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すべてのあなたはたったひとりのあなた — 大貫妙子と小松亮太《Tint》 [音楽]

大貫&小松_160710.jpg

大貫妙子と小松亮太による《Tint》はタンゴ風味のアルバムだ。想像していたより音がやや豪華過ぎるような感じもするけれど、でもこれはこれで良いのだと思う。

小松亮太のインストゥルメンタルに続く最初の歌である〈Tango〉は、坂本龍一の《Smoochy》で大貫が作詞提供し、それを《Lucy》では自身で歌った曲。まさにタイトル通り、小松亮太とのコラボにはふさわしい。
ギターとベースの前奏に続き、すごく近く感じる大貫の声がひろがる。この漆黒のなかから立ち上がってくるような空気感が美しい。「空を映した瞳の色」 の後からバンドネオン、ピアノ、ヴァイオリンが一斉に入って来るところが典型的なピアソラで、笑ってしまうほどカッコイイ。

 すべてを無くしすべてを手に入れ
 場末の店で踊るTango
 あなたの前ではただの道化
 激しく不在に苛まれて

楽器数が多くなると漆黒の魔は薄くなりやがて消散し、「マテ茶」 というような歌詞アイテムが出現して来ると、もっと色彩的なタンゴの芳醇な香りを感じさせるいつもの大貫ワールドになるが、ときどきあるこうしたためらいのモノクロームのような音の瞬間を私は待っているのかもしれない。

この〈Tango〉に続く〈Hiver〉〈エトランゼ〉は、まさにいつものクリシェでもあり、おなじみな風景がくっきりと形作られる。〈Hiver〉がこのように編曲されるのも心地よい。だが〈愛しきあなたへ〉〈ハカランダの花の下で〉は、弦がさらに増えていたりしている影響もあるのか、わざとやや通俗に古風なアレンジでまとめてみましたというふうにもきこえる。

小松の腕の見せ所であるインストゥルメンタル、ピアソラの〈リベルタンゴ〉は、工夫があり意欲も感じるのだがちょっといじり過ぎのような印象がある。でも確かに進化したリベルタンゴでもある。

大貫作詞、小松作曲の〈ホテル〉は、歌詞のあちこちがユトリロとかヴェルレーヌといったスノビズム満開で、でも古いホテルのユトリロは当たり前だけれど 「名も無い レプリカ」 で、「ジタンの匂い」 や 「狭い裏通り」 や 「小さなラジオ」 が、うらぶれた哀しさにつながる。色褪せたホテルでは色褪せぬように思える想い出もいつしか色褪せる。

「小さなラジオ あなたと聴いた曲が」 で1回だけ 「あなた」 が出てくる。以前、〈Hiver〉についてのなかで私は、あなたなんていなくて 「王子様もゴドーも春も来ないのかもしれない」 と書いたが (→2015年04月11日ブログ)、つまり大貫の歌詞に繰り返し出てくるキーワードでもある 「あなた」 は魔法の代名詞で、それはもしかすると韜晦の代名詞かもしれなくて、ひとりだけのあなたがあまたのあなたになったのかもしれなくて、でも、すべてのあなたはたったひとりのあなたなのかもしれないと思わせる。
「あなた」 はtutoyerなのか、そうでないのか、「あなた」 が大貫の私生活を連想させるように見えて、でもそれが汎用性の海に沈んでいくのは、金原ひとみの書く小説がプライヴェートのカリカチュアのように見えてそうではなさそうな、でもそのなかに自らの体験を潜り込ませているような、ずるい企みに満ちているのと似ている。

雨と冬とラジオというような何の関連性もない単語群は私にとって漠然とした死の影とともにあって、それは以前、メンデルスゾーンの弦楽四重奏曲第6番のところで書いた (→2015年04月17日ブログ)。
最も暗いアルバム《PURISSIMA》を経て、もうそうした裏側の面に近づくことは大貫にはない。歌はもっと悦楽を目指すものであった良いはずだし、色彩が豊富なことは決して退嬰ではない。かつてshelaが色彩の付いたタイトルを並べながらそのアルバムタイトルが《COLORLESS》だったことを私は突然思い出す。
音楽は抽象で、何の色彩もないし何の思想性もない。だから音楽を言葉で形容するのは所詮アナロジィに過ぎない。それゆえにどんな矛盾も同時に正当でありうる。だからどんな高邁な理論も実は無力なのだ。


大貫妙子と小松亮太/Tint (SMJ)
Tint




大貫妙子/カヴァリエレ・セルヴェンテ
https://www.youtube.com/watch?v=OcND718iUEk
小松亮太/Libertango
https://www.youtube.com/watch?v=fsnuBEeDo3g
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末尾ルコ(アルベール)

大貫妙子はずいぶん聴き込みました。かつての欧州趣味も他の多くの人がやるのと違い、筋金が入っていたし、しかもセンス良くまとめるので、飽きが来なかった。一時まったく聴いてない時期があったのですが、最近またその音楽性とスタンスに興味を惹かれています。  RUKO
by 末尾ルコ(アルベール) (2016-07-10 09:32) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

いつもコメントありがとうございます。
そうですか。それは心強いです。
確かにヨーロッパ系でも、
その後さらにワールド系なエスニックなものでも、
確固とした自分の音楽があるので新鮮さが保てるのだと思います。
爆発的に売れることはないですが、
クォリティが落ちることはないですから。
by lequiche (2016-07-10 20:42) 

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