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《横尾忠則 HANGA JUNGLE》展に行く [アート]

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横尾忠則《責場C》

町田市立国際版画美術館で開催されている《横尾忠則 HANGA JUNGLE》展に行った。町田にはたぶん今まで行った記憶がないので初めて訪れた町なのだと思うが、駅を降りると初夏の太陽が照りつけるどこにも逃げ場の無い白っぽい道が延々と続いていて、その照り返しにくらくらとしてしまい、ムルソーみたいな気持ちになる。いつか栃木県立美術館に行ったときも宇都宮の駅の前の道がこんなふうに白っぽかったという記憶がある。
でも町田駅前にはマルイも、ツインズという東急のビルも、そして109まであるのだけれど、109のビルの入口には生涯学習センター/中央公民館の看板も付けられていて、なんかちょっといい。

美術館サイトの地図をたよりになるべくわかりやすい道を選んで歩いて行ったら、とんでもない急坂の下りがあって、その途中になぜか警備員が立っていて、その坂が下りきり巻き終わったあたりに美術館があった。

版画っていうのは結局印刷物なのだから、画集などで見るのとそんなに違わないのでは、という〈反=期待〉は見事に裏切られた。この、肉厚に緻密に盛られたシルクスクリーンの質感は現物を見ないと絶対にわからない。有名なポスター群もすべてがシルクスクリーンであって、この時期の状況劇場や天井桟敷のポスターなど、とんでもなく贅沢な美術を用いていたのだということが納得できる。
比較の対象として適当ではないかもしれないが、それはロートレックのポスター以来の美術的な作品であり、横尾以後、比肩するものはあまりないのではないかと私は思う。

館内は入場者もまばらで、とてもゆっくり鑑賞することができた。おまけに写真撮影可とのこと。
最も見たかった作品はしかしポスターではなく、《責場A/B/C》(1969) という作品である (図録および出品リストでは1969年となっているが、『美術手帖』2013年11月号では1968年とある)。横尾が版画を制作するきっかけとなった作品であり、翌年の第6回パリ青年ビエンナーレでグランプリを受賞した。しかし今回の図録によれば、《責場A/B/C》は最初の作品ではなく、《生風景I~V》《写性I~III》(1968) がそれに先行する作品であるという。確かにこれらの作品には、どのようにすればどのような効果を得られるかということを試行している部分が見受けられる。

《写性》では画面の周囲に印刷トンボが存在し、それを含めての作品となっている。シルクスクリーンの各特色の分版のチャートもトンボと同様に存在するが、それは四角や丸のベタではなく、性格の悪そうなミッキーマウスの顔になっている。
この技法をさらに発展させたのが《責場A/B/C》である。これはA/B/Cという3つの画面に別れていて6種類の同様の絵のヴァリエーションなのだが、これらを一括して《責場A/B/C》という作品として提示しているのだ。
それぞれは版を刷り重ねていく途中の状態にあり、完成間近のようにみえるのがCの上部であるが、でも完成してはいない。横尾は、

 この作品ではプロセスがテーマになっているんです。ポスターの原稿は
 白黒で描いて、頭の中で色を想定して指示を書いていくんですが、その
 思考過程そのものを絵にしている作品です。ポスターの完成版はどこに
 もなく、4色の各版の層を重ねて見る人の脳の中にしかない。その意味
 ではこの作品も、「未完」 というテーマを持っていますね。(前出『美術
 手帖』p.23)

と述べている。
だから横に並べられている模様のような花札もカラーチャートのパロディなのだ。横尾はこの説明で4色プロセス的な表現をしているが、この作品はシルクスクリーンであるから、そんなに単純ではない。シルク原画の美しさと肌理の細かさ、グラデーションの美しさは4色プロセスの比ではなく、映画館で観る映画とブラウン管のTVで見る映画くらいの差があると私は思う。
それにシルクスクリーンでは、蛍光色やラメの入った色も使用するから、それが図録に4色プロセスで載ったとしても、まるで違った印象しか感じない。画面全体に水玉を敷き、その上に他の色を乗せていくと、色によって下の水玉が透けたり透けなかったり、微妙な陰翳を生む。
しかしオフセット印刷の写真は網点の集積でしかないから、版画の重さを表現することはできないのだ。

横尾は単なる4色プロセスのときにも指定を間違えてしまい、自分の意図したのと違った色が出てしまっても、それはそれで面白いんじゃない? と言っていたこともあったが、そうはいいながらもそれは韜晦であって、多色を重ねるときの効果に通暁していないとこのような作品は出て来ないはずである。

もちろんシルクスクリーンだけではなくて、木版やリトグラフ、エッチングなど、そしてオフセット印刷との併用などの作品があるが、どれもその特質をとらえていて、さらに技法的な意外性を追求していることもよくわかる。木版などの分版をわざとズレたようにしているのもあらかじめ考えて作っているのだと思われる。
ただ、やはり一番美しいと思われるのはシルクスクリーンによる作品であり、近寄って見ると、スクリーンの網目までわかり、まさに陶酔の極致であった。

横尾は、自分にとって絵を描くこととはまず模写をすることだったと言っているが、彼の子どもの頃の模写がすでに子どもの域を全く外れていたことはよく知られている。最初から描けてしまったという天才性は誰にでも備わっていることではない。

美術館の帰り道、あの急坂を上るのは嫌だと思って裏側からの道に行ったらわからず、一度行って戻って来た。美術館サイトのオシャレな地図のおかげである。


図録:横尾忠則全版画 (国書刊行会)
横尾忠則全版画 HANGA JUNGLE




横尾忠則 HANGA JUNGLE
町田市立国際版画美術館
2017年06月18日 (日) まで
http://hanga-museum.jp/exhibition/index/2017-333
最終日には横尾先生のサイン会があるそうです。
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末尾ルコ(アルベール)

わたしも今日、車の中でムルソー的気分に(笑)。暑いですよね。カミュは小説もそうですが、『反抗の論理』とか、短い文章をまとめた本が大好きで、いつも手元に置いてページを捲ってます。短い文章でもとても美しいのがいいです。ライバル(?)だったサルトルの本とか、暑苦しくて滅多に開く気はしませんが(笑)。
横尾忠則は大好きで、芸術家としてももちろん、人間的にもとても魅力的な方であり続けているのが嬉しいですね。「(自分)が幽体離脱をしょっちゅうしてる」なんていう話を平気でするのも楽しいですし、高倉健や宝塚に魅了されるような感覚も素敵です。そして三島由紀夫との関係も素晴らしいです。あと、横尾忠則は淀川長治を尊敬していて、このあたりもとても好感が持てます。わたしも淀川さん、大尊敬していますので。二人の対談本も出ていて、淀川さんが横尾忠則を子ども扱いするんですが、淀川さんと対談する人は、皆「子ども扱い」されて喜んでるんですよね。

>映画館で観る映画とブラウン管のTVで見る映画くらいの差があ る

なるほどです。すごく興味深いですね。実は横尾忠則作品は画集で鑑賞しているのがほとんどで、拝読していずれ展覧会でじっくり観たくなりました。

>館内は入場者もまばらで、とてもゆっくり鑑賞することができ  た。

まばらな美術館、最高です。作品と直接会話している気分になりますものね。素敵な時間を過ごされて、羨ましい限りです。 RUKO
by 末尾ルコ(アルベール) (2017-06-17 01:05) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

ムルソーだけでわかっていただけるとうれしいです。(^o^)
私はカミュもサルトルも深く読んでいないのですけれど、
サルトルって暑苦しいんですか?
ボリス・ヴィアンのなかにジャン=ソウル・パルトルって人が
出て来ますがあれはおちょくっているのか、
それとも親愛の情からなのか、よくわかりません。

上述の美術手帖の横尾忠則特集のキャッチは、
天然か天才か、というのでしたが、もちろん天才です。
図録には高倉健とのツーショットも掲載されていて
2人ともちょっとカッコイイです。
昨日までこの展覧会に気づかなかったので、
もっと早くわかっていれば、期間中に企画されていた
イヴェントにいろいろ行けたのに大変残念です。
元・宝塚の大和悠河さんと横尾先生の対談もあったようです。

淀川先生に子ども扱い、まぁそうでしょうね。
淀川先生から見れば誰でも子どもですし。

この前は練馬区立美術館に行きましたが、
ちょっとマイナーだったり地方の美術館ががんばってる
みたいなのにとてもシンパシィを感じます。
栃木県立美術館とか水戸芸術館は素敵ですし、
以前の神奈川県立近代美術館はとても良かったのですが
閉館してしまいました。

この展覧会は、この後、9月から
神戸の横尾忠則現代美術館に巡回します。
http://www.ytmoca.jp
お時間があったら行かれてみてはいかがですか。
by lequiche (2017-06-17 01:47) 

きよたん

この美術館は数回行ったことがあります
駅からは離れて確かに坂道を行った記憶が
緑の多い良いところですね
撮影が出来るのは魅力です
by きよたん (2017-06-17 07:22) 

ぼんぼちぼちぼち

横尾さんいいでやすよね~
18日までだったら残念ながら行けないでやすが。
当時の天井桟敷や状況劇場のポスター良かったでやすよね~
単にデザイン的にクオリティが高いのみならず、ポスターがどんな芝居であるかを語ってやしたよね(◎o◎)b

by ぼんぼちぼちぼち (2017-06-17 14:25) 

lequiche

>> きよたん様

そうなんですか。
丘と谷を利用した樹木の豊富な公園が隣接されていて
遊んでいる子どもたちもいました。
噴水では水着を着た子どもがばしゃばしゃ遊んでいました。
博物館のロケーションとしては素晴らしいと思います。
撮影可なのは横尾先生が太っ腹なんてしょうね〜。
by lequiche (2017-06-17 15:14) 

lequiche

>> ぼんぼちぼちぼち様

何とか行けそうだったので無理して行ってきました。
ポスターの実物を見たのは初めてですが、
雑誌などに載っているのとは全然違いました。
おそろしくパワーがあって骨太です。
芝居の内容がわかるというのもいいですね。(^^)
by lequiche (2017-06-17 15:14) 

うっかりくま

はあ~、行きたかったのに終わってしまったか。。
ryoさんブログを訪問したら近くで本の雑誌展も
あったというので残念の二乗。。横尾さんの
滝や三叉路のシリーズのファンでしたが、時代性
が感じられるポスター群や、この責場っていうの
も何やらスゴイですね(^^)。
by うっかりくま (2017-06-18 21:24) 

lequiche

>> うっかりくま様

はい、その通りです。ryo1216さんのブログから、
いつも良い情報をいただいております。(^^)
東京での展示は終わってしまいました。残念でしたね。

あ〜、本の雑誌!
と名前は知っているんですが、よくは知りません。
でもこの前創刊号〜10号のBOXセットというのを見かけたので
とりあえず押さえておきました。まだ読んでいません。
パッケージングされていて未開封です。(マタソレカ ^^;)

《責場A/B/C》の先行作品である
《生風景I〜V》《写性I〜III》には性的表現があるので
成人指定とのことで別室の展示になっていましたが、
あんなので性的興奮が、もし起こるのだったら、
その子どもは相当感受性に優れている才能のある子どもです。

カラープロセスのときの印刷所に対する指定は
昔の絵師と摺り師の関係性に似ているのではないでしょうか。
そのプロセスの分版作業の過程を作品としてしまおうというのは
一種のアヴァンギャルドです。
ポスターは横尾ブランドを象徴するわかりやすいアイコンですが、
もっと手が込んでいるのに、一見地味な作品のなかに
横尾の本質があります。
by lequiche (2017-06-19 04:12) 

えーちゃん

オフセット印刷なら知ってます。
版画も今の印刷と同じ工程だよね。
by えーちゃん (2017-06-19 22:48) 

lequiche

>> えーちゃん様

シルクスクリーンの場合、
細かい原理はよくわかりませんが、
すごく簡単にいうと精密な謄写版みたいなものです。
雑な看板用として使われていましたが、
それをアートとして使ったのがアンディ・ウォーホルでした。
by lequiche (2017-06-20 11:02) 

sig

あらら、終わってしまいましたか。自分のことにかまけて、行きたいと思いながら間に合いませんでした。とんでもない大事なものを逃がした気がします。
by sig (2017-06-20 11:46) 

lequiche

>> sig 様

出会いとはそんなものだとは思います。
ご縁があれば見ることができるし、
見られなくてもそれはご縁がなかったということで。(^^)
運命論みたいですが、最近そんな感じが少しするのです。
ただ、こう言っては失礼ですが、
横尾先生は思っていたよりずっとすごいです。
現象面でのトリックスター的な外貌により
評価が疎外/矮小化されてしまっている部分があります。
by lequiche (2017-06-20 23:36) 

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