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フランス・ギャル《初めてのヴァカンス》を聴く [音楽]

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France Gall, Serge Gainsbourg, 1965

フランス・ギャルの初期のアルバム5枚のリマスター盤は結果として彼女の追悼盤となってしまった。1stアルバムとされている《初めてのヴァカンス》(Mes premières vraies vacances, août 1964) を聴く。この頃のアルバムはアルバムタイトルというものがまだ確立されておらず、このアルバムもタイトルとしては france gall なのであるが、それだと区別がつかないから便宜的に1曲目をそのアルバムのタイトルとする慣習に従っている (紙ジャケットの背文字はFRANCE GALLとなっている)。

それと正確にいえばこの1stアルバムは12inch (30cm) 盤の1stであって、その前に《N’écoute pas les idoles》(mars 1964) という10inch (25cm) 盤がリリースされている。25cm盤は8曲だが30cm盤は12曲、つまり4曲プラスされていることになるが、曲順も異なる。
25cm盤ではA1が〈N’écoute pas les idoles〉、そしてB4の最後の曲が〈Pense à moi〉であり、最初と最後に重要曲を持ってくるというセオリーに沿っている。
私は25cm盤も30cm盤もまとめてカウントしたので以前のフランス・ギャルの記事では《N’écoute pas les idoles》を1st、《Mes premières vraies vacances》を2ndとしていた。だが内容的には重複しているので30cm盤の《Mes premières vraies vacances》を1stとするのが妥当だと思われる。この25cm盤というのは、4曲入り17cm盤と30cm盤の中間的な性格なのかもしれない (以前の記事は→2012年12月04日ブログ参照)。

さて、5枚出た今回のリマスター盤ではこの1stアルバムのみがモノラルであり、2枚目はモノとステレオ混在、3枚目以降はステレオとなる。1964年のモノラルだからと侮ってはいけない。非常に音がクリアで、無駄な音がなく、決してチープだったり貧弱な音ではない。

25cm盤の曲順でもわかるように、このアルバムのなかで最も重要なのはtr08 (LPではB面2曲目) の〈N’écoute pas les idoles〉(アイドルばかり聞かないで) である。唯一のセルジュ・ゲンズブールの曲であるが、4つ打ちのリズムとそれにからまるブーミーな音に乗るヴォーカルがすでに次の〈夢見るシャンソン人形〉を暗示している。途中で半音上がるお決まりなパターンもカッコいい。歌詞の美しさと完璧さについてはあえて触れない (ゲンズブールの歌詞についてはたとえばココ→2012年05月10日ブログ)。
〈アイドルばかり聞かないで〉というタイトルは、同時期にミシェル・ボワロンの監督によるコメディ映画《アイドルを探せ》(Cherchez l’idole) があり、アイドルを探せ→アイドルを探すな→アイドルを聞くな、というダジャレのような気もする。《アイドルを探せ》の公開は1964年2月となっているが、1963年公開という記述もあり、どちらにせよ〈アイドルばかり聞かないで〉よりやや先行した作品のはずである。

tr05の〈Pense à moi〉(パンサモア) についても以前の記事に書いたが、解説のサエキけんぞうもデイヴ・ブルーベックの〈テイク・ファイヴ〉(1959) 風に作られた曲であると言っている。彼女がフィリップスのオーディションを受けたときに歌ったのが〈テイク・ファイヴ〉だったとのこと。〈テイク・ファイヴ〉にも歌詞があるのか! と一瞬思ったのだが、ジャズのスタンダード曲にはまず歌詞があると思って間違いない (〈テイク・ファイヴ〉は4分の5拍子によるジャズの大ヒット曲である)。
〈Pense à moi〉は父親であるロベール・ギャルの作詞、ジャック・ダタンの作曲であるが、ダタンはtr01の〈Mes premières vraies vacances〉やtr09の〈J’entends cette musique〉(審判のテーマ) も作曲している。この曲は日本でのシングル・デビュー曲とのこと。

あらためてこの〈Pense à moi〉を聴いても、歌の上手さは最初から完成していて単なるアイドル歌手とは全然異なる。「大人趣味の彼女が “わざと?” 舌っ足らずに歌う魅力」 とサエキけんぞうも指摘しているが、あらためて思うのは、かわいく歌っている部分はブリッコであって確信犯だということだ。
たとえばtr06の〈Ça va je t’aime〉(恋のサバ・サバ娘) の冒頭のようなベタッとした地声的な発声もその一環であり、歌が下手なのではない。

tr07の〈La cloche〉(ギターとバンジョーと鐘) についてサエキけんぞうは大瀧詠一の〈FUN×4〉(アルバム《A LONG VACATION》(1981) に収録) にそっくり、というが、たぶんというかほとんど間違いなく大瀧詠一はこの曲を知っていたのだろう。ただ、大瀧詠一はやはり日本人で、テイストが日本風に翻訳されている。この元曲を知ってしまうと、ヨーロッパと日本の音感覚 (そのリズム) の違いを思い知らされる。もちろん大瀧はその差異をわかっていてわざとやったのに違いない (イエローサブマリン音頭と同じ)。
この曲でも高音部が出ないので無理して歌っているような箇所があるが、それも〈かわいさ〉の変形としての仕掛けであるように思える。つまりフランス・ギャルのテクニックは底知れない。
この1964年という頃、音楽は今よりソフィスティケートされていて、その本質を知っていたように思える。くだらない飾りはいらない。


France Gall/初めてのヴァカンス (Mes premières vraies vacances)
(ユニバーサルミュージック)
初めてのヴァカンス(紙ジャケット仕様)




France Gall/N’écoute pas les idoles
https://www.youtube.com/watch?v=NyvbFSve_Fo
or
https://www.youtube.com/watch?v=dXHW6oOXYhc

France Gall/Pense à moi
https://www.youtube.com/watch?v=nS4gtEij2qY

France Gall/La cloche
https://www.youtube.com/watch?v=YUaaTM4PlX4
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末尾ルコ(アルベール)

ゲンズブール、カッコいいですね。初めてゲンズブールの動く映像を観た時には、(なんて強いカリスマがあるんだ)と感じたものです。
でも「顔」としては「不細工」だという意見もあるようですね。まあこのあたりは見る人の好みもあるのでしょうが。
リンクしてくださっている動画を視聴したのですが、フランス・ギャルは案外歯並びがよくないですね(笑)。
欧米の人、特に俳優や歌手などは矯正でビシッと歯並びが揃っている人が多いのですが、日本人のわたしとしてはフランス・ギャルへの親しみが強まります。
でも少し前のフランス人は必ずしも歯並びが揃っている人ばかりではないかな。現在大スターのレア・セドゥは前歯に一部すきっ歯があるんですよね。
いつもながらお記事を拝読しながら視聴すると音楽、そして歌手やプレイヤーに対する理解がグッと深まりますね。
フランス・ギャルはもちろんずっと以前から知っておりますが、「お軽いフレンチポップす」という以上の印象はありませんでした。Lequiche様のお記事を拝読し、「知っていた人」が「新しい人」になること多々あります。
「言葉の力」ですね。
リンクしてくださっているもの以外の動画もちょっと観てみましたが、フランス・ギャルがドイツの番組でドイツ語で歌っているのもあって、おもしろいなと思いました。
歌詞の方もまたいろいろチェックしてみます。

前のお記事のコメントに対するご返事に多くのリンクをいただいておりまして、ありがとうございます。すべて愉しく視聴いたしました。
HALCALIはおもしろいですね。しかも向かって左側の女性、豊かで美しい髪の毛に目を奪われます。
このようなスタイルのポップなラップもほとんど聴いたことありませんでした。歌詞もおもしろいのでしょうね。
リンクしてくださっているお記事も拝読しましたが、詩のお話も愉しいですね。
わたし、日本の現代詩なども読んでおりましたが(『現代詩手帖』なども毎月読んでました 笑)、どうしても19世紀を中心としたフランスの詩人に惹きつけられるのですよね。

それはさて置き、ジャズ、フュージョン、クロスオーバーなどのご説明もありがとうございます。
「フュージョン」という言葉からはすぐに、「ウキウキした音楽」というイメージが浮かぶのですが、必ずしもそうではないのかな。
ともあれ、フュージョン、クロスオーバーという言葉自体、範囲を広げようと思えばいくだでも広げられる印象もあります。
大江千里は知りませんが、矢野顕子は上原ひろみと一緒にアルバム作ったりしてますね。最近は松田聖子も「ジャズに挑戦」とか、いろいろあるようですね。
それと、かつてのジャズ・プレイヤーがスーツできめてたのは、「スタイリッシュ」を意識してただけでなく、「ステージで演奏する者のマナー」的な要素が大きかったのですね。
これはわたしにとって、目から鱗がポロっと落ちたような新鮮な知識でした。ありがとうございます。 RUKO

by 末尾ルコ(アルベール) (2018-03-28 13:06) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

ゲンズブールは、以前にも書きましたが、
その言動などから好き嫌いの差が極端に出る人で、
嫌いだという人もかなり多いと思います。
もともと彼はファッションなど全然構わない性格で、
それを何とかしようとしたのがジェーン・バーキンです。
バーキンがゲンズブールに履かせたのがレペットの靴で、
レペットはフランスのダンス用品メーカーですが、
気に入った彼は何にでもレペットを合わせていたようです。
レペットのziziという靴です。
http://theblogluxurybysavas.blogspot.jp/2015/11/repetto-debarque-enfin-bruxelles.html
尚、レペットのziziは今でも買えます。

フランス・ギャルの歯並び!
なるほど、でも1964年ですから今ほどの歯列矯正は
まだ近年のような技術がなかったのかもしれません。

フランス・ギャル→アイドル・ポップ→歌がヘタ
というような連想は誰にでも当てはまるものではありません。
名大大学院で情報科学を教えている戸田山教授によると、
『つるの恩返し』を子どもたちに読ませてから
「つうはなぜ与ひょうの家に来たのでしょう?」
という設問を出して答えを選ばせると、
大多数は 「恩返しのため」 という答えを選ぶのだそうです。
しかし本文には 「いっしょにいたかったから」
と、しっかり書いてあるので、これが正解なのです。
間違えてしまうのは 「わかったつもり」 であり、思い込みです。
それは 「アイドル・ポップ→歌がヘタ」 の場合も同様で、
歌がヘタと言っている人は実際にまじめに聴いていないのです。
ジャケット内のパンフの解説を書いているサエキけんぞう氏は
さすがにそれを見破っているわけです。

ドイツ語の歌詞というのはたとえば
Ein bißchen Goethe, ein bißchen Bonaparte
でしょうか?
https://www.youtube.com/watch?v=p9g4Md_huII
ドイツ語だとやはり言葉としてのニュアンスが違いますね。

HALCALIは左側の長い髪がHALCA、
千秋に似ている右がYUCALIです。
ラップというとコワいみたいな印象がありますが、
コワくないラップもあるんですね。
日本ではラップが異常にコワい系に偏っているような気がします。
HALCALIの最も優れたアルバムと思われるのは
《音樂ノススメ》です。

フワフワ・ブランニュー
http://www.nicovideo.jp/watch/sm13723794

時々ちらっと書きますけど、日本の現代詩は今、最果タヒです。
でも怖くて真正面から記事が書けません。(笑)
https://www.youtube.com/watch?v=kpk-BnoRhmQ
古典に還ることは必要です。
故きを温ね新しきを知る、といわれるように。

調べてみたら大江千里も今はジャズをやっているようですし、
矢野顕子はもともとその素地はありましたけれど、
いろいろとチャレンジする精神は貴重です。
でもねぇ〜、というのが私の本音です。

クラシック音楽の演奏者の燕尾服も昔の名残ですね。
演奏者はご主人様にお仕えする下僕であり、
音楽は本来、聴いている者のほうが偉かったのです。
今は聴かせていただいている状態になってしまいましたが。
by lequiche (2018-03-29 04:11) 

NO14Ruggerman

低俗なコメントですが、
「夢見るシャンソン人形」は幼少の頃リアルで聞いておりました。
けれど曲のタイトルは「夢見る笹人形」だとずっと思っていて
正しいタイトルを知ったのはかなり大人になってからでした。
by NO14Ruggerman (2018-03-30 01:42) 

lequiche

>> NO14Ruggerman 様

聞き間違い、読み間違いをずっと信じ込んでいて、
かなり時間が経ってから気がつくことはありますね。
笹人形だと、かぐや姫みたいで、
それはそれでありそうな感じがします。(^^)
by lequiche (2018-03-31 00:37) 

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