SSブログ

知性が潰えるとき ― ル=グィンの追悼特集におもうこと [本]

LeGuin_180818.jpg
Ursula K. Le Guin (Hürriyet Daily Newsより)

この数日、急にしのぎやすくなってきたような気がする。兇悪な夏の力がやっとのことで衰え、夕空には三日月が浮かんで、金星が寄り添っている。空は秋だ。三日月は日々太り、半月となり、金星は少しずつ位置を変える。

『SFマガジン』8月号はアーシュラ・K・ル=グィンの追悼特集だった。小谷真理の追悼記事のなかで《letters to Tiptree》(Twelfth Planet Press) という本のあることを知った。ティプトリーに宛てた手紙という形式をとっているが、ティプトリーはすでに亡くなっているので、それは片道書簡的なトリビュートの集成に過ぎないのかもしれない。しかし、ル=グィンとティプトリーとは実際に手紙の往復があり、そしてティプトリーがその仮面を最初に脱ぎ捨てたのはル=グィンに対してであったのだという。
2人はともに知的な家庭のもとに生まれ、その作風がジェンダーを超越しているところも似ている。ティプトリーはゴシップの巣窟的メディアへの対処を含めてル=グィンに相談したが、ル=グィンは誠実に応答したという。SF界における最も重要な作家であるル=グィンとティプトリーにそうした交流のあったことに心が安らぐ。

当時、フェミニズムはまだその存在が成立しつつあるような時代で、ともするとそれは尖鋭で過激で攻撃性を帯びることがあった。しかしル=グィンはその頃から大人であった。攻撃に対する攻撃でなく、ウィットを持って、的確に下劣な悪意をかわすが、それには感情的な拒否反応でなく理性的な方法論が必要なのである。

アースシーの物語 (ゲド戦記) は当初3部作であり、ずっと時が経ってから後期3部作が追加された (それが開始されたのはティプトリーが亡くなって2年後であったという)。前期3部作における若きゲド、そしてテナーは一種のエリートであり、エリートゆえの高慢を持っていたという。それは作者であるル=グィンや、そしてティプトリーにも存在していた高慢さに他ならない。
テナーが名も無き者であったことは、フェミニズム成立以前の暗黒時代のメタファーであり、ブロンテ姉妹やヴァージニア・ウルフなどを通じて継続発展してきたジェンダー認識を反映させたことにあった。

しかし後期3部作において、ゲドは魔法の力を失うが、それはエリートの崩壊としてのメタファーでもあり、そうなったときのゲドや、そしてテナーは、不完全かもしれないがより深い人間性を帯びるのである。
魔法や巫女は幻想であり、自己中心的なエゴのメタファーであり、翻ってそれらは現在の電子的技術依存の世界を批判しているように私には思える。
インターネットは失敗であり、それは虚偽の再生産装置でしかなく、未来からこの時代を振り返ったとき、何の文化的痕跡をも残さない。残るのは巨大な虚無である。amazonが嫌いというル=グィンの言葉から (若島正の連載文にあり) 私はそうしたメッセージを感じ取る (ル=グィン自身は電子書籍自体を批判はしていないが)。

もっともル=グィンにしても前期3部作のとき、そうしたメッセージを包含させようと意識的に考えていたのではなかったのかもしれない。それはぼんやりとした暗喩であり、無意識に生成されたのかもしれない。しかし後期において、魔法が幻想であったこと、それはヴァーチャルであり 「真の力」 を持っていないこと、それゆえに偉大な魔法使いなど存在しないことに関してル=グィンは意識的である。魔法は男性中心世界のパワーの象徴であり、それはその後のジェンダー的認識から見ればすでに旧弊な発露であることに成り下がる。
魔法は無益なもののみに奉仕し、邪悪なものを生み出し、そして名も無きものを作り上げたのだ。巫女は傀儡に過ぎず、神秘性を煽ることは男性中心世界の方便である。都合の悪いことから目を逸らさせるために神秘が存在する。

とすれば東のさいはての島はあいかわらず神秘の国である。その島では、セクハラやパワハラがまかり通り、強欲と専横が支配し、かつてエコノミック・アニマルと呼ばれた形容は死に絶えているように見せかけながらいまだに健在であり、その名前を唱えることは揶揄とはならず羨望への言葉となる。伝説の彼方にあった黄金の国では経済のみが正義なのである。
知性の無いところに文化はなく、創造性も育たない。その結果、東のさいはての島は秩序が崩壊し腐敗が進んでいる。

ル=グィンから教えられたことは数多い。しかし信頼すべき知性は潰えてしまった。愚鈍な無知は知を食い荒らし、世界に跋扈する。無知性は常に知性を凌駕し、決して滅びることはないのである。


SFマガジン 2018年8月号 (早川書房)
SFマガジン 2018年 08 月号


nice!(71)  コメント(2) 
共通テーマ:音楽