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ダニエル・ユメールの《Surrounded》を聴く [音楽]

DanielHumair_160926.jpg
(L→R) Raymond Guiot, Daniel Humair, Guy Pedersen, George Gruntz
17 November 1967

ダニエル・ユメール (Daniel Humair) は1938年スイスのジュネーヴ生まれのジャズ・ドラマーでいまだに現役である。1960年から演奏活動をしているのでその長い経歴には数々のミュージシャンが登場する。

アルバム《Surrounded》の正確なタイトルは《Surrounded1964/1987》であり、1987年に、それまでの幾つものセッションのなかからセレクトして収録したいわば落ち穂拾い的内容であるが、冒頭の2曲がエリック・ドルフィをソリストにして録音されている。ドルフィ晩年の記録として興味を引く。
オリジナルは仏・Flat&Sharpのアナログディスク2枚組だが、私が聴いているのは Flat&Sharp, Mediartis/I.N.A.と表記のあるフランス盤CDである。その後、1994年にドイツ盤が出たことがあるらしいが、現在はすべて廃盤であるようだ。

録音日は1964年5月28日、R.T.F.となっていて、RTF (Radiodiffusion-Télévision Française) とはORTFの前身であるが、つまりフランス放送協会のことであって、現在はRTFもORTFもすでに無い。
1964年5月というのがドルフィにとってどういう年かというと、それはドルフィ最後の年であって、jazzdisco.orgのリストに拠れば、ブルーノートへの《Out to Lunch!》が2月25日、そしてチャールズ・ミンガス・セクステットのツアーが続く。以前のブログ (→2012年08月03日) にも書いたがもう一度整理してみよう。

03月18日 Cornell University, Ithaca, NY
04月04日 Town Hall, NYC
04月10日 Concertgebouw, Amsterdam, Netherlands
04月12日 University Aula, Oslo, Norway
04月13日 Konserthuset, Stockholm, Sweden
04月14日 Old Fellow Palaet’s Store Sal, Copenhagen, Denmark
04月16日 Bremen, West Germany
04月17日 Salle Wagram, Paris, France
04月18日 Théâtre des Champs-Élysées, Paris, France
04月19日 Palais Des Congrès, Liège, Belgium
04月24日 Bologna, Italy
04月26日 Wuppertal Townhall, Wuppertal, West Germany
04月28日 Mozart-Saal/Liederhalle, Stuttgart, West Germany

クラシックの牙城、アムステルダムのコンセルトヘボウでのグループの演奏に、ミンガスの狷介なプロフィールをあらためて感じさせる。以前のリストより4月26日のボローニャが増えているが、プライヴェート・テープとあり内容は不明である。
さらにミンガス・グループ以外に、

03月01日または02日 ドルフィ自身のクァルテット
 University Of Michigan, Ann Arbor, MI

そして

03月21日 アンドリュー・ヒル・セクステット
 Rudy Van Gelder Studio, Englewood Cliffs, NJ
04月06日 ギル・エヴァンス・オーケストラ
 NYC

にサイドメンとして参加している。
RTFにおける録音は、このミンガスの地獄のツアーの後、06月02日の《Last Date》の前という時期になる。そして06月29日にドルフィは亡くなっているから、死の1カ月前の演奏ということになる。
ミンガスはドルフィを手放したくなかったのだろうが、このヨーロッパツアーは、トランペットのジョニー・コールズは具合が悪くなるし、そしてドルフィはミンガスの懇願にもかかわらず、グループと別れ、ひとりの道を選んだ。結果としてこのツアーがドルフィの寿命を縮める要因になったようにも思えてしまう。

この《Surrounded》に収録されているのは〈Les〉と〈Serene〉という、どちらもドルフィ作曲のものだが、それぞれ4分ほどの短い曲で、ユメールは比較的スタンダードなドラマーであるから曲自体もスウィングしていて、ドルフィのメロディラインのみが奇妙な味わいという、少し以前のドルフィっぽい曲想となっている。
ただ、〈Les〉のような曲を聴くと、テーマにはまさにチャーリー・パーカーの影があって、そのパーカーのラインを如何に違うふうに装っていくか、というのがそのコンセプトのようにも思える。もっともアドリブに入ってしまえばいつものドルフィなのだが。
ピアノはケニー・ドリュー、ベースはガイ・ペデルセンである (ニールス=ヘニング・エルステッド・ペデルセンとは別人)。ユメールとペデルセンのコンビは当時のリズム隊として活躍していたらしく、スキャットでバッハを歌ったことで有名なスウィングル・シンガーズの196年後半のアルバムにも幾つか参加している。
マーシャル・ソラールの最初のピアノ・トリオ・アルバム《Martial Solal》(1960) のベースとドラムスもこの2人である。またユメールにはミシェル・ルグランやジャン=リュック・ポンティ等のフランス系の人たちとの共演も多い。

〈Les〉のアルトサックスに対して〈Serene〉はバス・クラリネットを使用したミディアム・テンポの曲だが、〈Les〉にも〈Serene〉にも共通していえるのは、非常にリラックスしたドルフィの表情が見られることだ。それはグループ全体がオーソドクスにスウィングしているということだけが理由のようには思えない。
たしかに 「鬼気迫る」 とか 「孤高の」 といった形容でドルフィのテンションの高いソロを語る風潮はあるようだし、ミンガスのヨーロッパツアーでは、常にそうした硬質な表情を要求されていたのかもしれないが、必ずしもそれだけがドルフィの音楽ではない。もう少しリラックスしたラインがあってもいいはずだ。ドルフィのファイヴ・スポットのトランペッターであったブッカー・リトルが参加したフランク・ストロジャーのアルバムについて、以前に触れたことがあるが (→2012年08月16日ブログ)、ストロジャーは2流だけれど色気があって、リトルもストロジャーの下ではのびのびと、ちょっとユルく吹いていて、そのリラックス感がここちよい。
《Surrounded》におけるドルフィの〈Serene〉のソロは、いつもと違ってあまりアヴァンギャルドに傾かない、それでいてドルフィの個性の出た柔らかさが美しい。

このユメールのアルバムの5曲目には1971年のフィル・ウッズの演奏が収められていて、パーカー・フォロアーであるウッズのソロのなめらかさに較べると〈Les〉のドルフィのソロから受ける印象は随分無骨だ。でもそのゴツゴツとした、本来行くべきではないはずのラインに音を無理矢理に誘導して連ねていくところにドルフィの真髄がある。
7曲目のテテ・モントリューのピアノ・トリオの演奏も、最もテテらしい音が出ていて、つまり翻って考えると、リーダーとしてのユメールの包容力が働いて、ドルフィの場合もリラックスした演奏になっているのではないかと思う。
だがそれは一瞬の安息であり、翌月、冥王星のような6月にドルフィはベルリンで亡くなる。ベルリンはデヴィッド・ボウイの《Low》の街であり、ドルフィの最後の地である。

DanielHumair2002_160926_02.jpg
Daniel Humair, 2002


Daniel Humair/Surrounded (Flat&Sharp, Mediartis/I.N.A.)
Surrounded 1964 / 1987




Daniel Humair/Les (from “Surrounded”)
https://www.youtube.com/watch?v=zJb-wMdPwSQ
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末尾ルコ(アルベール)

ピアノとドラムの絡みが心地いいですね。それでいて全体を通して聴くと力が湧いてきます。 この前、テレビでマイルス・デイヴィスのドキュメントを観たんですが、若い頃のマイルスはチャーリー・パーカーに使い走りのように扱われていたという証言もあり、そうしたことは知らなかったので、とても興味深かったです。体格や唇の力の不足でディジー・ガレスピーのように吹けなかったとか・・・あの「巨人」にして若い頃は、というおもしろさがありました。    RUKO
by 末尾ルコ(アルベール) (2016-09-26 19:47) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

今となっては音が古いですが、
でもドルフィの貴重な記録のひとつだと思います。

マイルスは最初、ヘタクソなトランペッターという評判でした。
パーカーとのセッションでもモタモタした演奏のときがあります。
でも、パラパラ指が回るだけが音楽じゃない、
と彼は思いついたんですね。それがクールの誕生です。
それは音楽性の転換と向上だけでなく、
ジャズ・ミュージシャンの社会的な地位をも
引き上げる効果があったのだと思います。
by lequiche (2016-09-27 12:03) 

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