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ピリスのスカルラッティとモーツァルト [音楽]

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Maria João Pires (bomdia.eu/より)

この連休は珍しく時間が空いてしまって、ぼんやりとYouTubeでスカルラッティを探していたらピリスの弾くスカルラッティに行き当たった。YouTubeを利用するのは原則的に曲を検索するときの目安にする程度とは思っているのだが、やはり動画だとどのように弾いているのかとか、CDよりもずっと情報量は多いから、どうしても見入ってしまう。それにこの時期になってヒマになるより、もう少し前に時間があればピリスに行けたのにとも思うのだが後の祭りであり、青葉になってから花見に行くような間抜けな感じでしかない。

ピリスのスカルラッティはKk.208 (L.238) のA-durのソナタである【→ (1)】。ソナタといってもスカルラッティ特有の名称であり、それはごく短い。208はKk.213 (L.108) に似てゆったりとしたアンダンテだが、d-mollの213に較べるとごく明るい。
中山康子校訂による音楽之友社版ソナタ集の解説によれば、多様性のある中期の特徴が見られるとある。「伴奏つきの独奏楽器のような右手の動きは絶えず自由な装飾的な旋律を奏し叙情的で豊かな感情を表出する」 とのこと。単純な旋律のように見せかけて次々に少しだけ意外な方向に曲がって行くスカルラッティの特徴がよく出ている曲である。
第5小節4拍目から第6小節にかけてのe-cis-ais-h-dis/e-cis-gis-a-disという繰り返しの奇妙な感じがこころよい。1回目で上がった ais-h が2回目では gis-a に戻るのだが dis は戻らず、その後を支配する。第17小節から第18小節1拍目までの g-cis-e-g という繰り返し (1回目のみ最初の音が ais) はバスが cis/h/a と下がって行くスカルラッティらしい音使いで、こんな単純に見える音なのにスカルラッティは魔術師だ、といつも思ってしまうのだ。なぜそんなにスカルラッティにシンパシィを感じてしまうのかといえば、私が最初に聴き込んでいたバッハがカークパトリックだったからにほかならない。最初の刷り込みというのはおそろしいものなのである (ピリスの演奏は第24小節3拍目がIMSLPおよび音友の楽譜と違うがスカルラッティではよくあること)。

YouTubeはそのままにしておくと、勝手に次の曲がかかってしまう。次に出て来たのはモーツァルトのコンチェルト23番のアダージョだった【→ (2)】。いきなりアダージョが出て来てしまうのがさすがのYouTubeである (褒めていない)。ピリスのモーツァルトのピアノソナタはDENON盤とDG盤があって、DENONは明るくDGは暗い。それは彼女の生活や健康とも関連してきているのだろうが、そして私はDENON盤の明るさがずっと好きだったのだが、このコンチェルトはDG盤の時期に近く、そしてこの時期のこうしたアダージョを聴くと、この暗さがよけいに胸に迫ってくる。
たとえばバッハだと、そんな暗さはない【→ (3)】。このバッハはかなり近年のものであり、その音から感じられる諦念のようなものがピリスの人生に重なるのである。諦念という言葉には語弊があるかもしれない。つまり過ぎて来た時を慈しむ気持ちだ。

その後に出て来たYouTubeの自動演奏はK271だった【→ (4)】。私の最も偏愛するモーツァルトであるジュノム。これは初めて見つけた動画だったので、もちろん全部聴いてしまった。
オーケストラはエラート盤のグシュルバウアー/グルベキアンのコンビではなく、もう少し後年のガーディナー/ウィーン・フィルであるが、ジュノムはまさにピリスのためにあるような曲である。この曲はモーツァルトの中でも非常に完成度が高くて、これでもかというほどに明快で高貴なメロディの積み重ねであり、しかも難易度も高い曲だと思えるが、聴く毎に発見があり、モーツァルトの深さをあらためて知るのだ。第3楽章でオケが無くなってひとりにされてから (24’09”あたり) 縦線の無いカデンツァを経てTempo Iに戻っていく爽快感といったらない。モーツァルト自身もこの曲をよく弾いていたらしいが、やたらにソロの部分があるし、見栄えのするコンチェルトである。
(ピリスのエラート盤のジュノムのことは、このブログの初期にすでに書いた→2012年02月04日ブログ)

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Scarlatti: Sonata K.208

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Mozart: Concerto nº9 (第3楽章カデンツァ)


Maria João Pires/Mozart: Deux concertos pour piano, nº9 et nº17
(ワーナーミュージック・ジャパン)
モーツァルト:ピアノ協奏曲第9番《ジュノム》&第17番




(1)
Maria João Pires/Scarlatti: Sonata K.208
https://www.youtube.com/watch?v=8JwVCBFAVwA

(2)
Maria João Pires/Mozart: Concerto nº23 - Adagio
https://www.youtube.com/watch?v=srfbdxAYIZ4

(3)
Maria João Pires/Bach: Concerto f-moll BWV 1056 - Largo
https://www.youtube.com/watch?v=yGHxlLFn2Fs

(4)
Maria João Pires/Mozart: Concerto nº9 «Jeunehomme»
https://www.youtube.com/watch?v=oic6uIFWwwM&t=356s
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末尾ルコ(アルベール)

YouTubeって、何かを視聴すると次からYouTubeが(ほら、同傾向のこんなのも好きだろ)的に「おすすめ」動画がずらりと並びますよね。役に立つ時もありますが、(こんなのおすすめしやがって 笑)なんて感じることもあります。
特に音楽の場合、わたしは静かな音楽の後にパンクなやつを聴きたくなることもしばしばで、ずらり静かなものが並んでいると、(ふん、しょせんAI?に人間の心理など分かるわけないわ!)と呆れ、いくらかの優越感に浸る壊れた大人です(笑)。

それはさて置き、リンクしてくださっている動画を視聴しながら書いておりますが、Maria João Piresって教育テレビの『スーパーピアノレッスン』へ出演していた方ですね。思い出しました。えらくハイブロウなレッスンをやっているなあと、まあすべて観たわけではないのですが。
当時パリ・オペラ座バレエのグラン・エトワールだったマニュエル・ルグリも『スーパーバレエレッスン』はすべて観ました。何とも贅沢な番組だったのかと思います。

"Adagio" - Mozart Concerto nº23のピリスは耽美的な雰囲気を漂わせておりますね・・・と、また演奏技術が分からないので見た目について書いてしまいましたが(笑)。
実はこの曲に振り付けた大好きなバレエがありまして、『Le Parc』といいますが、Anjelin Preljocajが振り付けです。
クライマックスで女性舞踊手が男性舞踊手の首に手をまわし、キスしながら旋回するのですが、生で観る度に泣いてしまいます。
今も動画をチェックしながら、涙がこみ上げてきました(笑)。
僭越ながら、動画をリンクさせていただきます。セドリック・クラピッシュという映画監督が撮ったドキュメントの一部で、オーレリー・デュポンとマニュエル・ルグリの絶品コンビです。よろしければ、お時間ある時に。

https://www.youtube.com/watch?v=DJiWtoHQyG8

で、困ってしまうのですが(笑)、Concerto f-moll BWV 1056 – Largoも大好きなバレエがありましてですね、その名も『レダと白鳥』。
ローラン・プチの振り付けはやや古さを感じさせますが、しかし美しいです。

https://www.youtube.com/watch?v=SqNp8GpihiM

スカルラッティは今まであまり、(スカルラッティを聴くぞ!)という意識で聴いたことはなかったですが、素晴らしいですね。大好きな雰囲気です。
わたしが「イタリアンバロック的」などと言うと、いかにも素人らしい素朴な感想となりますが(笑)、ただ(時間感覚が今と全く違うな)という印象は受けまして、それがとても心地よいです。
それにしてもわたしはもちろん読めはしませんが(笑)、譜面というのは美しいものですね。これは素晴らしい曲であればあるほどうつくしいものなのでしょうか。

>その30%はジブリやアニメの曲ですから。

この状況、わたしいつも脱力してしまいます(笑)。

>ピアニスト型ロボット

ぜったいその筋の科学者(笑)の人たちは考えてますよね。
他にもきっと、ピアニスト型小説家とかピアニスト型画家とか・・・もちろん外見は初音ミクで(笑)。
それで、「もう人間の芸術家など、必要ない!」なんて言いだしそうな世の中の雰囲気です。 RUKO

by 末尾ルコ(アルベール) (2018-05-05 12:49) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

スーパーピアノレッスンをご存知ですか!
すごい番組でしたね。
最も評判になったのはルイサダで、
それが元で日本でもルイサダは有名になりましたが、
ピリスの教え方はルイサダとは対極で、
非常に抽象的な部分がありました。
そういう指導がわかる上級者対象ということなのでしょう。
(NHKからはルイサダの放送のみDVD boxが出されました)

スーパーバレエレッスンというのもあったんですか。
それは知りませんでした。
当時のNHKは意欲的でしたね。

2つの動画、拝見しました。
このようにして音楽が使われているのは素晴らしいです。
いかに音楽をいかしているかがよくわかります。
アダージョも、バッハのラルゴも比較的有名曲ですし、
バッハのほうはアンコールとしてこの部分だけ
演奏されていますが、弦のpizzに乗るピアノが美しいです。

ドメニコ・スカルラッティははっきりいって
このソナタと呼ばれる鍵盤作品がメインですが、
イタリアとドイツの違いははっきりとあります。
どんなに悲しくてもスカルラッティは軽く明るくて、
それがイタリアの気風ということなのでしょう。

楽譜は、たまたまですが、上記画像のうち
モーツァルトのほうは従来の書法で、
スカルラッティはおそらくコンピュータで書かれています。
最近、こういうコンピュータでの楽譜が
多くなりつつあるのですが、
私はこのコンピュータでの楽譜が嫌いです。
なぜなら見にくい! というかキモチワルイので。
わかる人はわかると思いますけれど、
でも気にしない人のほうが多いのが残念です。
それはつまりコンピュータの応用でピアニストもできる
という考え方に通じます。
オーケストラはすでに、やろうと思えばシンセで、
というかサンプリングでイミテーションオケが可能です。
そのうちにきっと全てがAIの世の中になるのでしょうね〜。(-_-;)
by lequiche (2018-05-05 18:59) 

サンフランシスコ人

2016年にピリスがサンフランシスコ交響楽団と共演.......サンフランシスコのFM放送局で視聴しました....
by サンフランシスコ人 (2018-05-07 04:46) 

lequiche

>> サンフランシスコ人様

今回の日本公演もそのうち放送があると思います。
by lequiche (2018-05-08 15:30)