山川恵津子『編曲の美学』 [本]

山川恵津子&早見優 (Tokyo Speakeasyより)
山川恵津子 (1956−) は作曲家、編曲家であり、キーボード奏者でもあり、コーラスもこなすという人である。今回出版された『編曲の美学』と連動して、ビクターとポニーキャニオンから《編曲の美学 山川恵津子の仕事》というCDが発売されている。
山川恵津子が音楽に携わったのはヤマハのポプコン応募がきっかけで、その後もヤマハでバイトをしていたのだそうだが、ごく初期の頃にはキーボーディストとして谷山浩子のサポートをしていた。そして曲作りにもかかわるようになり、たとえば谷山の〈てんぷら☆さんらいず〉(1982) はその頃の山川の相棒であった鳴海寛との共同編曲である (「東北新幹線」 という名称のデュオ・グループで活動していた)。
本の最後に作曲・編曲リストが掲載されているが、もうとんでもない量で、アグネス・チャン、岩崎宏美、岩崎良美、おニャン子クラブ、新田恵利、又紀仁美、西脇唯 (あ、なぜか8cmシングルは全部持っています) などなど。
特に岡本舞子、渡辺満里奈への提供曲や編曲が多い。いわゆるガールズ・ポップというか、比較的歌謡曲寄りの作編曲に特徴があり、その対象も圧倒的に女性歌手が多い。小泉今日子の〈100%男女交際〉で1986年の第28回日本レコード大賞編曲賞を受賞。最近の作品だとSAKUraの〈漕ぎ出せ♪ショコラティエ〉の作編曲が山川である。
また松田聖子の仮歌 (歌手が新曲を聴いて練習するためのガイド歌唱) をやっていたことでも知られる。
キーボーディストとしての仕事には谷山浩子、八神純子など複数にあるが、土屋昌巳の一風堂のデビュー・コンサートにもサポートとして入ったのだという (p.143)。
また大瀧詠一の《NIAGARA TRIANGLE Vol.2》に招集され、ハープシコードを担当したとのことだが、巻末の川原伸司からのコメントとして、大瀧詠一は山川の演奏を褒めていたそうである (p.274)。その当時、大瀧のレコーディングに集められたミュージシャンのなかで山川は最年少であったとのこと。
編曲に対するこだわりとして、
とくに曲の最後の音はそのキーの主音で終止する場合が多いのだが、こ
こでバックグラウンドにトニック (安心できるコード) を持ってくるのが
好きではない。理論上は一番平和でわかりやすく大正解なコードなのに、
私はそれをとにかく避けてきている。これは私のアレンジした曲をお聴
きいただくとわかると思うが笑えるほどそうなっている。どうにかして
トニックから逃れているはずだ。(p.060)
なぜかというと、トニックで終わると曲全体の印象がどっしりと野太く
なってしまい、オシャレではないのだ。(p.061)
と書かれている。そんなオシャレ度優先の志向のため、オーソドクスを良しとする阿久悠とは衝突もあったようである。
荒井由実に関しては、高校3年生の頃〈ひこうき雲〉を聴いたとき、「なんとも衝撃的な世界観」 であり、「じつはいまだにこの歌詞については理解できていない」 とも言っている (p.077)。本書後半の原口沙輔との対談のなかで 「私は歌詞が頭に入ってこない」 と述べていて (p.257)、坂本龍一などと同じように、やはり言葉ではなくて音楽の人なのだ。
又紀仁美 (ゆうき・ひとみ) の5thアルバム《Be Myself》(1997) ではその全編曲を担当したのだそうだが、当時の流行とは違っていて、売れなかったけれどカッコよくできていると自画自賛。又紀はシンガーソングライターなので作詞作曲は又紀自身なのだが、仕上がりの雰囲気はシンガーソングライター風でなく、よい意味での歌謡曲テイストだと思う。
下記リンクにはその《Be Myself》収録曲でなく、3rdアルバム《Forward》(1995) に収録されている〈Stylish〉を挙げておく (5thシングル〈激しさを見せて〉の併録曲)。
作詞作曲家だけでなく、このようにして編曲家の仕事にスポットが当たるのも昨今の必然なのだと思うが、まさに職業編曲家としての矜持を見ることが可能だ。
それと、以上とは全然関係ないのだけれどひとりごと。
今年上半期のエポックとして特筆すべきなのはNHK大河ドラマ《光る君へ》の冬野ユミ (とうの・ゆみ) の音楽である。テーマ曲だけでなく、劇伴の出来が素晴らしい。
山川恵津子/編曲の美学 (DU BOOKS)

編曲の美学 山川恵津子の仕事 Victor Entertainment編

https://tower.jp/item/6329815/
編曲の美学 山川恵津子の仕事 PONYCANYON編

https://tower.jp/item/6330922/
谷山浩子/てんぷら☆さんらいず (1982)
作詞・作曲:谷山浩子、編曲:鳴海寛・山川恵津子
https://www.youtube.com/watch?v=eP0AAFey-g8
岡本舞子/愛って林檎ですか (1985)
作詞:阿久悠、作曲・編曲:山川恵津子
https://www.youtube.com/watch?v=2z1XerpYsEs
岡田有希子/PRIVATE RED (1985)
作詞:売野雅勇、作曲:山川恵津子、編曲:大村雅朗
https://www.youtube.com/watch?v=E4pKVVTaFHA
小泉今日子/100%男女交際 (1986)
作詞:麻生圭子 作曲:馬飼野康二 編曲:山川恵津子
https://www.youtube.com/watch?v=sRwYMoY9aR4
又紀仁美/Stylish (1995)
作詞・作曲:又紀仁美、編曲:山川恵津子
https://www.youtube.com/watch?v=TgpD-tiECXE
早見優、ありさ、かれん/Make Lemonade (2022)
作詞:早見優、ありさ、かれん、作曲・編曲:山川恵津子
https://www.youtube.com/watch?v=h3qEluTZGYA
SAKUra/漕ぎ出せ♪ショコラティエ〜これって恋ですか?〜
(2023)
作詞:新妻由佳子・高柳景多、作曲・編曲:山川恵津子
https://www.youtube.com/watch?v=0ZA2tboqcVM
山川恵津子、知りませんでした。作品リストを見ましたがすごいですね。まったく知らない歌手も少なからず含まれてます。リストの中に小川範子の名前がありましたが、かつて一瞬ファンだったのを懐かしく思い出しました。載せてらっしゃる写真で早見優と並んでますね。早見優、NHK FMの番組で由紀さおりのアルバムを取り上げていて、あらためて由紀さおり、凄いなあと感じました。山川恵津子、由紀さおりとも仕事してますね。
大瀧詠一のアルバムに参加してるのも凄いですね。BSの由紀さおりの番組で大瀧詠一の特集をやってましたが、彼はレコードのA面からB面へ変える時間の余韻なども考慮した上の曲作り、曲順だったそうですね。もしまだ健在であれば、現在の文化状況にどれだけ失望したことか。
デイヴ・ギルモアの過去記事拝読させていただきました。グダニスクのライブも冒頭の部分、視聴さすていただきました。いずれ全編鑑賞いたします。なにせわたし、 パンクニューウエイヴに没頭するまではピンク・フロイドの大ファン。ファーストから「ザ・ウォール」まではアルバム揃えてました。そからは買わなくなりましたが。それとわたし、ロジャー・ウォーターズ派だったので、ギルモア個人はさほど追ってませんでした。だからこのライブ、とても新鮮で心地いいです。それとシド・バレットの凄さを知ったのは最近です。RUKO
by 末尾ルコ(アルベール) (2024-07-16 09:58)
>> 末尾ルコ(アルベール)様
編曲は多分に職人技的な印象がありますから
いままであまり注目されてきませんでした。
ですが特に歌謡曲系の音楽の場合は非常に重要です。
昔は鼻歌で歌った程度の作曲者の曲を
きちんとオーケストレーションにまで持っていく作業を
していました。
最近は編曲の重要性が次第に理解されつつあります。
たとえば船山基紀とか萩田光雄とか、
上記にリンクした岡田有希子に書いた山川作品を編曲している
大村雅朗も、早世してしまいましたが非常に優れた人です。
山川はキャリアのごく初期に早見優へ曲を提供していましたが
(4thアルバムのtr1が山川作品です。但し作曲のみです)、
最近になって再び書いたのが上記リンクの曲とのことです。
アルバムの曲順を重要視するのも大切ですが、
これはそのミュージシャンの資質にもよります。
あまり気にしない人もいるらしいですが、
椎名林檎はアルバムの曲順に従って聴いて欲しいと言っていますね。
ピンク・フロイドなどのいわゆるプログレというジャンルを
私はあまりよく知りません。
なぜ聴かなかったのかがよくわからないのですが、
たぶんELPを聴いたときに、
クラシック曲に対するコンプレックスが感じられてしまう
というふうにとらえてしまったからだと思います。
ピンク・フロイドもウォーターズとギルモアの間には
いろいろあったようですが、
そうした軋轢みたいなものはロックバンドの常ですので
むしろそういうのこそがロックという音楽の一端なのでしょう。
ギルモアの魅力はギターの音色に尽きます。
ピッキングがすぐれているのだと思います。
by lequiche (2024-07-22 02:22)