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爽やかさと空虚さ ― 大塚愛《LOVE PiECE》を聴く [音楽]

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大塚愛 (realsound.jpより)

せっかくの土曜日だというのにくだらない用事があって、時間を浪費してしまった。さらにちょっとしたイヴェントに行ってみたのだが期待はずれだった。やっと解き放たれた初夏の宵闇、季節は一番爽やかなときなのかもしれない。
近くにあるコミック主体の古書店。中に中古CD売場もあり、あまり目的もなくそうした棚を見るというのは滅多にない空虚な時間だ。空虚さこそ愛おしい。日々のなかで、意味づけされた時間が多過ぎる。

大塚愛の《LOVE PiECE》があったので買ってみる。2007年の4thアルバム。この、全部にリミッターがかかっているような楽曲は快適なのか眠気を誘うように作られているのか、それとも鈍磨した感覚にこそ優しい音なのかもしれない。〈Mackerel’s canned food〉がポップでいい。同じようなノリの〈PEACH〉が続くのは、その後、突然のように出てくる〈クムリウタ〉の冒頭の音数の少なさとデッドさの落差につなぐための伏線なのだ。

大塚愛はたまに買ってみるという程度の、雑で不真面目なファンでしかない私なのだが、でも私にとっての大塚愛は〈金魚花火〉だ。そのやや意味不明な固有名詞のタイトルだけでなく、そのダウンなイメージは中島みゆきやCoccoのように激烈でダークではなく、もっとずっと淡くてうっすらとした不安感でしかない。なにごともないのかもしれない。なにごともないのかもしれないゆえに、そうしたうっすらとした心にだけフィットする。

〈金魚花火〉にはPVがあって (ショートフィルムと名づけられている)、上長瀞駅のロケーションが鉄道マニアにも人気があったりする。そんなに大きなことは起こらない。だがいつもなにか知らない喪失感が漂う。大塚愛の短調の曲はいつもそうだ。

昨年のReal Soundのコラムに彼女の影響を受けた曲というのがあって、日本の曲ではKANの〈愛は勝つ〉と美空ひばりの〈真っ赤な太陽〉が選ばれていたが、好きな洋楽の選曲が目を惹く。The Cardigansの〈Carnival〉、Kylie Minogueの〈Can’t Get You Out of My Head〉、Boys Town Gangの〈君の瞳に恋してる Can’t Take My Eyes Off You〉(オリジナルのフランキー・ヴァリではなく)、The Monkeesの〈Daydream Believer〉。このセンスがいかにも大塚愛らしくていい。
先にあげた〈Mackerel’s canned food〉にはそうしたポップスからの音の影響があるように思えてしまう。

リストを見ていたら渋谷のタワーレコードでカイリ・ミノーグの白いジャケットのレコードを買ったことがあるのを思い出したのだが、たぶん12inchシングルなのだけれど、それが何だったのか忘れてしまった。

近くに謎の古書店があって、もう10回くらい行っているのだがいつもclosedしていて入れたことがない。でも店をやめてしまっているわけではない。開いているときもあるらしいのだが、そのときには時間がなくて入れないのだ。まるで筒井康隆の不条理小説のようで、このままずっと入れなかったらそれはそれで面白いのかもしれない。


大塚愛/LOVE PiECE (avex entertainment)
LOVE PiECE(DVD付)




大塚愛/金魚花火 (live)
https://www.youtube.com/watch?v=B3f7c-m_YRA

大塚愛/恋愛写真 (live)
https://www.youtube.com/watch?v=Dccv85TarHs
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末尾ルコ(アルベール)

梅雨前のこの時期、特に朝晩の気候がとても快適です。まだ湿度の高い時間もさほどありませんし。
わたしもよくlequiche様言うところの「空虚な時間」を求める自分を感じる瞬間があります。
とりとめなく書店やCDショップを探索するとか、ぼうっと草木や空を眺める時間とか、あまりに少なくなっている気がしているのです。

大塚愛はあまり意識して聴いたことありませんでした。今、リンクしてくださっている動画を視聴しながら書いております。
「金魚花火」のイントロ、ちょっと「戦場のメリークリスマス」が始まるのかと思いました(笑)。少し「ラスト・エンペラー」な雰囲気も。
でも新鮮に愉しめました。
「恋愛写真」もピアノの響きが心地いいです。ライブ映像のクオリティも素晴らしいですね。藍色のトーンに絶妙なライティングが美しく、孤独感と静謐さを感じさせてくれます。
ヴォーカルとピアノの絡みもとてもバランスがよく、これからもいろいろ聴いてみたくなりました。

音楽関係だけでなく、どんな表現者でも「何に影響を受けたか」という話はいつも大いに興味があります。
わたしは昨年から(笑)演歌に興味を持ちましたゆえ、美空ひばりを聴く機会は多いですが、曲によっては異常に難しいものがありますね。あの歌唱は確かに「天才」と称するに値します。
ただ演歌は正直なところ、滅多なことでは名曲は生まれない難しいジャンルだとも感じています。ほとんど同じようなパターンばかり(笑)。歌詞とかも素敵なものもあるけれど、「新しい展開」も起こさないと、聴く人は少なくなるばかりという気も。
カヴァーがやたらと多い「君の瞳に恋してる Can’t Take My Eyes Off You」ですが、わたしは『ディア・ハンター』の中で、ベトナムへ出征する前のシーンとしてデ・ニーロやウォーケンらによって歌われたもの、そして『ファビュラス・ベイカー・ボーイズ』の中でミシェル・ファイファーによって歌われたシーンを愛しております。

『ディア・ハンター』
https://www.youtube.com/watch?v=iPaYTZp4bUc

ミシェル・ファイファー
https://www.youtube.com/watch?v=Ww933f1fJGo

>ピリスがフォルテピアノを試奏している動画

これは凄いですね。最上の意味での宗教性をも感じます。この動画は心の中にしっかり留めておき、自分の中でどう変化・生成していくか観察し続けてみます。

>見当外れの書評

本に限らず、ネットに出回っている一般の人たちの「レヴュー」もどきはほとんどこれですね。どうしようもなく愚劣な言語空間が存在します。
かつてであれば、「傑作」とされているものを自分が理解できなかった時には、(まだ自分にはそこまでの力が備わっていなかった)と謙虚に感じるか、理解できているふりをするか(笑)のどちらかでした。
今は、「作品の方が悪い」と本気で思っている人が、しかもそんなことをネットへ書き込みますから。
leqiche様のおっしゃるように、「焚書」という言葉もちらついてきます。 RUKO

by 末尾ルコ(アルベール) (2018-05-27 13:41) 

にゃごにゃご

カイリー・ミノーグに反応してしまいました。
ラッキー ラブ 当時のディスコで大流行の曲でした。
当時渋谷で踊ってました。
これのパラパラ、覚えてます。
by にゃごにゃご (2018-05-27 14:44) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

人生の中で心を休める時間が不要な人種もいるので、
そうしたvieux cochonに悩まされています (→くだらない用事)。

大塚愛は〈さくらんぼ〉とか〈CHU-LIP〉のような
元気の良い歌がよく知られています。
それはKANの〈愛は勝つ〉から影響を受けたということにも
あらわれています。でもそれと正反対の、
つまり彼女には二面性があり、
それは深刻ではないかもしれない不安です。
病的ではないですが光が妙に暗いです。
本質がよく見えませんし、見せようとしません。
悲しいということを直截に言いません。

〈恋愛写真〉のライヴが収録されたビルボード東京は
高級なライヴハウスで私は行ったことがありません。
たぶんこうした音楽には一番適したホールでしょうね。
大塚愛は初期の頃より最近のほうが、
歌唱にもピアノにも変化が見られるように思います。

美空ひばりは別格ですが、
その時代であったからこそ出現して来た必然性もあります。
時代のニーズに見事に合っていたのですね。
演歌は楽曲も歌詞も、考えようによっては
順列組み合わせで無限に作成できるジャンルです。
「新しい展開」 がないとボサノヴァのように
滅びていくのかもしれません。
でも滅びていくのだとしたら、それもまた歴史の必然なのです。

〈君の瞳に…〉はもはやスタンダードですね。
2本の映画はどちらも知りませんでしたが、
素晴らしいシーンです。
映画でのこうしたシーンはその音楽をより印象的に変化させます。

ピリスがフォルテピアノを弾く前に話しているのは
古楽の重鎮であったフランス・ブリュッヘンです。
プリュッヘンはバロックを広めることにも貢献し、
18世紀オーケストラを創設しましたが、
数年前に亡くなりました。大変尊敬しています。

amazonでも、映画評の掲示板みたいなものでも、
全ては玉石混淆ですから、その中で取捨選択する必要があります。
「この人がけなしているから、きっとこれはいい」
という判断もできるので、そういうふうに使えば
なかなか便利なものなのかもしれません。
なぜこんなに幼稚さが蔓延してしまったのかわかりませんが、
水は低きに流れるのは確かです。
《華氏451》も《アルファヴィル》も
cochonがのさばっている時代を描いている点で
つまり心の自由さを禁じられている点で、同じテーマだと思います。
あ、今の我が国も似ていますね。(笑)
by lequiche (2018-05-27 16:32) 

lequiche

>> にゃごにゃご様

ぉぉ、そうなんですか。
渋谷という街は知っているんですが、
実は私、ディスコというのを全く知りません。
パラパラってディスコでの用語なんですね?(^^;)
タイムマシンがあるのならその頃に戻って経験してみたいです。
by lequiche (2018-05-27 16:32) 

salty

強烈ダーク(笑)なほうのお二人のアルバムは全作網羅しているのですが・・。
by salty (2018-05-28 22:11) 

lequiche

>> salty 様

全部ですか。それはすごい!
そういうファンのかた、多いでしょうね。
でもCoccoの最後のMステは印象的でしたね。
このときTVで観ていて、いまだに覚えています。
これです↓
http://www.nicovideo.jp/watch/sm16881409
by lequiche (2018-05-29 00:49) 

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