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高島屋で別れた母の面影 — 中山ラビ [音楽]

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京都の伝説的な喫茶店といえば 「しあんくれーる」 と 「ほんやら洞」 だと思う。
「ほんやら洞」 はまさに伝説の70年代文化の原点のような店だったらしいが私は知らない。でも倉橋由美子の小説にも出てくる 「しあんくれーる」 は1回だけ行ったことがあって、かすかな記憶がある。河原町通荒神口、ジャズをかけている店なのだが、店名のようになぜか明るい印象だった。平日の昼間、客のいない時間だったからかもしれない。どんな曲がかかっていたのかは覚えていない
だから、しあんくれーるのマッチを持っていたはずなのだけれど、どこかにいってしまった。大切にし過ぎると、ものはどこかにいってしまうもので、しあんくれーるのマッチも二十三やの櫛も、家のどこかにあるはずなのだが行方知らずである。それは京都がイノダコーヒや鍵善で語られていた頃で、今考えても懐かしい。
(念のために書いておくと、しあんくれーるはchamp clair (シャンクレール/明るい野原) と 「思案・に・くれる」 のダブルミーニングのように思える。そしてほんやら洞はもちろん、つげ義春の作品のタイトルからである)

そして、ほんやら洞の京都店はもう無いが、ほんやら洞国分寺店のオーナーだったのが中山ラビである。
中山ラビの代表作は2枚目のアルバム《ひらひら》(1974) だと思う。
彼女は東京生まれであるが、関西フォークのひとりとして1972年にデビューしたシンガーソングライターである。《ひらひら》は今聴くとやや古い感じは否めないが、メロディと歌詞が拮抗して、しっとりとした輝きが感じられる。

〈川にそって〉〈人は少しづつ変る〉〈ドアをあけて〉そしてアルバムタイトル曲〈ひらひら〉と、すべては少しアンニュイで、諦念と暗い情熱とが混色している作品。やや歌謡曲寄りだという意見もあるようだが私はそうは思わない。時代的には日本のフォーク黎明期の、つまり高田渡や加川良といった人たちのその後の世代として位置づけられる。金延幸子の《み空》のリリースが1972年だが、私はつい昨年まで金延幸子なんて知らなかったけれど、中山ラビは何枚かのアルバムで知っていた。
だが次第に彼女の歌詞はやや空虚さをたたえたものに変わって行く。《なかのあなた》(1977) は聴きようによっては痛々しい感覚が残る。歌詞の意味がダイレクト過ぎて、それでいて何も意味しない言葉があるようで心がその中に入って行けないような気がしたのだ。洪栄龍のギターはその荒涼とした風景を強調するニュアンスで、行き止まりの橋のように燃えていた。

やがて彼女は一時音楽活動を休止するが、復活したとき、そのパフォーマンスは遠藤賢司に似たパンクっぽさを感じさせた。そしてその活動を、あえてインディーズ的な地平で終始していたように思う。

かつてある友人が、決めゼリフを突然発するという一種のギャグをかましてくれたときがあって、たとえば突然手を叩きながら、フォンテーヌの 「Les enfants! / Le XIXème siècle est terminé!」 はかなりウケた。でも知らない人には何のことだかわからない。それに対抗するには夢の遊眠社の『ゼンダ城の虜』の最後のセリフ、「重力を笑い飛ばせ。さすれば〈めまいの都〉にある夜の屋上という屋上が、僕らの目の前からひとりでに沈んでいくだろう。少年はいつも動かない。世界ばかりが沈んでいくんだ」 を円城寺亜矢風に叫ぶのだが、これは少し長過ぎた。すべてはその友人との間の秘められた馴れ合いに過ぎない。
そうした中で中山ラビの〈夢のドライブ〉における 「高島屋で別れた母の面影」 は短くてインパクトのある決めゼリフみたいで、《ひらひら》とともに思い出すのはいつもそのフレーズである。

ほんやら洞国分寺店で、わいわいと騒いでいる私たちの会話の中に、店主がするりと入ってきたことがあって、その気さくなやさしさを私はいつまでも忘れない。


中山ラビ/人は少しづつ変る
https://www.youtube.com/watch?v=UqBwgaIKie8

中山ラビ/ひらひら
https://www.youtube.com/watch?v=UV_bxHnJRRU


中山ラビ/ひらひら (アルバム全曲)
https://www.youtube.com/watch?v=8Nq4XRbLo0I
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末尾ルコ(アルベール)

京都は数回しか行ってないのですが、わたしの先入観も手伝って、他の地域にはない独特のプレッシャーを感じました。ある飲食店で食事前も食事中もお冷が出なかったのですが、(でもこれ、平安時代から続く伝統?)とか思ってしまい、注文できませんでした。いや~、恐るべし京都。東京や大阪、神戸などでは感じない圧力がありましたね。おそらくわたしの疑心暗鬼(笑)が生んだ圧力だったのでしょうが。
中山ラビ、知りませんでした。早速YouTubeでいくつか視聴してみました。確かに「時代の空気」を感じます。初めて聴いたばかりなのでどうこうは言えませんが、この方つい最近お亡くなりになっているのですね。そしてYouTubeに上がっている近年の姿は風体も含めてまさしくパンクそのもののように見えます。思えば本来のフォーク精神の一要素、特にボブ・ディランとその周辺の人たちのスタンスはパンクと近接しているのかもしれないなと。
それにしてもわたしも昨今、スタバが「第二の家」化しているのであまり言えないのですが、かつてはアングラっぽい喫茶店に入り浸っておりました。そこで生じる文化芸術の雰囲気はとても貴重なものでした。最早スタバから離れることのできないわたしですが、時に喫茶店、足を踏み入れてみたいと感じました。母と一緒に、となりますが(笑)。



ポール・シムノンのベース、見させていただきました。見事に割れてますね。ギター、ベースを壊すなんて暴挙は、おそらくかなり以前からあったのでしょうが、より広く知られるようになったのは、ジミヘンやピート・タウンジェントあたりからでしょうか。本当にエキサイトしてやってしまう人もおれば、最初から狙っていてやる人もいるのでしょうね。ルーティン化している人もいるのかな。
これはわたしの持ちネタ化しておりますが、かつてスターリン時代の遠藤ミチロウ、コンサート中に臓物を投げたり、客と乱闘したりが話題になっていて、高知のライブハウスへ来たとき観に行ったんです。臓物は投げませんでした(笑)。それでわたし当時腕っぷしに自信がありまして、(いつでも乱闘、来い!)と待ち構えていて、コンサート終了間際、遠藤ミチロウ、客席に乱入してきたんです。しかもわたしの方に近づいてきたので、(やるのか!?)と身構えたのですが、わたしの前をやや避けながらすう~っと素通りしていきました。ミチロウ氏、筋肉質ですがわたしよりだいぶ小柄でして、わたし内心(不戦勝だ、ふふふ)とほくそ笑んだのも今は昔です。

渋谷陽一と大貫妙子のトークも読ませていただきました。そうなんですよね、渋谷の今野雄二に対する態度は常にこんな感じでした。ロキシーの『アヴァロン』のライナーノーツが今野雄二でして、渋谷だけでなく『ロッキングオン』の他のライターもそのライナーノーツをおもしろおかしく揶揄してました。「ブライアン・フェリーはお洒落のパロディであって、それを本気でお洒落と思う今野雄二は話にならない」的なことも書いてました、渋谷さん。大貫妙子とのトークでは冗談めかしてますが、彼の文章を読んでる限りでは、本気で心底嫌ってるように感じましたです(笑)。ちなみに渋谷、「本当にお洒落なのはジョン・ライドン」的なことも書いてました。 RUKO

by 末尾ルコ(アルベール) (2021-07-14 05:29) 

きよたん

私たちの世代は加川良や高田渡の世代でした
ほんやら洞は国分寺に友人が住んでいたので数回
行ったことがあります。ラビさんが亡くなって今は
お店はどうなっているのでしょう
by きよたん (2021-07-14 14:23) 

うりくま

店内をちょっと覗いて、目があった女性がラビさん
だったのかどうか・・。コロナが収まったら、今度
こそほんやら洞でカレーを食べたいと思っていたの
に。ラビさんの動画、いい声ですね。残念です。。
by うりくま (2021-07-14 20:50) 

coco030705

こんばんは。「倉橋由美子」は懐かしいなぁ。少し読んだことがあります。会社の同僚で倉橋由美子が大好きな人がいて、貸してくれました。
観念的な小説?でしょうか。すごい発想だなと思います。

私は大阪の人間ですが、京都は大好きでよくいっています。でも 「しあんくれーる」 と 「ほんやら洞」 は知りませんでした。イノダと鍵善はいまでもありますね。イノダのコーヒーは結構好きです。鍵善はいいお店ですが、高すぎるのでほとんどいきません。
昔行っていたのは「夜の窓」という喫茶店です。でもなくなっちゃいましたね。

中山ラビさんは知りませんでした。フォーク歌手ですね?「ひらひら」が好きです。きれいな人。

話は変わりますが、今日TVフジでFNS歌謡祭というのをやっていて、歌手がコラボで出てきて、自分の歌も歌うし、相手の歌も歌うとか、自分の好きなカバー曲を歌うという面白い番組を23時ごろまでやっています。早い時間時「橋本愛ちゃん」がでてきて「木綿のハンカチーフ」と椎名林檎の曲を歌いましたが、とてもよかったです。2曲とも、こんな曲だったんだという驚きがありました。
by coco030705 (2021-07-14 21:58) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

京都のプレッシャーですか。
う〜ん……お店としてはアルコールを注文して欲しい、という
暗黙の催促だったのではないでしょうか? 違うかなぁ。(笑)

中山ラビは当時のフォークコンサートのライヴ盤などにも
ときどき名前が見えます。
まさにフォーク全盛期にだけ活躍して
その後は隠棲してしまった、というふうにもとれます。
復活してからの見た目は結構派手でパンキッシュでしたね。
そもそもボブ・ディランは中山ラビが
歌うようになったきっかけとなった人ですから
ボブ・ディラン的な要素はあるでしょう。

ほんやら洞国分寺店は食べログなどに紹介があります。
「写真」 の中に店の外観・内観など画像がありますのでご覧ください。
駅前のやや坂になっている道沿いのマンションの
1階が店舗になっていて、その一番東端にある蔦の絡まった店です。
店内はアングラっぽい感じがありますね。
https://retty.me/area/PRE13/ARE4/SUB402/100000002622/

ギターは木目が縦に通っていますから、
あのように割れるのが普通です。
自分の楽器を壊してしまうのはどうなの?
という疑問もありますが、それもロック的情動なのでしょう。
でも、誰だったかは忘れてしまいましたが、
壊すため専用のギターが別にあるんだ、
という話を聞いたことがあります。
アクションの前にそのギターをスタンバイさせておく、って
もう完全にショーですね。
遠藤ミチロウさんも最初は真剣だったのかもしれませんが
途中からプロレス的なデキレースだったような気もしますが、
直接観ていないのでなんともいえません。

渋谷vs今野というバトルがあったのですね。
そのあたりの事情は知りませんが、
そして今野雄二もよく知らないのですが、
加藤和彦と似た感触があります。
その死からの連想に過ぎないのかもしれませんが、
オシャレを通すのは意外に大変なのではないかと思います。
ブライアン・フェリーの素性は音楽バカですが、
でもその音楽以外のダサさが翻ってオシャレなのかも
とも思います。
そこまでの深読みはなかったのかもしれませんけれど。
なんであんなダサい男からああした音楽が生まれて来るんだ、
というようなことを渋谷陽一も言っていましたから、
音楽そのものに対しての敬意はあるように思います。
by lequiche (2021-07-15 01:27) 

lequiche

>> きよたん様

フォークはアンダーグラウンドなテイストを
もともと持っていますね。
ですからほんやら洞もああいう雰囲気なんだと思います。
お店はたぶん継続して営業するでしょうが、
でもなんとも言えません。
私はあの店を繁雑に利用していた時期がありました。
レコードにサインをしてもらおうと思っていたのですが
結局それは不可能になってしまいました。悲しいです。
by lequiche (2021-07-15 01:27) 

lequiche

>> うりくま様

女性店員さんもいますから微妙ですね。
ほんやら洞のカレーは昔から有名でした。
実はあの道の坂を降りきったあたりにもカレー屋があって
そこのカレーもおいしかったのですが
店が無くなってしまいました。
アルバム《ひらひら》はラビさん26歳のときの作品ですが
まさにその時代を現しているような気がします。
全く関係ないかもしれませんけれど
萩尾望都の 「アメリカン・パイ」 のように
音楽の背後にあるその時代の息吹のようなものを感じます。
by lequiche (2021-07-15 01:28) 

lequiche

>> coco030705 様

倉橋由美子は、たとえばスミヤキストQなどの作品は
観念的といえるのかもしれませんが、
しあんくれーるが出てくるのは『暗い旅』という小説で、
吉祥寺のファンキーというジャズ喫茶も出てきます。
2人称小説という体裁で、
これはミシェル・ビュトールの手法のパクリなんですが、
それに関する論争があったりした問題作品ですけれど
実はオシャレな小説ともいえます。
などと書いたら倉橋先生に殴られるかもしれませんが。(笑)

イノダと鍵善は健在とのことでよかったです。
鍵善はやはり高いんでしょうね〜。納得。
二十三やというのはつげ櫛店なのですが、
未使用の櫛が2本無くなったままなのです。
探さないと。
その二十三やも閉店してしまいました。残念です。

〈夢のドライブ〉には
「琵琶湖のロック・コンサート 比叡山のビアガーデン」
という歌詞があるのですが、その頃、ラビさんは
京都に住んでいたから出てきた歌詞なのです。
アルバム《ひらひら》はレイドバックしたような雰囲気で
でもずっと内省的で繰り返し聴いてしまう作品です。
トップ画像の《なかのあなた》のジャケットは
1977年ですから29歳のときの写真ですね。

橋本愛ちゃん、良いですね。私は好きです。
木綿のハンカチーフはYouTubeにTHE FIRST TAKEがあります。

橋本愛/木綿のハンカチーフ THE FIRST TAKE
https://www.youtube.com/watch?v=qNrAN0V7DX4
by lequiche (2021-07-15 01:28) 

coco030705

「二十三や」ではたまに櫛を買っていたのですが、元の場所にはなくなっているのですが、烏丸のほうによく似たお店があるので、場所を移動したのかなと思っていました。また確かめておきます。
 橋本愛ちゃん、女優としてもいいですよね。歌手活動ぜひ続けてほしいものです。心の叫びを吐露するような、椎名林檎の曲をもっと聴きたいなって思っています。
 池田エライザさんも出てましたよ。「Woman」(Wの悲劇より)すごくよかったです!元は薬師丸ひろ子さんの歌ですね。
by coco030705 (2021-07-15 17:59) 

lequiche

>> coco030705 様

ここに二十三や閉店の記事があります。
昨年の5月とのことです。
https://osumituki.com/kyotokanko/135204.html

FNS歌謡祭はなかなか評判だったようですね。
見ることはできませんでしたが、今日 (15日) の
「NHK MUSIC SPECIAL 松本隆50年」 という番組で
池田エライザが〈Woman〉を歌っていました。
YouTubeにも同曲の動画がありますが素晴らしいです。
https://www.youtube.com/watch?v=GHnrtqSIWjo
by lequiche (2021-07-16 02:30) 

coco030705

こんにちは。またおじゃまします。
「二十三や」は、本当に閉店してしまったのですね。残念です。
「松本隆50年」も観ました。池田エライザさんが目当てです。「Woman」の河は中国の河をイメージしていたのですね。エライザさんがそれを聞いて、歌のイメージを創ることができたといっていましたね。ほんとにエライザさんが歌うとゆったりとした大きな河の流れを感じました。ステキ!
by coco030705 (2021-07-16 15:25) 

ぼんぼちぼちぼち

わっ!ラビさん若い!!
国分寺のほんやら洞は、国立に住んでた頃、よく行ってやした。
ラビさんが舞台に立たれたのは、10年くらい前かなあ、梁山泊の公演に出演されているのを観たことがありやす。
タイトルは失念してしまいやしたが、大鶴義丹さんが主演されたいた公演。
友人がラビさんと親しかったので、打ち上げにも参加させていただきやした。
by ぼんぼちぼちぼち (2021-07-16 15:33) 

lequiche

>> coco030705 様

二十三やに限らず、すぐれた店ほど無くなってしまいますね。
諸行無常です。

「松本隆50年」 ご覧になりましたか!
池田エライザは何を歌っても自分の歌になってしまう
というところがすごいです。
以前、CDは出さない、というようなことを言っていましたが、
これだけ歌ったらそうは言ってられませんよね。

もっとも、松本隆トリビュートアルバムに収録の
B’z/セクシャルバイオレットNo.1もすごいです。
稲葉浩志はどんな曲を歌っても稲葉浩志なので
好き嫌いを超えてプロだなと思いました。
by lequiche (2021-07-17 23:07) 

lequiche

>> ぼんぼちぼちぼち様

新宿梁山泊の公演は《ベンガルの虎》ではないでしょうか。
https://www.facebook.com/rabi.myackpages/videos/795403120479315/

ただこの公演の記録には大鶴義丹の名前が無いので
これではないかもしれないです。

梁山泊は金守珍が主宰する劇団ですね。
主に唐十郎の作品を上演しているようですが、
その旺盛な活動はたのもしいです。

ほんやら洞はご存知でしたか。
ラビさんの逝去は本当に残念です。
by lequiche (2021-07-17 23:07) 

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