ゴロウ・デラックス最終回 ― 沢木耕太郎 [本]
毎週楽しみにしていたTBS深夜の《ゴロウ・デラックス》が3月28日で終わってしまった。毎回取り上げられる 「課題図書」 はヴァラエティに富んでいて、稲垣吾郎はきちんとその本を読んでいて、地味だけれどとても良質な番組だったのに残念である。本に対する興味だけでなく、たとえば吉本ばななの回を見て 「ポメラ、いい!」 と思ってしまったりするミーハーな私なのである (まだ買ってないけど)。
最終回は沢木耕太郎。課題図書の『銀河を渡る』は『深夜特急』後の25年分のエッセイを集めた内容とのこと。最終回らしい人選だが、こうした番組には今まで出たことがなかったという。
登場早々、出演した動機を聞かれて 「気まぐれ」 でというのに加えて 「分の悪い戦いをしてる人のところには加勢をしたくなる」 という。もちろん稲垣の立場に対する気持ちだが、続けて稲垣の主演映画《半世界》のことを褒めて相手の心を摑んでしまう。インタヴュアーとしてのテクニックは、さすがだ。稲垣と沢木、どちらがゲストなの? という感じに立場が逆転してみえてしまう。
外山惠理アナが朗読する。
ノンフィクションを書くに際して、まずなにより大事なのは 「私」 とい
う存在である。
その 「私」 が 「現場」 に向かうことによってノンフィクションは成立す
る。
そして、
「好奇心」 が私を現場に赴かせる。
のだが、その好奇心には角度が必要なのだという。それはどういうことかというと、何か興味のあることがあってもそれは線が1本あることに過ぎなくて、何か別の興味が起こったときに2本目の線ができて、2本の線の交点ができる。そのように交点ができないと取材するとか書こうとする気にはならないのだという。
そのような動機を得て取材するとき、インタヴューのコツとして、相手を理解したい気持ちが大切なのだという。あなたのことを本当に理解したいのだというと、相手は一瞬ひるむが、ひるんだ後に心を開いてもらえれば、それは圧倒的に深い内容になるというのである。
SMAPにいたとき、どうだったの? と聞かれて、稲垣は 「独特な緊張感があった」 とも 「そのグループにいさせてもらっているという感覚」 「大企業に勤めているような感覚」 とも答えるのだが、すっかり稲垣が取材されてしまっている。
代表作である『深夜特急』に関する発言も興味深い。デリーからロンドンまで、バスで行くことができるか。しかも乗り合いバスで、と宣言したとき、それを支持してくれた人はほとんどいなかったという。そしてその旅が終わったら、そのことを書けるかと思っていたらなかなか書けなかった。メモではなく、手紙と金銭出納帳を資料として旅のことを書いたとき、その旅が身体のなかから消えていったという。それまではずっと身体のなかに重く残っていたのだそうである。
旅で一番重要なことは何か? それは 「人に聞くこと」 である。分かっていても聞く。尋ねて耳を澄ませて聞く。それによって人と人との出会いが生まれ、コミュニケーションが生まれるのだ。そう述べる沢木の主張は、インタヴューのコツのときに言った相手の心を開かせることと同じだ。
番組終盤、稲垣が最後の朗読として『銀河を渡る』に収録されている年長の作家との話を読む。
「もし家に本があふれて困ってしまい処分せざるを得ないことになった
としたら、すでに読んでしまった本と、いつか読もうと思って買ったま
まになっている本と、どちらを残す?」
「当然、まだ読んだことのない本だと思いますけど」
すると、その作家は言った。
「それはまだ君が若いからだと思う。僕くらいになってくると、読んだ
ことのない本は必要なくなってくるんだ」
齢をとるに従って、あの年長の作家の言っていたことがよくわかるよう
になってきた。そうなのだ。大事なのは読んだことのない本ではなく、
読んだ本なのだ、と。
そして話題はカポーティへと移って行く。
先日も、書棚の前に立って、本の背表紙を眺めているうちに、なんとな
く抜き出して手に取っていたのは、トルーマン・カポーティの 「犬は吠
える」 だった。この 「犬は吠える」 において、私が一番気に入っている
のは、中身より、そのタイトルかもしれない。
犬は吠える、がキャラヴァンは進む――アラブの諺
誰でも犬の吠え声は気になる。しかしキャラヴァンは進むのだ。いや、
進まなくてはならないのだ。恐ろしいのは、犬の吠え声ばかり気にして
いると、前に進めなくなってしまうことだ。
犬は吠える、がキャラヴァンは進む……。
読んでいる内容だけでなく、稲垣吾郎の声はとても心地よい。この番組は終わってしまったが、また次の機会があることを期待しようと思う。
* カポーティはそのアラブの諺をアンドレ・ジッドから教えられた、とwikipediaにある。
沢木耕太郎/銀河を渡る (新潮社)
ゴロウ・デラックス最終回 ― 沢木耕太郎
https://www.youtube.com/watch?v=BFEb8GupqoU&t=5s