如月小春《都会の生活》 [音楽]

如月小春 (毎日新聞web/2019年10月03日記事より)
2024年4月20日のRECORD STORE DAYに如月小春の《都会の生活》のLPが再発された。以前にタワーレコード限定でCDが再発されたことがあるのだがすでに品切れである。
如月小春 (きさらぎ・こはる/1956−2000) は劇作家であるが、劇作家にとどまらず多彩な活動をしていた人である。その多彩さは時代の要請であったのかもしれないけれど、それゆえにその業績を確定的に語ることがむずかしい。44歳で急死してしまったのが惜しまれる。
《都会の生活》は彼女の唯一の音楽作品であるが、収録曲のなかの〈Neo-Plant Nega〉〈Neo-Plant Posi〉を坂本龍一が作編曲していることで知られる。またアルバムタイトル曲の〈都会の生活〉の作曲者は高橋悠治である。
如月小春の演劇活動のはじめは 「劇団綺畸」 [げきだん・きき] であり、東京大学の駒場などで公演をしていたが、その頃の駒場は野田秀樹の主宰する夢の遊眠社の人気が高く、やや分が悪かったのではないかと思う。その後、1983年に 「NOISE」 という劇団を立ち上げたが、主に実験的な演劇スタイルを試みていたようである。
安部公房による安部公房スタジオの活動は1973年から1982年であり、後期になるほど実験的な様相を帯びていき解散に至るのだが、如月の劇作は同じ実験的スタイルとはいっても、そうした安部のアプローチとは全く異なった方法論であったようである。
と伝聞推定のように書くのは、私自身はほとんど如月小春の演出した芝居を観ていないためであり、唯一、西武百貨店池袋店のイヴェント会場のような場所でたぶんNOISE名義での芝居を観た記憶がかすかにあるのだが、強い印象は残っていない。
初期の戯曲である『工場物語』の、ホチキスで綴じた台本のようなものを持っていたのだが、それをどうして入手したのか忘れてしまったし、今、どこにあるのかも不明だし、おそらく芝居そのものも観ていないと思う。
だが当時は音楽系の作品をリリースする場合の方法論のひとつとして、カセットブックという名称の、本とカセットテープが一体になっている形式の商品がそれなりに流行していて、如月小春にも『リア王の青い城』というカセットブックがある。
NHK-FMにはかつて《サウンドストリート》という番組があり、坂本龍一が担当している日があった。NHKのアーカイヴに拠ると、1984年9月25日の第137回のゲストは細野晴臣、如月小春、高橋悠治であり、ここで 「リア王の青い城」 もオンエアされたはずなのだが、YouTubeでは見つけることができなかった。
しかしこのときの番組への出演を契機として、後に《都会の生活》が作られたのではないかと思える。
如月小春はプロの歌手ではないので歌のクォリティとしては高くないのだが、その時代のアヴァンギャルド指向を感じさせる仕上がりになっているように感じる。
坂本龍一の音作りはかなり尖っているが、1986年といえばYMO散開後のソロである《音楽図鑑》(1984) そして《エスペラント》(1985) の後のアルバムである《未来派野郎》をリリースした年である。
坂本はYMOや《音楽図鑑》で、大衆的なわかりやすい音楽に振れてしまった自己のイメージを戻そうとする志向があった。つまりYMOの〈浮気なぼくら〉や忌野清志郎との〈い・け・な・いルージュマジック〉は通俗過ぎたので、それらと反対に振れようとする意識である。それが《エスペラント》であり、より確定的なのが《未来派野郎》である。このアルバムは当時の最先端であったフェアライトCMIを本格的に使用したことでも知られる。
Mikikiには2015年10月08日の記事に如月小春《都会の生活》について、CD再発時に小沼純一の書いた解説がある。
https://mikiki.tokyo.jp/articles/-/8486
YouTubeには如月小春《都会の生活》のフルアルバムがあるので下記にリンクしておく。その1曲目〈Neo-Plant Nega〉と4曲目〈Neo-Plant Posi〉が坂本作品である。
また、坂本龍一《未来派野郎》の詳細については過去のブログ記事にあるので、興味のあるかたは下記を参照されたい。
ブロードウェイ・ブギウギ — 坂本龍一《未来派野郎》
https://lequiche.blog.ss-blog.jp/2015-03-24
如月小春/都会の生活 (King Records)
https://tower.jp/item/6272356
如月小春/都会の生活 (1986) full album
https://www.youtube.com/watch?v=BeKkVsU64jw
坂本龍一/未来派野郎 (1986) full album
https://www.youtube.com/watch?v=SbS5lBoAr4w
如月小春に関しては名前には覚えがあって彼女について何らかのことを知っていたはずなのですが、具体的には思い出せません。坂本龍一との関わりかもしれないし、彼女のプロフィールを見るとテレビへも出ていたようなので、ひょっとしたら目に触れていたのかもしれません。
坂本龍一の「サウンドストリート」は熱心に聴いてましたし、彼の新譜は「未来派野郎」を含めいち早く聴いてました、特に「エスペラント」は毎日のように聴いてたです。だから「リア王の青い城」も耳にしていた可能性はあります。如月小春についてはこのくらいのことしか書けませんが、「都会の生活」、またじっくり聴いてみます。
で、「未来派野郎」のお記事も拝読いたしました。おもしろいです!感想はまた後日書かせていただきます。
宇多田ヒカルですが、「First Love」が15歳ですか。やはり特別な才能ですね。
NHK Music Specialで質問者の一人が彼女の歌詞には性別を感じない的な発言をして、ノンバイナリーを公表している宇多田は「嬉しいです」と言ったのが印象的でした。わたしは男性性女性性というものを完全否定はしませんけれど、それでも旧来の社会認識を固定化するかのような男歌女歌的なものなんとも苦手で、ましてや名曲とされるテレサ・テンの多くの楽曲のような「待つ女でいいの」的内容はどうにもダメなんです。
宇多田ヒカルの歌詞、ますます注目していきます。RUKO
by 末尾ルコ(アルベール) (2024-05-04 06:56)
如月小春さん劇作家でしたね
一度彼女作の芝居を渋谷だったかな
それまで知っていた演劇に比べドライで斬新な感じでした。才能ある人は早く亡くなりますね
by kiyotan (2024-05-04 11:54)
>> 末尾ルコ(アルベール)様
如月小春はまさにそのような存在で、
シンプルに劇作家という肩書きには収まらなかった気がします。
逆にいえば、その時代に 「いいように使われた」
というような面もあると思います。
戯曲『リア王の青い城』は
1985年度の第29回岸田國士戯曲賞の候補になりましたが
授賞できませんでした。
授賞したのは岸田理生の『糸地獄』です。
如月小春と岸田理生のことは少し前の記事
「安部公房生誕100年」 の際にさらっと触れましたが、
二人とも早世してしまいました。大変残念です。
この時代の女性の戯曲作家というとこの二人と、
劇団三〇〇 [さんじゅうまる] の渡辺えり子 (現・渡辺えり) ですね。
坂本龍一は高橋悠治と出会って意気投合しましたが、
それは二人とも同じクラシック畑でありながら
伝統的なクラシック音楽のアプローチを否定している
という点が共通していて惹かれ合った面があると思います。
坂本龍一は高橋悠治の妹である高橋アキに曲を書きましたが
それもアヴァンギャルドつながりの一環です。
高橋アキについては何度も書いていますが、
私の古い記事がありますのでよろしければご参照ください。
流行と風化 — 高橋アキの〈Sequenza IV〉を聴きながら
https://lequiche.blog.ss-blog.jp/2012-10-06
ノンバイナリーについては宇多田自身も語っていましたが
「ヒカル」 という男性か女性か特定できない名前を
自分に付けてくれたのは父親だったが、
気に入っているとのことでした。
私が最近話題にする川野芽生は
アセクシャルであるというようなことを語っていますし、
単純な男性/女性という色分けは崩壊しつつあります。
演歌の男尊女卑的な思考は昔ながらのものですので、
それはしかたがないですね。
でも演歌でも、たとえば氷川きよしのような人もいますし、
今後はどうなっていくのかはわからないです。
by lequiche (2024-05-05 02:00)
>> kiyotan 様
如月小春の芝居をご覧になったことがあるんですか。
それはすごいです。
そうそう、斬新でしたし従来の価値観とはちょっと違う
という感触がありました。
もうひとりの優秀な戯曲作家として岸田理生がいましたが、
彼女は寺山修司の助手みたいなポジションで、
その後、独立して耽美的な戯曲を多く書きました。
如月小春が急逝した後、講演などの代役をやっていましたが、
やがて彼女自身も病にかかり亡くなりました。
この二人の早世は大変残念です。
by lequiche (2024-05-05 02:01)
ほんと、亡くなった方がぽつぽつと。
今は今でいろんな才能の人が出ているので、時々音楽アートの深掘り(Dig)しています。
この人とか。
https://b2b-ch.infomart.co.jp/news/detail.page?IMNEWS4=4720637
by kome (2024-05-05 19:54)
>> kome 様
Chloe Chenさんですか。
この人は初めて知りました。
新しい人がどんどん出てくるのは良いことだと思います。
by lequiche (2024-05-06 02:31)