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モノクロームの虹 — 加藤和彦〈あの素晴しい愛をもう一度〉 [音楽]

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中古レコード店で加藤和彦の古いLPを見つけた。《それから先のことは…》という1976年に発売されたアルバムだが、今、CDも絶版になっていて手に入れることができない。ジャケットの状態が少し悪くて、うっすらとカビのような点々がついているのだが中身は悪くないので逡巡した末に買ってしまった。最近はメディアの衰退が著しいので、とりあえず押さえておくというのが習慣になりつつある。同じメディアと次にめぐり会うことがあるかどうかわからないからだ。
《それから先のことは…》は安井かずみとの最初の共作アルバムでもあり、以後の2人の数多い共作品群の端緒という意味合いも持っている。

昨年亡くなった中山ラビの全アルバムがリマスターされたが、加藤和彦がプロデュースしたあたりの後期のアルバムを私はいままで聴いていなかった。〈MUZAN〉は同名のアルバム《MUZAN》(1982) に収録されている曲であるが、いかにも加藤和彦らしいメロディラインであり、新しい方向性を見出そうとしていた意図がみえる。
それより前のアルバム《なかのあなた》(1977) を聴いて思うのは、たとえば〈橋が燃える〉を聴いていてイメージするのは、そのグレーの沈んだトーンのような音から感じる虚無感であり、歌詞自体が空疎であることで、だから何かを語りながら何も語っていないようにも聞こえる。アルバムを重ねる毎にだんだんと内向的なニュアンスが強くなっていたような感触がある。
それゆえに 「カワセミがとびちると」 から始まるメロディのついていない部分は、かつて〈夢のドライブ〉で 「高島屋で別れた母の面影」 と歌われたときのようなヴィヴィッドさに欠けている。
《MUZAN》はそうした状態からの脱出を考えたのか、それとも音楽の志向が変わっていったのかはわからないし、加藤和彦を採用したのがよかったのか悪かったのかもわからないが、それが多分にコマーシャルな傾向があるにせよ、今聴くと十分に新鮮な音に感じる。

加藤和彦は単にその作曲能力だけでなく、プロデュース能力の高さとふところの深さにおいて非常に重要な人のように私には感じられた。大貫妙子の一連の楽曲へのプロデュースにおいても、1曲だけあげるとすればもちろん《romantique》(1980) における〈果てなき旅情〉とか、ちわきまゆみの〈Be My Angel〉(1988) とか、私の嗜好のままに佳曲をあげればきりがない。

その数限りなくある加藤和彦の作品群の中での有名曲のひとつが〈あの素晴しい愛をもう一度〉である。北山修の作詞、加藤和彦の作曲による1971年の作品であるが、もはや日本のフォークソング系のスタンダードといってもよい。
50年も前の曲だから歌詞は現代の曲と較べれば古風であり、ごく穏やかな内容でしかない。だが、すぐにわかるように 「あの素晴しい愛をもう一度」 とは 「もう一度」 という願望を歌っていながら、しかしその 「もう一度」 はかなえられない 「もう一度」 なのだ。
だからこの曲は悲しい歌なのである。「悲しい歌聞きたくないよ」 と言ってみてもダメで、光と影の間で微妙に揺れ動くようなメロディラインが 「悲しみの行方を」 あらわしている。

加藤和彦が歌っている動画で今、最も印象的なもののひとつは2009年9月20日の南こうせつinつま恋における歌唱である。このコンサートの詳細をよく知らないが、フォーク系の出演者全員を従えてセンターで歌う加藤和彦にとって、この歌を歌うことにどのような意味あるいは感慨があったのだろうか。それともそんなものは何もなかったのだろうか。
同時期のコンサート動画に2009年9月4日の大阪城ホールもあって出演者も重複しているが、ここでは太田裕美の歌唱がやや異質で、これはこれできわだっている。
結果論的見方なのかもしれないが、こうした動画にすでに彼の覚悟が感じられるというのはうがち過ぎだろうか。

それらより2年遡った2007年のNHKホールにおける木村カエラを擁したサディスティック・ミカ・バンドの最後のコンサートならば、音楽的にはまだ絶頂期にあったはずである。少なくとも多くのリスナーはそのように感じていた。でありながら今考えるとその 「最後」 には意味があったのかもしれない。意味があったのかもしれないが、2009年で切れてしまった歴史は主和音にまで辿り着かない謎のフーガである。

加藤和彦は過去を振り返ることが嫌いだったという。だがミカ・バンドも〈あの素晴しい愛をもう一度〉も、過去への郷愁に満ちていた。それは気付かれなかったけれど彼の 「最後の挨拶」 だったのだろうか。
(*サディスティック・ミカ・バンドについては2018年10月16日ブログを参照)


加藤和彦/あの素晴しい愛をもう一度
2009年09月20日
南こうせつ サマーピクニックフォーエバーinつま恋
https://www.youtube.com/watch?v=4K6Xcb4eqTc

加藤和彦/あの素晴しい愛をもう一度
2009年9月4日 大阪城ホール
https://www.youtube.com/watch?v=WHqcvafCVgU

中山ラビ/MUZAN
https://www.youtube.com/watch?v=ofCEA6olYJY
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コメント 10

末尾ルコ(アルベール)

安井かずみは55歳、加藤和彦は62歳で亡くなっているんですね。わたし一概に人の亡くなった年齢を「早すぎると」か、逆に「大往生」とか言わないようにしてますが、しかしこの二人の亡くなった年齢を見ると、人生の残酷さというものを感じてしまいます。
しかも加藤和彦は自殺。さほど彼について知っていたわけではないので表面的イメージしか持ってませんでしたが、「自殺」というイメージはまったくなかったですし、そうした人が自死を選ぶというのは当惑させられます。
加藤和彦は日本のミュージシャンの中でもいかにもそして強い美意識を持つ確固たる大人と、そんなイメージでした。彼とはまた違いますが、伊丹十三の自殺にも当惑しました。自殺のイメージはなかったですからね。人間精神の深さ、そして誰しも大きな闇を持っているのだなとあらためて感じます。
「あの素晴しい愛をもう一度」は凄い曲ですね。歌詞も曲も完璧ではないでしょうか。一聴軽やかで美しいメロディと歌詞の中に潜む闇、そして怖さ…これは聴く度にいつも感じてます。



>クラシック音楽に興味を持つきっかけに

これって特に今の日本の文化状況では切実ですよね。多くの俳優たちも、特に映画系の若手俳優たちはそういう気持ちでテレビへ出ていると思います。もちろんテレビドラマの中にもおもしろいものはありますが、多くはちょっと観ちゃいられないクオリティです。そういうのに映画で素晴らしい役を演じた実績のある俳優が出てたりと、こういう現象は他国ではなかなかないと思うのですが、しかし彼らの「多くの人が観るテレビへ出て、少しでも映画館へ足を運んでくれれば」という気持ちは伝わってきます。

>こういうのやりたくなかったんだろうな

そういう気骨のある人なのですね。確かに地道に技術を磨いてきた演奏者が、その容姿のみを強調されたら気分はよろしくないでしょうね。
ブラッド・ピットなんかでも、「セクシー、セクシー」と呼ばれるのにうんざりして、「ロバート・デ・ニーロにセクシー俳優なんて言わないだろう」的に反発してという話もありますが、まあブラピがデ・ニーロを例に出すのは無理があるけれど、多くのメディア、そして多くの大衆の「イメージ」は、誠実な表現者にとっては大敵なのでしょうね。

Rei、凄いですよね。わたしも大好きです。 RUKO

by 末尾ルコ(アルベール) (2022-07-31 08:23) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

安井かずみが1994年に亡くなってから加藤和彦は
別の女性と一時結婚していますがその後離婚しています。
つまり加藤和彦にとって安井かずみは
かけがえのない唯一無二のパートナーであって、
極端にいえば彼女が亡くなって以後、
加藤も終わってしまったのです。
なぜならスタジオ録音のオリジナル・アルバムは
まだ安井かずみが存命の頃の1991年が最後で
彼女が亡くなってからはリリースされていません。
たぶんモチベーションがなくなったのだと思います。
金銭的に困窮していたわけではないですし、
音楽的に行き詰まっていたのでもないはずです。
でも何となく 「なげやり」 な雰囲気がありました。
それは今、振り返ってみて感じることなのですが。
彼女が亡くなって以後の15年間、
加藤和彦は亡霊のように生きていたのかもしれません。

〈あの素晴しい愛をもう一度〉が書かれたのは
加藤和彦24歳、北山修が25歳のときです。
25歳で北山修はこんな詞が書けてしまったんですね。

伊丹十三は繰り返し噂されている通り、
自殺ではないと思います。

映画でも音楽でも良いものもあり悪いものもあります。
それはどんなジャンルにも言えると思いますし、
必ずしもクォリティの低いものが 「悪」 とも言えません。
なぜならそのクォリティが一番フィットする
という人たちも存在するからです。
ただ、自分で判断する目は必要ですね。
評論家とかいわゆる世評が必ずしも参考にはなりませんし、
でも現実にはたとえば 「食べログ」 みたいなのに頼る人が
いっぱいいるので騒ぎになったりするのです。
プロの音楽評論家はメーカーからもらったCDで
評論を書いていますし、文芸評論家だって同じです。
もらった本で批評するんですから手ごころが加わります。

私がこのブログで書く対象のCDや本は
ほとんどすべて自費で購入したものです。
借りたものは不可です。覚悟が備わっていないので。
そして感心しなかったものについては基本的に書きません。
これは単なるマイルールですので
他人に強要はできませんが唯一の私の自負です。
by lequiche (2022-08-01 01:50) 

coco030705

こんばんは。
加藤和彦さん、いいですね。プロデュースの能力もすごかったんですね。
たしかに、「あの素晴しい愛をもう一度」をもう一度聞いてみると、若いころ歌っていたのと違って、なんだか悲しい歌のように聞こえます。
つま恋のコンサート、女性歌手の方々は、元気いっぱいに歌っていて健康的ですが、加藤和彦さんは笑っているけれど、なんとなく本心からではないような気が……。考えすぎかしら。でも、今聞いても、古さはないですね。加藤和彦さんの声や歌い方がセンスがいいのでしょうね。
中山ラビさんの「MUZAN」は初めて聴きましたが、すばらしい曲ですね。ラビさんも歌の上手い人ですね。
安井かずみさんが先に亡くなったのが、やはり寂しかったのでしょうか。お二人が幸せなとき、雑誌に、二人でバスタブに浸かって、ワインを飲んでいる写真がありました。なんと退廃的な生活!なんて、若いころの私は思ってしまいましたが。
by coco030705 (2022-08-01 23:30) 

lequiche

>> coco030705 様

〈あの素晴しい愛をもう一度〉の歌詞の意味は
若い頃にはわかりませんでした。
コーラスなどでもよく使われている曲ですし、
上記ライヴ映像のように元気いっぱいに歌うような曲だと。
でも今、加藤和彦が歌っているのを聴くと
胸がいっぱいになってしまいます。
おそろしく悲しい歌です。
この映像は自死の1ヵ月前ですから、
すでに笑いは虚無の笑いといっていいです。

画質が悪いですがまだ若い頃の元気な映像があります。
〈サイクリング・ブギ〉という
サディスティック・ミカ・バンド時代の曲ですが、
オリジナルのミカ・バンドのヴァージョンではなく、
加藤和彦と竹内まりやで歌っています。
ギターはサディスティックスのギタリストだった高中正義です。
尚、この曲の作詞はつのだ☆ひろ (結成時のドラマー)、
作曲はもちろん加藤和彦です。
https://www.youtube.com/watch?v=VwlYuNuo5kI
(後半に別バンドとして沢田研二の動画も付いています)

中山ラビはもともとフォークの歌手で
加藤和彦プロデュースは合わないのではないかと思っていました。
加藤プロデュースのアルバムは3枚ありますが、
その後、元のフォーク系スタイルに戻ったこともあり
失敗だったのかとも思っていましたが
今あらためて聴くとかなり良いヴォーカルですね。
きちんと加藤サウンドを咀嚼して歌っている印象があります。
やはり優れた歌手だったのだとあらためて思いました。
by lequiche (2022-08-02 04:03) 

coco030705

こんばんは。
加藤和彦は、安井かずみとの愛に殉じたのでしょうね。すごく純粋な人だったのだなと思いました。
映像、加藤和彦と竹内まりやも若いですね。とても楽しんで歌ってますね。あとのジュリーもメチャクチャカッコいいなと思いました。
いつもありがとうございます。




by coco030705 (2022-08-02 23:58) 

kome

加藤さんは、ベルエキセントリックと、シンガプーラが好きです。
亡くなって残念です。
by kome (2022-08-04 21:20) 

lequiche

>> coco030705 様

古い映像をご覧いただきありがとうございます。
皆さんお若いですし活気がありますね。
特に高中正義のギターは絶頂期のように聞こえます。
沢田研二の映像はたまたま繋がっていたようですが、
これもまた一番元気な頃のように思えます。
このようなパワーのある音楽はもう無くなってしまった、
と言ってもよいのかもしれません。
by lequiche (2022-08-05 03:07) 

lequiche

>> kome 様

〈シンガプーラ〉は安井かずみとの共作第1弾ですね。
明るい印象で喜びに満ちています。
《ベル・エキセントリック》はいわゆるヨーロッパ3部作ですが
同時期の大貫妙子へのプロデュースも
この雰囲気をそのまま生かしているように感じます。
亡くなってからすでに13年経ちましたが
いまだに残念でなりません。
by lequiche (2022-08-05 03:10) 

mitu

「あの素晴らしい愛をもう一度」なつかしいです
ジャケットの写真がステキですね。
サディスティックミカバンド
「タイムマシンにお願い」とか「サイクリングブギ」も好きでした♪

by mitu (2022-08-09 04:42) 

lequiche

>> mitu 様

良いジャケットですね。
オリジナルのジャケット画像とのことですが
ネットで探したもので現物のレコードは持っていません。
加藤和彦さんは音楽的に斬新で
常に新しい音楽を取り込んでいたように思います。
by lequiche (2022-08-12 02:55)