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アリーナ・イブラギモヴァのフランク [音楽]

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Alina Ibragimova

ハイペリオンからリリースされたイブラギモヴァのフランク&ヴィエルヌのソナタ集を聴く。発売されたのは今年 (2019年02月15日) だが、録音は2018年01月11~13日・ロンドンのヘンリー・ウッド・ホールとのこと。英ハイペリオン盤だがmade in Franceと表記されている。

収録曲はイザイ〈悲劇的な詩 Poème élégiaque〉op.12、フランク〈ヴァイオリン・ソナタ〉、ヴィエルヌ〈ヴァイオリン・ソナタ〉、そしてリリ・ブーランジェ〈ヴァイオリンとピアノのための夜想曲 Nocturne pour violon et piano〉の4曲。ピアノはいつも通りのセドリック・ティベルギアンである。
無知なことにこの4曲の関連性がわからなかったのだが、フランクのソナタもヴィエルヌのソナタもヴァイオリニストであるイザイのために献呈された作品であり、そして冒頭にイザイ自身の作品を据えていることから、トータルとしてはイザイを巡るアルバムと考えてよいのだろう。ヴィエルヌはあまり知られていない作曲家であるが、そのヴィエルヌと超有名曲のフランクを並べたのにもワザがある。そして最後に小曲が収録されているリリ・ブーランジェだが、ヴィエルヌはオルガニストであり、リリがオルガンを師事したのがヴィエルヌである。そのリリの姉がナディア・ブーランジェであることは言うまでもない。

ウジェーヌ・イザイ (Eugène-Auguste Ysaÿe, 1858-1931) は高名なヴァイオリニストであると同時に難曲である無伴奏ソナタを書いたことでも知られており、その名前を冠したイザイ・コンクールが存在していたが、現在はエリザベート王妃国際音楽コンクールとなっている。彼の無伴奏はバルトークの無伴奏と同様にバッハの無伴奏ソナタ&パルティータへのリスペクトとして作られた曲である。
そしてイザイは私の最も偏愛する作曲家アンリ・ヴュータンの弟子である。これは以前にも書いたことだが、下記のようなイザイまでのヴァイオリニストの系譜 (師弟関係) が存在する。

 ガエターノ・プニャーニ
 (Gaetano Pugnani, 1731-1798)
    ↓
 ジョヴァンニ・バッティスタ・ヴィオッティ
 (Giovanni Battista Viotti, 1755-1824)
    ↓
 シャルル=オーギュスト・ド・ベリオ
 (Charles-Auguste de Bériot, 1802-1870)
    ↓
 アンリ・フランソワ・ジョゼフ・ヴュータン
 (Henri François Joseph Vieuxtemps, 1820-1881)
    ↓
 ウジェーヌ=オーギュスト・イザイ
 (Eugène-Auguste Ysaÿe, 1858-1931)

収録された4曲のうち、どうしてもまず聴いてしまうのがフランクのソナタである。これも以前に書いたことだが、フランクのソナタはヴァイオリン・ソナタの最高峰であるだけでなく私の中で特別な位置にある曲である。そして有名曲であるがゆえにあまりにも細部へのこだわりがあり、自分の夢見る幻想の演奏なるものが存在していて、それと合致する演奏になかなか巡り会えないでいたのだが、このイブラギモヴァはまさにその幻想の演奏が現実に再現されたのに近い。とりあえず最近聴いたCDの中で群を抜いてすぐれた演奏である。
このCDに限らず、こうして何曲かを選曲してCDに収録する行為はコンサートにおけるプログラム・ビルディングに近似していて、なぜこの選曲でこの順番なのかという説得性があるべきなのである。チゴイネルワイゼンを主体とした名曲集アルバムにもそれなりの存在理由はあるけれど、そうした選曲のアルバムにはもはや食指は動かないのである。
イブラギモヴァの場合、フランクがメインの曲ではあるが、それはイザイの目を通したフランクであり、それゆえにヴィエルヌが対等に存在しているのだと思う。そしてまたフランクもヴィエルヌもオルガニストであり、2人ともその生涯が苦難な道であったことも共通している。

フランクのソナタの第1楽章 Allegretto ben moderato の冒頭はやや弱々しく始まる。だが楽譜を見るとここはピアニシモなのでこれで正解なのだ。フランクのソナタはヴァイオリンが主導してピアノが伴奏するソナタではなく、ピアノの占める比率が大きい。ヴァイオリンと対等に渡り合う曲という点でティベルギアンには好適な曲である。ティベルギアンの弾く和音は物憂いけれど決して弛緩していない。むしろ内在する強いリズムがある。ベートーヴェンのソナタでもモーツァルトのソナタでもそうだったが、この2人の常に持続するリズムが、リズムというよりもそのテンションが、音楽を生き生きとしたものに変化させる。
ヴァイオリンの主題はフランク的な和音を弾くピアノの上を流れて行き、30小節でmolto rit.してフォルテシモになって弾き切られる。突然解決に持って行くような似非な明るさのようにも感じられるその音作りの巧妙さ。だがその明るさは虚ろな心と背中合わせで、決してこころからのものではない。初めてこの曲を聴いた子どもの頃、このメロディの響きは不安そのものだった。その不安さに戸惑った。どこに連れて行かれるのかわからないような不安。不安というよりも不安定で、日常の卑近なできごとからは決して起こらないような感情への揺さぶりがあって、だが年齢を経るにつれて、この冒頭の音に籠められたフランクの意図がわかってくる。

第2楽章 Allegro はもっと決然としていて、不安は物憂く翳るように停滞せず、どんどん疾走する。4小節目にpassionatoと書き込まれ、不安な上行するメロディが浮かび上がる。ピアノは10小節目から d →cis →c →h →b →a →gis、a →fis →fis →f →f →e とクロマティクに降りてゆき、そしてヴァイオリンに渡される。ヴァイオリンはピアノが提示したメロディをなぞり、不安感は増大する。この曲で最もスリリングな部分だ。だがやがて諦念のようなドヴォルザーク的な通俗性がチラッと幻影のようにあらわれる。
Quasi lentoで静かなピアノの和音の中、狂躁は収まり、しかしそれはぶり返す。再びlentoに。それでも心は落ちつかない。悲しみなのか怒りなのかそれともただ狂っているだけなのか。a-b-c-d/ a-b-c-d/ a-b-c-d/ a-b-cis-d という繰り返しを呼び水にしてヴァイオリンがトレモロで駆け上がり、ピアノはオクターヴの連打で駆け下りて、ジェットコースターのような起伏の末にこの楽章は終わる。

第3楽章 Recitativo-Fantasia - Ben Moderato もひそやかに始まる。不安はそのままだ。だがMolto lentoからやがてヴァイオリンが単独となり、a tempoで少し心に陽が差し始める。オブリガートのようなヴァイオリンの下を4分音符のピアノがc-h-b-a-g-ges-f-e-es-eとクロマティクに降りてゆく。ピアノの分散和音の上にあらわれる優しい表情のヴァイオリン。だがそれは影のある優しさに過ぎない。何度かの逡巡の後、molto largamente e dramatico でヴァイオリンの強い悲しみの表情が歌われる。だがそれもほんの一瞬で、ほの暗い後悔のなかに花はしおれてゆく。

終楽章 Allegretto poco mosso はこれまでの虚ろな不安感が払拭されるような明るい表情で始まる (でもずっとダークな曇り空のままだったのに、そんなに簡単に払拭なんかされないのだけれど)。ヴァイオリンとピアノは前になり後になりカノンのように晴れやかさを奏であう。だが、ひとしきりそれが終わると第3楽章の悲しみがまた顔を見せる。ほらやっぱり、と思うのだがそれは諧謔だったとでもいうように雲は飛散し、明るい青空のようにして悲しみも悩みも無理矢理に帳消しされたフィナーレとなる。
子どもの頃の私はこの第4楽章の明るさが好きで、明るさだけに浸りたくて、この楽章ばかり聴いていた記憶がある。それは聴いていたレコードが古い10インチ盤で、片面に全曲を収めることができずに、A面が第1~第3楽章、第4楽章がB面だったことにもよる。だから第1~第3楽章を経ての第4楽章なのだと悟ったのはおとなになってからのことだった。

けれど最初に書いたように、このアルバムはイザイがキーワードになっているアルバムなのである。イブラギモヴァはイザイの無伴奏をすでにリリースしているのでその演奏と、さらにはバッハの無伴奏も聴き直した上で、イザイに対するイブラギモヴァの視点がどのようであるのかを考えてみなければならない。最初のトラックに収められたイザイの濃密な〈Poème élégiaque〉を聴きながらそう思うのである。

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フランク:ヴァイオリン・ソナタ 第2楽章終結部

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フランク:ヴァイオリン・ソナタ 第4楽章冒頭


Alina Ibragimova/Vierne・Frank Violin Sonatas (hyperion)
Violin Sonatas/Poeme..




Alina Ibragimova & Cédric Tiberghien/
extract from Mozart sonata for piano and violin KV379
https://www.youtube.com/watch?v=_S2vW1-WtaU

Alina Ibragimova/Jörg Widmanns: Violinkonzert
https://www.youtube.com/watch?v=tY5HAmrcB7M

Alina Ibragimova/
Bach: Preludio, Partita III für Violine solo E-dur BWV1006
https://www.youtube.com/watch?v=uawgrbrUFxQ

Alina Ibragimova/Vierne & Frank Violin Sonatas (PV)
https://www.youtube.com/watch?v=LhgbGo5AtfM
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