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《鈴木其一/江戸琳派の旗手》に行く [アート]

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ぎりぎりになってサントリー美術館の《鈴木其一/江戸琳派の旗手》に出かける。正確なタイトルがこれで《鈴木其一展》ではないところがミソ。
この前、Eテレの日曜美術館で丁寧な解説をしていて大変参考にはなったのだけれど、これ、また混んじゃうよなぁ困るよなぁ、とも思って、そう思いながらだらだらと行けずにぎりぎりになってしまった。
鈴木其一 (すずき・きいつ 1795−1858) は江戸琳派・酒井抱一の弟子の絵師である。
其一と書いて 「きいつ」 と読むところがかっこいい。音がジョン・キーツみたいだし。それに 「きいち」 じゃ、塗り絵になってしまいます。もっとも、その 「きいち」 も好きなんだけどさ。

日曜美術館で取り上げていたのはメトロポリタン美術館からやってきた〈朝顔図屏風〉と根津美術館の〈夏秋渓流図屏風〉だった。
さて、サントリー美術館に着くとすごい行列で、これはヤヴァいと思って、入ってすぐに、まず朝顔を見てしまおうと思って、最初のほうの展示には目もくれずに〈朝顔図屏風〉の前に。でも恐れていたほど混んではいず、屏風があまりにも大きいので、誰もが引いた位置で観ていて、ゆっくりと堪能できました。

まず朝顔を観て思ったのは、とてもポップだということ。この抽象化というか、普通に描いているようにみえてデフォルメされているところはウォーホルみたいだし、その繰り返しパターンはテキスタイルのようでもある。
朝顔の花のかたちは実はそんなに写実的で植物図鑑的な朝顔ではない。このややデフォルメされたような朝顔の表現は、たとえば〈糸瓜に朝顔図〉という絵ではもっと極端で、単純な青の楕円形にまで簡略化されている。だが、いつもそんなデフォルメかというと、別の絵では其一はまさに植物図鑑的な緻密な花だって描いている。つまりどのようなアプローチでも描こうと思えば描けること、それが其一のテクニックであり、むしろそのどんなふうにだって描けますよ的なところが鼻持ちならないのかもしれない。
朝顔の葉のほうも、葉っぱの繰り返しパターンでありながら、それぞれが微妙に異なり、でもそれでいてツタを妙な装飾風にして飾ってみるような手法はとっていない。あくまで朝顔の花と葉の集積である。少しずつ異なるヴァリエーションが存在し、その集積が、単純であることによる一種のパワーを発生させる。単なる造形美などという言葉で片付けられない屈折した美学がそこに存在しているように思える。それが金地の屏風の上に延々と描かれている。

かつて琳派を語るときの言葉として、ステロタイプ、金ぴか、紋切り型といった否定的なイメージがあり、そうした評価に影響されてしまいがちだが (私もそうした影響下にあったが)、琳派はそれだけではない、むしろその類型化されたパターンのなかにこそ真髄があるというふうに読み取れてきてしまう。

〈夏秋渓流図屏風〉の場合は、その造形のアヴァンギャルドさがもっと顕著であり、様式化された葉っぱの強い縁取り、木々のそこここに紋様のようにふりかかっている苔のかたちなど、現代的な意匠が伝統的に見える絵のなかに混入している。この強い縁取りのしかたは時として異様で、その異様さが若冲をも連想させる。

逆に〈風神雷神図襖〉の場合は、そうした金地の上に展開しているいつもの琳派とは異なり、さっと描かれていて、むしろ手抜きのように仕上がっている部分がある。だがその手抜きのような印象はフェルメールに似ていて、その、すっと抜いてわざと描き込まないことが技法なのだ。
画集やネット上の画像ではこの風神雷神はべったりとしてしまって色彩が出過ぎていて、この軽さのような微妙な色合いと筆致の表情が出てきていない。

面白く感じたのは、息子である鈴木守一 (すずき・しゅいつ) との比較である。たとえば〈業平東下り図〉という其一の作品があって、それを模写しながら少しヴァリエーションを加えた守一の同名の作品があるが、その品位や全体の印象は較べるまでもなく、差は歴然としていて、琳派は世襲ではなく実力主義であったことを越えて、其一の天才性をあらわしている。
それよりこの其一のほうの〈業平東下り図〉の右下の造形に私はビアズリーを感じてしまうのだが、そうだとしたらもちろん其一のほうが元なのである。

それとこれは少し話題がずれるが、守一の〈石橋・牡丹図〉という三幅対があって、能の 「石橋」 (しゃっきょう) を描いたものだが、其一の双幅〈猩々舞図〉などと較べてしまうと、守一は小さくまとまってしまっていて躍動感に乏しい。
ただそれは別として、私はいままで 「石橋」 という能に、もっと哲学的な不条理さのようなものを感じていたのだが、それは世阿弥的な造形を至上としてしまう現代の目から見た後付けのかたちからの影響であって、描かれたこの絵から受け取ることのできる印象はまさにお目出度い獅子の姿である。
それは 「猩々」 (しょうじょう) にもいえて、其一の〈猩々舞図〉はもっと奔放で、様式美でありながらプリミティヴな様相を醸し出している。それは原初的な猿楽の伝統を内在しているのだ。
こうした切能の数々を、まだ無知な頃の私は形而下的とバカにしていたのだが、ある日、薪能で 「土蜘蛛」 を観て、その歌舞伎に通じる美しさと幻想、華やかさに目が覚めた。それは高踏ではなく庶民的であり、もしかすると江戸時代に、より洗練され発達したものなのかもしれない。

遠近法でなく菱形に伸びて行く部屋の描きかた――たとえば其一の〈吉原大門図〉に見られるような多くの人々が群れている描きかたには、明るさがあり寂しさとは無縁である。こうしたやわらかな筆致から江戸時代の生き生きとしたさまが偲ばれる。これはちょっとした想像力のタイムトリップであって、それは我が国の文化がすでに最盛期を過ぎてしまったのではないか、という疑問をあらためて感じさせてくれる。


別冊太陽 日本のこころ 244
江戸琳派の美:抱一・其一とその系脈 (平凡社)
江戸琳派の美: 抱一・其一とその系脈 (別冊太陽 日本のこころ 244)




鈴木其一/江戸琳派の旗手 (サントリー美術館)
http://www.suntory.co.jp/sma/exhibition/2016_4/
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末尾ルコ(アルベール)

確かに「日本画」という前提を知らずに鑑賞したら、ただ「美」だけを追究する無国籍にしてかつ尖鋭的な芸術家の作品に見えますね。情念などの表現よりも、ただ「美」だけを追究している凄みと言いますか。浮世絵も含めた日本画と庶民性というテーマは、原題の漫画やアニメとのつながりを含めて考えても興味深いです。 それといつも思うのですが、美術に限らず、「評価」が時代によって変わっていくのは、おもしろくもあり、怖くもありますね。 RUKO
by 末尾ルコ(アルベール) (2016-10-28 18:55) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

江戸時代は、戦国時代などと違って流動性が無く、
政治的には安定期というか、見方を変えれば停滞期でもあります。
ですから芸術の状態は一種のマニエリスム期でもあるわけで、
それをどう捉えるかによって評価が変わるのだと思います。
最盛期はやがて爛熟期となり、そして終わりが来ますが、
その崩壊へと向かった時代までも含めて
私は江戸時代にシンパシィを感じるほうです。
by lequiche (2016-10-29 02:16) 

えーちゃん

(▼∀▼)はっ (▼ω▼)ぴ~(▲∀▲)はろ (▲ω▲)うぃん
by えーちゃん (2016-10-31 06:51) 

リュカ

観にいけたのですね^^
良かった良かった!
サントリー美術館の次回の展覧会も楽しみにしてるのです♪

by リュカ (2016-10-31 09:31) 

lequiche

>> えーちゃん様

はろうぃーんコメ、ありがとうございます。
November the first is too late
(11月1日では遅すぎる) ですけど。
コスプレ、やりましたか?(^^)
by lequiche (2016-11-01 01:24) 

lequiche

>> リュカ様

時間が無くて、ざっと観てきただけなので、
こんな雑な文章しか書けませんでしたが、
其一、素晴らしかったです。
というか江戸文化そのものが憧れですね。(^^)
by lequiche (2016-11-01 01:25) 

Enrique

朝顔は江戸時代に急速に品種改良が進んだらしいですが,絵に見る花は原種に近い青い朝顔が多い様です。朝顔といえば青だったのかなと考えています。
by Enrique (2016-11-01 07:17) 

lequiche

>> lequiche 様

そうなんですか。
品種改良によって色やかたちが増えたので、
もともとは青色だったということなんですね。
ん〜、勉強になります。
品種改良、すごいですね。
by lequiche (2016-11-01 17:15) 

えーちゃん

コスプレしなかったニャ。
来年は、コスプレオフ会でもやりましょうか?(^^;
by えーちゃん (2016-11-02 02:07) 

lequiche

>> えーちゃん様

おおお、ナイスアイデヤ!(^^)
面白いですね。
来年といわず忘年会とか。
by lequiche (2016-11-02 02:55) 

hatumi30331

いつもありがとうございます。
ようやく秋らしくなってきましたね。^^
by hatumi30331 (2016-11-02 11:44) 

lequiche

>> hatumi30331 様

こちらこそありがとうございます。
秋になりましたね〜。
あっという間にすぐ冬になるかも、です。(^^)
by lequiche (2016-11-03 10:08) 

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