SSブログ

『須永朝彦小説選』を読む [本]

AsahikoSunaga_chikuma_20211009.jpg

須永朝彦 (1946−2021) は歌人として出発した人であるが小説家、評論家でもあり、近年は主に幻想文学系の編者としてよく知られていたように思われるが、今年5月に亡くなったことを寡聞にして知らなかった。ユリイカの増刊号、そしてちくま文庫から『須永朝彦小説選』が出されたことで遅まきながらそれを知ることになった。大変残念である。

ちくま文庫の『須永朝彦小説選』には須永の小説等から選択された25編が収録されている。編者は山尾悠子である。国書刊行会から出版された『新編 日本幻想文学集成』全9巻のうち、山尾は第1巻の、そして須永は第3巻、第4巻、第5巻、第9巻の共同編集者として名を連ねている。その縁もあるのかもしれない。

最初に読んだ須永朝彦が何だったのかは忘れてしまったが、ごくマイナーな発表誌も多く、山野浩一が主宰していた『NW-SF』にも寄稿していたように覚えている。その短歌は沖積舎から出された歌集を読んだ程度であるが、作風的には塚本邦雄を連想させ、実際に塚本に師事したこともあるとのことだがある時点で袂を分かち、その後は韻文から遠のいて散文へ、さらに実作よりも編者などへとその活動を変化させていった。その興味の中心をなしていた諸作を見ると澁澤龍彦の後裔のような様相を帯びていたようにも思われる。また古典芸能にも詳しく坂東玉三郎との対談集もある。

須永は、いつの間にか本が出ていることが多くて、つまり小さな出版社からの上梓が多かったということだが、つい見逃してしまいあまりよく知らない。目についたときに読んでいたというのが実情で、思い出してみると今回の小説選もおそらく読んでいた作品が多いはずなのだが、ほとんど覚えていない。その小説の傾向としてはいわゆる男色文学であったり少年愛的傾向の雰囲気があったりするが、それは塚本邦雄の『紺青のわかれ』に似て、作家本人にその傾向があったのではなく、あくまで作風としての傾向であったようで、そのへんは中井英夫などとは異なるようだ。というより幻想文学あるいは耽美系の傾向として、同性愛はどうしても避けられぬルートでもある。

この本に収録されている作品の中で 「森の彼方の地」 だけはかすかに過去に読んだ記憶があるのだが、もしかすると塚本の同質の作品の記憶だったのかもしれなくて、そのあたりが判然としない。吸血鬼譚であり、少年や若き青年が出てくるところは萩尾望都の『ポーの一族』を連想してしまう。

ただ、今回読んでいて気がついたのは各編の冒頭に位置するエピグラフの秀逸さである。短歌が多いのだが、その印象の強さに須永の目利きをあらためて感じてしまうのである。葛原妙子の短歌が3首あるのだが、「契」 という短編には

 わが額 [ぬか] に月差す 死にし弟よ 長き美しき脚を折りて眠れ

が採られている。
その次の短編 「ぬばたまの」 は山中智恵子で

 山藤の花序の無限も薄るるとながき夕映に村ひとつ炎ゆ

これには慄然とする。
以下、幾つかを拾ってみると

「R公の綴織画 [タピスリー]」 藤原義経
 身に添へるその面影も消えななむ夢なりけりと忘るばかりに

「就眠儀式」 式氏内親王
 つかのまの闇の現 [うつつ] もまだ知らぬ夢より夢に迷ひぬるかな

「LES LILAS」 読人不知
 三月のリラの旅荘 [ホテル] の宿帳にジャンはジャンヌとルイはルイザと

全然関係はないが、かしぶし哲郎の1stアルバムが《リラのホテル》(1983) というタイトルであったことを思い出す。
そして

「聖家族 I 黒鶫」 加藤郁乎
 北に他郷の黒つぐみ、ふるさとは父 [ペール]

と俳句もあるが、これは『季刊俳句』誌に掲載された作品 「聖家族 I」 の中の2番目の掌編に付されたものである。

先に記した 「森の彼方の地」 には韻文ではなく、ジャン・ジュネの

 わたしは永遠に廿歳
 あなたがたの研究にもかゝはらず

とある。

巻末の 「編者の言葉」 の末尾に山尾悠子が選んだ須永の短歌が選ばれているが、

 蓬原けぶるがごとき藍ねずみ少年は去り夕べとなりぬ

 瞿麦 [なでしこ] の邑 [むら]  鶸色 [ひはいろ] に昏るる絵を
  とはに童形のまま歩むかな

などとあり、さらに最後の一首は須永が自身に宛てた挽歌とのこと。それは

   須永朝彦に
 みづからを殺むるきはにまこと汝が星の座に咲く菫なりけり

須永は短歌から早々に遠ざかってしまったのだというがとても惜しいし、その彼の最も若い頃の心のひだが感じられるような作歌である。ご冥福をお祈りするとともに、作品をまとめた全集ないしはそれに近いものを熱望する次第である。
尚、『須永朝彦小説選』は文庫本でありながら新漢字旧仮名で組んである。そのこだわりを賞賛したい。


須永朝彦小説選 (筑摩書房)
須永朝彦小説選 (ちくま文庫)




ユリイカ 2021年10月臨時増刊号 総特集◎須永朝彦 (青土社)
ユリイカ 2021年10月臨時増刊号 総特集◎須永朝彦 ―1946-2021―




新編 日本幻想文学集成 第4巻 (国書刊行会)
新編・日本幻想文学集成 第4巻

nice!(73)  コメント(6) 
共通テーマ:音楽