SSブログ

星野智幸『夜は終わらない』 [本]

YoruOwaranai_210109.jpg

川上未映子の『すべて真夜中の恋人たち』は、暗い話なのだけれど美しい小説だと思う。吉本ばななの『N・P』もそうで、こうした一定のほの暗さのような雰囲気を私は愛しているような気もする (『N・P』のことはずっと以前にすでに書いた→2012年07月11日ブログ)。
『すべて真夜中の恋人たち』は『群像』2011年9月号に掲載されたのち、単行本となったのだが、その『群像』掲載号を古雑誌でたまたま手に入れたところ、星野智幸の『夜は終わらない』の連載第1回が掲載されていたのである。読んでみると面白かったので、もう10年も前の雑誌の連載だから完結しているはずと思って本を探し、文庫になっているのを見つけて終わりまで読んでみた。

主人公の玲於奈 [れおな] は結婚詐欺を繰り返す女で、しかも不要になった男は殺してしまうという冷酷な殺人者なのだが、プロローグで記述される彼女の描写が良い。当時の類似連続殺人事件にヒントを得ているとかいうことはどうでもよくて、彼女の突っ張った性格、ペットのフェレット、銀色のポルシェといった通俗的なスタイリッシュさに満ちている。だが彼女は男を殺す前に、何か面白いお話をさせて、それが面白ければ殺さないという奇妙な方策を持ち合わせている。
つまりアラビアン・ナイトの女性版で、だから彼女はシャフリヤールなのである。だが玲於奈が殺そうとしていた男のなかに久音 [くおん] という話を紡ぎ出す男がいて、その話の中の登場人物がまた話を語り、そしてその話の中の登場人物がまた話を語り、というふうにどんどん深層に降りて行く。
この話法について行けるかどうかが読み切れるか否かの鍵で、ついて行けないとなんだかわからない複雑な小説ということになるらしいのだが、構造はそんなに込み入っているわけではない。そして最後に全ては折りたたまれてしまう。

ただ残念なのはもっとも魅力的なキャラである玲於奈が、物語の連鎖が始まると後退してしまい、背景としか見えなくなってしまうことだ。数々の 「紛いアラビアン・ナイト」 はそれぞれに奇妙に歪んでいて変わっているのだが、すべては木偶人形が動いているようでもあり、強い生命力を感じさせない。紗の1枚かかった向こう側の風景のように読めてしまう。このタイトルから連想したのはセリーヌの『夜の果てへの旅』であるが、セリーヌのような自らを語る虚無ではなく、もう少し色彩を持った不定形な虚無を感じる。そしてそれはあらかじめ想定された作家の冷静な領地の中にある。
それともうひとつ、私はクリストファー・プリースト『夢幻諸島から』について書いたように (→2013年10月16日ブログ)、幾つもの短編が組み合わさって全体を構成しているというような物語構造があまり好きではない。それでこの本も、間に他の本を挟みながら読んでいたのだが、読書の中断によってストーリーが飛んでしまうようなことはなかった。それだけ印象が濃かったということでもある。

巻末解説で野田秀樹が語っているように 「劇中劇中劇中劇中……」 というような劇中劇の連鎖は、「妄想の凧がどこまで上がるか」 ということなのである。凧が高く上がれば上がるほど妄想は膨らむが、凧は必ず落ちるのである。落ちないにしてもいつかは地上に戻らなければならない。その最も地上にいるのが玲於奈であり、それゆえに作家の創り出したものでありながら、最もリアリティが高くなる。だがそのリアリティさは錯覚であり玲於奈もまた作家の創造物に過ぎない。
もっとも妄想の高い部分は 「星工場」 というメルヘンなネーミングを持ちながらキナくさいストーリーの 「フュージョン」 のように思うが、話は二重スパイの重なりによって誰が敵で誰が味方かわからない状態へと融解して行く。この話の部分を野田秀樹は対幻想/共同幻想という吉本隆明からの概念で語っているが、演劇とは結局、共同幻想だという締めくくりかたに野田の作劇法の片鱗を知る。
それはホンモノ/ニセモノという対立概念にも通じるが、野田の『ゼンダ城の虜』も『贋作・桜の森の満開の下』も贋作をベースとしているし、『小指の思い出』はタイトルだけを借用したデフォルメであり、そうした借用は寺山修司の『百年の孤独』の方法論に似る。つまり外装だけを盗む確信犯である。
そして『夜は終わらない』はアラビアン・ナイトの変形譚なのであるが、過去の物語をリフレッシュさせようとする意図とは裏腹に、むしろもう一度アラビアン・ナイトをこそ読んでみたいとする見当違いの意識を私に目覚めさせたりするのだ。

だから次に語られるべきは、地上にいる玲於奈の、彼女自身の物語のはずなのであるが、語ろうとする玲於奈の開けたドアの外は昼なのに暗いばかりで、夜は終わらないのだ。


星野智幸/夜は終わらない (講談社)
夜は終わらない(上) (講談社文庫)

nice!(77)  コメント(4) 
共通テーマ:音楽