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Eruzulie maketh scent — 嶋護『JAZZの秘境』その3 [本]

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Cecil Taylor (1969)

嶋護『JAZZの秘境』のさらにつづきである。
著者が良い録音として推奨するのは、究極としてはワンポイントマイクで、クラシック音楽の録音などでよく用いられる手法であるが、それがもっとも自然なプレゼンスを生むと言っているように思える。各々の楽器にマイクを立ててマルチなモノラルをミックスするというような録音について、具体的にダメとは言っていないが、そうした録音はもはや古いのではないか、というふうに私は受け取った。
たとえば前記事に書いたヤーラン・レコードにおける馬渕侑子の録音に関しても、そのマイクの立て方は 「極端なミニマル・マイク・セッティング」 であり 「基本はステレオ・ペア・マイク一対がすべて」 とのことである (p.193)。しかもそれはAKGのヴィンテージな真空管マイクである。そして音はマイクから真空管プリへ送られ、ダイレクトに真空管2chテープレコーダーに録られているそうである。最終的にCDにされるときはデジタルであるが、録音工程は全てアナログなのである。

さて、この本の最後のほうにセシル・テイラーの章がある。これがとても読み応えがある。
まずセシル・テイラーはオーネット・コールマンに較べて、ずっと不遇であったと嶋護は指摘する。なぜならメジャーレーベルに多くの録音が存在し、数々の賞や学位を受けたオーネットに対して、セシル・テイラーのアルバムはほとんどがヨーロッパのマイナーレーベルであったことをあげている。晩年になって、かろうじて日本の 「京都賞」 が贈られたが (2013年)、それも本来はオーネット・コールマンに贈るはずだったのだが、彼は日本の賞で高松宮殿下記念世界文化賞というのをすでにとっているので、二番手のセシル・テイラーが繰り上がったという種明かしで、あまりにひど過ぎて笑ってしまう。判官贔屓ではないのだが音楽性ではセシル・テイラーのほうがずっと上だと私は思うのだけれど、逆にセシルのコンセプトはわかりにくい (大衆受けしない) のだろうとも思える。

そのセシル・テイラーが1973年に来日したときの録音がある。セシル・テイラー・ユニット (as, p, dsによるトリオ) の《Akisakila》という東京厚生年金会館大ホールにおけるライヴ・アルバムで、LP2枚にわたって怒濤の演奏が続くという、当時としてはたぶんとんでもないアルバムだったのだが、このとき、離日する前の5月29日にイイノホールで録音されたピアノソロのアルバムが《Solo》である。収録場所はスタジオではなくイイノホールであるが、ライヴ演奏ではなくセッション録音である (ja.wikipediaのディスコグラフィの 「ライヴ」 という記載は誤り)。その録音をしたのが菅野沖彦であった。
菅野沖彦 (1932−2018) はもはや伝説の人であるが、こうしたピアノソロのような演奏の場合でもスタジオで録音せずホールを使うというのが彼の手法であった。1973年にはキース・ジャレットの独ECM盤《Solo Concerts: Bremen and Lausanne》という有名なソロアルバムがあるが、この時代には、ジャズ・ピアニストのソロが流行だったのだろうか。ポール・ブレイのECMからリリースされた静謐なアルバム《Open, to Love》が1972年である。
キース・ジャレットのソロアルバムには《Solo Concerts》以前にも《Facing You》(1971) があるが、このソロ・コンサートという3枚組LPが非常に売れて、彼のソロピアノというコンサート様式が確立した経緯がある。ジャズにはそれ以前にもピアノソロの演奏・録音はあったが、キース・ジャレットの、即興で延々と音楽が変化してゆくというコンセプトはそれまでにない特異な世界であった。そして彼が1976年に来日したときに録音されたのが《Sun Bear Concerts》という10枚組のLPアルバムであり、それを録音したのが菅野沖彦であった。

嶋護によればセシル・テイラーがオーネット・コールマンに対してアドヴァンテージのあるのが、マイナーレーベルではありながらリリースされたアルバム数が多かったこと、そしてその中に優秀な録音があったことだという。
嶋護が推薦しているアルバムは菅野による《Solo》、杉山和紀というエンジニアによる《Iwantúnwonsi, Live at Sweet Basil》(1986)、そして《For Olim》(1986)、《Erzulie Maketh Scent》(1988)、《Nailed》(2000) である。後の3枚はFMPのヨスト・ゲベルズのよる録音とのこと。
母国アメリカでは不遇であったセシル・テイラーを厚遇したのが日本とドイツで、ドイツはこのようなアヴァンギャルド・ジャズに対して理解が深い。山下洋輔が認められたのもどちらかといえば日本よりドイツが先であった。
セシル・テイラーのソロには日本での《Solo》に先行して、Freedom盤の《Indent》(1973/オハイオのアンティオーク・カレッジにおけるライヴ) があり、その翌年にはモントルー・ジャズ・フェスティヴァルのライヴ《Silent Tongues》がある。まさに彼のソロピアノの最全盛期といってよい。
私の最も好きなセシル・テイラーはソロではこの《Indent》であり、グループ演奏ではHat Hut盤のシュツットガルトにおける1978年のライヴ《One Too Many Salty Swift and Not Goodbye》(1980) であるが (そのことはこのブログ記事にすでに書いた)、これはあくまでその音楽性が私にフィットするからである。そして独FMPと瑞Hat Hutは最も優れている時期の彼のピアニズムをとらえているといってよい。

1988年にFMPが仕掛けたセシル・テイラーを中心とする一大コンサートが 「Improvised Music II/88」 である。1988年6月17日から7月17日までの1ヶ月にわたって、当時の西ベルリン、ティアガルテンのコングスハレで行われたコンサートであり、それは後日、FMPから11枚組CD《Cecil Taylor in Berlin ’88》としてリリースされた。CDボックスはLPサイズであり、詳細なパンフレットが封入されている。《Erzulie Maketh Scent》はその中の1枚であり、ソロピアノによるパフォーマンスである。ピアノはベーゼンドルファーが使用された。
この1988年に先行する作品として英Leo盤の《Live in Bologna》《Live in Vienna》《Tzotzil/Mummers/Tzotzil》(すべて1987) といったライヴがある。特にボローニャ、ヴィエンナは地味に見えながら優れた演奏であると思う。《Chinampas》というロンドンのライヴ盤のみ、残念ながらまだ未聴である。
日本での菅野録音による《Solo》から《Cecil Taylor in Berlin ’88》まで15年間の月日が経っているが、この時期のセシル・テイラーの動向をトレースしていくのはエキサイティングである。最も芳醇な時期のセシル・テイラーが幾つもの録音から蘇るような気がする。

ベルリンという都市を辿ると思い出すことがる。セシル・テイラーの《Solo》が日本で録音された1973年、ルー・リードがリリースしたコンセプト・アルバムが《Berlin》であった。そしてキース・ジャレットの《Sun Bear Concerts》の翌年、1977年にリリースされたのがデヴィッド・ボウイのベルリン3部作の1st《Low》である。それからさらに11年後、コングスハレで行われたセシル・テイラーのBerlin ’88のコンサートの時になってもベルリンはまだ東西に別れていたが、その翌年、ベルリンの壁は崩壊する。

菅野沖彦は最初、朝日ソノラマでソノシートの製作をしていた、いわゆる録音屋であった。だが、音が収録されてさえいれば良いという考えが、あるときをきっかけにして変わったのだという。録音という作業を単なる音の記録としてとらえるのでなく、「音楽の演奏解釈と同じように表現の問題である」 (p.409) と考えるようになったのだという。そのような菅野の言葉などから、嶋護は録音が何かということを学んだのであろう。菅野の精神性が嶋の主張に反映されているように感じる。そして嶋護のこの本は菅野沖彦に捧げられている。

     *

アルバムタイトルの中で《Erzulie Maketh Scent》を 「エルズリー・マケト・セント」 と表記しているが、makethは古英語のmakeの3人称単数現在であり、カタカナ表記としては 「メイケス」 くらいが妥当なのではないだろうか。Nurture and good mannars maketh manという諺もあるようである。スティングの〈Englishman in New York〉という曲の中に、「Manners maketh man」 という歌詞があるが、この諺を連想させるようにやや揶揄した意味で使っていて、makethの発音もほとんど 「メイクス」 (つまりmakes) に聞こえる。


嶋護/ジャズの秘境 (DU BOOKS)
ジャズの秘境 今まで誰も言わなかったジャズCDの聴き方がわかる本




Cecil Taylor/Berlin 1988
https://vimeo.com/364648304

Cecil Taylor Unit - Live in Paris 1969
live at Salle Pleyel, Paris, France, November 3, 1969
https://www.youtube.com/watch?v=hwdsVV9XjKI
1969年のセシル・テイラー40歳のときのライヴ映像。やや一本調子な感じがするが、このスピード感は爽快である (長過ぎるので全部聴くと死にます)。ジミー・ライオンズもアンドリュー・シリルも若い。
サル・プレイエルはパリのコンサート・ホールであるが、主にクラシック系のためのホールであり、そしてプレイエルはショパンのピアノとして識られるフランスのピアノ製作会社である。
動画の説明文にある1969年11月3日のライヴはjazzdisco.orgのディスコグラフィには載っていない。1969年はサン・ポル・ドゥ・ヴァンスの7月29日ライヴと、ロッテルダムの11月9日きりないが、全体的に見ると、特に後年のリストは未完成なのかほとんど使えない。

Cecil Taylor/Akisakila
recorded live May 22, 1973, Tokyo
https://www.youtube.com/watch?time_continue=121&v=hxvvHQjDk9A
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末尾ルコ(アルベール)

『JAZZの秘境』について3度目ですね!
いかにこの本が充実し、興味深い内容であるのかがヴィヴィッドに伝わってきます。
このような本にわたしも2,000円以上を支払いたい!
ついつい古本屋中心になりがちのわたしですし、もちろんそんなライフスタイルで驚くような素敵な出会いも無数にしているけれど、(これだ!)という一冊を見つけて購入し、じっくり読み、考えを巡らせ、そして語る(ブログなどを含めて。口頭での「語り」が難しい世界情勢になっているのが残念ですが)・・・そんな読書をもっと増やしていきたいとつくづく感じました。

オーディオには縁遠いわたしですが、「音楽の聴こえ方」には興味があります。
少し前、イオン高知で高校生たちの音楽イベントをやっていたのですが、会場が吹き抜けのコートだったんです。
そうなると合唱やブラスバンドならまだしも、ギターの演奏だと音が空間に吸い込まれてしまって、ギターの力がまったく発揮できない印象でした。
高校生のイベントで、もちろんこの日のために練習してきて出演したことは嬉しかったのでしょうが、あまりにギターの力が殺がれていただけに、こうした音響場所で敢えて出演させるのはどうかなという感もありました。

> 究極としてはワンポイントマイク

録音に関してもまるで明るくないですが、ワンポイントマイクが究極であるという意見は嬉しくなります。
何と言うか、「最先端技術」というものに関して、その恩恵はある程度以上受けつつも、そうしたものが「最上ではない」という希望があるんです。
理論や理屈ではなくあくまで「希望」ではありますが、その根本は「生の人間の営み」に対する信頼や想いというところです。
あるいは映画などにおいても、「どのレベルの画質状態で鑑賞するのが最上か」という問題は常にありますが、古い映画をテクノロジーによってクリアな画像に・・・という試みも興味が無くはないけれど、やはりどうも納得できかねる気分もあると、テクノロジーへの依存を極力抑えるような考えも時に必要なのではといつも思ってます。

今リンクしてくださっている「Cecil Taylor Unit - Live in Paris 1969」を視聴しつつ書いておりますが、すごくおもしろいですよ。
ヴォーカルというかシャウトというか、そういうのも入ってるんですね。
わたし自身はこうしたフリージャズを聴いている時、その技術や理論についてはよく理解してないですが、「精神の解放」感を味わえます。
わたし自身、平均的日本人の方々(←この表現はさほどよろしくないですが、便宜上使ってます)よりもずいぶん、ライフスタイルを含めて自由な精神を持っているつもりなのですが、フリージャズを聴くとその精神性がさらに深まり、掘り下げられていく気持ちになります。
日本でフリージャズを聴いている人たちがどれだけいるかは分かりませんが、どのようなメンタリティで聴いているかにも興味があります。

・・・

> ルイ・マルとの綿密な打ち合わせで作られたそうです。

『死刑台のエレベーター』の神話は覆されたのですね(笑)。
いったい神話は誰が言い出したのでしょうか(笑)。
神話のままの方が都合がよかったと考える人もいるでしょうが、わたしとしてはルイ・マルとマイルスの「緻密な打ち合わせ」の方が好きです。
あれだけの映画、入念に作り込まれたと思いたいですから。

> 特にGirl Talkの動画で見られるようなジャズクラブの雰囲気

ホント、いいですよね、この雰囲気。
もちろんもともと「日本発祥」ではないものですから、愉しみ方に違いがあるのは仕方ないですが、それにしても(お客さん、どうにかならないかなあ~)と思うような状況、多いです。
音楽ではないですが、テニスの試合なんか、欧米では凄く盛り上がるんですが、日本ではお客さんがよく入っていても、(シーン・・・)で、たまに拍手と選手が可哀そう。
野球やサッカーでも、集団にならないと声を出せない日本人、多いですよね。

ビル・エヴァンスにしてもセシル・テイラーにしても、その評価のされ方を辿ってみると、「評価」と「実質」について興味深いものが見えてきそうですね。
また映画のお話で恐縮ですが、米国の批評を見ると、スーパーヒーロー物がとてつもない興行成績を上げているだけでなく、映画としての評価も高いことが多いんです。
確かにおもしろい作品もりますが、わたしとしては(ちょっとどうなんだ・・・)というものも多く、スコセッシがスーパーヒーロー映画についていわく、「あれは映画じゃない。映画とは違う何かだ」との意見を、作品によっては支持しています。

> え、これで終わり? みたいなのがむしろカッコイイんですが。

そのカッコよさが理解できない人たちとは、究極的にはお話が食い違ってしまいます。
大袈裟な芝居を「演技力がある」と信じ込んでいたり、ラストで俳優たちが絶叫・号泣する映画が最高と信じていたり・・・まあそんな映画や小説があるのはいいけれど、「中心」ではいけません。

東京は大変な状況になっていますね。
高知も人口の割には感染者が多過ぎて、昨日は知事から「緊急事態宣言一歩手前」という言葉が出ました。
気分としては・・・かなり憂鬱です。         RUKO

by 末尾ルコ(アルベール) (2020-04-10 01:53) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

少しマニアックな内容ですみません。
著者の嶋護はStereo Soundというオーディオ雑誌などに
記事を書かれているかたです。
それでどうしてもオーディオ寄りの内容になっているようです。
これだ! というほどの内容でもないのですが、
細かいところで妙に興味を惹かれる箇所があって、
つい、だらだらと書いてしまいました。

本は雑多に買ってしまうので読書が追いつきません。
別に全部読まなくてもいいと思っています。
とりあえず買っておかないと入手できなくなってしまうので。

音楽イヴェントですか。
コンサートなどの会場の音響をコントロールする方法を
PAとかSRとか言いますが、オープンエアや吹き抜けの場所では
プロがいなければ、音を保持するのはむずかしいです。
昔は武道館でも、上のほうの席では音がまともに聞こえない
というような現象がありましたが現在ではそれはありません。
でもイオンだと、プロのPAではないのかもしれませんね。

ワンポイントマイクというのは最も原始的な方法なのです。
録音技術がどんどん進化して、たくさんマイクを立てて、
さらにエフェクトで加工してメカニックな音作りになりましたが、
そういうのはやめよう、といういわば自然回帰的な行為が
ワンポイントマイクなのです。

昔の映画をクリアにすることもそうですし、
古い録音を加工してクリアにするというのも同じです。
ノイズを省くということは必ずノイズに付随している何かを
取り除くことも意味しますし、そこに重要なポイントが
あるのかもしれません。
必ずしもクリアでなくてもよいのです。
なんでもクリアできれいで無傷でなくてはならない、
という切迫感には病的な意図を感じます。
整形手術への過剰依存に近いですね。

セシル・テイラーはシャウトだけでなく、
ピアノから離れてダンスのようなものをはじめたりして、
それでピアノを弾かずにそのまま終わってしまったりで
「何だありゃ?」 などと言われたりしたこともあったようです。
そういうのも含めてフリージャズなのです。
フリージャズを聴いている人なんてほんの一握りでしょう。
でもここのSSブログで音楽1位のxml_xslさんは
非常にフリー寄りのジャズをとりあげていることが多いです。
しかも稀少盤をことごとくお持ちのようです。
とても太刀打ちできません。(^^;)

フリージャズと現代音楽とはアプローチが違いますし、
またたとえばシュルレアリスムも方法論が違いますが、
そうしたアヴァンギャルド性を知ることが
私の興味の対象でもあります。

ルイ・マルが死刑台のエレヴェーターを撮ったのが26歳の時、
鬼火は31歳です。もう、すごいですね。
でも私はザジが好きです。
死刑台や鬼火と同じ監督とは思えませんがその落差が。

テニスなどの外来種 (笑) の見方は、
やはり日本ではまだこなれていないのかもしれませんね。
歌舞伎とか寄席などは日本のものですから
それなりに良い雰囲気があるように思います。

スーパーヒーローものというのはよく知らないのですが、
やはりそれもカタストロフの発露のひとつでしょう。
大団円で終わること、ハッピーエンドな結末が
水戸黄門の昔から求められるものだったはずなのです。
TBSのドラマ《恋はつづくよどこまでも》に
一定の支持があったのは、
そのあまりにベタなハッピー感にあったのです。
でも、日本の伝説的なロックバンド、はっぴいえんどには
「はっぴいえんど」 というフレーズを繰り返す箇所がありますが、
その最後の曲タイトルは
 はっぴいえんど
 はっぴーいいえーんど
と表記されています。「いいえ」 が内包されているのです。

コロナ対策がぐずぐずと後手後手なのは
わざと遅らせて混乱を煽っているという説もありますね。
感染者が増加したほうが、コトが大げさになって、
それにより自分のかかわる失態から目をそらすことができる、と。
そんな説は信じたくありませんが、
政治家とか官僚制度などというものは
すべからく汚れたものです。
by lequiche (2020-04-12 04:05) 

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