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wish I could climb a ladder ― BONNIE PINK《evil and flowers》を聴きながら [音楽]

bonniepink_180224.jpg

BONNIE PINK について私は、そんなに真面目なファンでもないのだけれどちょっと気にかかる存在で (ということは過去に書いた→2012年11月10日ブログ)、でもオリジナル・アルバムは2012年の《Chasing Hope》以来、リリースされていない。
そのとき、《Thinking Out Loud》について少し否定的なニュアンスを持ったのは、〈A Perfect Sky〉という売れ線な曲が収録されていたことの影響があったのだろうと思うのだが、今聴くとそれなりなポジションに収まってしまっているように思える。時の経つことはおそろしくも、また懐かしくもある。

それで、昨年にはベスト盤が出ているのだけれどまだ聴いていないし、とりあえず私にとっての1枚は《evil and flowers》(1998) なのかもしれないと思う。ファンの人のブログによれば、この3枚目のアルバム《evil and flowers》は、煮詰まってアメリカに行ってしまう直前の時期だということなのだが、そのへんの事情はよく知らない。このアルバムを含む初期のリマスターが2016年に出されている。

《evil and flowers》というタイトルはボードレールの『悪の華』(Les Fleurs du mal) の英語タイトル《The Flowers of Evil》から触発されたものなのではないかと思う。といってもボードレールを連想させるものは見当たらないが。

アルバム・タイトル曲の〈evil and flowers〉の歌詞はよくわからないが、then you must go とか go somewhere to find yourself といった部分が、今いる場所からの脱出を暗示しているといわれればその通りな気がする。
ただ、私が気になるのはこの部分だ。

 We’re always petrified and tied
 wish I could climb a ladder

ladder という言葉から私が連想してしまったのはオノ・ヨーコのYESにおける梯子だった。梯子は暗喩であるが、でも梯子そのものが何らかの希望、ないしは何か異なる場所への転機を象徴していることも確かである (オノ・ヨーコのYESについては→2012年09月08日ブログを参照)。
どこで読んだのか覚えていないのだが、借りている部屋が家屋の2階にあって、階段が付いていないので部屋に入るためには梯子で昇らなければならないという話を思い出す。それが実際にあった話なのかそれとも虚構なのかはわからないが、でも昔だったら、そういう奇妙な家も存在していたような気がする。
私が子どもの頃、住んでいた家には玄関がなかった。勝手口が玄関だったのである。それだけでなく、いろいろと謎の構造をした家だった。隠れる場所が幾つもあったが、そうしたことに興味を示す友だちもいとこたちもいなかった。子どもの頃の私には、玄関のないことが漠然と恥ずかしかったのだが、今になると妙に懐かしい。もちろんその家はもう存在しない。それ以後、何回か引っ越しをしたけれど、夢に出てくる私の家はいつもその最初の家である。

屋根裏部屋というのも一種の子どもっぽい夢を満たす幻想のひとつであって、私が夢みたのは変形の、直方体でない屋根裏部屋だった。部屋のかたちは五角形で天井も斜めになっていて、眩暈を覚えるような構造の部屋。そしてさらに天窓があり、階下から上がっていくときと天窓から降りてくるときとでは部屋の構造が異なっているのだけれどそれは同時に存在しているのだ、という短い小説を高校生のときに書いた。といってもその認識はシュレディンガーの猫の影響に過ぎない。あるいはまた、ブリジット・フォンテーヌのレコードの解説の、間章の文章のなかにあったパリの屋根裏部屋からのイメージなのかもしれなかった。イルフェフロア。それは寒さの記憶でしかない。

《evil and flowers》には〈Quiet Life〉という曲もある。Quiet Life というタイトルから私が思い出すのは、デヴィッド・シルヴィアンのJAPANの Quiet Life だが、BONNIE PINKのそれはもっと屈折している。

 Quiet life I longed for is my enemy now
 “What’s wrong with you, babe?”
 ask an old goat
 I forget everthing even a bitter smile

なぜgoatが出てくるのかよくわからなくて、私が連想するのは 「やぎさん郵便」 だったりするが、それではコメディでしかない。a bitter smileから連想するのはブライアン・フェリーの Bitter-Sweet であるが、これもかなり見当外れな連想だ (Bitter-Sweetについては→2013年01月11日ブログに書いた。でもBONNIE PINKの拠り所とするのはアメリカやスウェーデンであり、ベルリンではない)。
歌詞の2番ではこの部分は、

 I forgot everything even your way of waving

に変化する。静かな生活とは、苦い別れを思い出すような記憶でしかない。「あなた」 とは作詞者本人のなかでは具体的な像を結んでいるのだろうが、それを置き換えするべき人が私には存在しない。


bonnie pink/evil and flowers (ポニーキャニオン)
evil and flowers[UHQCD]




BONNIE PINK/Look Me in the Eyes
https://www.youtube.com/watch?v=6uDhYNiUGC8

bonnie pink/evil and flowers (full album)
http://www.nicovideo.jp/watch/sm11719426
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末尾ルコ(アルベール)

ようやく春らしさが少し出てきました。でも野菜が高いままでビタミンなどの不足を懸念しております。
気温がしっくり来始めると、身体だけでなく、精神状態や頭脳状態もより柔軟になってくる感覚がありまして、山脈と化した未読の書籍類に対しても、このところ積極的に踏破しようという覇気が疼き始めました。
覇気って、大切ですよね。
先日も未購入だったドストエフスキーの『悪霊』全巻を揃えまして、文庫ではありますが、ほくそ笑んでおります。
もちろん本を前にしてほくそ笑むだけではダメで、(今日にも読み始めるぞ!)と。
つまりまだ読み始めてないのでございますが(笑)、本っていいですね。

さてBONNIE PINK。
わたしは名前を知っていたくらいで、ほとんど聴いたことありませんでした。それにしてもボードレールとランボーって、完全に時代を超えておりますね。わたしは現在でもこの二人の詩人、原文と様々な日本語訳を毎日読んでおります。
もちろん他にも素晴らしい詩人は多く存在しますが、ボードレールとランボーほど超越している人たちはなかなか見つからないのではと。

Ladderでわたしがすぐ思い出すのは、「Jacob’s Ladder」という言葉で、同名のホラーサスペンス映画もあります。想像力を極めて刺激してくれる言葉ですね。
「屋根裏部屋」は幼少時に江戸川乱歩を読み耽ったわたしには馴染みの場所ですが、実生活の中では魅惑的な屋根裏部屋に行き当たった経験はありません。
「床下」なんていう場所も素敵ですよね。

リンクしてくださっているBONNIE PINK、視聴しました。
心地よく聴かせていただきましたが、なにぶん「初めて聴いた」くらいのものなので、感想を述べるほどの言葉は出てきません。
最近痛感しているのが、わたしは日本のポップスに対してかなり極端なバイアスを持ち続けていたということです。
lequiche様のお記事はいつも、そんなわたしのバイアスを解きほぐしてくださっております。
日本の女性ボーカルについてもいろいろお聴きしたいことがあるのですが、例えば、ちょっと唐突ですが(笑)、矢野顕子やプリンセス・プリンセスについてはどのようなご意見をお持ちでしょうか。
お時間あります時に、お教え願えれば幸いでございます。
それでは本日はこのあたりで。 RUKO

by 末尾ルコ(アルベール) (2018-02-25 13:14) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

私が読んだドストエフスキーは米川正夫訳ですが、
最近話題の亀山訳がどうなのか興味があります。
ドストエフスキーは長過ぎるという人もいますけれど、
そんなに読みにくい内容とは思えないのですが。

フランスのカリスマ的歌手ミレーヌ・ファルメールの
L’horlogeという曲は、以前のブログにも書きましたが、
http://lequiche.blog.so-net.ne.jp/2012-05-18
ボードレールを歌詞にしたものです。
といってもほとんどメロディがありませんが。(笑)

1989年の伝説的なライヴはこの曲から始まっています。
YouTubeには今、コンサートのフルヴァージョンがあります。
前フリが長いですが、1曲目は3:10頃からです。
https://www.youtube.com/watch?v=-bmAkH-pd6M

ヤコブの梯子も旧約聖書ですね。
ブログ本文にも書きましたが、キリスト教的価値観において
梯子は梯子そのものであると同時に
暗喩というか象徴になっているのだと思います。

屋根裏部屋はその言葉だけでも幻想的ですね。
でも最近の住宅は、住宅工法も進歩したためか、
屋根裏部屋を作るのが結構流行だったりするようです。
床下といえばメアリー・ノートンの『床下の小人たち』です。
私のひそかな愛読書だったのですが、
宮崎駿にアリエッティを作られて世の中に知られてしまい
ちょっとがっかりでした。

矢野顕子は最初に注目したのが
《オーエスオーエス》というアルバムの
〈おもちゃのチャチャチャ〉でした。
リズムに対する歌の入れ方が
裏に裏に回っていくようで、錯覚なんですが、
これはカッコイイなあと思いました。
https://www.youtube.com/watch?v=zg1clFyVJ2M
その後、遡って最初のアルバムからざっと全部聴きました。

プリンセスプリンセスはよく知りませんでした。
私が聴いたのは解散した後でしたが、
中古の全曲ボックスを見つけて全部聴きました。
上手いですしポジティヴですね。

ガールズバンドだとZELDAというのがありましたが、
その末期に偶然、ライヴを一度聴いたことがあります。
ガールズバンドではありませんが、
その頃の女性ヴォーカルだとG-Schumittっていうのが
カッコイイと思いました。CDも持っています。
最近のガールズバンドでは
ステレオポニーというのがよかったと思うのですが、
すぐに解散してしまったので残念です。

ところで、冬期オリンピックは閉幕してしまい、
ルコさんはあまりオリンピックには御興味がなかったようですが、
女子フィギュアスケートのザギトワはどうなのでしょうか?
フィギュアの衣裳はフレアスカートが普通なのですが、
ザギトワのはバレエのチュチュのようで、
あの衣裳は卑怯だなぁ (笑) と思ってしまいました。
ファッション系のサイトにもそのような意見があります。
https://www.vogue.co.jp/fashion/editors_picks/2017-12/09/mayumi-nakamura/page/4
by lequiche (2018-02-26 02:23) 

末尾ルコ(アルベール)

Bonjour~~♪
リンクしてくださっている記事、さっそく拝見しました。
実は五輪の情報は極力避けていたのですが(競技ではなく、報道がもうぜんぜんダメなのです)、女子フィギュアだけはしっかり観ました(なんと、男子は観てないのに 笑)。
やはりロシアの美しいスケーターが2人もいると、観応えがあります。
チュチュタイプがフィギュアで珍しいということまでは気づきませんでしたが、最初から腕の動きが(ボリショイ・バレエか!)という感じでした。日本人、そしてフランス人にもあの腕の動きは無理ですね。ぜんたいの優雅さはメドベージェワでしたが・・・とにかくおもしろかったです。 RUKO
by 末尾ルコ(アルベール) (2018-02-26 08:40) 

lequiche

> 末尾ルコ(アルベール)様

ザギトワは、Vogueの記事の解説のように、
今回のフリーでもMinkusのDon Quixoteを使用したようですが、
バレエに詳しいかたならこの赤はKitriの衣裳である
ということがすぐわかるようですね。
フィギュアに使われる音楽は、今回でも
ショパンの遺作ノクターンとか使っている選手がいて
ラフマもよく使われますし、結構ベタですけれど (笑)、
特にロシアの場合はバレエとフィギュアは地続きの感じがして、
ああやっぱり、と思いました。層の厚さを感じます。
男子フィギュアも
昔はロシア人の独壇場のような状態だったようなきがしますが、
最近はどうなのでしょうか。
by lequiche (2018-02-27 04:23) 

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