SSブログ

ペニーレインでバーボン ー 吉田拓郎 [音楽]

takuro_yoshida_1979_200124.jpg

吉田拓郎が最もネームヴァリューを得たのはエレック・レコードからCBSソニーに所属を変え〈旅の宿〉という大ヒット曲をリリースした頃のように思える。それは単なるヒット曲ということだけでなく、フォークソングというジャンルが、どちらかというとマイナーでしかもアンダーグラウンドなイメージを持たれていたのを打破し、いわゆるフォークブームのシンポル的存在となり、商業的にも成功したと思われる時期である。
スタジオアルバムで見るのならば《元気です。》(1972)、そして《伽草子》(1973) を経て《今はまだ人生を語らず》(1974) という流れの中にあった頃である。そしてCBSソニーにおけるスタジオアルバムはこの3枚しかない。この中の収録曲から〈春だったね〉〈祭りのあと〉〈ペニーレインでバーボン〉をチョイスしてその内容を見てみよう (当時のアルバムにおける名前表記は 「よしだたくろう」 であるが吉田拓郎で統一する)。

〈春だったね〉はヒット曲〈旅の宿〉も収録されている彼の記念すべきアルバム《元気です。》のトップに置かれた曲である。アルバムタイトルの 「元気です」 の後に付くマルも斬新であり、それは後年の 「モーニング娘。」 と同様の効果をもたらしている。

 僕を忘れた頃に
 君を忘れられない
 そんな僕の手紙がつく

歌詞の冒頭からの、このややわかりにくい構文は何なんだろう、と思うのだが、といっても聴いていて最初からそのように思ったわけではない。歌詞として歌われていれば、そのリズムに乗って、さらっと通り過ぎてしまう歌詞なのだが、よく読むと不思議な日本語なのだ。
これは 「君が僕を忘れてしまった頃になっても、僕は君を忘れられないんだ」 という未練がましい僕の言葉で書かれていて、しかもそのようなことを書いた僕の手紙が君のところに届いただろうに違いない、という間接的な用法を凝縮した歌詞なのである。「君が僕を忘れた頃に」 「僕は君を忘れられない」 という意味なのにその代名詞の主格が省略されているからだ。それゆえにかえって詩語としてのインパクトは大きい。
作詞者は田口淑子、このアルバム1曲目が吉田拓郎本人の作詞でないということも興味深い。ちなみに2曲目の〈せんこう花火〉も吉屋信子の作詞によるものである (作曲はアルバム全曲、吉田拓郎である)。

歌詞のつづきは、

 くもりガラスの窓をたたいて
 君の時計をとめてみたい

であるが、これはジャックスの曲〈時計をとめて〉を思い起こさせる (ジャックスについては、当ブログの前記事に書いたばかりである)。

 時計をとめて二人の為に
 素敵な恋の中で

だがジャックスのこのスローでやや異質な曲調は、まさにそう感じる通り、早川義夫の作品ではなくギタリストの水橋春夫の作詞作曲である。そして作詞者である田口淑子が〈春だったね〉の作詞をしていたとき、彼女の記憶の中にジャックスの〈時計をとめて〉はたぶんあったのではないか、というのが私の推理である。

〈春だったね〉の歌詞に戻ると、その後はこのように続く。

 あゝ僕の時計はあの時のまま
 風に吹きあげられたほこりの中
 二人の声も消えてしまった
 あゝ あれは春だったね

「風に吹きあげられたほこりの中」 という形容は春を連想させる言葉であり、歌詞の2番には 「風に揺れるタンポポをそえて」 という言葉もあることから、この歌の季節もたぶん春であり、とすると主人公は少なくとも1年前に別れてしまった恋人にまだ未練があるということなのが想像できる。でもその 「君」 は、主人公である 「僕」 のことなど、たぶんとっくに忘れているのだ。
1番の後、やや歌詞を変えた2番があり、その後は1番がリフレインされて戻ってくる。だが一番最後の 「あゝ あれは春だったね」 は 「あゝ あれは春だったんだね」 と過去形でなく過去完了的な歌詞でしめくくられる。つまりその過去は完全に終わってしまったということをあらわす悲しい結末なのである。最後を 「春だったんだね」 とした作詞の感覚が冴えている。

〈祭りのあと〉は同じアルバム《元気です。》に収められている岡本おさみ作詞による曲である。岡本おさみの作詞は、吉田拓郎の歌に独特の陰影をもたらす。この時期の吉田拓郎の有名曲の作詞に岡本の作詞が多いのは、その詞世界のかたちづくるトーンが、暗く悲しく情念あるいは諦念に満ちていて、それがメロディに乗って発せられたとき、一種の郷愁を誘われるような感覚を与えてくれるからなのだと思う。

〈祭りのあと〉における最も惹かれる重要な箇所は次の部分である。

 日々を慰安が吹き荒れて
 帰ってゆける場所がない
 日々を慰安が吹きぬけて
 死んでしまうには早すぎる

ここで言われている慰安は、慰安と言いながら慰安ではない。なぜなら慰安とは 「吹き荒れる」 ようなものではないはずだからである。だから 「帰ってゆける場所がない」 のだ。
そしてそもそも、「日々を慰安が吹き荒れ」 るという言葉に違和感がある。なぐさめとかやすらぎと言わずにあえて慰安というこなれない言葉を使ってしまうことによって言葉が立つ。それが詩の語法のひとつである。この部分は吉野弘の詩 「日々を慰安が」 から採られた語句であるとのこと。その吉野弘の詩にはウィリアム・バトラー・イェーツの詩からの引用がある。つまりイェーツ→吉野弘→岡本おさみという過程を経て成立した作詞なのである。

岡本おさみの詞は、それ自体は秀逸である。つまり曲とその歌手 (この場合、それは同一であるが) を引き立て、その世界に共鳴する語彙を持っている。しかし、その歌詞がその時代を反映しているゆえに、その時代の作品であることが明示されることになるため、つまりその時代の香りを纏ってしまうために普遍性を持ち得ず限定的であり、音楽性としてはかえって古いようにも感じてしまう。それはたとえば山口百恵の作品 (阿木燿子/宇崎竜童) などにも同様に感じられる。もちろんそれが悪いといっているのではなく、その時代を背負った音楽であるという意味である。

〈ペニーレインでバーボン〉はアルバム《今はまだ人生を語らず》の冒頭曲である。〈春だったね〉も〈ペニーレインでバーボン〉もアルバムの1曲目であり、そしてテンポも似ていて、吉田拓郎の歌詞の特徴をよく備えている曲でもある。〈春だったね〉を例にとれば、その歌詞の譜割りは非常に特徴的である。

 僕を忘れた頃に
 君を忘れられない
 そんな僕の手紙がつく

は、実際には、

 ぼくをー、わすれたぁー、ころにー
 きみをぉー、わすれぇー、られなぁいー
 そんなぁ、ぼくのぉ、てがみがぁー、つくぅー

であり、前のほうに細かく言葉がまとまり、うしろを伸ばすという歌唱法である。これが吉田拓郎の特徴となり、その頃のフォークソングの歌唱テイストをあらわしている。
さて、〈ペニーレインでバーボン〉であるが、この曲は〈春だったね〉などと違って退廃的であり、恋や愛の話はなくて、単純に今の時代がよくないということを、メッセージ性を出すようにして歌っている。だが実際に具体的なメッセージといえるものはなく、つまりプロテストソングではなくて、もっと密やかな愚痴のようなものだ。それが吉田拓郎の詩法であり、それに対して内容がないとか思想がないといって揶揄されたり非難されたりした元であったともいえる。そしてそうした方法論でけなすこと自体が、70年代という時代性の特徴でもあったように私には感じられる。今の時代、そうした方法論は色褪せているし、そのようにして音楽を論じようとする人はもう存在しないのではないかと思う。だが当時はそうした視点が確かに存在したのだ。それは懐古趣味であると同時に、歴史を感じさせる現象でもある。

そして〈ペニーレインでバーボン〉は歌詞に差別用語があるということで、この曲だけでなく、このアルバム自体が廃盤となってしまった。1979年の大晦日の日本青年館におけるライヴでの〈ペニーレインでバーボン〉は決して退廃的ではなく、強いパワーが炸裂している。ジェイク・E・コンセプションのサックスにも熱いほとばしりがある。フォークソングブームはすでに20世紀の、過去のものであるが、その頃のパワーのほうが現代の忖度ばかりの世の中と違ってずっと面白いように感じられるのはなぜだろうか。当時のライヴ映像を観ていて思うのはそんなことばかりである。


吉田拓郎/ペニーレインでバーボン
Super Jam 70’sファイナルコンサート 1979.12.31
https://www.youtube.com/watch?v=3WKfCsAyR1w

吉田拓郎/落陽
1979
https://www.youtube.com/watch?v=q-hfrAWYXEY

吉田拓郎/祭りのあと
https://www.youtube.com/watch?v=n8OUm1rtS8A

吉田拓郎/春だったね
1992
https://www.youtube.com/watch?v=i57Qc8ufV18

* 上記のYouTubeの〈祭りのあと〉〈春だったね〉はかなり後年の映像であるが、特に1992年の〈春だったね〉が興味をひく。バブル期の服はどうしてこんなにも限定的なデザインなのだろうか。バブルは女性の衣服だけでなく男性の衣服も特徴的だったことがよくわかる。そしていかにも成金な吉田拓郎のテレキャス風のギターに当時の流行が偲ばれる。そう思ったのでわざわざリンクしてみたのである。もちろんベストの歌唱ではない。

KinKi Kids/全部だきしめて
僕らの音樂 2007. 07. 20
https://www.youtube.com/watch?v=pigz10uwKzg
nice!(95)  コメント(16) 
共通テーマ:音楽

nice! 95

コメント 16

末尾ルコ(アルベール)

吉田拓郎は自分で作詞してない曲もあったんですね。
そう言えば最近矢沢永吉の歌、永ちゃんが作曲で作詞は他の人というのをいくつか見て、(あれっ?)と思ったものですが、矢沢永吉の歌詞は(いかにも矢沢永吉)というイメージで、わたしが勝手にご本人が歌詞も作っていたのだろうと思い込んでいたに過ぎませんが。
もちろんわたしは矢沢永吉にはまったく詳しくなく、それ以上に吉田拓郎の曲には疎いです。
ひょっとしたら彼の曲は10曲知っているかいないかくらいなのかもしれません。

「春だったね」の歌詞、確かにおもしろいですね。
詩というものはもちろん、ほんの少しの助詞の交換、あるいはフレーズの入れ替えなどで、使っている語彙は同じでも驚くような内容の違いを生み出すものですが、この歌詞もそうしたデリケートな作業の薫りがします。

> このややわかりにくい構文

lequiche様がいつもおっしゃるように、歌唱された場合と文字を読む場合、同じ歌詞でも大きく違った印象になりますが、この「春だったね」の3行は、何と言いますかこう、過去と現在の時制を狂わせる、あるいは現在の中に過去を挿入させている、そんな印象を受けてとてもおもしろいです。

「慰安」という単語の使用も興味深いですね。
現在であれば、政治的意図を感じるかもしれませんが(笑)、吉野弘の詩からとられたということなのですね。
「慰安」に限らず、時流の中で言葉に妙なイメージがついてしまうのは嫌ですね。
それにしても吉田拓郎の歌がイェーツと結びつくとは新鮮です。

> 内容がないとか思想がないといって揶揄

吉田拓郎に限らず、日本のメジャーな歌に対して、わたしが子どもの頃に感じていたのもまさにこれでして、(恋愛の歌ばかりじゃないか!)とか(どうでもいいことばっかり歌詞にして!)とか、そんな不満は大きかったです。
どうしてもピンク・フロイドとかデヴィッド・ボウイ、あるいはクイーンなんかと比べてしまいましたから、彼らの歌詞のおもしろさと比べると、(日本はどうしてこうなんだろう・・・)というのはありました。

そう言えば、リンクしてくださった岡林信康、視聴させていただきました。
岡林信康のような歌を子どもの頃に知っておれば、わたしの日本の歌に対する理解度は変わっていたかもしれません。
歌唱法といい、歌詞といい、実にしっくりと心に入って来ます。

> 音数の多い言葉を無理やりに曲に押し込めてしまう方法論

歌詞と曲のせめぎ合いも、欧米の音楽がドッと入って来て以来、日本人の大きなテーマですね。
わたしはいまだ、日本語の歌詞の一部、特にサビなどに英語の歌詞を挿入するスタイルに対しては、(どうにかならないかな)と感じざるを得ないのですが、曲全体の構成やノリを作り上げる上で致し方ない部分もあるのかなとも思いますけれど。
まあでもサビにシンプルな英語フレーズを持って来るのは徐々に無くなってほしいのが本音です。

それにしても岡林信康はとても丁寧に、歌詞の一語一語を心の底から歌唱しているようにも感じます。
それは伝えたいことが明確だったからこそできるのかもしれませんが、まあすぐに「現在と比べると」と言い出すのも何ですけれど、昨今の特に男性歌手は、わたしには小器用なテクニックで中身のない歌詞を、いかにも切々と歌っているように見えます。
と言っても、これまたさほどいろいろ聴き比べているわけでもない、大雑把な印象に過ぎませんが。

以上、100万18歳の末尾ルコでした(←ひとケタ増えていおります 笑)。                   RUKO

by 末尾ルコ(アルベール) (2020-01-24 09:58) 

Boss365

こんにちは。
吉田拓郎!!小生世代ではないですが、兄がギター抱えて良く唄っていました(笑)。後になって知りましたが、フォークシンガーなのに「意外に作詞をしない」のが不思議でした。「ペニーレインでバーボン」は名曲ですね。東京で暮らしはじめの頃に、原宿のペニーレインに飲みに行った思い出あります。小さなお店で、混み合うと外でグラス持って飲んでいる人もいました。「歌詞に差別用語」は知りませんでしたが、今の時代のラップミュージックの歌詞?のように反骨的な感じあります。ライブコンサートの映像見ると少し早めな印象です(笑)「落葉」の歌詞が好きでカラオケで歌います。岡本おさみさんは天才と感じます。エネルギッシュな吉田拓郎さんなので成立する歌・音楽のような気もしますが、歌詞については「時代を背負った音楽」であるべきかな!?(=^・ェ・^=)
by Boss365 (2020-01-24 17:49) 

きよたん

社会派のフォークが好きだったから
拓郎の結婚しようよは甘い歌でした。
拓郎の歌の中で春だったねは好きな歌詞と曲です。
本人の作詞じゃなかったんですね
イメージの歌のLP持ってました。
彼 字余りソングも特徴ですね
はーるだったねーと語尾を引っ張る歌い方 懐かしいな
by きよたん (2020-01-24 20:53) 

coco030705

吉田拓郎、懐かしいですね。カラオケでは歌いにくい歌が多いです。
「旅の宿」と「えりも岬」はいい曲だと思います。
by coco030705 (2020-01-25 00:42) 

英ちゃん

♪ぼくの髪が肩まで伸びた~拓郎だね(゚□゚)
拓郎さんの現在の奥様(森下愛子)とは、大昔に仕事をご一緒した事があります。
若かりし頃の森下愛子さんは、とても綺麗でした。
by 英ちゃん (2020-01-25 01:41) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

シンガーソングライターといっても
必ずしもいつも作詞作曲をするわけでもないようです。
それは本人の意向なのかレコード会社の意向なのか、
複雑な事情があるのかないのか、そのへんはよくわかりませんが。(笑)

〈春だったね〉は曲としては知っていましたが、
実はそんなに意識して聴いていたわけではないんです。
今回、少しまとめて聴いているうちに、
この詞の技巧に気がつきました。
音楽的にもこうしたスピードのある曲のほうが私は好きなので
〈春だったね〉と〈ペニーレインでバーボン〉は
ノリが似ているなぁとも思っていたのですが、
「時計をとめて」 という歌詞の部分でジャックスに結びついたのです。
そしてYouTubeに〈サウンドストリート〉という番組の
古い録音 (1985年) があって、そこで
渋谷陽一と遠藤ミチロウがジャックスについて語っています。
これは結構面白かったです。
ジャックスはまさにグループ・サウンズ時代のバンドだったので
そうしたシーンの中でこの突出した音楽性はすごいと思います。
渋谷陽一はジャックスのことを
日本のベルベット・アンダーグラウンドと言っています。
もちろん稚拙な部分もあるのですが、
ギターもサイケデリックで、でも早川と水橋春夫の間には
かなり葛藤があったという話も聞きましたが真偽は不明です。
また曲によって、フリージャズっぽいテイストもありますが、
それは早逝した木田高介の音楽性なのではないかと思います。

サウンドストリート DJ渋谷陽一 1985年12月6日放送
『ジャックス、遠藤ミチロウ特集』ゲスト遠藤ミチロウ
https://www.youtube.com/watch?v=nOZUOe09-pY

吉田拓郎に戻りますと、
作詞家によって書かれた詞と、吉田拓郎本人の詞とを較べると
たとえば岡本おさみの詞のほうがずっと深みはあります。
でもそれは、ブログ本文にも書きましたが
その時代性を引きずってしまう傾向があると思います。
その時代だけでしか通用しない心情ですね。
それに対して吉田拓郎の詞は軽いとかいわれましたが
今の時代に聞き直してみるとそんなことはないよなぁ、
と私は思うのです。
それにたとえばプリンスの歌詞なんて、いわゆるおバカな歌詞で、
でもそれがどうしたの? という気がしてきたのです。
どうでもいい歌詞というのも、それはそれで面白いし、
どうでもいい歌詞が必ずしもどうでもいいことを歌っているか
というとそうでもないと思うときがあるのです。
むしろ言葉が真摯過ぎるのはかえって恥ずかしくないか?
とも思ってしまうのです。

日本語の歌詞の中にある英語ですが、
昔はたぶん英語に対するコンプレックスがあり、
英語を入れることによってカッコいいだろ? ロックっぽいだろ?
と考えていたのではないかという印象があります。
でも今は必ずしもそうではないような気がします。
私は歌詞に対してはかなりアヴァンギャルドな考えがあって、
よく音節と違うところで切るのはいけないという批判がありますが、
私はそれもありだし、むしろそうして日本語がわかりにくくなるのも
ひとつのテクニックでありセンスだと思います。
つまり歌詞というのはひとつのサウンドとしてのエレメントであって、
それが常に意味を持っている必要はないと考えています。

遠藤ミチロウさんも亡くなってしまいました。
諸行無常です。
by lequiche (2020-01-26 00:40) 

lequiche

>> Boss365 様

お兄様が歌われていたんですか!
それはなかなか、その時代を彷彿とさせる話ですね。
ペニーレインというお店も、当時の、
吉田拓郎さんが出入りしていた頃のことなんですね。
それはすごいです。

吉田拓郎の歌詞には岡本おさみの歌詞がかなりありますが、
それがかなり曲そのもののイメージを左右していますね。
ただ、岡本おさみの作詞リストを見ると
泉谷しげるの〈黒いカバン〉を書いているんですね。
これはちょっとびっくり、というか、
岡本おさみ、やるなぁと思います。
by lequiche (2020-01-26 00:40) 

lequiche

>> きよたん様

社会派フォーク、字余りソング、
なるほどそういう言い方があったんですね。
字余りソングというのはまさにその通りでわかりやすいです。
高田渡とか加川良とか、もちろん岡林信康も
社会派とくくっていいのではないでしょうか。
昔、吉祥寺駅のホームで高田渡が奥さんと
口喧嘩しているのを見たことがあります。
あらあら、という感じでしたね〜。(笑)
〈イメージの詩〉というのはごく初期の曲ですね。
そのレコード、まだお持ちでしたら
大切にされてください。
by lequiche (2020-01-26 00:41) 

lequiche

>> coco030705 様

カラオケで歌われるんですか!
それは難易度高いですね。
でも機会があったら是非お聴かせください。
〈襟裳岬〉でしたら難易度はまあまあかな、
とも思いますが。(笑)
by lequiche (2020-01-26 00:42) 

lequiche

>> 英ちゃん様

なんと、森下愛子ですか!
だってなんといっても女優ですから。
吉田拓郎は一時、TV番組で
佳代さん佳代さんと連呼していましたね。
東陽一の《サード》は良い映画だったと思います。
by lequiche (2020-01-26 00:42) 

NO14Ruggerman

吉田拓郎と言えばシンガーソングライターの代名詞の
イメージが大きいので、代表曲で作詞者が違っていると
いうのはとても意外に思いました。
特に最大のヒット曲「旅の宿」と私が最も愛してやまない
「落陽」がどちらも岡本おさみの作詞なのですね!

 拓郎が大ブレイクしたのは「旅の宿」の1つ前の
「結婚しようよ」だったと思います。
少なくとも私は「結婚しようよ」で彼を知り、それから
夢中になってアルバム「人間なんて」や「青春の詩」などを
聴いたものです。

字あまりソングかつ大ヒット曲を有しながら年末の紅白歌合戦に
参加しないアーチストのさきがけではなかったでしょうか・・
その翌年(だったと思います)井上陽水の曲が次々と
ブレイクし彼もいまだ紅白には出場していませんね。
by NO14Ruggerman (2020-01-28 00:57) 

lequiche

>> NO14Ruggerman 様

あ、そうですね。〈結婚しようよ〉という曲がありますね。
ただシングル盤でなくアルバムという単位で考えると
〈結婚しようよ〉が収録されているアルバムは
《人間なんて》で、これはエレックレコードです。
エレックはレコード会社としてはマイナーなので、
やはりCBSソニーという有名ブランド品になったということに
意味が (時事性が) あるのではないかと思ったわけです。
ジャケットデザインもエレックとソニーでは雲泥の差があって
エレックはいかにもインデペンデントという感じがします。
その頃の反体制的な人たちに言わせれば、きっと
「拓郎は資本主義に買われた」 ということなんでしょう。(笑)
でも結局、その後すぐにフォーライフを設立するのですが、
これはビートルズのアップルに触発されたんだと思います。

ただ、《人間なんて》というアルバムが興味深いのは
実質的なプロデューサーは加藤和彦であって、
アレンジの実権は加藤和彦と木田高介です。
木田高介はジャックスのメンバーなので、
このアルバムにも私はジャックスの影を感じます。
木田高介という人は若くして亡くなってしまいましたが、
非常に才能のある人だったと思います。

シンガーソングライターといっても
主に曲しか書かない人、主に詞しか書かない人もいて、
必ずしも作詞作曲とも本人とは限らないように思います。
ですからそういう意味では松任谷由実はすごいのです。
吉田拓郎の紅白出演時の動画がありますが、
この曲も松本隆・作詞ですね。
でも何でこの曲↓を選んだのかというのがちょっと謎です。

吉田拓郎/外は白い雪の夜 (NHK紅白1994)
https://www.youtube.com/watch?v=tJjJPrd8mH4
by lequiche (2020-01-28 03:19) 

ニッキー

うわぁ、とっても懐かしいです( ^ω^ )
吉田拓郎のアルバム持ってますが、プレーヤーがもうないです(⌒-⌒; )

by ニッキー (2020-01-28 22:01) 

lequiche

>> ニッキー様

アルバムをお持ちなんですか。それはすごいです。
今、レコードがとてもブームで
レコードプレーヤーも各種発売されていますね。
by lequiche (2020-01-29 01:57) 

NO14Ruggerman

きのうたまたま観たテレビ番組で、爆笑問題の田中が
「外は白い雪の夜」の歌詞を絶賛されていました。
松本隆の作詞曲特集でした。
by NO14Ruggerman (2020-02-05 01:05) 

lequiche

>> NO14Ruggerman 様

やはり松本隆の詞は画期的だったのだと思います。
それは後になってだんだんとわかってきたというか。
そして歌謡詞におけるその原点は
やはり木綿のハンカチーフなのではないでしょうか。
最近、その詞の書法について詳しく語っている内容から、
ああそういうことかと気がついたこともあります。

太田裕美/木綿のハンカチーフ
https://www.youtube.com/watch?v=_gooJYqDsn8
by lequiche (2020-02-05 15:13) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。