残念ながら私は観ていません。
存在感は変わらないのかもしれませんね。
by lequiche (2016-03-27 21:54) 

lequiche

>> ponnta1351 様

音楽にもいろいろジャンルがありますから。(^^)
レベッカのバンド名の由来は、
デュ・モーリアの『レベッカ』(1938) ではなく、
ケイト・ダグラス・ウィギンのジュヴナイル
『黒い瞳の少女レベッカ』(1903) です。
デュ・モーリアより古い時代の小説です。
by lequiche (2016-03-27 21:54) 

lequiche

>> Speakeasy 様

おー。やっぱりそうなんですか。
って知ってましたけど。(^^)

レベッカボックスは最近になってまた販売しているので、
再々発 (3回目) なんだと思います。
紙ジャケでなくブックレットみたいな感じです。
紙ジャケは過去に単体で出たらしいですが、
今ではプレミアなんじゃないでしょうか。

尚、赤いプレートは販促用のグッズで
ボックスの付属品ではありません。

無理して知らないのにまで手を広げることはないので、
Speakeasyさんの最近のご紹介のボックスからだと、
ジェファーソンが買いだと私は思います。
by lequiche (2016-03-27 21:57) 

リュカ

レベッカは、まだ LP の頃、てくてく30分以上かけて
レンタルレコード屋さんにいって、借りまくっていたので
わたしは思い出が多いです♪
今の時代だったら、小さい子供 (笑) が一人で山のふもとのレンタル屋さんまで行くなんて考えられないよなあ。。。
by リュカ (2016-03-28 11:00) 

Speakeasy

度々すいません!
既にジェファーソン・エアプレインのボックスは入手しております。HMVからまとめ買い価格でかなり安く購入できました。しかし、驚いたことに『After Bathing At Baxter's』のアルバムが2枚も入っており、一番有名な『Surrealistic Pillow』が見当たらないという有様でした(笑)HMVに連絡を取り、交換してもらったので問題は解決しましたが、にも拘らず、まだ2枚目までしか聴いていません(爆)
今は、エルビス・プレスリーの『The RCA Albums Collection 』を買おうか思案中です!でも、3万円以上もするんです(涙)

by Speakeasy (2016-03-28 20:38) 

lequiche

>> リュカ様

LPっていうのがすごいですね。
しかもレンタルレコード屋さん!(^^)
ちょうどLPからCDへの移行期だったんでしょうか。
私が最初に買った頃はすでにCDでしたから。
リュカさんの思い出がどんなのだったのか、
とちょっと想像してしまいました。
by lequiche (2016-03-29 02:04) 

lequiche

>> Speakeasy 様

すでにお買い上げなんですか!
HMVの社員割引ですね? なるほど〜。(^^)

同じものが2枚っていうのがすごいですね。
輸入盤ではよくあることかもしれませんので
開封したら検品しないと怖いです。
私は面倒くさくて未開封のボックスとかあるので、
いざ開けてみたら中に石が入ってたりするかも。(^^;)

プレスリーですか。
CDだから高いと思うので、
楽器でも買ったんだと思い込みましょう。
楽器なら3万円なんて安いもんです。
by lequiche (2016-03-29 02:05) 

えーちゃん

レベッカ好きでしたよ。
アルバムも何枚か持ってました。
今はもぅ無いけどね(^^;
by えーちゃん (2016-03-30 00:53) 

lequiche

>> えーちゃん様

おぉ、そうなんですか。
もう随分昔のバンドですからね〜。
最近になって買う私は遅れ過ぎかもしれないです。(^^;)
by lequiche (2016-03-30 03:08) 

sig

こんにちは。
ブレードランナーのレイチェル…いいですねえ。私の世代では「レベッカ」は姿を見せないヒッチコックの映画でした。
by sig (2016-04-20 16:49) 

lequiche

>> sig 様

ブレードランナーはSF的ガジェットとか
荒廃した都市の風景が目立ちますが、
自分の過去を捏造しようとするレプリカントとか、
ブラッドベリアパートの人形群とか、
そこから感じられる哀愁こそがフィリップ・K・ディックなんですね。

バンドのレベッカの由来は、ponnta1351さんにもレスしましたが、
ケイト・ダグラス・ウィギンのジュヴナイルからとられています。
普通、レベッカというとデュ・モーリア/ヒッチコックを連想しますが、
ウィギンはローラ・インガルス・ワイルダーより11歳年上で、
つまりアメリカ・ジュヴナイルの創生期の作家です。
ヒッチコックの原作のレベッカのデュ・モーリアよりも
50年も前の人です。
バンド名をなぜウィギンの小説からとったのかは不明ですが、
きっと好きだったんでしょうね。

尚、デュ・モーリアには
『マイ・カズン・レイチェル』(1951) という小説があります。
by lequiche (2016-04-21 02:12) 

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