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Echoes of Life — アリス=紗良・オット [音楽]

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Alice Sara Ott (チケットぴあサイトより)

アリス=紗良・オットの新アルバムはショパンのプレリュードなのだが、そのまま曲を並べるのでなく、何曲か毎に他の作曲家の作品が挿入されている。ジェルジュ・リゲティ、ニーノ・ロータ、そして武満徹など。
これらの附加された7曲の中のメインはサイトのトレーラーにあるアルヴォ・ペルトの 「アリーナのために」 (Für Alina) だろう。2分ほどの長さの曲で、プレリュード各曲のごく短い長さに似ているが、その響きは重い。まさに今の彼女の心象風景そのもののように映る。

しかしこうしたトラック・コンテンツのコンセプトは児玉桃のECM盤《Point and Line》を思い出させる。ドビュッシーと細川俊夫の曲をシャッフルしたようにして並べたアルバム。児玉桃の当該アルバムを聴いたとき、はっきり言って私は違和感を覚えたし、その必然性がわからなくて否定的な意見を書いた (児玉桃《Point and Line》については→2017年03月04日ブログ参照)。
だが今回のアリス=紗良・オットを聴いていて、一種のBGM的な、というよりむしろアンビエントに用いようとするような方向性としてとらえれば、それによってクラシックとかショパンといった高邁で不遜な牙城からそれらを引きずり下ろせるかもしれないという意図が見える。
インタヴューの中で彼女は

 そんなショパンを、少数のエリートではなく、普段クラシックを聴かな
 いリスナーにどうしたら聴いてもらえるか? そこで、一種のプレイリ
 ストを作るように、幾人かのふさわしい作曲家を選び出し、音楽的にシ
 ョパンと結びつけながら、全体がひとつの物語になるような流れを考え
 ていったんです (intoxicate #153)

と語っている。
そしてペルトについてはアリス自身の病気との関連性について、

 発病する前までは、ノイズがあふれる社会や過密スケジュールに自分を
 無理やり合わせるあまり、自分の身体が発するシグナル、「休ませてく
 れ」 という無意識の声を無視し続けていたと思うんです。絶対的な静寂
 の中でペルトの音楽に集中するように、体の声に真摯に耳を傾けること
 が大切なんですね

と言う。ペルトの音は寡黙であるが、しかしエリック・サティのように不安ではなく、モートン・フェルドマンのように禁欲的過ぎることはない。もっと自然で古風である。ペルトが人口に膾炙したのに果たしたECMの功績は大きいかもしれなくて、だから児玉桃のアルバムが成立したのだとも思える。《Echoes of Life》はECMではなくドイツ・グラモフォンだが、アリス=紗良・オットの入れ子のプログラムの意図を汲み取ったのは、そうした方向性がこれからますます主流になるだろうと考えてのことなのかもしれない。
サティやフェルドマンを通過してきた高橋アキのシューベルトは、古典派だけで暮らしてきたピアニストのシューベルトとは違う。ペルトの音楽もそれと同様に困難を通過して来た後のプリミティヴさなのであって、それは単なる素朴さとは異なる (高橋アキのシューベルトについては→2020年10月11日ブログ参照)。

クラシックの演奏家がイージーリスニングの曲を軽く演奏してみましたというのでなく、あるいは入門者向けの曲を集めてみましたというのでもなく、それなりのコンセプトを持ったたとえばリサ・バティアシュヴィリの《City Lights》のように、クラシックの敷居を低くして、イージーリスニングでありながら、だからといって妙にリスナーにおもねることのないもの。クラシックの組曲的な作品はそのようにして解体され、そのかわりとして滅びることから抜け出して生きながらえて行くのだろう。満月から欠け始めた月を見ながらそう思う。


アリス=紗良・オット/Echoes of Life (Universal Music)
Echoes Of Life エコーズ・オヴ・ライフ (初回限定盤)(UHQCD/MQA)(DVD付)




Lisa Batiashvili/City Lights (Deutsche Grammophon)
シティ・ライツ




Alice Sara Ott/Arvo Pärt: Für Alina
https://www.youtube.com/watch?v=YCs0kq3r88w

Alice Sara Ott/Franz Liszt: La Campanella
(Danmark Radio)
https://www.youtube.com/watch?v=sFHbZJaVyvA

Alice Sara Ott/Ravel: Piano Concerto, 2nd mov
Conductor, Christian Macelaru, 12 Oct 2019, Köln
https://www.youtube.com/watch?v=b99RKWD_8q4

尚、Echoes of Lifeは発売サイトで各曲を30秒間だけ聴くことができる。
https://www.universal-music.co.jp/alice-sara-ott/
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Tokyofmを聴くとき [雑記]

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Ayatake Ezaki/薄光 PVより

radikoでさっきまで、SEKAI NO OWARI “The House” を聴いていた。夜のドライブにオススメの曲かぁ。この時間にFMを聴くのは珍しいが、こうしてたまに聴いてみるととてもリラックスする。ドライヴにパンクはダメだよね、という会話。こうやって何か内輪話みたいにゆるい感じでトークできるのがラジオの強みで、TVだとそういうのが許されないのはやはり映像を伴うからだろう。オンエアされたなかでAyatake Ezaki〈薄光〉が気になる。このわざとくぐもったようなピアノの音は何なの?
moraには

 WONK、millennium parade でキーボードを務め、King Gnu や
 Vaundy 等、数多くのアーティスト作品にレコーディング、プロデュー
 スで参加する音楽家、江﨑文武がソロでの活動をスタート。ファース
 ト・シングル『薄光』を配信リリース。

と作品紹介されている。

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SEKAI NO OWARI (wikipediaより)

FMはほとんどいつもTokyofmなので、他の局はあまり知らない。先日の坂本美雨 Dear Friendsはゲストが小松亮太で今年発売されたCD《ピアソラ/バンドネオン協奏曲》のプロモーションのようだったが、ピアソラもオーケストラと協演することには慣れてなくて、だからピアソラよりも良い演奏になっている部分もあるんじゃないかって語る小松、すごい自信だ。でもそういうものなのかもしれない。曲自体も結構美しいオーケストレーションがされている。
興奮するとタンゴの演奏者は走ってしまう、なぜならドラムがないからだというのにも、ちょっと納得。ロックはどんなにパッショネイトでもドラムがいるからリズムがしっかりしているとのこと。

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坂本美雨と小松亮太 (Tokyofm番組サイトより)

だらだらと聴いてしまうのは〈山崎怜奈の誰かに話したかったこと。〉で、この午後の2時間ワク、以前の高橋みなみにずっと慣れていたので最初は違和感があったのだが、1年経つとこっちに慣れてしまう。山崎怜奈がすごいのはほとんど噛まないこと。アナウンサー向きですよね。
ただしこの#ダレハナは月〜木で、金曜日は少し時間が違うが鈴木おさむと陣 (THE RAMPAGE from EXILE TRIBE) のJUMP UP MELODIES TOP20. これが時間が長いこともあるのだがとても面白い。YOASOBIの出た回は曲作りの方法論がよくわかった最初の番組だったと思う。TOP20は曲の選択が和洋混合メチャクチャだけれどそれがまた良いのかも。

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山崎怜奈

ダレハナの後、午後3時からのTHE TRADは水・木がハマ・オカモト/中川絵美里で、このハマ・オカモトの担当回は特に楽しくてためになるのですが (稲垣吾郎ヴァージョンも好き)、時間の都合で全部聴いたことが滅多にないです。16日の放送はスピッツのアルバム《花鳥風月+》の特集。やっぱりね、ということでした。
画像はもちろんフェンダーのオカモト・モデルのカタナ・ベース。

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ハマ・オカモトのFender Katana Bass


Ayatake Ezaki/薄光
https://www.youtube.com/watch?v=GZpPt9DNNVo

End of the World/In My Dream
https://www.youtube.com/watch?v=0fnzl-p6CN4

坂本美雨/story
https://www.youtube.com/watch?v=egevyA9S65A
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ユトレヒト1984のピアソラ [音楽]

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バンドネオン・シンフォニコ~アストル・ピアソラ・ラスト・コンサート

8月25日にソニー・ミュージック・ジャパンからピアソラのアルバムがアストル・ピアソラ・コレクション・シリーズとして10枚リリースされた。

ピアソラ、ピアソラを弾く
ピアソラか否か?
レジーナ劇場のアストル・ピアソラ 1970
五重奏のためのコンチェルト
ブエノスアイレス市の現代ポピュラー音楽1
ブエノスアイレス市の現代ポピュラー音楽2
シンフォニア・デ・タンゴ
天使の死~オデオン劇場1973
ピアソラ=ゴジェネチェ・ライヴ 1982
バンドネオン・シンフォニコ~アストル・ピアソラ・ラスト・コンサート

である。
ピアソラ生誕100周年として、若い頃から晩年までのアルバムをRCA音源からチョイスした10枚とのことで、なぜこれを? みたいな不満がないでもないが、版権の制約もあるのだろうし、とりあえず日本盤がこれだけまとめて出されたのはそれだけでよしとしよう。コレクション・シリーズという名称になっているので、売れ行きが良ければ次があるということなのかもしれない。

ピアソラがその高名さにもかかわらず日本盤のアルバムが市場にあることが少ないのは、あまりにもアルバム枚数が多過ぎることにも原因がある。どれから出したらいいのかわからない、というのが正直なところだろう。だが最も有名なライヴであるはずの《Live in Wien》さえ現在廃盤であるのを見ると、この国のレコード会社には音楽的一般教養が無いのではないかとさえ思えてしまう。

ピアソラのライヴは、すでにお決まりの曲を繰り返し演奏しているのに過ぎないという陰口があるのかもしれないが、ひとつとして同じ演奏はなく、といってジャズと違ってアルゼンチン・タンゴはアドリブの音楽ではない。でありながら、そうしたテイストも持ち合わせているところがピアソラの特徴でもある。それゆえにスタジオ録音よりもライヴで、彼の演奏曲目は最も輝くように感じられる。
今回の10枚でのライヴというと、まず重要なのは《レジーナ劇場のアストル・ピアソラ 1970》である。ブエノスアイレスのレジーナ劇場はいわゆる地元でのライヴであるが、当時のピアソラはまだタンゴ一筋で行くという決心には至らず、試行錯誤していた時期のようでもある。この時期にオラシオ・フェレールと作ったオペレッタ《Maria de Buenos Aires》はfr.wikiを読むと成功しなかったと書かれている。CDで聴くと慄然とするような美しいイントロなのだが、トータルとしての評価が伴わなかったのだろう。
そして《Muerte Del Angel 天使の死~オデオン劇場1973》は同じブエノスアイレスのオデオン劇場ライヴであるが、このアルバムのオリジナルがリリースされたのは1997年であり、彼の死後、milanからFundación Piazzolla名義で出されたアルバムのうちの1枚である。この後も続いてFundaciónでアルバムが出されるのかと思っていたのだが。

ピアソラのライヴで私が最も好きなのは、もう少し後年の演奏である。1984年7月4日、カナダのモンレアル (モントリオール)・ジャズ・フェスティヴァルにおける演奏と、同年10月27日、オランダのユトレヒトにおけるライヴはその白眉である。だが現在、どちらも映像メディアは入手しにくい。

各曲毎の切れ切れではあるが、その全曲をYouTubeで観ることができる。モンレアルとユトレヒトを比較するとユトレヒトはやや硬い感じがするが、この1984年がピアソラの最も優れた時期であったことは疑いがない。映像品質もユトレヒトのライヴが最も鮮明であるように感じる。
(尚、モンレアル・ジャズ・フェスティヴァルのことは以前の記事に書いたのでご参照いただければ幸いである→2015年08月29日ブログ)


mikiki記事:RCAビクター時代の名盤が一挙再発
https://mikiki.tokyo.jp/articles/-/29439

レジーナ劇場のアストル・ピアソラ 1970 (SMJ)
レジーナ劇場のアストル・ピアソラ 1970




アストル・ピアソラ/天使の死〜オデオン劇場1973 (SMJ)
天使の死〜オデオン劇場1973




ASTOR PIAZZOLLA y su Quinteto Tango Nuevo
Live in Utrecht
The iconic concerto in Utrecht, October, 27th, 1984
Recorded for a live audience in the Vredenburg Music Hall,
Utrecht, Netherlands
尚、この映像は各曲毎に分割されているだけでなく、やや編集がされている。
全曲の映像は一番下にリンクしたbilibili.comで観ることができる。

1) Michelangelo ’70
https://www.youtube.com/watch?v=uuy51H55Fns

2) Milonga del Angel
https://www.youtube.com/watch?v=h0ha2ZM0L0g

3) Escualo
https://www.youtube.com/watch?v=gAySBMgXP40

4) Adios Nonino
https://www.youtube.com/watch?v=Ljq4K31puA4

5) Muerte del Angel
https://www.youtube.com/watch?v=wIfVzZWyHok

6) Resurreccion del Angel
https://www.youtube.com/watch?v=IScmTZPFQOs

7) Decarisimo
https://www.youtube.com/watch?v=k9b-Nz8Pi7c

8) Verano Porteno
https://www.youtube.com/watch?v=IaP0P8YDIsQ

9) Fracanapa
https://www.youtube.com/watch?v=9TpKhvTAVDs


full:
https://www.bilibili.com/video/BV12D4y1o7nT/

追記)
ピアソラ・コレクション・シリーズのリストを訂正しました。

誤:ピアソラ=ゴシェネチェ・ライヴ 1982
正:ピアソラ=ゴジェネチェ・ライヴ 1982

です。ソニー・ミュージック・ショップのサイトからそのままコピーしたら、サイトの表記が間違っていました。たぶん、ゴジェネチェ知らないんだろうなぁ、と思います。
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最近買った本など [本]

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「最近買った雑誌」 に続いて 「最近買った本」 です。言い訳は前回に準じます。

●鈴村和成『ランボー、砂漠を行く』(岩波書店)
https://www.amazon.co.jp/dp/4000024175/
アルチュール・ランボーが詩を書かなくなった時代について最初に知ったのは確かマリ・クレールという古い雑誌に載っていた記事で、それまでの通り一遍の天才詩人といった形容から、なぜ彼は詩作をやめてしまったのかという探求が盛んになり、というような状況をなんとなく知ってはいたが、踏み込むことはしなかった。
思潮社から出された分厚い『ランボー全集』によって、それまでの翻訳とは異なった表現によるランボーを知った。もはや 「酩酊船」 の時代は過ぎ去ったのだとそのとき思った。
この本は古書店にて購入。まだぱらぱらとしか読んでいない。

●小鷹信光『アメリカ・ハードボイルド紀行』(研究社)

アメリカ・ハードボイルド紀行 ――マイ・ロスト・ハイウェイ




マニアック過ぎて全然わからないけれど面白い本。このマニアックさはかなりディープだ。映画好きの人ならわかる内容なのかもしれない。著者はダシール・ハメットなどの翻訳家として知られる。

●ほしおさなえ『東京のぼる坂くだる坂』(筑摩書房)

東京のぼる坂くだる坂 (単行本)




東京の坂に関する詳しいエッセイなのだが、その全体の流れは小説になっているというハイブリッドな作風。坂に関する部分はリアルな取材に基づいているらしいので、これを元にして坂道探索に行くのもあり。ほしおさなえは活版印刷三日月堂のシリーズなどで知られるが、小鷹信光の娘である。

●梨木香歩『草木鳥鳥文様』(福音館書店)

草木鳥鳥文様 (福音館の単行本)




見た目がカッコイイ本。絵・ユカワアツコ。写真は長島有里枝。というか梨木香歩の本は皆、さりげなくカッコイイ。

●松本完治『シュルレアリストのパリガイド』(エディション・イレーヌ)

シュルレアリストのパリ・ガイド




エディション・イレーヌの本はバーコードが印刷されていないのですが、書店のレジでは習慣でバーコード・リーダーにかざして読み取ろうとするけれどピッと音がしないので笑います。内容はパリ・ガイドのようなそうでないような。細かいことですけど社名はエディション・イレーヌでなくエディシォン・イレーヌとして欲しかった。

●ヴァージニア・ウルフ『波』(早川書房)

波〔新訳版〕




訳者は森山恵。新訳版とのことだが、SFやミステリーだけではないところにまで手を伸ばす早川書房。ヴァージニア・ウルフはみすず書房の水色の布装著作集が私にとって最初のスタンダードだったが、岩波文庫版の『灯台へ』を読んで、ランボーと同様に新訳の重要さを知る。同じような印象の装幀で『ジェイコブの部屋』がならんでいたがこれは文遊社という発行元。まだ買っていません。で『波』はどうかというとまだ読んでいません。

●高野史緒『まぜるな危険』(早川書房)
https://www.amazon.co.jp/dp/4152100389/
高野史緒は『ムジカ・マキーナ』の著者。最近だと『大天使はミモザの香り』は買ったのだけれどまだ読んでいません。早く読めよ、と本たちが言っております。

●ジョゼフ・グッドリッチ編
『エラリー・クイーン創作の秘密 往復書簡1947−1950』(国書刊行会)

エラリー・クイーン 創作の秘密: 往復書簡1947-1950年




これはとりあえず資料として買っておく。ところが書店で見たら同じようなクイーン研究本が複数あり。さすが人気作家です。2人のクイーンの創作をめぐっての往復書簡とのことだが、『十日間の不思議』とか『九尾の猫』って正直どうなの? っていうのがちょっとあって。

●ブッツァーティ短編集 (東宣出版)

魔法にかかった男 (ブッツァーティ短篇集)




全3巻。書店に並んでいるのを偶然見つけました。2017〜2020年に出ていたのですがまるで知りませんでした。ディーノ・ブッツァーティはイタリアの作家。『タタール人の砂漠』(1940) で知られるが私はこれ1冊っきり読んでいない。ジュリアン・グラックの『シルトの岸辺』(1951) はこの『タタール人の砂漠』の影響があるといわれていますが、そうかな? 尚、グラックの『シルトの岸辺』は同一訳者で2回訳されていますが最初の訳文のほうが私は好きです。

●ヴィリエ・ド・リラダン『残酷物語』(水声社)
https://books.rakuten.co.jp/rb/16818342/
リラダンは戦前からの齋藤磯雄訳が有名で創元社版の全集があるが、むずかしくて歯が立たない感じがしたのが過去の思い出。今回の水声社版も当世流行の新訳。訳者は田上竜也。これは素晴らしい訳だと思います。といってもまだ最初しか読んでいませんが (というか昔、齋藤訳で読んだときは単純に読解力がなかっただけ)。
訳者解説によれば 「ビヤンフィラートルのお嬢様方」 (Les Demoiselles de Bienflâtre) をなぜ 「お嬢様方」 としたかというとdemoiselleは貴族の令嬢という意味とともに俗語として娼婦の意味もあるので、その皮肉な面をあらわしたのだとのこと。モーリス・ルブランのルパン・シリーズには《La Demoiselle aux yeux verts》(緑の目の令嬢・1927) というのがあるので、単に令嬢という意味の古風な表現としか思っていなかった (マドモアゼル/ドモアゼル)。つづく 「ヴェラ」 (Véla) の訳も陰鬱で素晴らしい。
水声社では『未来のイヴ』と『クレール・ルノワール』を続刊予定。先日、古書店で買った古雑誌の中に『未来のイヴ』を特集した『夜想』17号 (1985) があって偶然読んでいたし、それに光文社文庫でも新訳が出ていて、リラダンが少しでもポピュラーになるのならそれも良いと、あまり期待しないながらも思う。

●The Peanuts Poster Book (Ilex Press)

The Peanuts Poster Book: Twenty Ready-to-Frame Prints (Poster Books)




大きめの画集。書店で安売りしていたので購入。でもamazonで見たらそんなに安いというほどでもなかった。
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最近買った雑誌など [本]

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新垣結衣/FENDI (SPURサイトより)

なぜ 「最近読んだ雑誌」 ではないのかというと、必ずしも読むとは限らないからで、買ってもそのままの雑誌や本は当然あります。というか雑誌なんて舐めるようにして読むことなんて滅多になくて、あそことここだけ、というのがほとんどのはず。

●文藝春秋 2021年9月号
https://www.amazon.co.jp/dp/B099TQ5DBQ/
芥川賞発表掲載号。今回の受賞者は石沢麻依と李琴峰。李琴峰がこんなに早くとれるとは思っていませんでした。李琴峰の『ポラリスが降り注ぐ夜』のことはすでに書きました (→2020年07月19日ブログ)。李琴峰は台湾人であり、母国語でない言語で小説を書くというのはかなりむずかしい作業だと思う。
受賞者インタビューに自分の作品に対する評価に対しての明快な反論がある。

 「『外国人が描いたLGBT小説』という枠を超えられていない」 と、前回
 芥川賞候補になった時、西日本新聞の文化面で評されました。これは
 「外国人が書いたLGBT小説」 というそもそも存在しない枠を作って、作
 品を中に放り込んで閉じ込めるような乱暴な評語ですね。このような評
 語は、文学の自由という本質からかけ離れていると思います。
  私自身は、この人はこういう作家だ、と決めつけられたくはないです
 ね。この世界はすごく複雑で人間の認識は限られているから、何かしら
 カテゴライズしないと全貌を認識できない。だから境界線を引いて、い
 ろいろな国や人種を作るのだと思います。(p.302)

そして、

  最近、私の政治的立場を知って 「裏切られた」 と感じる在日台湾人の
 方々もいらっしゃるようですが、そう感じるのは、そもそも私という人
 間をよく知らないで、私を 「台湾人」 という大雑把なカテゴリーだけで
 捉えているからだと思います。台湾生まれというのは変えられない事実
 ですが、だからといって、自分自身以上のもの——例えば国家とか、日
 台友好とか、祖国の偉大なる復興とか——そういったものを背負うつも
 りはないし、背負いきれないんです。(p.303)

という。さらに、

  いまはすべての複雑なものごとが対立的な二元構造へと簡略化されて
 いるのだと思います。「あなたは台湾人なの? 中国人なの?」 みたい
 に。でも本当は、便宜上のカテゴリー同士の間にはグラデーションだっ
 ていっぱいあるのですよね。(p.303)

グラデーションという表現には当然、LGBT的な認識の上での性のグラデーションということも念頭においていると思える。
受賞作は仮想的な複数の言語がある世界を描いていて、幻想文学ともSFともとれる構造を持っているが、『ポラリスが降り注ぐ夜』でもこのインタビューでもそうだったように、たとえば政治的な部分に対しての意見もはっきりしていて、一種の骨太さを感じる。

●SPUR 10月号
https://www.amazon.co.jp/dp/B09BYN3TBJ/
表紙が新垣結衣で、中にFENDIを着た何枚かのショットもある。クロップド丈の上衣に対するハイウエストなロング・ボトムスという対比が特徴的だ。光沢のあるロングのドレスもロングコートも上下の流れが強調されて強いイメージがあるが、新垣結衣はよく着こなしている。表紙のニットもFENDI。カメラは黄瀬麻以である。キム・ジョーンズのFENDIを紹介している内容にもなっているのだが、それらの他の作品はゴージャスだがまだ個性がはっきりと見えてきていないような気もする。

●VOGUE 10月号
https://www.amazon.co.jp//dp/B09981432N/
あまりメインとなるテーマのない内容。FASION REPORT F/W21という各デザイナーの新作を1ページ大でとりあげている特集があるが、これってページ稼ぎ? って感じもするが迫力満点。現在、アンソニー・ヴァカレロがディレクターのイヴ・サン=ローランの色彩の取り合わせが私の中ではベストである。

●SWITCH 8月号
SOUNDTRACK 2021というタイトルになっているが、細田守の《竜とそばかすの姫》の特集。これは結構読ませる。

SWITCH Vol.39 No.8 特集 サウンドトラック 2021 (表紙巻頭:細田守『竜とそばかすの姫』)




●SWITCH 1月号
ついでに買ったバックナンバー。新垣結衣+星野源の特集。この号が出たときはまだ結婚してなかったのですが。

SWITCH Vol.39 No.1 特集 ドラマのかたち 2020-2021(表紙巻頭:新垣結衣&星野源 『逃げるは恥だが役に立つ』)




●Honda RA615H Vol.1
F1速報の別冊。第4期活動のすべてとあって、Vol.2:RA616H−RA617H、Vol.3:RA618H−RA619H、Vol.4:RA620H−RA621Hと全4冊になるのだそうで、こんなの売れるのかなと思うのでとりあえず買っておく。

Honda RA615H HONDA Racing Addict Vol.1 2013-2015 (F1速報 別冊)




●ロキシー・ミュージック大全
雑誌じゃなくてムックだけれど、それに背文字がデカ過ぎてダサいんだけれど、まぁいいか。

ロキシー・ミュージック大全

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Prince — Welcome 2 America [音楽]

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Prince
(Live At The Los Angeles Forum, April 28, 2011)

プリンスの《Welcome 2 America》が発売された。当初予定の発売日は7月30日だったが最終的に約1ヵ月遅れの8月24日にリリース。2010年に製作されながら生前未発売であったアルバムである。
なぜ発売されなかったかは不明だが、単純に考えればプリンス本人が発売するクォリティに達していないと判断したからだろう。だが、そのようにして発売されていない音源がペイスリーパークには山のようにあって、後に残された人々からすればこれを発売しない手はない、と画策してしまうのが主に金銭面のことからすれば自然である。心あるファンの中には 「それはないんじゃないの?」 と言う人もいるが、恥ずかしい部分まですべて晒されてしまうのが有名人の宿命というもので、大作家になれば子どもの頃の日記まで公開されてしまうのと同じである。

まだ聴き込んではいないのだが、アルバムタイトル曲の〈Welcome 2 America〉にしても、派手で輝いているプリンスではなく、やや曇り日の記憶のような、音のコラージュのような、プリンスの2010年という時点での心象風景のタペストリーのような音が綴られる。
ネットの囁きをざっと読んでいると、プリンスが出さなかったものを無理矢理リリースするのはどうなのかといった意見も聞かれるが、プリンスは自己採点が厳し過ぎるので、このようにまとめられて新しい音源が出されたことは肯定的に評価できるように思う。

アルバムに附属しているライヴ映像があって、それから〈17 Days〉と〈The Bird〉の2曲がYouTubeに公開されている。2011年4月28日のロスアンジェルス・フォーラムに於けるライヴであるが〈17 Days〉の赤いストラトで弾かれるプリンスのギターがカッティングもソロも結構聴かせる。十分にグルーヴィなライヴであるが、これより少し以前の2006年〈At The Brit Awards〉というライヴ映像がある。〈Te amo corazón〉というミディアムのやや暗い曲から始まるが〈Purple Rain〉そして〈Let’s Go Crazy〉と続くこのコンサートのまとめかたを聴くと、2006年のほうが2011年よりも圧倒的クォリティであり、やはり晩年になるにつれて、ややそのテンションは下がっていったという印象は否めない。でも繰り返すようだがプリンスのギターワークはどのコンサートに於いても異常にパッショネイトである (尚、この2006年のライヴにはシーラ・Eが参加している)。
たとえばチャーリー・パーカーなどと同じように、プリンスの遺した音は全て聴く価値があると思う。


プリンス/ウェルカム・2・アメリカ
デラックス・エディション (SMJ)
ウェルカム・2・アメリカ (完全生産限定盤/デラックス・エディション) (CD+Blu-Ray) (ライヴ映像付2枚組) (特典なし)




Prince/17 Days
(Live At The Los Angeles Forum, April 28, 2011)
https://www.youtube.com/watch?v=wMY4NFW7GkI&t=3s

Prince/The Bird
(Live At The Los Angeles Forum, April 28, 2011)
https://www.youtube.com/watch?v=BGV2uN2s2uk

Prince Live At The Brit Awards 2006
Te amo corazón/Purple Rain/Let’s Go Crazy
https://www.youtube.com/watch?v=DbggBc7l9K4

Prince/Welcome 2 America
https://www.youtube.com/watch?v=HJtxSdTL488
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