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ホレス・シルヴァー《Silver’s Blue》 [音楽]

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ジェリー・ブレイニンの書いた〈The Night Has a Thousand Eyes〉というジャズのスタンダードがある。ところがボビー・ヴィーにも〈The Night Has a Thousand Eyes〉という同名のポップソングがあって、このメロディがジャズになるとどうしてこんなに変わってしまうのだろうとずっと疑問に思っていた。大いなる勘違いなのだが、まぎらわしいことこのうえない。
ジャズのスタンダードは邦題が〈夜は千の目を持つ〉であり、ボビー・ヴィーの曲は〈燃ゆる瞳〉なのですぐに分かるはずなのに、と後から振り返ってみればその通りなのだが。

ボビー・ヴィーの〈The Night Has a Thousand Eyes〉にはたくさんのカヴァーがあるが、ゲイリー・ルイス&ザ・プレイボーイズのカヴァーは1stアルバム《This Diamond Ring》(1965) に収録されており、オリジナルよりずっとソフィスティケイトされていて聴きやすい。このアルバムは収録曲もすぐれているし (Needles and Pins, Love Potion Number 9 など) アルバム・デザインも懐かしさを誘うのだけれど決して古くならない秀逸なデザインだ。ちなみにゲーリー・ルイスはジェリー・ルイスの息子、と言ってもジェリー・ルイスなんて知らない人がほとんどだろう。

という〈燃ゆる瞳〉のことはともかくとして、ジャズの〈夜は千の目を持つ〉の演奏で好きなのはホレス・シルヴァー・クインテットによる演奏である。Epic盤のアルバム《Silver’s Blue》(1957) の最終トラックに入っているが、全然気張らないラグジュアリーさはきらきらとした夜のイメージだ。
私の聴いているレコードはリイッシュー盤だが、銀と青と黒でデザインされたジャケットが洒落ている。もっともブルーはブルースのブルーというより憂鬱のブルーであって、なぜならアート・ブレイキーのジャズ・メッセンジャーズから独立したシルヴァーに、他のサイドメンが皆ついてきてしまって、ブレイキーに対する申し訳なさという意味あいの憂鬱なのだ、とどこかで読んだ。
このアルバムは名盤だと思うのだが、ずっと廃盤のままなのであまり人気がないのかもしれない。

ホレス・シルヴァーを聴くきっかけはブレイキーの《A Night at Birdland》(10inch/1954, 12inch/1956) だが、クリフォード・ブラウンのトランペットよりもシルヴァーのピアノにいたく惹かれた。そこでシルヴァーのその時代の廉価盤を何枚か買って聴いてみたがどれもクォリティが高くて、演奏だけでなくその曲づくりのヴァリエーションが素晴らしい。だがホレス・シルヴァーというと馬鹿にされそうな雰囲気がジャズマニアの中には漂っていて、それが鬱陶しかったのでこっそりと聴くようにしていた。

YouTubeを探してみると1958年のシルヴァー・クインテットによる〈Cool Eyes〉のライヴ動画があるが、管はブルー・ミッチェル、ジュニア・クックであり、典型的なバップ・イディオムで、完璧なインプロヴィゼーションである。
ところが1964年のアンティーブ・ジャズフェスのライヴで〈Pretty Eyes〉を観ると、2管はカーメル・ジョーンズとジョー・ヘンダーソンだが、ジョー・ヘンダーソンが圧倒的に尖っていて、6年の歳月でソロの質がこれだけ変化しているのだということを思い知らされる。1964年のシルヴァーのアルバムといえば超有名盤《Song for My Father》である。

ここでジャズ史の里程標としてマイルス・デイヴィスを援用すれば、1957年は《Miles Ahead》であり、1964年にはリリースがなく、1963年が《Seven Steps to Heaven》である。ところが1965年にサックスをジョージ・コールマンからウェイン・ショーターに変えて出されたのが《E.S.P.》であり、この1963年から1965年への変換は大きい。

尚、ついでにいえば、今、ソニーミュージックでは再発のアナログ盤に力を入れているが、《Sorcerer》と《Nefertiti》はもうすぐ出るというのに《E.S.P.》と《Miles Smiles》はまだリストに入っていない。出し惜しみしているように思えてしまう。


Horace Silver Quintet/The Night Has a Thousand Eyes
https://www.youtube.com/watch?v=7m1BEiNt2YU

Horace Silver Quintet/Cool Eyes (1958)
https://www.youtube.com/watch?v=73pex5SGd0Y

Horace Silver Quintet/Pretty Eyes (1964)
https://www.youtube.com/watch?v=SJYZIFolD3U

Gary Lewis & The Playboys/The Night Has A Thousand Eyes
https://www.youtube.com/watch?v=5XNbAjFFT00
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末尾ルコ(アルベール)

Gary Lewis & The Playboysの「/The Night Has A Thousand Eyes」、そしてHorace Silver Quintetの「The Night Has a Thousand Eyes」、視聴させていただきました。
前者はちょと腰がへななななとなりそうな、時代を反映したポップス。しかしこうしたキャッチィな楽曲が音楽ファンの裾野を広げたのだと想像できます。
後者はスピーディな演奏がまさに「夜」であって、タイトルを知っているからとかではなく、夜そのもののイメージが横溢しています。しかも静謐な夜ではなく、都会の煌びやかな大人の領域。「音楽で何が表現できるか」という命題も頭に浮かんできます。

>ホレス・シルヴァーというと馬鹿にされそうな雰囲気

そうなのですか。わたしその辺りには疎いのですが、そういう人を小馬鹿にする「マニア」って、ジャンルにとって有害な場合が多いですよね。

・・・

演歌の女歌についての余談ですが、フランス人の友人に、「日本の演歌って、男が女心を切々と歌うんだよねえ」と、(それがかなり不気味)というニュアンスで話したら、「男でも女でも同じ人間だから、問題ないんじゃない」的な優等生的答えが返ってきまして(笑)、やはり日本語であの不自然さを知らないと実感湧かないんだなあ、と。本当に「女心」なるものと正面から向き合ったのならまだしも、ほとんど定番の「男の妄想」ですからね。

「キッチュ」という言葉はかなり膾炙してますが、「キャンプ」は確かにわたしもまずはピンと来ませんでした。まあでも、ヴィスコンティや『白鳥の湖』、ピアズリーなどが含まれるとしたら、「キッチュ」という言葉では物足りないですよね。

>政治的な発言をするのが普通

わたしは子どもの頃からハリウッドスターや英米のロックミュージシャンの言動を見てきてますから、政治的発言をするのが普通という認識なので、その意味では一般の日本人とは立ち位置が根本的に違います。
それにしても俳優やミュージシャン、あるいはスポーツ選手などが政治的発言、でなくとも社会的発言をすることに対する抵抗は日本社会、とても強いですね。
わたしはそれと政治云々以前に、「無難」より「波乱」を好む傾向がありまして、だから波瀾を惹起する人たちの方により興味を持ちます。ただ、付け焼刃の、要するに欧米の表現者の言動を表面上のみ真似するのはもちろん駄目ですけど。 RUKO

by 末尾ルコ(アルベール) (2022-08-27 20:01) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

60年代から70年代にかけてのロックやポップスは
いわゆるブリティッシュ・インヴェイジョンと呼ばれる時代で
その最も有名なのがビートルズなのですが、
もう少しスモール・グループでそれなりに名前のあった
デイブ・クラーク・ファイヴとかハーマンズ・ハーミッツとか
ホリーズなどのライトなブリティッシュ・ポップス系の
アメリカ版がゲーリー・ルイスです。
比較的王道なアメリカン・ポップスの系譜で
そんなに有名なバンドではないかもしれませんけれど
軽いように見えながら音はしっかりしていて、
実は本人たちの演奏ではなくてレオン・ラッセルや
アル・クーパーが演奏していたりします。
バーズとかママス・アンド・パパスだとフォークロック系ですが
もっとアメリカン・ポップスど真ん中ですね。
この時代だと、あとタートルズとか
マイナーだけれどよいバンドがたくさんいます。

ジャズの〈Night Has a Thousand Eyes〉は
同名タイトルの映画のメイン・テーマです。
ジョン・ファローという監督が1948年に製作した
ホラー映画らしいですが、映画についてはよくわかりません。
コーネル・ウールリッチが1945年に書いた同名小説を
映画化したものとのことです。
コーネル・ウールリッチとはウイリアム・アイリッシュの本名で
さらにこの小説はジョージ・ホプリーという筆名で上梓されました。
映画は有名にならなかったのかもしれませんが
曲はスタンダート化していて、たくさんの演奏があります。

いわゆる硬派でヘヴィーな演奏のみをよしとする
ジャズファンは多いです。
でも源流を辿ればジャズはそうではないですから。

語尾の使い方によって性別が変わるというのは
日本語の言語的特殊性ですが、
最近はそうした言い方を意識してしない
という人も多いようです。
「〜なのよ」 みたいな言い回しは廃れつつあります。

日本は一部のスポーツ、野球とか柔道・剣道などの
国策に寄り添ったスポーツジャンルがありますが、
そのために国の方針に反することは言いにくいですよね。
ですがスポーツは多様化しつつあり、
そうした縛りが届きにくくなっているようにも
思います。
by lequiche (2022-08-28 02:44) 

Flatfield

ボビー・ヴィーの燃ゆる瞳はどこかで聞いたなあと思い出してみれば、ジューシーフルーツの1stアルバムのdrink!にありましたねー。懐かしいですねー。ちょうど高校で文化祭のバンドやった時にジューシーフルーツをやって、私はこの燃ゆる瞳を歌えって言われたんだけど、ベースも弾きながらで無理だと断りましたが。(^^
by Flatfield (2022-08-28 23:07) 

lequiche

>> Flatfield 様

文化祭でジューシィですか。
それはカッコイイですね。
ジューシィといえばイリアのピンクのブギーの
再生産モデルが倉庫に残っていたんだと思うんですが
昨年あたりに楽器店に展示されていて、
おおぉ、と思っていたんですが
すぐに売れてしまいました。残念!(^^)
by lequiche (2022-08-29 00:33)