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アリストクセノスの理論 ― ヤニス・クセナキス『音楽と建築』その2 [音楽]

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Iannis Xenakis

微分音とテトラコルド (→2017年11月28日ブログ) のつづきである。

古代音楽の構造について述べている個所は難解でよくわからない、というよりクセナキスのなかで既知であると考えられていることのレヴェルが高過ぎるため、わからないというのが実情なのだと思う。私もほとんど何だかわからないのだが、とりあえずそのままなぞってみることにする。

クセナキスの引用するアリストクセノスは古代ギリシャの哲学者でありアリストテレスの弟子である。音楽理論に詳しい人であったらしいがその著作はほとんど失われている。
クセナキスは、アリストクセノスの理論は階層構造であるとして、第1層~第4層というふうに分けて説明しているが、まずその層という概念が不明である。
第1層として、全音とその分割とあり、全音とは 「協和音程5度と4度の差」 であると定義する。この全音をセグメント (=コンマ) で12という単位とすれば、半音はその半分なのでセグメント6、さらに3分の1をクロマティック・ディエシス (セグメント4)、4分の1をエンハルモニック・ディエシス (セグメント3) とする。いわゆる微分音である。

そして第2層:テトラコルドとして、「テトラコルドは第1協和音程4度 (dia tessaron) で定められる」 としているが、テトラコルドは2全音+1半音なので、2×12+1×6=30で、セグメントは30ということになる。
さらにディエシスというのがよくわからない。ディエシス (diesis) は一般的にはシャープ (嬰記号) のことを指すが、クセナキスの場合、一種の構造単位のような使われ方をしている。しかしweblioでは、「ピタゴラスの理論で4度と2個の全音 (tonus) との間の差、現代の音響学では、短4度と3度の差の音程」 とある。

さて、そのテトラコルドの説明は次のようである。

 両端の音は協和音程4度の差があるが、他の2音はその内側で移動可能な
 ので、3種類のテトラコルドができる (これらは5度・オクターヴなど、
 他の協和音程とは関係がない)。(p.030)

3種類のテトラコルドとは、4つの音があるとして、その間隔は一般的なオクターヴの12音で考えるのならば、全-全-半、全-半-全、半-全-全があるので、そういう意味ではないかと思う。しかしそれをエンハルモニック、またはクロマティックを含めて考えるのである。
クセナキスの分類をやや整理して書きあらわすと次のようである。

 1. エンハルモニック:下から上へ2つのエンハルモニック・ディエシスを
   含む。
    3+3+22=30 (テトラコルドはセグメント30であるので)

 2a. 軟クローマ (malako chroma):2つのクロマティック・ディエシス
   を含む。
    4+4+22=30
 2b. 3/2 (hemiolon) クローマまたは1.5倍 (sesquialteron) クローマ:
   2個の1.5倍ディエシスを含む。
    4.5+4.5+21=30
 2c. 1全音 (toniaion) クローマ:半音2個と3/2音。
    6+6+18=30

 3a. 軟ディアトニック:半音1個と3エンハルモニック・ディエシスと
   5エンハルモニック・ディエシス。
    6+3×3+3×5=30
 3b. 硬ディアトニック (syntonon):半音・全音・全音。
    6+12+12=30

前述の 「3種類のテトラコルド」 という説明と6種類の各パターンとを考え合わせれば、たとえば 「1」 の場合、3+3+22だけでなく、3+22+3や22+3+3も成立するはずである。だがそのような説明はされていない。

第3層はシステム (system) として、全音+テトラコルドの連結によるconjunctと、全音を挟んだ分離としてのdisjunctがあるとしている。
第4層はトロポス (tropos) で、調、旋法であり、これらの階層は、移動のアルゴリズムによって、類←→類、システム←→システム、旋法←→旋法それぞれに交代するという。そして、このように古代構造の方法論は、中世以後の調性音楽の単純な転調や移調とはかけ離れているとも書いている。

アリストクセノスの理論に対する次のような説明がある。

 アリストクセノスは音楽的経験に忠実であろうとして、音楽経験だけが
 テトラコルド構造や、その組み合わせの結果であるハルモニア全体を規
 定すると主張する。(p.033)

あるいはまた、

 4度音程の (物理的) 絶対値は、ピュタゴラス派は弦の長さを3/4と定義
 していたのに対して、ここでは定義されていない。これこそ知恵のしる
 しだと思う。3/4という比は平均値に過ぎない。(p.033)

そして、

 [アリストクセノスは] 西欧で採用される2000年も前に、平均律の基礎
 を用意した。(p.034)

というのである。
この後に、ビザンチン音楽の構造としての説明があるが、「自然ディアトニック音階」 として、1、9/8、5/4、4/3、3/2、27/16、15/8、2というオクターヴの音を示している。これはつまり純正律的な音構造だと考えてよいのだろう。以後の説明はあまりにも煩雑となるし、検証もできないので転記しない。

ここで一番問題となるのは、平均律の基礎云々という個所である。エンハルモニックというのは半音のさらに半分となる微分音であり、まずこれだけの微妙な差異が聞き分けられるのかという疑問が生じる。それだけの精緻な耳が当時はあったと仮定してもよいが、そうした微妙な差異が聞き取れる耳が、同時に平均律的な音を許容するとするのは矛盾があるのではないか、と思う。

しかしクセナキスは付記として次のようにいう。

 ディアトニックは他の類とはちがって、節度があり、厳格で、高貴だと
 考えられてきた。クロマティックや、ましてエンハルモニック類は、ア
 リストクセノスをはじめとする理論家が指摘しているように、高度に発
 展した音楽文化を前提としていて、ローマ時代の大衆はまだそのような
 文化をもっていなかった。そこで、一方では組み合わせ論的考察、他方
 では実用面から、エンハルモニック独自の特徴は消滅してクロマティッ
 クと硬ディアトニックがそれに代わり、ビザンチン音楽ではさらにクロ
 マティックの1種類も消失した。ルネサンス期に古代の硬ディアトニッ
 クの名残である長音階が諸音階 (旋法) を吸収合併したことも、現象と
 してよく似ている。
 この単純化はふしぎで、状況や理由を研究する価値がある。(p.038)

という表現からは、エンハルモニックというのは音楽理論の理想ではあるが、現実には成立していない幻想だったという推理も成り立つ。平均律がそれまでの複雑な純正律を是正するアバウトだが合理的な方法論だというふうには捉えられていない。「平均律の基礎を用意した」 という言い方は肯定的なニュアンスがあるのにもかかわらず、ルネサンス期には音楽は単純化し衰退したとしているわけで、確かに単純化してしまったのかもしれないが、純正律的な澄んだ和声と、理論上の微分音の戦いというふうにもとれてしまう。
クセナキスはそれをずっと現代にまで持ちこんで、平均律といわゆる12音的な方法論を批判している。

 半音を2の12乗根にする粗雑な平均律の採用もまた別の衰弱だ。協和音
 は3度で豊かにされたが、ドビュッシーが出るまでは、この3度が伝統的
 な4度と (空虚) 5度を追放してしまった。最終的に19世紀の終わりと20
 世紀はじめに、理論とロマン派のなかから現れた無調性が、時間外構造
 の一切を事実上捨ててしまった。それを追認したのが平均律クロマティ
 ックの究極的 「全体秩序」 しか認めないウィーン楽派の抑圧的ドグマだ。
 (p.046)

元来、4度や5度は本来の人間の生理に基づくプリミティヴな響きであるのに対し、3度の響きは人工的な、いわゆる近代的響き (伝統的西欧音楽の基礎) であるとされる。ただ近現代における空虚5度は逆にその響きによる違和感とか唐突さによる人工的和声のなかの 「野生」 とでもいうべき方法論でしかなくて、それを古代やルネサンス期の和声法と並列して考えるのには無理がある。
たとえばアリストレテスの著作における科学的なことについての記述のなかには、今の科学から見るととんでもない認識があるが、それは実験をともなっていない科学だったからで、アリストクセノスの微分音的考え方が実証を伴っていなかった可能性もあるのではないだろうか。

実はこの本を読むことは、最近出版されたクセナキスの『形式化された音楽』への前哨戦という意味あいがあったのだが、もうすでにへとへとで、まだ麓なのにとても頂上まで辿り着けそうもない。というか、古代音楽の解釈で堂々めぐりしているのもなんだかおかしな感じである。


ヤニス・クセナキス/音楽と建築 (河出書房新社)
音楽と建築




Ensemble Linea/Xenakis: Eonta
https://www.youtube.com/watch?v=IzUPAMY2A8k

hr-sinfonieorchester/Xenakis: Terretektorh
https://www.youtube.com/watch?v=37ajOyhcl_c

Machaut: Messe de Notre Dame
https://www.youtube.com/watch?v=5GgkAM8crbU
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