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リンカーン・センターのライヴ — 穐吉敏子・1 [音楽]

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YouTubeでニューヨークのリンカーン・センターにおける穐吉敏子のライヴを聴く。2016年、穐吉敏子のデビュー70周年ライヴとのことで彼女は86歳、穐吉敏子のレギュラー・オーケストラはすでに解散していたので、このライヴのために結成されたビッグ・バンドだと思われる。放送はハイビジョンで 「秋吉敏子NYジャズ伝説〜70周年記念ライブ」 として同年11月にNHKで放送された。現在YouTubeで見ることのできる動画は画質が悪いが、貴重な記録である。

コンサートは〈Long Yellow Road〉から始まるが、同曲は穐吉の古くからの作品で、初出はおそらくキャンディッド盤の《The Toshiko–Mariano Quartet》(1961) であり、日本盤はタクト (日本コロムビア) レーベルで発売された (ja.wikiには貧弱な解説きりないので、データはen.wikiによる)。その後にも《Long Yellow Road》というタイトルのアルバムは複数存在するが、キャンディッド盤のレコーディングは1960年12月05日・NYであり、朝日ソノラマの《Long Yellow Road》は1961年2月とあるので (朝日ソノラマなので、たぶん最初のメディアはソノシート)、最も早いのはキャンディッド盤であると思われる。
「黄色い長い道」 という言葉は、たとえば砂漠のような乾いた道を連想させると同時に、当時のアメリカにおける人種差別の中での戦いの道であることを象徴している。1961年という時代には、ジャズシーンにおける女性はバンド付属の歌手というようなポジションが多く、添え物・お飾り的な存在として見られることがほとんどだったはずであり、まして黄色人種である日本人に対する偏見も強かったことは否めない。そうした世界で穐吉は1973年にビッグ・バンドを結成する。全員が男性であるようなビッグ・バンドを日本人女性がコントロールするということがいかに困難だったかは想像してあまりある。

このリンカーン・センター・コンサートのメイン・チューンはプログラム最後に置かれた〈孤軍〉そして〈ミナマタ〉である。〈孤軍〉は夫のルー・タバキンと結成したToshiko Akiyosi - Lew Tabackin Big Bandのデビュー・アルバム《孤軍》(1974) のタイトル曲である。そして孤軍というタイトルは英語でone-man armyと訳されているが、その当時にルバング島で発見された小野田寛郎少尉のことと、ジャズ界における自らの孤独な戦いとのダブル・ミーニングになっている。
インタヴューで穐吉が述べているように、日本ではもともとビッグバンド・ジャズは好まれておらず、しかもジャズの音の中に日本の音である鼓などを入れたので、きっとけなされると思っていたのに、大好評で迎えられたという。1974年の暮れ、穐吉はプロモーションを兼ねて来日したのだが (帰日というべきなのか)、穐吉とタバキンのみでバンドは帯同せず、渡辺貞夫を中心としたいわゆるリハーサル・オーケストラで一種の凱旋公演を行なった。このことについてもすでに書いたが (→2012年02月17日ブログ)、穐吉には万感の思いがあったのだろう。

以後、穐吉のビッグバンド作品は好評を持続するが、1976年にリリースされた《Insights》のメインとなったのが21分にもわたる〈ミナマタ〉である。ミナマタとは水俣病のことであり、公害病としてその実体がわかりはじめていた時であった。穐吉が音楽で描きたかったのは水俣の自然や人間が破壊されてゆく悲惨さをあらわしていて、そうした時局に対して穐吉は、アルバム《Farewell》を捧げたミンガスのように果敢で過激である。でありながら音楽としてのクォリティがそれによって損なわれることはない。オリジナルのアルバムでは、最初の子どもの語りは穐吉のまだ幼かった娘のMonday満ちるが、そして謡の部分は観世寿夫が担っている。観世寿夫はその2年後に亡くなった。〈孤軍〉も〈ミナマタ〉も、洋楽の中に日本的な音を共存させようとした試みは武満徹の〈ノヴェンバー・ステップス〉を連想させるが、謡によって語られる印象はかなり違う。
アルバム《孤軍》はスイングジャーナル誌の1974年度ジャズ・ディスク大賞銀賞を授賞。《Insights》は1976年度ジャズ・ディスク大賞金賞を授賞した。ちなみに1974年度の金賞はキース・ジャレットの《ソロ・コンサート》であった。

穐吉の書くオーケストレーションは非常に緻密で複雑である。そしてトゥッティで楽器が鳴ったとき、すぐにわかる穐吉サウンドを形成する。この特徴的なサウンドはジャズ・オーケストラの最高峰として比類ない。


Toshiko Akiyoshi-Lew Tabackin Big Band/Insights (SMJ)
インサイツ(紙ジャケット仕様)(完全生産限定盤)




Toshiko Akiyoshi-Lew Tabackin Big Band/孤軍 (SMJ)
孤軍




Toshiko Mariano Quartet (Solid/Candid)
トシコ・マリアーノ・カルテット[期間限定価格980円]




秋吉敏子NYジャズ伝説~デビュー70周年ライブ (NHK)
2016 (3)/孤軍、ミナマタ
2016.2.16 ニューヨーク、リンカーン・センター
https://www.youtube.com/watch?v=QM5fQGkVna8&t=4s
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NO14Ruggerman

1976年の演奏ですか。
穐吉敏子さんのお嬢さんが登場されるのは貴重な
映像ですね。
by NO14Ruggerman (2021-05-09 02:26) 

lequiche

>> NO14Ruggerman 様

いえ、リンクしたのは2016年の
リンカーン・センターにおけるライヴ映像です。
NHKは繰り返し再放送をしていますが、
今のところメディアを発売する気はなさそうです。

1976年のアルバムはセッション録音ですから、
動画はおそらく存在しません。
by lequiche (2021-05-09 02:58) 

末尾ルコ(アルベール)

穐吉敏子は最近『ジャズ・トゥナイト』でも特集されてました。いろいろな面でのパイオニアとして彼女の姿が強調されてましたね。凄い人ですね、やっぱり。
「ソノシート」っていい意味でノスタルジックな響きがあります。今と比べりゃそりゃ貧しいのですが、貧しいながらの豊かさがあった時代と言いましょうか。ラーメンにしてもショボいいけど美味しい近所のラーメン屋と『チャルメラ』や『出前一丁』くらいしか選択肢がなかったけれど、どれも美味しく食べていた、そんな精神的豊かさと言いましょうか。
それにしても米国で、「黄色人種」「女性」という当時としては大変な前提を引き受けながら突き進んでいく凄みはまさに「パイオニア」に相応しいですね。そしてそんな穐吉敏子の精神性にとても興味がありますし、テーマとして小野田少尉や水俣病を選らんだ意志にもとても惹かれます。
日本の音楽界は社会的事件・社会的事象をテーマとすることが比較的少ないですが、正直なところこうした状況は風通しが悪い。もちろん相応の理解や知識は必要ですが、社会問題などにもっと果敢にアプローチする表現者が増えてほしいです。いつからか日本、「お客様は神様」じゃなくて、「スポンサーは神様」という状況になっているような。

・・・

>成熟した大人の文化

これなんですよね~。米英、あるいは仏の音楽界、だけでなくほかの分野もそうですが、奥深さ、魂の底から湧いて出るような、それでいてしっかりした知性と感性に裏打ちされているような感覚。
翻って日本は、いいものも多いですが、どうしても比較すると幼児性が感じられるケースが多いです。やはり一つは西欧人がキリスト教徒と対峙し続けている中から育まれる強靭さが因としてあるのではと感じます。レナード・コーエンにもキリスト教の薫りが濃く感じられるんですよね。

>日本語詞には滅多に存在しない

ですよね。それはわたしが子どもの頃、初めてブリティッシュロックに出会い、その歌詞が日本で流通しているものとはまったく違っていて衝撃を受けて以来、まるで変ってない気がします。

>ただスポーツ選手だけが優遇

それはオリンピックの件だけでなく、ずっと前からメディアの扱いがそうですよね。ぶっちゃけ「どうでもいい」スポーツ選手や試合の動向をいかにも「大事件」のように大仰に報道する。なぜかといえば、それで視聴率や部数が取れるからであって、しかしそのために多くの国民の「世界を見る目」が歪められ、貧しくなっています。半面、文化芸術はまるでカスのような報道ぶりですから。
まあなにせスポーツは、勝敗や数値で単純に理解できる分野ですから(実際はそうでない要素もあるのですが)、決して数値化できない文化芸術への理解がどんどん乏しくなるわけです。 RUKO

by 末尾ルコ(アルベール) (2021-05-09 05:32) 

つむじかぜ

insightsは今でも愛聴盤です。ピアニストと共にコンポーザーとしての秋吉の素晴らしさが堪能できますね。ビッグバンドのアンサンブルも心地よい!
NHK特集も視聴しましたが、60年前のアメリカで、黄色人種に音楽の道を拓いた大和撫子第一号です。そして80歳を超えてもなお衰えぬ音楽への情熱。彼女と瀬戸内寂聴は、小生にとって愛すべきおばちゃまです^^
by つむじかぜ (2021-05-10 00:59) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

そういう番組があるのですね。知りませんでした。
早速過去の放送の記録を見ましたが面白そうです。
今度聴いてみます。

ソノシートというのは数回再生できればよいというような
いわば使い捨てのメディアなのだと思いますが、
かさばらないですし、その時代の知恵という感じもします。

アメリカはいまだに人種差別の強い国ですが、
多くの人種がいるとどうしてもそうなるのかもしれません。
人間はどうしても自分とは異種の人間を
排斥したがる傾向があります。
現在の日本のJ-popや文学などの日本語限定な鎖国状態も
消極的な人種差別ともいえます。
同じセンスの人間同士でつるんでいれば安楽なのですが、
ぬるま湯からはぬるま湯なものきり生成されません。

穐吉は日本人の感覚からすると随分政治的ですが、
ローリー・アンダーソンなども政治的発言をしますし、
自分の影響力を考えたとき、ある程度のそうした発言は
むしろ当然というのが諸外国の相互認識です。
最近流行している 「忖度」 なる言葉こそ、
まさに日本人特有の精神性の根幹にある意識だと思います。
他人から批判されることが怖くて、
誰に対しても八方美人でいたいのでしょうね。
それなのに現在のコロナ禍では、ずるく立ち回る……。
忖度の文化は江戸時代の悪賢い廻船問屋と同じです。
「おぬしもワルよのぉ」 だから忖度するのです。

オトナの文化を否定するのは、
ひとつには若いことが絶対であるという価値観が
日本ではまだ強くあるからだと思います。
でも若い人たちもいつか年老います。
その世代になったから理解できることもあるのに、
若さこそが最大の美点であるという考え方なのは偏狭で
ずっとそれで行くのかなぁ、と思います。
マスコミがそのように誘導している部分はありますね。
宗教が必ずしも必要だとは思いませんが、
倫理観がなくてすべて経済観念優先という人たちが
この国をこのようにしていったのだと思います。

スポーツも常に金銭に換算されて評価されていますが、
だからプロスポーツ選手は稼げなくちゃダメで、
本も映画も音楽も売れなくちゃダメで、
つまり給料を多くとれる人が偉いという観念が
日本に蔓延してしまったのですね。
なんて素晴らしい国なんだと思います。(^^)
by lequiche (2021-05-11 01:23) 

lequiche

>> つむじかぜ様

そうなんですか。
聴きこめるだけの内容のあるアルバムですね。
第1号ということでは当時、まだ各種学校だったバークリーに
ジャズを学ぶために入ったのも非常に早かったと思います。
そして渡辺貞夫にもバークリーに入ることを勧めたので、
それがなかったら日本のジャズは今とは違うように
発展していたかもしれません。
あぁ、寂聴さん! 似た感じはありますね。
by lequiche (2021-05-11 01:23) 

coco030705

穐吉敏子さんのコンサートはTVで観たことがあります。素敵な音楽だと思いました。昨年だったか、女優の松坂慶子(彼女はご主人の関係で半分ニューヨーク暮らしみたいです)と穐吉敏子さんの対談というのがありました。そのとき、穐吉さんがすごく矍鑠としておられ、お洒落な方だなと思いました。穐吉さんのCDも聴いてみたいです。
今、穐吉さんに続くような、アメリカで活躍している若いジャズ奏者はどなたかいらっしゃるのでしょうか。
by coco030705 (2021-05-11 19:05) 

lequiche

>> coco030705 様

その対談は知りませんでした。
ちょと意外な組み合わせで、どんな会話があったのか
いろいろと想像してしまいます。
穐吉さん、お元気ですよね。まだまだやれると思います。

穐吉さんのようなビッグバンドは数々の制約がありますから
同じようなアプローチをするのはかなり難しいです。
どうしてもスモール・コンボになってしまいますね。
ピアニストでしたら穐吉さんとは全然傾向が違いますが
上原ひろみさんは海外でも活躍されています。
このライヴはアメリカでなくフランスですが、
野外のライヴ映像で↓なかなか良い雰囲気です。

Hiromi Uehara/Dancando no Paraiso
Jazz à Vienne 2011
https://www.youtube.com/watch?v=VJExqsrZzeA

アドリブの中で、5’45”あたりから、ちらっと
マイ・フェイヴァリット・シングスが出てきます。
こういう引用もオシャレですよね。
by lequiche (2021-05-12 03:03) 

mwainfo

遠い昔、60年以上前に、渋谷のデユエットというジャズ喫茶で、イソノテルオさんの司会で、秋吉敏子さんのデビューのライブがありました。ジャズが輝いていた時代でした。 
by mwainfo (2021-05-13 11:55) 

coco030705

こんばんは。
上原ひろみさんのステージ、すごくいいですね。
野外でリラックスしたムードで楽しめました。有難うございました。
by coco030705 (2021-05-13 22:36) 

lequiche

>> mwainfo 様

そこでお聴きになったのですか?
それはすごいです!
確かに 「ジャズが輝いていた時代」 なのですね。
今の日本は何事も後ろ向きのようで残念です。
音楽には穐吉の曲名のように 「希望が」 が欲しいものです。
by lequiche (2021-05-15 00:58) 

lequiche

>> coco030705 様

このライヴ、何曲か演奏しているのですが、
だんだんと陽が暮れて行くのです。
野外の開放感と音楽に浸れる至福の時間、
という感じですね。
by lequiche (2021-05-15 00:58) 

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