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30年前の雑誌を読む —『レコード・コレクターズ』マイルス追悼号 [本]

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先日、古書店で古い音楽雑誌を何冊か購入したことを書いたが、そのうちの1冊『レコード・コレクターズ』の1991年12月号は 「追悼特集 マイルス・デイヴィス」 で、彼の逝去 (1991年9月28日) 直後にまとめられた内容となっている。30年前の雑誌なのにパッショネイトな内容で思わず深入りしてしまった。

というのはRhino (EU) 盤の《Merci Miles! Live at Vienne》というライヴ録音が出たばかりだったからで (買ったけれどまだ聴いていません)、このライヴは1991年7月1日、フランスのヴィエンヌ・ジャズ・フェスティヴァルを収録したCDである。だが、たしかこのライヴそのものの映像ではなかったと思うのだが、幾つかの晩年のライヴ映像を見ていると、マイルスの近くにサイドメンが寄り添うように立って、まるでマイルスを補助して介護しているかのように思える演奏があって、音の良否以前に、もしもし大丈夫ですか? みたいな印象を強く受けてしまったのだ。実際、もはや大丈夫ではなかったのだろうが、アガルタ/パンゲアを最期にそれ以降のマイルスは神通力を失ってしまったのだろうということが見て取れる。

30年前の『レコード・コレクターズ』は紙も焼けてしまって、レイアウトも時代がかっていて、さすが20世紀と思わせられるのだが内容は特集だけにとどまらずおそろしく濃い。さすが中村とうようである。
もちろん1991年時点での雑誌であるから、まだリリースされていないアルバムもあるし (たとえば公式ブートレグのような)、その当時を考えながら読まなくてはならないが、書かれていることはその後のマイルス批評の論調とそんなに変わるものではない。つまりその時点でのある程度の定まった評価はその後もずっと継続しているということで、まさにジャズの巨人といえよう (揶揄して言っているのではありません)。

そうした中で一番目立つし気になるのは《In a Silent Way》に対する評価である。《In a Silent Way》(Recorded: February 18, 1969 / Released: July 30, 1969) はいわゆるエレクトリック・マイルスになってから3枚目のアルバムで《Bitches Brew》(Recorded: August 19−21, 1969 / Released: March 30, 1970) の前哨と位置づけられることが多く、その評価も好悪が極端に出ることで知られる。
この『レコード・コレクターズ』の特集の中でも、後藤幸浩は 「『イン・ア・サイレント・ウェイ』というフヤケたロックとでも言えそうなアルバム」 (p.29) とこきおろしているし、湯浅学は自身の記事ではそれほど悪く書いていないのに、鼎談の中では 「『イン・ア・サイレント・ウェイ』が一番悪い。あれが諸悪の根源でしょう」 (p.33) といってフュージョン批判をしている。
だが好きなアルバムのアンケートでは、相倉久人とピーター・バラカンはこれ1枚に《In a Silent Way》を推している。この毀誉褒貶は連綿と続いていたようだが、最近では《In a Silent Way》の好感度が上がってきているように思える。

リスナーの中には《In a Silent Way》が編集されたアルバムであること、穿った言い方をすればテオ・マセロによるコラージュ音楽であるということで忌避する場合もあるようだ。それは《The Complete In a Silent Way Sessions》という完全盤、あるいはタネ明かし盤が出たことによってより明らかになった (米盤:Columbia 65362 / Released: October 23, 2001; 国内盤:Sony Records SICP-35 / Released: November 28, 2001. リマスター・米盤:Columbia C3K90921 / Released: May 11, 2004; リマスター・国内盤:Sony Records SICP-924 / Released: November 23, 2005)。
この手法を知ったとき私が連想したのはヘルベルト・フォン・カラヤンであって、つまりメディアの作り込み方を当然のように考えていたという点において2人は似ている。
Miles Ahead: A Miles Davis websiteの中にマセロのエディットの詳細が示されている。
http://www.plosin.com/MilesAhead/Sessions.aspx?s=690218

こうした点に対して簡単に私見を述べれば、《In a Silent Way》は《Bitches Brew》の前哨アルバムではなくて《Miles in the Sky》と《Filles de Kilimanjaro》というエレクトリック化以降の連続としてとらえれば納得できるのではないかと思う。それはキーボードがハービー・ハンコックからチック・コリアへ、ベースがロン・カーターからデイヴ・ホランドへ、次第に交換されてゆく状況からも感じられる。そして最後にはトニー・ウィリアムスも淘汰されてしまうのだ。
《In a Silent Way》についてはそんなに悪くはないが、かといって今の耳で聴くとそれほどに画期的といった内容でもないように思える。マイルスの吹いている部分はスタイリッシュであまりドロドロとしたものを感じない。アルバムの生成過程がわかってしまったこともあるが、冗長な部分が無いかわりにエディットが妙に鼻につく部分も存在する。
ただ私の印象でいえば、こうした初期エレクトリック・ジャズの時代のキーボードはマイルスに限らずほとんどがローズ主体であるが、その一面的で無個性な音色が私の嫌うところである。この時代特有のテイストをあらわしているといえばまさにそうなのかもしれないが、単純にアタックがのろいこと、そしてそのモコモコした感触が本来弾きたかったキーボード奏者のソロのコンセプトを制限してしまっているのではないかという危惧を感じるのだ。もっともあのローズの音がフュージョン初期の雰囲気を如実に持っているともいえるので、私の感性にはローズの音色が合わないというだけなのかもしれない。

     *

大瀧詠一《A LONG VACATION》40th Anniversary EditionはSACD盤が出ましたがハイブリッドではなくシングルレイヤーでした。そのためSACDプレーヤーでないと再生できません。価格も高いので一番廉価でオススメなのは通常盤CDなのではないかと思います。アナログも追加生産がされていますのでそれも選択肢のひとつです。

通常盤
https://www.amazon.co.jp/dp/B08KWSJ5MR/
SACD盤
https://www.amazon.co.jp/dp/B0933NRZFJ/


Merci Miles! Live at Vienne (Rhino)
MERCI MILES! LIVE AT VIENNE




Miles Davis/In a Silent Way (Columbia)
IN A SILENT WAY




Miles Davis/In a Silent Way (Full Album)
https://www.youtube.com/watch?v=YHesqaMhh34
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末尾ルコ(アルベール)

子どもの頃にわたしが物心つくまえの映画誌とかプロレス誌を古本屋で買ってワクワクしながら読んだ時間を思い出しました。「目の前の今」だけでなく、過去も含めた時間を感じる経験を早めにしておいてよかったと思ってます。
マイルス・デイヴィスをまともに聴き始めたのは彼が死去してからかなり経っての時期ですので、リアルタイムで聴き続けた人たちとはまったく違った印象を持っているのだと思います。マイルスをリアルタイムで追えた人たちは本当に幸福な音楽体験をし続けたのでしょうね。
わたし自身は、「このアルバムがこう」と語れるほどジャズを理解しているわけではありませんが、あらためて好きなアルバムをチェックしてみますと、『ウォーキン』『バグス・グルーブ』『リラクシン』『マイルストーンズ』『カインド・オブ・ブルー』『スケッチ・オブ・スペイン』『ネフェルティティ』『イン・ア・サイレント・ウェイ』『ビッチェズ・ブリュー』『アガルタ』『パンゲア』『TUTU』『アマンドラ』『ドゥー・バップ』『死刑台のエレベーター』『シェスタ』など、とわたし自身が記憶を新たにするためもあってつらつら並べて失礼いたしましたが、『バグス・グルーブ』と『アガルタ』がこれだけ時を隔てて発表されていることに今更ながら驚かされます。『シェスタ』っていう映画のサントラもけっこう好きなんです。
『イン・ア・サイレント・ウェイ』に関しては、もちろんわたし、「ここがこう、そこがああ」とは言えませんが、初めて聴いた時から(カッコいい!)と感じました。



手塚治虫も60歳でしたか。それを思うと余計に当時と現在の年齢感の変化を実感します。今だと黒木瞳が60歳超えてますからね。彼女なんか以前であれば、30代後半でも不思議はない雰囲気だと思います。

>その作品はかなり非難の対象となったようです。

そうなんですか。と言いますか、『ハレンチ学園』とか、PTAの標的になっていた印象があります。
子どもの頃に『デビルマン』がとにかく好きで、わたしデビルマンの似顔絵を得意にしてましたが、それを見た叔母が「これ、悪者やろう」と言ったのが忘れ難い言葉として残っています。デビルマンは複雑なメンタリティを持つ超ダークヒーローと言えますが、見た目はいささか悪鬼のよう。それを描いた絵を見て「悪者」としか感じない微温的感性に子どもながら辟易しました。
多くの日本人の持つ「微温的感性」は日本文化や社会をとてもつまらくさせていると思ってます。

>『家畜人ヤプー』

ありましたね~。原作はお好きですか?確か寺山修司が高く評価してたんですよね。

>必ずやらされる徴兵制度

見事なご表現(笑)!
わたしもちろんエンニオ・モリコーネ大好きなんですが、日本じゃずっとなんでもかんでも『ニュー・シネマ・パラダイス』っていうのがどうもでして。大衆性というのは大切ですが、日本の場合すぐ思考停止的ワンパターンに陥ってしまいます。

昨日あたりから「メンタリスト」を名乗る人物の優生思想を彷彿させる発言が炎上してますが、いかに批判されてもこうした考えに同調してくる人間が少なからず存在するのが今の日本であり、しかも件の「メンタリスト」のお友達関係がいかにもという人たちが多くいるようで、某運動会を含め、非常に今の日本の際どい状況を象徴しているように見えます。

by 末尾ルコ(アルベール) (2021-08-13 19:17) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

古い雑誌というのは、今これを読んでいる人は他にいないだろう
っていう密かな愉しみみたいなのもあるのですが、
こういう雑誌で困るのは中に掲載されている広告に
欲しいものがあっても、それを買うのがほとんど無理、
ということです。(笑)
あぁ、これ欲しい! と思ってもとっくに廃盤とか。
ストレスが溜まりますよね。

マイルス・デイヴィス、随分お聴きになっているんですね。
ほとんど歴史的に網羅しているといっても良いです。
私はそんなに深く聴いているわけでもないですし
もちろんまだ聴いていないアルバムなどありますが、
好きなのは
 Steamin’
 Miles Davis in Europe
 Filles de Kilimanjaro
 Live at the Fillmore East
あたりでしょうか。
普段あまり選ばれないのをあえてあげてみました。(^^)

Miles Davis in Europeは
アンティーヴ・ジャズ・フェスティヴァルにおけるライヴで
冒頭の紹介アナウンスがビル・エヴァンスの
At the Montreux Jazz Festivalと同様、
フランス語のイントロデュースでカッコイイです。
エアビ・アンコックって誰よ? ってツッコむところです。
そして《枯葉》が始まるのですが、これがまたカッコイイ。
これです。

Miles Davis in Europe
https://www.youtube.com/watch?v=QFs3-wIePdg

あと、1951〜55年にかけての
初期の10インチ盤も再発されましたが音が良いです。

寿命が延びてきたことはあるのでしょうが、
それにしても最近の女優さんはお若く見えるかたがいますね。

永井豪が問題にされたのは性的とか下品とか
そういうマイナスなイメージなのでしょうが、
それは問題にするに値しません。
逆に当時、そういうコンセプトを設けてしまったのは
すごいと思います。
悪者というのは悪行一途で思考が単純というふうに
考えられていた時期がずっとあったのだと思うのです。
でも実際はそうではないですよね。

『家畜人ヤプー』を読んだのは随分過去なので
ほとんど記憶にありません。
ですが、最初は面白かったのに後半に行くにつれ
だんだんつまらなくなる、といった印象がありました。
たぶん話がだんだんと抽象的なパターンになり過ぎて
思い入れられなくなったからだと思います。

ヴァイオリンの場合、
いつまでたってもチゴイネルワイゼンとクライスラー
みたいな旧態依然な縛りがあって
なかなか解消していないようです。
でも考えてみればどのジャンルも同じです。
ロックギターだったら初心者はまず
スモーク・オン・ザ・ウォーターとか。(笑)

メンタリスト・優生思想の件は知りませんでした。
ニュースなど読んでみましたが、
でもこの人って簡単に言ってバラエティの人ですよね?
3流芸人の発言がそんなに影響力があるんですか?
不思議な世界です。
by lequiche (2021-08-14 17:06) 

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