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金原ひとみ『ナチュラルボーンチキン』 [本]

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11月15日のTokyofm《日向坂46のほっとひといき!》でみーぱんがローソン商品を試食していてASMRって何? みたいな話のなかでゲシュタルト崩壊と言ったりしたんだけど、そんな言葉知ってるんだ、と思うのは失礼なのかもしれない。アイドルグループには 「シュレーディンガーの犬」 (略してシュレ犬) というのもいるけど、そこには 「なぜ猫なの?」 という批判も籠められているのに違いない。最近のグループ名はますます凝り過ぎなつくりになってきていて、さらにそれを略すものだから、「ずとまよ」 はどんなマヨネーズなのかと思っていたのは秘密です。以上は前フリで何の意味もありません。

さて。金原ひとみの『ナチュラルボーンチキン』の簡単なあらすじを書いてみる。あらすじはホントは書きたくないんだけど、たまにはいいかな。

私=浜野文乃 [はまの・あやの] は出版社で労務を担当している。45歳で一人暮らし、趣味も特になく、友達や仲のいい家族・親戚もペットもいない。毎晩、肉野菜炒めとパックご飯を食べ、スマホでドラマを観るだけの、波風のたたない毎日を続けている。ルーティンがすべてで、何もない。
ところがケガをしたことを理由に、在宅勤務のままで出社してこない編集部の平木の様子を見に行ってくれないかと上司から依頼される。平木はオフィス街の道を、ひとりカジュアルな服装でスケボーで出勤してくるようなちょっと変わった女性だ。
平木の住むマンションを訪ねて行ってから後、平木は私にいろいろと誘いをかけて来るようになる。静かだったはずのルーティン生活が次第に崩れて行く。何度かランチなどに付き合わされているうちに、どこに行くのか知らされないまま、渋谷に連れ出される。そこはマニアックでカルトなロックバンドのライヴだった。ヴォーカルの 「まさか」 のわけのわからな過ぎるパフォーマンスに衝撃を受ける。平木はバンドのメンバーと懇意で、ライヴ後、飲み会に参加させられてから私の強いガードは変化する。そしてなぜ私が何も受け入れないようなルーティン生活を続けてきたのか、その理由が次第に明らかになって行く。

結末までは書きません。
最初は軽く始まったストーリーなのに、文乃と母親、そして父親との関係、おばあちゃんと暮らしていたこと、と文乃の過去がわかってくるにつれて、だんだんと重い話題が見えてくるのが、さすが金原ひとみだ。
登場人物の名前の付け方も平木直理 [ひらき・なおり] とか松坂牛雄 [まつざか・うしお] とか、ふざけているのではなくて (ふざけているんだけれど)、名前なんてカリカチュアでしかないという意図が感じられる。
なぜ文乃がルーティン生活に逃げ込んだのか、その理由が語られる。

 だって私がこのまま惰生を貪ったところで、何が生じるのという感じだ
 し、長生きしたとしても、私は結局延々とルーティンをこなすばかりで
 何も生み出さないのだ。そして会社は誰かが死んでも回るようにできて
 いる。私の唯一無二性など、どこにもない。(p.84)

確かにそうだ。ルーティンに逃げ込んだというよりは、ルーティンしかこなせないのがほとんどだ。考えてみれば日常生活はほとんどルーティンワークで構成されている。他には何もない。無数の無名なハタラキアリたち。少なくとも私はそうだし、そのように言われてもしかたがないと私は思う。

文乃が、まさかに対して語るおじさん論も納得できる話だ。

 「まさかさんはおじさんではありません。私は二十七くらいの頃に気付
 いたんですけど、おじさんというのは年齢ではなく、属性です。私は若
 手の男性編集者が、感じがよく、物事の道理を理解していて察しの良い
 若者から、ものの数年で権力と金への欲望により、よくいるつまらない
 おじさんへと変貌していく様を何度も目にしてきました」 (p.128)

文乃が父親のことが嫌いだったと言ったとき、まさかが文乃に返す言葉もさらっとしているけれど的確だ。

 「——関わりたくない人との関わりを強要する人は、世界中から一掃さ
 れて欲しいと僕は常々思ってるんです。——」 (p.195)

親を敬えとか兄弟姉妹仲良くとか言うのはすでに壊死した単なる定型文に過ぎなくて、そうした言葉を軽々に口にする人はそれが死んだ言葉であることを理解していないのだろうと私も思う。

と、小説後半のあらすじを伏せているので、これらの引用の意味がわかりにくいかもしれない。
食べることへの貪欲さ、音楽が伝えてくる言葉では語ることのできないなにかについてなど、いつもながらの金原ワールドと感じられる部分はあるかもしれない。
書店にこの『ナチュラルボーンチキン』と市街地ギャオの『メメントラブドール』が並んで平積みされていた。カヴァーの派手さもあって、そこだけ異彩を放っていた。

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金原ひとみ (LIFE INSIDER 2024.10.23より)


金原ひとみ/ナチュラルボーンチキン (河出書房新社)
ナチュラルボーンチキン

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末尾ルコ(アルベール)

ゲシュタルト崩壊って言葉、わたしが中学生の頃、ごく一部で流行ってました。吾妻ひでおだったかな、記憶曖昧ですが、ギャグ漫画でも使われてました。
金原ひとみ、『ナチュラルボーンチキン』もおもしろそうです。最初は謎として提示されてない謎が徐々に姿を現し解き明かされていく展開のようにお見受けしました。わくわくしますね。

〉おじさんというのは年齢ではなく、属性です

これまったくその通りで、多くの人は年齢など数字による区分けで安心しているだけなんですよね。「それぞれの人間そのもの」を見ることができない。そしてこれは言葉のデリケートな使い方ができるか否かという問題でもあって、もちろん現在は否の人たちが加速度的に増殖中。なにせ文化庁の「国語に関する世論調査」によると、月に1冊も本を読まない人が6割超ということらしいですね。まあこれだけスマホに生活の隅々まで侵食かれている状況では当然の結果かもしれません。他国はどうなっているかも興味がありますが、この状況ですから「おじさん」なんて言葉で安心したり、「死んだ言葉」を平気で使ったりするのでしょうね。そしておぞましい言葉使いを推進しているのがメディアであるという感も否めません。
ともあれいつも充実の金原ひとみ、これからもどんどん読んでいきます。RUKO
by 末尾ルコ(アルベール) (2024-11-19 09:35) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

なるほど。意外な言葉が何かのきっかけで広がるということですね。

『ナチュラルボーンチキン』は文乃がなぜ、
そんな無味乾燥とも思えるルーティンな毎日を過ごしているか、
ということなんですが、なぜそんなルーティンワークを
ということでは映画《PERFECT DAYS》と同じです。
それらは極端に拡大解釈されたルーティンワークであって、
実は私もまたルーティンワークを重ねているのに過ぎず、
やがて死んで行くのに違いないと気付かされるなにかがあります。

年齢で区切るのが社会のシステムになっているのですから
どうしようもありません。
どんな人に対しても一律に60歳になったら定年とか、
何歳になったら後期高齢者とか (何歳だか知らない ^^;)。
ぼける人は60歳になる前からぼけてしまうし、
何歳になっても矍鑠としている渡辺貞夫みたいな人もいる。
おじさんというのは、つまらない人間ということの別表現です。

何かが広汎に使われるようになるには
必ず負の範囲のパワーによることがほとんどです。
飛行機の性能がよくなったのは戦争のためですし、
インターネットはエロサイトへのアクセス増によって発展しました。
スマートフォンも、本来の携帯モバイルの便利さとは異なる面で
世界を席巻するようになっています。
by lequiche (2024-11-21 02:24) 

sknys

・折々のねことば 169
「あら、こんなところに! 私の猫じゃないわ。シュレーディンガーの猫よ。ぱっとあらわれて、一瞬だから、しっぽの先ぐらいしか見えないけど」
ソニア・フェルナンデス=ビダル

ホーリー・ハーンダン(Holly Herndon)はインタヴューの中で、
〈Lonely At The Top〉は 「世界の上位1パーセントの富裕層に向けて書かれたクリティカル・ASMRよ」 と語っていました。
https://www.ele-king.net/interviews/004549/

未読ですが、このタイトルは 「ナチュラル・ボーン・キラー」(Natural Born Killer)のモジリですね。
小説の登場人物は「なるべくどこにでもありそうな名前がいい」 「I ・W・ハーパーでは外國人にしか付けられない」 と吉田健一は書いていたけれど^^
by sknys (2024-11-28 23:14) 

lequiche

>> sknys 様

上記に書いたあらすじは、イントロの部分だけであって、
それより後のことは書いていませんが、この小説はそこが肝心なのです。
でもそれを書いてしまうのは
推理小説の犯人を書いてしまうのと同じなので書かないだけです。
ある意味、重いですし、内容的には全く違いますけれど心情的には
オリヴァー・ストーンとカブるのかもしれないです。
登場人物の名前に凝るのは村上春樹がそうですね。
凝った名前が良いのか、普通の名前のほうが良いのか、
ケースバイケースとも言えます。
by lequiche (2024-12-17 02:51)