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《19世紀パリ時間旅行》に行ったこと、その他 [アート]

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Henri Rousseau/Vue de la Tour Eiffel et Trocadéro

練馬区立美術館で《19世紀パリ時間旅行》という展覧会が開かれているのを知り、最終日に行ってみた。西武池袋線中村橋という、ちょっと行きにくいところにあり、電車で行ったら途中で眠くなって乗り過ごしてしまった。強い陽差しの6月、駅を降りてすぐ、ローカルで親近感のある美術館である。

美術館サイトには次のような説明がある。

 フランス文学者の鹿島茂氏 (明治大学教授、フランス文学者) による 「失
 われたパリの復元」 (『芸術新潮』連載) をもとに、19世紀パリの全体像
 に迫る展覧会を開催します。
 パリのはじまりは遡ること紀元前3世紀、以後少しずつ拡大し、ヨーロッ
 パを、世界を牽引する近代都市として形成されました。その長い歴史の
 中で、もっとも衝撃的な出来事が第二帝政期 (1852-70)に行われた
 「パリ大改造」 (1853-70) です。しばしば 「パリの外科手術」 とも呼ば
 れるこの大改造は、時の皇帝ナポレオン3世 (1808-73/在位:1852-
 70) の肝いりで、1853年にセーヌ県知事に就任したオスマン男爵 (1809
 -91) によって着手されました。都市としての基本部分こそ大きな変化
 なく引き継がれましたが、ナポレオン3世の治世当初とその終焉の年で
 はパリの景観は様変わりしました。この大改造によって、現代のパリに
 続く都市の骨格が形成されたのです。
 1870年代に入り、大手術を経たパリの景観は、印象派をはじめとした画
 家たちの格好の題材となりました。それは新しいパリが、同時代の芸術
 家にとって創作の源泉となったことを意味しており、言い換えれば、近
 代都市の成立は近代美術の形成とも連動していると指摘できるでしょう。

ナポレオン3世といえば独裁と失脚、そしてナポレオンという名前を継承しただけの徒花的な時代の人物という印象も強いが、都市開発やパリ万博と結びつけて語られることも多い。今のパリという都市の形成を担ったのが彼であり、同時にそれまでの古いパリを消失させたのも彼である。
パリがどのように変わっていったのかという視点から見るという展示の方法として、その当時の地図と、それに対応する景観がどのように変わり、あるいは変わらなかったのかという比較から思わず連想してしまったのは《ブラタモリ》だったりするので、つまり一種の都市論・文化論でもある。

それともうひとつ、私の興味を惹いたのは、最近何かというと目に付いてしまう鹿島茂という名前に引っ張られてしまったというのが大きい。たまたまマイブームとして興味を持った対象と、鹿島茂の業績とが単純にシンクロしただけなのかもしれないが、もしそうだとしても、そこに何かあるのかもしれないという期待だけでも十分なのではないかと思う。

場所と時間の経過、そこから展開している絵画の変遷という見せ方は、ともすると煩雑になる危険性があるが、それが整然としていて、とてもよく考えられた展示であることが理解できる。時代が下るにつれて、都市の景観に並列して展示されている絵画も見知っている作品が多くなり、地味なルノアールがあって 「へぇ、こんなのあるんだ」 と思ったり、可憐でも華奢でもないドガの踊り子とか、白くならない頃のユトリロがとてもよかったりする。

館内で会場が3個所に別れているのだが、その区切りもかえって心地よくて、でもやはりパリ万博とそれが都市や人々に与える影響は強かったのではと思わせられる。最も象徴的な建築物はエッフェル塔だが、アンリ・ルソーの描いた《エッフェル塔とトロカデロ宮殿の眺望》はちょっと見るとエッフェル塔らしくなくて、でもその色彩感覚と穏やかな風景のかたちがまさにルソーである。
そしてベルエポックの、時代を象徴するような巨大なポスター群を経て、展示の最後に佐伯祐三が掛かっていた。近代美術館にある《ガス灯と広告》(Réverbère à gaz et affiches, 1927) である。有名な作品であるが、たぶん実物を見たのは初めてのような気がする。あぁ、これが最後かぁ。そうだよね……やるな練馬美術館! という感じ。
ナポレオン3世が造った (と言ってもいい) パリの街がこなれてきた頃に、その地に憧れ、訪れた東洋人がその街のぐちゃぐちゃした日常的風景を描いて、それがまた歴史のなかに確かにとどまっているという不思議。佐伯はその翌年 (1928年)、30歳で亡くなるが、彼の描いたパリは美しい歴史の眩暈である。

その後、時間があったので池袋に行き、この前買い損ねたナターシャ・プーリーの文庫本を買って、ついでに新潮文庫の新訳版『あしながおじさん』を買う。そしたら訳者の岩本正恵は2014年に亡くなったため、これが最後の翻訳書なのだと書かれていた。まだ50歳だったのに早過ぎる。
カート・ヴォネガットを読んだのが翻訳家になるきっかけだったと岩本は語っているが、その最後がウェブスターの翻訳だったっていうのは、ちょっと心があたたかくなる。

     *

この展覧会のことは、うっかりくまさんから教えていただきました。ありがとうございました。
それと佐伯祐三のことは以前、久生十蘭の話題に加えて、少しだけ書いたことがあります (→2012年05月03日ブログ)。


鹿島茂/19世紀パリ時間旅行 (青幻舎)
19世紀パリ時間旅行 失われた街を求めて




練馬区独立70周年記念展
19世紀パリ時間旅行 ―失われた街を求めて―
(展示は終了しています)
https://www.neribun.or.jp/event/detail_m.cgi?id=201702111486797027
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末尾ルコ(アルベール)

鹿島茂の本はわたしも愛読しています。基本的におもしろい文章を書ける人で、そこがよくいる「学者さん」たちとは雲泥の差ですよね。でも考えてみれば、フランス文学系の人たちは、おもしろい文章を書く人が多いような気も。澁澤龍彦、蓮實重彦などはその最たる人たちだし、最近では野崎勧などもよく読んでいます。
19世紀のパリはやはり世界史の中でも最も魅力的な場所の一つでしょうね。あまりに著名な芸術家、文学者がてんこ盛り状態。歴史的にも動乱の時代でした。
佐伯祐三の色使い、ちょっと歪んだような感覚、とてもいいですね。どこか苛立ち、あるいは神経症的な感覚もあって、そこがまた魅力になっています。
カート・ヴォネガットと言えば、来月のはじめにBSプレミアムで『スローターハウス5』があるので、久々に観てみようかなと。原作とは別物ですが、これはこれで子どもの頃に衝撃を受けました。けっこう映画の方のファンも多いです。『あしながおじさん』って、あまり記憶にないんで、読んでみたくなりました。
そう言えば、アンリ・ルソーも大好きです。クリアな空気の中に、得も言われぬ孤独感があるんですよね。 RUKO


by 末尾ルコ(アルベール) (2017-06-07 03:22) 

きよたん

練馬美術館にはしばしば訪れますが
この展示も見たかったですね
見逃しました。
佐伯祐三もここでの展示で見た事があります
巴里の街角はやはり佐伯祐三ですね
油絵の具の厚塗りと色が独特です
by きよたん (2017-06-07 10:34) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

鹿島茂の『神田神保町書肆街考』っていう本を読んだことは
すでに書きましたが、すごく昔のことが書いてあるので、
なんとなく鹿島先生ってすげーオジイサンだと思っていたんです。
先入観っておそろしいですね〜。鹿島先生失礼しました。(^^;)
蓮實先生ほどアクが強くないですし (コラコラ ^^;)。

練馬美術館ではこれより以前にも、
鹿島先生のコレクションを主とした展示をしていたようなんですが、
とても意欲的ですし、私はこうした小さな美術館ががんばってる、
みたいなの好きです。根津美術館なんかもそうです。

19世紀、パリ。言葉の響きがいいですね。(^^;)
そして世紀末になって20世紀に突入していくあたりも好きです。
ナポレオン3世って徳川慶喜なんかと同じで、
多面的な評価があるように思いますし、
そういう人物のほうが研究対象としては面白いですよね。

エッフェル塔のルソーはポーラ美術館蔵とのことですが、
他にもルソーだけでも良い作品を幾つも収蔵されているようで、
ポーラやるじゃん! って感心してしまいました。
佐伯祐三のこの絵も、よく日本で押さえていたなぁと思います。
佐伯は色が違いますね。何か滲み出てくる光があります。
それが今回はっきりわかりました。

ジョージ・ロイ・ヒルの映画は観たことがあるんですが、
そのときの私の精神状態がよくなかったのか、
あまり印象が残っていないんです。また改めて観てみたいです。

『あしながおじさん』はジュヴナイルの最高傑作のひとつです。
私にとってはベスト3くらいのうちの1冊です。
たぶん、そうさせるのはその人の子どもの頃の体験とか
そうした条件的なものに左右されるのだろうと感じます。
by lequiche (2017-06-07 14:14) 

lequiche

>> きよたん様

あ、そうなんですか。良い美術館ですね。
なぜかビビッと引かれるものがあって、行って正解でした。

佐伯祐三は作品の数も少ないですけれど、
それに藤田嗣治みたいに恵まれてなかったですけど、
視野狭窄したみたいに研ぎ澄まされた感覚があります。
この個所の塗り方は何なの? と見入ってしまったり、
心底すごいです。
by lequiche (2017-06-07 14:15) 

うっかりくま

わお!取り上げていただいて光栄です。
実は自分はあまりゆっくり見ることができず、
lequicheさんの解説を密かに期待していたので
とても嬉しいです!建築途中や燃えている建物
の絵も物珍しく、言われてみればブラタモリ・
パリ番外編的な所も確かにありました(^^)。
終了直前情報で申し訳なく、こちらこそ有難う
ございました。
あしながおじさん、小学生の時ドキドキしながら
読んでたなあ~。紫の薔薇の人の原型みたいで。
by うっかりくま (2017-06-08 01:35) 

lequiche

>> うっかりくま様

会期中のイヴェントに行くことができればよかったのですが、
最終日に展示を観られただけでも十分に有意義でした。
一番びっくりしたのは、
パリの中心部だけでなく周辺部分までを含んだ地図で見ると
セーヌ川が甚だしく蛇行していて、
ブローニュの森を巻くようにして流れていることです。
このセーヌの蛇行を私は初めて知ったのですが、
たぶん地理的にはごく初歩的な知識のようで、
でも恥ずかしいのでブログ本文には書きませんでした。(^^;)

『あしながおじさん』はすべて手紙文の小説なので、
情景がダイレクトでなくてヴェールがかかっているんです。
そのイマジネーションに訴える形式がすごかったですね。
子どもの頃は、いけない本を読んでいるような気持ちがしました。
つまり他人の手紙を盗み読みしているように感じたのです。
紫の薔薇の人は、はっきりいってパクリですが、
でもこういうのは一種の貴種流離譚のパターンであって
よくある小説構造ともいえます。

あと、ジュヴナイルでは
リチャード・チャーチの『地下の洞穴の冒険』とか
メアリー・ノートンの『床下の小人たち』などの
記憶があります。
チャーチは竹宮惠子先生が推してたので、
嗜好が同じだなぁと思いました。
メアリー・ノートンはジブリのアリエッティの原作ですが、
宮崎駿がこれを知っていたのはさすが、というのと、
でもそんなにメジャーな場所に出さないで! というのと
気持ちが交錯して複雑でしたね。
by lequiche (2017-06-08 02:52) 

NO14Ruggerman

佐伯祐三のことは落合道人さんブログでしばしば取り上げられているので人となりを知りましたが、いわゆる芸術家と言うか凡人では考えも及ばぬ発言や行動に感心しきりでした。
佐伯祐三記念館は散歩コースです。
by NO14Ruggerman (2017-06-09 14:33) 

lequiche

>> NO14Ruggerman 様

佐伯祐三はあらゆる意味で伝説の人物なのかもしれません。
あまりに短い生涯なのが残念です。
佐伯祐三記念館というのは知りませんでした。
そのうち時間を見つけて是非行ってみたいと思います。
初期作品でもその非凡さがわかりますが、
パリの絵はそれを凌ぐ完成度で、
もう少し長く生きていたらどうなったのか知りたかったですね。
by lequiche (2017-06-10 00:27) 

sig

私がフランスのことを調べるのは、もっぱら映画発祥の地としてのパリであり、その時代なのですが、鹿島茂さんの著作にはずいぶんお世話になっております。
by sig (2017-06-20 11:56) 

lequiche

>> sig 様

そうですか。
映画だけでなく広範な興味と知識に驚きます。
あらゆる話題に対応されているような気がします。
鹿島先生と、あと外語大の今福龍太先生、
このお2人がいまのところ私のアイドルです。(^^)
by lequiche (2017-06-20 23:29) 

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