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宇多田ヒカル〈Gold〉とAIについて [音楽]

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さっきまでTBSTVの《人生最高レストラン》を観ていた。ゲストは鈴木保奈美で、彼女はU2が好きでアイルランドに何度も行ったとのこと。ブレイクしたドラマ《東京ラブストーリー》は当たったけれどあれはあくまで坂元裕二の作品だから、と。そして言いにくいセリフがあって、それをいかに自然にしゃべるかが必要だったとも言う。ただ私は《東京ラブストーリー》というドラマを観ていないので何ともいえないのだが。

それはよいとして、8月20日のフジテレビ《まつもtoなかい》を途中から観た。ゲストは宇多田ヒカルである。
曲作りについては曲先であること、しかし何よりもそこに至るまでの前段階が必要なのだということで、あぁそうだろうなぁとは思うが、具体的にどのようなプロセスで作られていくのかは結局わからない。そんなものだろう。

番組のなかほどでのAIについてのトークと、実際にChatGPTを使ってみるという部分は単なるお遊びなのだろうけれど、つまりAIについて否定的なイメージが強くて、これに対してもあぁそうだろうなぁと思う。AIを作詞とかお笑いネタに使うことは不可能だ。FM番組ではChatGPTに対して肯定的ないわゆる宣伝番組みたいなのも存在するが、現状のパフォーマンスはビジネスツールに過ぎない。

25日の朝日新聞には情報工学の重鎮である西垣通へのインタヴューが掲載されていたが、AIについて彼は 「使いようによっては人類の役に立つ」 けれど 「人間の知性の代わりには決してなりません。そうしたAIの本質を理解しないまま、ただただ『乗り遅れるな』と活用にのめり込む日本の風潮が心配です」 という。
西垣はアメリカにおけるAIの将来への楽観的議論に対して違和感を持ったとのことだが、そこで 「単純な一神教批判をするつもりはありませんが、汎用AIやシンギュラリティーという発想は、ユダヤ・キリスト教の特徴を強く持っていると考えています」 というのだ。超越的な神が万物を創造したと考えるのなら、人間以外の存在、つまり機械にも知性が宿り、人間以上の知性が出現する可能性もあるという結論に達するのだという発想の連鎖が大変面白い。
そして現在のAIブームが従来と違うのは 「『正しさ』よりも、大量のデータを統計処理し『確率の高い解』を求めることに重点が置かれているのです」 という。つまり確率論的に無難な解答を選び取るのがメソッドであり、AIからアウトプットされるものが必ずしも正解とは限らないのだ。AIは平気でウソをつく、というのがそれである。

日本における 「乗り遅れるな」 的思考は伝統的なもので、たとえば卑近な話題でいうのならば、レコードがCDに代わったときに、レコードなんか捨ててしまえと実際にそうしてしまった人がいたりとか、自動車がオートマになったらほとんど全ての車がオートマ車になってしまったりとか、ファッションにおいてもひとつの流行が定着すると、すべてがその流行に靡いてしまうとか、長いものに巻かれろ的、付和雷同的傾向が強いのがこの国の特徴だと思えてしまう (ファッションとはそのときのファッション・トレンドに逆らうのこそが自立したファッションだと思うのだが)。
村上春樹が『街とその不確かな壁』で、主人公の就職した図書館ではパソコンを一切使用しないというのも、AI信奉の最近の世情を批判しているのに他ならない。かつて橋本治は 「お役所の書類など、皆、手書き作業に戻してしまえ」 と極論していたことを覚えている。

と、AIの話題にかまけて肝心の話がそれてしまったが、番組は松本人志&中居正広のツッコミどころも的確で面白く、松本が 「お母さんの曲のカヴァーをして欲しい」 と言ったのに対し、演歌と私の歌ではヴィブラートのかかるところが逆だから、それに母親にも演歌は歌うなと言われていたというので、おぉ、そうなのかと思った。でも〈面影平野〉は好きでカラオケで歌うとのこと。同曲は阿木燿子/宇崎竜童の作品である。

ところで今回の曲〈Gold ~また逢う日まで~〉はどうなのだろう。それなりによい曲だとは思うし、最近の宇多田テイストではあるのだが……う〜ん。全体的にはちょっと難解かもしれない。
彼女の歌詞にはときどき、妙に卑俗な言葉が混じる。今回のなら 「おととい来やがれ」 で、これは歌詞を見てもカギカッコで括られているが。1行だけ 「Tout le monde est fous de toi」 というフランス語が混じる。曲の最後も何度も何度も繰り返しが続きながら突然断ち切られたように終わるのが印象的だ。

最近の宇多田は成熟したオトナの歌という感じがするのだが、でも、若い頃の歌がいいとも思う。それは単に繰り返し刷り込まれたからなのかもしれないが、ユーミンの初期作品と同じで、そこには単なる曲の完成度だけではない何かがある。
最近の私のfavoriteは〈COLORS〉と、あと、そう……〈Movin’ on without you〉かな。1曲だけというのなら〈COLORS〉。これは絶対かわらない (この曲の歌詞でも 「口は災いの元」 という古風で卑俗な言葉が混じる)。


宇多田ヒカル/Gold ~また逢う日まで~
https://www.youtube.com/watch?v=u-8R5n54toE

宇多田ヒカル/COLORS (live)
https://www.youtube.com/watch?v=tJRfFCFIGrw

宇多田ヒカル/Movin’ on without you (live)
https://www.youtube.com/watch?v=Rz6qywGRbqg
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末尾ルコ(アルベール)

AIに関する空騒ぎが大嫌いで、その手の浮かれた情報に接すると辟易しているのですが、どう考えても「人間の本質」の替わりなどできりはずないこと分かり切っているのに、メディアがわざわざ煽っている印象です。
まあ本当に呆れるのは、たとえば亡くなった人のデータをAIに入れてそれでできた「人格(?)」と会話し、「亡くなったあの人と話ができた」なんていう歪んだ使い方。それは「亡くなったあの人」とはまったく関係ない情報でしかないのに。
そんなわけで、AIには事務的なことをやらせておくくらいで十分と、このように考えております。
そして常に警戒すべきは日本における「乗り遅れるな」思考でありまして、この傾向のために今までどれだけ大切なものが失われてきたか、今後どれだけ失われるか、本当に要警戒です。
宇多田ヒカルの「面影平野」、聴いてみたいですね。阿木燿子・宇崎竜童であれば、「さよならの向こう側」なんかも合いそうですし、とても感動的歌唱となりそうです。
今の宇多田ヒカルはデビュー時以来蓄積された多くのもので数えきれない引き出しの中から歌を作っているのでしょうね。だからより複雑、重層的曲想になっている。その点初期はその才気が前面に押し出されていて、そこが忘れられないインパクトに繋がっているのではないか。そんな気がします。


ピコ・デラ・ミランドラは澁澤龍彦が言及していたことでその名をしったんです。わたし前々から、いささか胡散臭いですけれど、エマニュエル・スウェデンボリに強い関心があるのですが、澁澤龍彦に言わすと彼は「ピコ・デラ・ミランドラの影響を受けているであろう」ということで、(えっ!)という感があったんです。まあそんな想い出もあり、ピコ・デラ・ミランドラのの存在、常に気になっています。
ベルイマンのBDボックス、確かに高価ですね。まだ第2弾以降も出るのでしょうから。
ベルイマンは上映会で『処女の泉』を映画館で鑑賞できたのですが、とっても幸福な時間でした。 RUKO

by 末尾ルコ(アルベール) (2023-08-27 09:36) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

AIに限らずメディアが何事に対しても騒ぎ過ぎるのは
ニュース番組でさえもバラエティ番組になっているからで、
つまりメディアが幼稚化していると考えられます。
西垣通は80年代には日立の研究員だった人ですが、
その頃にもAI的なものへのアプローチはあったとのことです。
経済大国だった日本は金を注ぎ込んだが結局成功しなかった。
そして現在、日本の存在感は薄れてしまっているので、
無理矢理にAI技術を過信して導入しようとしているけれど
それはあせりだと西垣先生は言っています。
昨今の騒ぎは美空ひばりのヴァーチャルで大騒ぎしたときと同じです。

宇多田ヒカルの歌詞には色々な 「含み」 があります。
それは一般的な日本歌謡の人生応援歌みたいなのとは違っていて
その違いに納得できるかどうかが鍵だと思うのです。
上記にリンクしたストリングスをバックにした〈COLORS〉は
オリジナルとやや歌い方が違っていて、
これはすごいなと思います。

ピコ・デラ・ミランドラは澁澤龍彦推薦なのですか。
それは知りませんでした。
須賀敦子翻訳賞の第5回にはブッツァーティの『動物奇譚集』が
選ばれているのに気がつきました。発行元は東宣出版です。
同じ出版社からのブッツァーティ短編集全3巻は持っているのですが
この『動物奇譚集』は知りませんでした。
須賀敦子翻訳賞、あなどれません。

ベルイマンの《ファニーとアレクサンデル》は映画館で観ました。
wikiには劇場版は188分のように書かれていますが、
日本では最初から311分版で上映されていました。
ちょっと長いですね。でも傑作です。
by lequiche (2023-08-27 23:32) 

英ちゃん

東京ラブストーリー見てましたよ(^_^;)
まぁ、あの頃は出演者がみんなあまり売れてない頃だからドラマがヒットしてそれで知名度も上昇したと思いますが(;^ω^)
まつもtoなかいの宇多田ヒカルの回も見ましたよ(^▽^;)
ぁぁ、藤圭子さんの曲は、ド演歌じゃないと思うので歌おうと思えば歌える気もしますが?
と、ヒカルさん、前川清さんにも会ってみたいと言ってましたね(;^ω^)母親の前の旦那さんに会って何の話をするのでしょうね?
by 英ちゃん (2023-08-29 02:14) 

バク・ハリー

lequicheさんこんばんわ。最近はテレビ観るのが面倒で《まつもtoなかい》も見てないのですが、宇多田ヒカルは初期のアルバム3枚が大好きで、ぼくはくまとか言い出した頃から以降はあんまり興味わかなくなってしまいました。他が悪いんじゃなくて、〈Movin’ on without you〉や、私の好きな〈A.S.A.P.〉を含め、登場時が素晴らし過ぎたので、だんだん興味が薄れてしまった感じです。

〈COLORS〉のオリジナルPVは、ビジュアルデザインがかっこいい印象でした。宇多田ヒカル自身が綺麗だったし。

リンクの〈COLORS〉動画は今流行りの「THE FIRST TAKE」に先駆けたっぽい演出がハマっていて、やっぱり彼女歌上手いんだな〜とあらためて感じました。ヒカル可愛いし。

〈Gold ~また逢う日まで~〉は、宇多田ヒカルが宇多田ヒカル自身のパロディっぽく見えちゃって、良いのか悪いのか私にはよくわかりませんでした。ヒカルちょっと老けてるし。
なんでヨドバシカメラなん?

by バク・ハリー (2023-09-01 18:47) 

lequiche

>> 英ちゃん様

そうなんですか。
若くてまだそんなに売れてない人が何かのきっかけで売れて
だんだんと知名度が上がって行くのは昔も今も同じですね。
そうして新陳代謝しないと、とも思います。

宇多田ヒカルのヴィブラートは初期の頃、変だと言われていましたが
演歌のコブシとは違うのでそんなこと言うほうが変です。
演歌しか知らないとそう思ってしまうのも仕方がないのですが、
さすがに最近はそういう意見は下火になりました。
藤圭子と違った解釈で歌うのならアリかもしれないです。

前川清は演歌としてはやや異質です。
そういうことも話したいのではないでしょうか。
by lequiche (2023-09-03 12:50) 

lequiche

>> バク・ハリー様

テレビなんか観ないで済むのならそのほうが良いです。
私は〈格付けチェック〉とか〈ぐるナイ〉みたいな
典型的ヤラセ番組が嫌いですし、
もっといえばほとんどがヤラセと、
繰り返しによる時間伸ばしと、忖度に満ちてますから。

宇多田ヒカルも初期の頃に出すべきものは出てしまって、
あとは拡大再生産なんだと思います。
それは松任谷由実が、結局、荒井由実時代の4枚を
越えられないのと同じです。
もっとも〈COLORS〉は4枚目の《ULTRA BLUE》収録なので
一応、4枚目までということにしておきます。
極論すれば1stアルバムがすべてであり完璧なできです。

ただ6枚目の《Fantôme》も比較的良いと思いますが。
たしか〈真夏の通り雨〉でしたが、
音楽雑誌では 「普通、こういうふうな和声は無い」 と言われましたけど
そういう意味ではすごくアヴァンギャルドで
でも宇多田だから、何やっても許されてしまうんです。
そのうちエピゴーネンが出て
そういう手法も許容範囲に組み込まれるのでしょう。

ストリングス・アレンジの〈COLORS〉は
確かにTHE FIRST TAKEっぽいですね。
宇多田は初期の頃から、実際に歌うときは
オリジナルとは違う節回しをすることがよくありましたが
R&Bやジャズの歌唱としては普通ですし、
それが瞬間的にできるのはすごいと思います。

年齢的にはさすがに老けてはきてますけど、
でも人間、いつまでも若いわけじゃないですし
それはそれでいいかなと許してしまいます。
ヨドバシは……う〜ん、タイアップが高かったからかなぁ?(笑)
by lequiche (2023-09-03 12:53)