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How deep is the ocean? ― チック・コリア《Now He Sings, Now He Sobs》 [音楽]

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先月 (2019年2月) にチック・コリアの《Now He Sings, Now He Sobs》のアナログ盤が再発された。《Tones for Joan’s Bones》に続く2枚目のリーダーアルバムであり、私にとってチック・コリアといえばこれである。《Return to Forever》(俗にカモメと呼ばれる最も有名なアルバム) を繰り返し聴くことは無いが、ナウ・ヒー・シングスは思い出したように聴く。特に最初の曲〈Steps ― What Was〉を聴くとそれに付随した過去の記憶の諸々が一瞬にしてフラッシュバックする。
正確に覚えていないのだが、植草甚一はレコード評でこの曲のタイトルを 「足跡 ― それは過去のものだった」 みたいな訳をしていて、そのタイトルにはいつもワザがあるが、でもStepsが前半部で、ドラムソロ後、シンバルのストロークに重なって印象的なピアノのテーマが出てくるところからがWhat Wasだという説もある (たぶん冗談)。

それでYouTubeを探していたらオリジナルの《Now He Sings, Now He Sobs》の曲より先に、おそらく後年の再結成時の演奏を聴くことができた (→A)。コリア、ミロスラフ・ヴィトウス、ロイ・ヘインズというトリオはとてもこうした演奏に向いている。いわばナウ・ヒー・シングス・トリオということなのだろう。動画の冒頭、ピアノをプリペアドする様子はナウ・ヒー・シングスの〈The Law of Falling and Catching Up〉を連想させる。
さらに1982年のホワイトハウスでのトリオのライヴもあって (大統領はロナルド・レーガンである)、アヴァンギャルドなアプローチから、スッと〈枯葉〉に入ってさらに〈Rhythm-a-ning〉と展開してゆく演奏がカッコイイ (→B)。

ちなみに《Now He Sings, Now He Sobs》のオリジナル・トラックはこれである (→C、→D)。特にヴィトウスのベース音のユニークさが目立つ。それは上記の後年の演奏でも衰えることはなく、またアルコのときの音作りもすぐれている。コリアのインプロヴィゼーションは単にルーティンで速く弾いているのではなく、それぞれに構成がきちんとされていることがよくわかる。

でもYouTubeをサーチしていて一番驚いたのは〈Woodstock Jazz Festival〉という動画で、この動画の存在を私はいままで知らなかった。dateは1981年ニューヨークと表記されているが、クリエイティヴ・ミュージック・スタジオ創立10周年記念のコンサートとのこと (クリエイティヴ・ミュージック・スタジオはFounded by Karl Berger and Ornette Colemanとある)。パーソネルはすごいが、ロケーションはちょっとローカルでいまだにヒッピー的な雰囲気がある。
ジャック・ディジョネット、チック・コリア、パット・メセニー、アンソニー・ブラクストン、リー・コニッツ、ミロスラフ・ヴィトウスなどが演奏している。最後にジャック・ディジョネットがメンバー紹介をしているので彼が主導したコンサートなのかもしれない (→E)。

コンサート最初のほうでピアノを弾いているのがマリリン・クリスペルである。彼女は1947年生まれだからこのとき34歳。すでにフリージャズとしての特徴がよく出ている。だがそんなことよりもアンソニー・ブラクストンとチック・コリアが親密に共演していたのが驚きで、彼らはサークルというグループを作り、当時としては非常に斬新な演奏をしていたのにもかかわらず、2人は性格が合わず袂を分かったという話をずっと信じていたので、このフェスティヴァルの動画を見たら、そんなことあったっけ? というようで、ブラクストンがスキャットしているバックステージでの表情とか、いままでイメージしていたものが崩れてしまって、でもとてもよかったことには間違いない。
ブラクストンは23’44”頃から、なんと〈Impressions〉を吹いている。しかもインプロヴィゼーションはかなりオーソドクスだ。サックスとピアノのバランスもそれぞれの演奏も活気がある。その次の曲ではリー・コニッツが出て来て、その意外性にも驚く。コニッツとブラクストンの2ショットなんて、しかもコンサート最後の曲は〈All Blues〉なのだ。このメインストリーム感にもはや笑ってしまう。

そういえばサークルの《Paris Concert》のアナログ盤も一昨年再発されている。内容はたぶん同じだと思うが、最初のLPはWest Germany盤、今回のはGermany盤である。当然だけれど。
マリリン・クリスペルがブラクストンと共演したのはhatART盤の《Creative Orchestra (Köln)》(1978) が最初だが、以降のhatART盤、さらにLondon、Birmingham、Coventryという1985年のLeo盤など、ずっとコラボレーションが続いた要因にこのフェスティヴァルも一役かっているのかもしれない。


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Chick Corea/Now He Sings, Now He Sobs
(ユニバーサルミュージック)
ナウ・ヒー・シングス・ナウ・ヒー・ソブス




A:
Chick Corea, Miroslav Vitous, Roy Haynes/
How Deep Is the Ocean? etc.
https://www.youtube.com/watch?v=29WR8prMC7M

B:
Chick Corea, Miroslav Vitous, Roy Haynes/
at the White House 1982.12.04..
https://www.youtube.com/watch?v=8OJyVXXWwDc

C:
Chick Corea/Steps ― What Was
https://www.youtube.com/watch?v=id3QU5nJXQg

D:
Chick Corea/Now He Sings, Now He Sobs
https://www.youtube.com/watch?v=eVeGH6JC-eE

E:
Woodstock Jazz Festival
https://www.youtube.com/watch?v=2WyeEySgwps
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末尾ルコ(アルベール)

チック・コリアも77歳なんですね。
いろいろ聴いてはおりますが、系統立てて知っていることはほとんどありません。
ジャズを聴き始めたのは比較的遅くって、基本的に「音を聴くだけ」であり続けていました。
それはそれで正しい音楽鑑賞の一方法なのかもしれませんが、音楽やプレイヤーの周辺情報を知りつつ鑑賞すると、聴こえてくるものが広がり深まることは間違いないですよね。
リンクしてくださっている動画、すべて視聴しました・・・と書きたいところですが(笑)、長いものもいくつかあるので、それぞれひとしきり齧らせていただきました。
今後、じっくり愉しませていただきます。
どの動画もひと齧りでも美味しいものばかりですね。

特におもしろく視聴したのが「B」でして、これはホワイトハウスなのですね。
最近ではオバマ大統領の時にエスペランサ・スポルディングがホワイトハウス(だったと思いますが)、大統領の前でプレイし、歌っております。
音楽でも映画でも、なんだかんだ言って、欧米の政治家は本当に文化を愛している人が、日本と比べると多い印象です。
「B」でプレイしている曲とかは、やはり「ジャズ」と呼ぶべき内容なのでしょうか。
現代音楽にも近いような感覚がありますし、それは単にわたしの音楽鑑賞経験の浅さなのでしょうが、いずれにしてもとても心地いいですね。
思い返せば、ロックスター的な知名度ではないですが、チック・コリアという名前は、わたしが高校時代でもかなり膾炙しておりました。
ジャズという、商業ベースではない音楽をやっていて、チック・コリアのように日本にまで名前が浸透するって、凄いことですね。

・・・

> 譜面に強かったことがその

そうなのですか!
ジャズと譜面の関係も興味があります。
ずっと前ですが、何かのラジオ番組でジャズ関係の人が、「譜面がないと何もできなクラシックと違って、ジャズは~」的な言い方をしているのを聴いたことありますが、(そんないい方しなくても・・・)と思ったものです。
ジャズファンの一部はロックやポップスに対しても見下した発言をする人がかつてはけっこうおりましたが、最近はずっと心が広い人が多くなっているようですね。
日本人でバリバリ活躍している若手ジャズプレイヤーの中にも、「ハードロックに影響を受けた!」と言う人もいましたし。

>昔のスウィングジャーナルのレコード評

それはおもしろいですね(笑)。ロック誌と比べると、ジャズ誌はいかにも権威がありそうな雰囲気を漂わせてましたから。
わたしは評論を読むのは好きですし、「ユーザーレビューで十分」なんていう雰囲気も困ったものですが、評論をどう位置づけるかは考え続けねばと思っています。
蓮實重彦の本なんかも大好きですけれど、「ちょっとした映画好き」くらいの人たちには何ら関係のない世界ですよね。

それにしてもこのところ、「涼しい顔してすらすら書いているドストエフスキー」のイメージがわたしの心を支配しております(笑)。 RUKO

by 末尾ルコ(アルベール) (2019-03-02 17:05) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

いえいえ、全部お聴きになる必要はありません。
特にウッドストックという動画は
同じ名称のロック・フェスティヴァルに較べると、
随分こじんまりとしていますし一種のシャレですが、
ルーズな雰囲気がとても楽しめます。
ところどころのつまみ食いで良いと思います。

チック・コリアも少し高齢になりましたが
その演奏はまだまだ健在です。
上原ひろみとのデュオでも、
確かに上原のほうが指は回るかもしれませんが、
音楽的構築性が全然違います。
それはリンクした初期、全盛期の頃から変わりませんし、
もともとそうしたセンスを持ち合わせている
というふうに考えていいと思います。
上原ひろみのファンが聞いたら怒るでしょうが、
上原はアクティヴですが一本調子で、翳りがありません。
そこが今後の彼女の課題です。

外国では政治家とか王族など、
こうしたコンサートを開くことはよくありますね。
日本の政治家には残念ながらそうした趣味の人は
皆無といっていいような気がします。
皆、金の亡者ばかりで経済のこときり知らないようです。

この日の演奏は
最初にアヴァンギャルド風なアプローチがありますが、
1’48”あたりから《枯葉》に入ります。
次第にコード進行が明確になっていって、
2’38”でメインテーマになりますが、
どのへんでこの曲は《枯葉》だ、と気付くかが
リスナーに与えられた課題なのです。
2’00”あたりで、あ、《枯葉》かも、と思わないと。(笑)
この演奏の場合はメインのメロディがきちんと出て来ますが、
マイルス・デイヴィスにはコード進行の思わせぶりだけで
メロディがはっきりと演奏されない《枯葉》もあります。

コリアのフュージョン系のアルバムの最初が
《Return to Forever》(1972) ですが、
ハービー・ハンコックの《Head Hunters》(1973) などと共に
フュージョン大流行の元となった作品です。
フュージョンはライト・ジャズですしポップスでもあります。
そしてフュージョンは完全に商業ベースです。

「譜面が無いと何もできないくせに」 というのと
「譜面も読めないくせに」 という揶揄は表裏一体のもので
実は何の意味もないと私は思います。
譜面通りに演奏するだけではクラシックは成立しませんし、
譜面無しで演奏してもいつも同じルーティンだけのジャズは
凡庸の域を出ません。
それらは音楽の表層性だけを云々している状態でしかなくて
音楽の本質は別のところにあります。
シンプルで音楽的に何の仕掛けもないデルタ・ブルースが
ずっと息を長らえているのはそのためです。
あ、関係ないですけどデルタブルースという競走馬がいて、
その親がダンスインザダークなんですね。
かなり笑いました。(カッコイイナァ ^^)

評論はそのときどきの時流に合わせたものなので
後から読むと大スベリみたいなことがあっても
それはそれで面白いのでは、と思います。
蓮實重彦は最近、『ハリウッド映画史講義』というのを
文庫で読んだのですが、内容的には面白いのですが、
文末表現にクセがあって、う~ん、と思ってしまいました。
蓮實先生くらいになると編集者も何も言えないんでしょうね。(-_-;)
ついでに言いますと、井上究一郎訳のプルーストは
再訳する毎にだんだん悪くなっていったような気がします。
いじり過ぎで、考え過ぎなんだと思います。

ドストエフスキーについては何も言えません。
実際は頭掻きむしって書いていたのが正解かも、です。
カラマーゾフで重要なのは私はイヴァンだと思っていて、
でもイヴァンって24歳なんですよね。
アタマ良過ぎます。(^^;)
by lequiche (2019-03-03 13:37) 

サンフランシスコ人

チック・コリアは、サンフランシスコによく来るみたいです...

http://www.sfjazz.org/tickets/productions/chick-corea-trio-vigilette/

五か月前にサンフランシスコのSFジャズセンター(ジャズのために建設されたアメリカ初の施設...ジャズを楽しむための本格的な劇場)で演奏をしていたみたいです....
by サンフランシスコ人 (2019-03-05 07:16) 

lequiche

>> サンフランシスコ人様

素晴らしい環境ですね。さすがアメリカです。
行きたいですけど、ちょっと遠いです。(笑)
下のほうのリンクの、マーカス・ギルモア本人が
upしているドラムソロの動画もすごいですね。
チック・コリアと一緒にやっている人なのですから
当然だとは思いますけど。
by lequiche (2019-03-06 00:00) 

NO14Ruggerman

なるほど、聴いてみましたが1'48”ではおろか2'00"の段階でも
まったくピンと来ないです。
2'38"で初めて「おおっ、これは…」って感じでした(笑)
by NO14Ruggerman (2019-03-12 01:41) 

lequiche

>> NO14Ruggerman 様

わざわざお聴きいただきありがとうございます。
2’04”から2’10”のフレーズで分かりますよね。
こういう場所では、よく知られた曲をやるだろう
という予想もあります。(^^)
by lequiche (2019-03-12 15:15) 

サンフランシスコ人

11/10 チック・コリアが、サンフランシスコに再び来るみたいです...

http://www.sfsymphony.org/Buy-Tickets/2019-20/Piano-Recital-with-Chick-Corea,-From-Mozart-to-Mon.aspx

Sun, Nov 10, 2019 at 7:30pm

Davies Symphony Hall
Tickets will go on sale July 22, 2019

Piano Recital with Chick Corea, From Mozart to Monk
by サンフランシスコ人 (2019-03-13 03:12) 

lequiche

>> サンフランシスコ人様

お時間がありましたら是非行ってみてください。
私には遠くて、ちょっと無理です。(^^)
by lequiche (2019-03-17 01:44) 

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