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チョン・キョンファのヴィヴァルディ [音楽]

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Kyung Wha Chung (1970)

レコード店でチョン・キョンファのヴィヴァルディ《四季》のアナログ盤を見かけたので衝動的に買ってしまった。最近、彼女のアナログ盤は180gのいわゆる重量盤仕様で再発されているのだが、ちょっと油断しているとすぐに売り切れてしまう。ヴィヴァルディは発売されたばかりのようだし、それにヴィヴァルディだしなぁという迷いもあったが、とりあえずおさえておく。

1stのシベリウスの再発である重量盤はもちろんすぐになくなってしまったようだ。私はオリジナル・デッカを持っているがなぜかあまり音が良くないような気がするので、昨年発売の再プレス盤が欲しかったのだが後の祭りである。

チョンはジュリアードの教師からあまり早くデビューするのはよくないと言われ、シゲティの下で研鑽を積んでからの最初のアルバムが1970年のシベリウスなのであるが (正確にいえばチャイコフスキー/シベリウスのカップリング)、その頃の公開放送の動画を見つけた。これは私が今まで知らなかった動画で、でも既視感があるようにも思えるし何ともいえない。彼女は22歳、サラサーテの小曲であるが、自信満々で弾いていて最後のキメの音をちょっと外してしまうのが可笑しい。
この放送で演奏されたフランクもリンクしておく。ソナタの最終楽章であるがフランクフリークな私の感覚のなかではほぼ完璧な演奏だと思う。ピアニストもスクエアで素晴らしい。

私が好きなのは以前にも書いたサン=サーンスの3番のアルバムであるが (というか私のこのブログにおけるヴァイオリン奏者の話題では、チョン・キョンファについての記事がきっと一番多いのではないかと思う)、このパッショネイトさはサン=サーンスのややだるいオーケストレーションをものともせず、リスナーを自分の思うように引き寄せてしまうようなパワーがある (サン=サーンス3番の裏はヴュータンの5番。ヴュータンへの私の偏愛についてはすでに書いた)。

街の中は日曜日の夕方から夜ということもあってか、やや人出が少ないように感じられた。この2年間、鬱陶しい日々がずっと続いていて、実は音楽も読書も、私はそれらにまともに対峙していなくてすべてが投げやりで手抜きで書いてきたように思える。この宿痾の季節はいつ終わるのだろうか。普通の春と夏と秋と冬がめぐってくることを静かに待ち望むばかりである。


Kyung Wha Chung/Vivaldi: The Four Seasons
(Warner Classics) [アナログ盤]
Vivaldi: The Four Seasons (Vinyl) [Analog]




Kyung Wha Chung plays Sarasate Caprice Basque Op.24
(1970)
https://www.youtube.com/watch?v=jbXiRhPXiMc

Kyung Wha Chung plays Franck Violin Sonata (Mov 4)
https://www.youtube.com/watch?v=982dQ44Nz9g

Kyung Wha Chung/Saint-Saëns: Violin Concerto No.3 in B minor, Op.61
3. Molto moderato e maestoso (1976)
https://www.youtube.com/watch?v=GuhLYrUtqeM

Kyung Wha Chung/Vivaldi: The Four Seasons, Violin Concerto
in F Minor, Op. 8 No. 4, RV 297 "Winter": I. Allegro non molto
(2001)
https://www.youtube.com/watch?v=A1bFIH7I8Do

Kyung Wha Chung/Bach: Sonata No.1 g-moll BWV1001 Adagio
(2016?)
https://www.youtube.com/watch?v=UOlXbmYhb_8
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『ステレオ時代80’s』を読む [音楽]

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RA MU/Thanks Giving

書店の音楽雑誌売場に『ステレオ時代80’s』というムックがあって、中を見たら1980年代のラジカセの写真がたくさん掲載されていて、こんなの需要があるの? と思ったのだがあまりにばかばかしくて面白いので買ってしまった。出版元はネコ・パブリッシング。なるほどそういうことか。

よく読むと最近はまたカセットも人気復活みたいな傾向はあるのだけれど、といって市場で販売されているのはMade in Chinaのプアな機種がほとんどで、それよりも昔の、いかにも機能満載みたいなメカニカルな外見のラジカセを修理して使ってしまおうということらしい。そういう店の紹介もあるのだが、イチオシの機種は三洋電機製でしかも初期モデルのほうが良いのだという。というのは後期になると部品に金属製でなく樹脂製が混じるため、頑丈でなくなってしまっているというのだ。とはいってもすでに部品はないわけだし、同じ機種からの部品とりというのが実情で、現実はそんなに夢物語ではないような気がする。

電化製品に限らず昔の機械のほうが頑丈に作られているのは確かで、今の機械は10年も経ったら壊れるようにわざと脆弱に作られていて、それはモノを大切に使おうというまことしやかに掲げられている近年の理念とは逆行するもので、リサイクルとかレジ袋撤廃とかいうごく些細なことだけには熱心だけれど、それはめくらましに過ぎなくて、肝心の巨悪の根源は全く解消されていない。資本主義とはそういうものだ。

というようなことはとりあえず忘れておいて、このムックに掲載されている電機メーカー各社の写真はおそらくカタログなどからとったものだと思うのだが、こうした機種が百花繚乱だった時代は、つまりFM雑誌の全盛期とカブるのだと思う。一番お手軽な利用法はラジカセでエアチェックという方法なのだから。
私がこのムックに引き込まれたのはなによりもそのラジカセの容貌へのガジェット的興味であり、というのは私はエアチェックの記事にも書いたが (→2021年10月02日ブログ)、エアチェックブームというのを知らないだけでなく、そもそもラジカセというものを所有したことがないので、あっ、面白そうな電気機器がある! というようなわくわく感なのだ。
ラジカセというのはオールインワンなオーディオ機器で、簡単に持ち運べるし屋外でも使えるし、それだけで一定の需要が満たされる。むずかしい結線もいらないし、カセットはCDやレコードよりもずっと取り扱いが簡単だ。瞬時の徒花なのかもしれないが最近、カセットメディアが少しだけ注目されているのもわかる。

でも、じゃぁ古いラジカセを買うかというとたぶん買わないだろうと思う。あまりにリスクが大きいように思えるからだ。ただ、その当時の音楽に関する記事 (主に日本の) がちょっとあって、これがなかなか面白かったのでそれについて書いてみたい。

その頃のドメスティックな音楽は基本的には歌謡曲なのだと思うが、紹介されているジャケットデザインがもう泥臭くて (今だったらこんなのボツだよね〜)、もっともなかにはまぁまぁシャレているのもあるのだけれど、バブル前夜のエネルギーみたいなのが感じられて頼もしい。
ジャケット写真と数行の解説だけを頼りにして、YouTubeでその曲を探してみた。

ラ・ムーの《Thanks Giving》というアルバム。これはかなりバカにされた作品らしいのだが、でも結構聴ける。ヴォーカルは菊池桃子なのだが、その声質が音楽と見事に合っている。最近になって人気が出て、再発されたアナログ盤も完売してプレミアがついているようだ。

嵯峨聖子の《シーサイド慕情》というシングル。まず、やる気のまるでない地味なジャケットデザインが最高。中身は解説にもあるがなんちゃってベンチャーズ歌謡で (ちょっとスプートニクス・テイストもあり)、でもそのベンチャーズ風味なのがいい味を出している。作詞:庄野真代、作曲:小泉まさみ、編曲:後藤次利で、ネットで検索したらギターは鈴木茂とのこと。これは買いです。

石川秀美の2ndシングル《ゆ・れ・て湘南》。作詞:松本隆、作曲:小田裕一郎、編曲:馬飼野康二です。歌詞にPlease Please Me、My Little Girl、Hold Your Handとビートルズが出てくるのが松本隆らしいギミック。リンク動画はおそらくレコード大賞の映像だと思うのだが、このオーケストレーションはひどい。というより演奏の音のバランスがメチャクチャなのだろうか。でも80年代だとライヴの音ってこんなものだったのかもしれない。歌の1小節目のオケのリズムにちょっと仕掛けがあるような気がする。シングルの演奏では普通にスッと入るので、レコード大賞、歌謡大賞向けに変えたのかもしれない。
ベスト盤《ペパーミント》の中古盤は220円でした。ペパーミント・グリーンのヴィニル。

沢田研二の〈カフェ ビアンカ〉はアルバム《G.S. I LOVE YOU》に収録されている曲。作詞:三浦徳子、作曲:かまやつひろし。劣悪な動画きり見つけられなかったが、AKGのD-12で歌うまだ若い沢田研二。この時代にかまやつひろしのセンスはさすがである。タイトルのG.S.はもちろんグループサウンズのことだが、同時にビートルズの曲名〈P.S. I LOVE YOU〉のパロディになっている。

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嵯峨聖子/シーサイド慕情


ステレオ時代80’s (ネコ・パブリッシング)
ステレオ時代 80's (NEKO MOOK)




ラ・ムー (Ra Mu)/Thanks Giving (Full Album)
https://www.youtube.com/watch?v=1BFgVgLL5Kk

嵯峨聖子/シーサイド慕情
https://www.youtube.com/watch?v=hy7tRzS6fKY

石川秀美/ゆ・れ・て湘南 (1982.11.24)
https://www.youtube.com/watch?v=q0qBr82_7XE

沢田研二/カフェ ビアンカ
https://www.youtube.com/watch?v=DwyR7AyD-f0
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《関ジャム》ギター特集 [音楽]

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(右から) Char、Rei、Ichika Nito (テレ朝POSTより)

最近、テレビ朝日の《関ジャム》を全然観ていなかったのだが、久しぶりに観た昨夜の放送は面白かったです。おしまい。
と書いたら小学生の日記みたいなのでもう少し続けてみると、タイトルは 「“凄腕ギタリストが集結”ギター特集 !!」 とのことで出演者は Char、Rei、そして Ichika Nito の3人。

Charがクリームの〈クロスロード〉をコピーするのに3年かかったという話を聞くと、えっ、何で? と思ってしまうのだが、まだ楽譜も、もちろん映像も無い時代だから耳コピだけが頼りでというのに納得。今は楽譜もあるし映像もあるのでどうやって弾いているのか簡単にわかるのだけれど、ということなのだ。いわゆるチョーキング・ヴィブラートがこの曲のリフのキモであるのだが、CharがReiと2人でちょっとさわりを弾いたのを聴きながら、こうしてクラプトンからCharへ、そしてReiへと受け継がれてゆく音楽があるということに小さく感動。もっと言えばそれはデルタのロバート・ジョンソンからの流れでもあるのだ。

Reiは最初に聴いたときからの驚きが私の中ではずっと継続しているが、favoriteな1曲にB.B. キングを選択してたり、相変わらずの無双ギタリスト。放送の中ではストラトを弾いていたが彼女は大きめのフルアコだったりするのがカッコイイはず。

Ichika Nitoは知らなかったギタリストだが、これはすごい。簡単に言ってしまえばタッピングを主体とした奏法なのだが、スタンリー・ジョーダンでもエディ・ヴァン・ヘイレンでもない独自のニュアンスがある。それは子どもの頃、最初はピアノを学んでいて、ビル・エヴァンスの〈ワルツ・フォー・デビィ〉を聴いたとき、なぜこんなに悲しいのだろうと感じたのだというが、このピアノには勝てないと思ってギターを弾くようになったということで (う〜ん、そぉなの?)、ギター的な音というよりも鍵盤の扱いかたを兼ね備えているように思えた。
もっともタッピング主体の楽器といえばトニー・レヴィンなどで識られるチャップマン・スティックがあるし、またIchikaのYouTubeを観たところ多弦ギターのパフォーマンスもあったが、多弦ならエグベルト・ジスモンチという先達もいるわけで、今後彼がどのような表現方法を採って行くのか興味がある。もう少し長い曲をどのように構成するのかが聴きたい。
Charから 「おまえ、友達いないだろ?」 とからかわれていたのにとても笑った。

リンクはCharの〈クロスロード〉。
Reiはオフィシャルのヴィデオよりも、まだ自宅でアコースティク弾いているようなのが私は好きだ。それにオフィシャルには長いのがあまりないのでブルーノート東京のプロモーション用のごく短いのを選んでおく。あと、以前の記事にもリンクしたライヴの〈BLACK BANANA〉。
IchikaのYouTubeも短い曲ばかりなのだが〈スモーク・オン・ザ・ウォーター〉のイントロから始まる短いのを1曲。それと放送の中でも弾いた坂本龍一の〈Merry Christmas, Mr. Lawrence〉は放送当日にupされたもの (この戦メリも冒頭のテーマだけなのだが)。


Char/Crossroads
https://www.youtube.com/watch?v=L_l3Od7U0V4

Rei/Illustrated woman
https://www.youtube.com/watch?v=b3ObnqD5oW8

Rei presents "JAM! JAM! JAM!" at Blue Note Tokyo 12.11.2021
https://www.youtube.com/watch?v=eOvdG4S7e00

Rei/BLACK BANANA
https://www.youtube.com/watch?v=rcWNjx70F5U

Ichika Nito/When Mom wants to see your progress of your guitar lessons
https://www.youtube.com/watch?v=UTaC6zktX64

Ichika Nito/Merry Christmas, Mr. Lawrence
https://www.youtube.com/watch?v=qwPb6zHp9n8
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村上RADIOでスタン・ゲッツを聴く [音楽]

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FMで《村上RADIO 成人の日スペシャル 〜スタン・ゲッツ 音楽を生きる〜》を聴いた。村上春樹のスタン・ゲッツ好きは有名だが、この日の放送は早稲田大学国際文学館 (村上春樹ライブラリー) におけるイヴェントを収録したもの。村上春樹の解説でスタン・ゲッツを聴くという企画だったが、その概要は下記のTokyofmオンエアレポートというサイトで読むことができる (→a)。
私はたまたま途中から聴いたので、後でラジコで全部を聴き直した。

スタン・ゲッツはジャズのテナーサックス奏者であるが、その生涯は破滅的で酒とヘロインにまみれていた。村上春樹は 「ゲッツはアディクションに生涯苦しんだ」 という言い方をしていたが、彼の音楽はその破滅的な生活とは全く異なっていて、汚辱にまみれない存在だったのだと見ることができる。音楽だけが彼の聖域だったのだ。

ゲッツのクロニクルな内容はオンエアレポートを読んでいただければわかるので繰り返さず、聴いていて興味のあった部分だけを書き出すことにする。

ルースト盤からの2曲〈Split Kick〉(アルバム Split Kick 所収) と〈Dear Old Stockholm〉(アルバム the sound 所収) をかけているときに村上は 「70年も前のレコードだけれど音が良い」 と言う。〈Split Kick〉のピアニストはホレス・シルヴァーなのだが、まだ駆け出しだったシルヴァーをゲッツが見出したのだとのこと。〈Split Kick〉はホレス・シルヴァー作なのだがすでにシルヴァー節が垣間見える。

ビリー・ホリデイとのストリーヴィルにおけるライヴの〈Lover Come Back to Me〉について。その頃のジャズクラブは2つのバンドを入れて交互に演奏させるのが通例で、しかしビリー・ホリデイとの組み合わせになったこの日、ゲッツはビリー・ホリデイのバックで吹きたくて、自分のバンドと彼女のバンドと両方で演奏。ところが、ゲッツはレスター・ヤングのように吹きたいのだけれどやはりむずかしくて、ゲッツとしてはあまり上手い演奏ではないのだと村上は解説している。アウトロももうひとつ自信がなさそう、とのこと。あまり上手くないゲッツの演奏というのは珍しいから貴重なのだそうである。確かにあまりぱっとしていない感じがする。

ゲッツはノーマン・グランツに誘われてヴァーヴ・レコードに移るのだが、その最初のアルバムが《Stan Getz Plays》(1955) である。ゲッツと息子の写真を使った有名なジャケットだが、ジャケットオモテは写真だけで文字が無いというシャレたデザインになっている。
だがen.wikiに拠ればこのアルバムはクレフ盤の2枚の10インチ盤《Stan Getz Plays》と《The Artistry of Stan Getz》をコンパイルしたものだとのこと。再発されたCDはほとんどがNorgran盤のジャケットを採用しているがClef MGC 137のジャケットのものもある。
このアルバムはバラードを主体とした選曲であり、村上も〈These Foolish Things〉をかけているが、あえて急速調の〈Lover Come Back to Me〉をリンクしておく。これはすごい (→b)。
そしてこのアルバムを最後としてジミー・レイニーはゲッツのグループから退団するが、その理由はゲッツの麻薬浸けに耐えられなくなったのだとのことだ。レイニーはギタリストといってもコードを弾くのではなくメロディを弾くスタイルであり、チャーリー・クリスチャンの直系といえるとの解説である。ジミー・レイニーもジム・クロウもゲッツの麻薬依存にはかなり辟易していたらしい。

その後、ゲッツは再婚してしばらくヨーロッパにいたが、やがてアメリカに戻って来てアメリカの空気に触れ、新しい音楽をやろうという意欲が出てくる。ここでその例としてかけられたのがアルバム《Focus》の〈A Summer Afternoon〉という曲。
これはエディ・スォーター (Eddie Sauter) による作編曲でまとめられたアルバムで、スォーターはレッド・ノーヴォのオーケストラからスタートし、アーティー・ショウ、トミー・ドーシー、ウディ・ハーマン、そしてベニー・グッドマンなどの編曲を手がけていて、才能はあるのに不遇だった彼にゲッツがわざわざ依頼したのだそうである。ということでこの曲がかかるが、すごく凝っているのだけれどストリングスのピツィカートなどを多用し、ゴージャスといえばゴージャスだけれどあまりジャズ・テイストではないような気もする (→c)。
村上春樹は高校生のときにこのアルバムが気に入って聴いていたのだというが、これに入れ込むというのはかなりマニアックだと思う。
さらにen.wikiに拠れば同アルバムのメイン・チューンである〈I’m Late, I’m Late〉はバルトークの《弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽》の第2楽章へのオマージュであるとのこと。アルバム自体のコンセプトがそうした傾向なのなら、ジャズっぽくないのも仕方がないのだろう。結果としてクロウト筋には好評だったが販売成績はふるわなかったのだとのことである。

やがてジョン・コルトレーンが出現してきてゲッツは人気を奪われ焦る。だがコルトレーンは次第にフリーフォームに傾倒するが、ゲッツはコードプログレッションから離れることはできない。そしてコルトレーンは亡くなってしまうが、彼の音楽は行き詰まったというふうに村上は捉えているようだ。コルトレーンが亡くならずに次のステップに行くことがあったのか、それとも行き詰まったままになってしまったのかは今となってはもちろんわからない。ただ、行き詰まった先を見たかったようにも思う。

常に安住を避け、新しいことをやろうとするゲッツの、チック・コリアとのモントルー・ライヴがかけられるが、曲は〈La Fiesta〉であり、このリズム・セクションが一番素晴らしいと村上春樹は言う。その後のフュージョンになってからのチック・コリアについては村上はどう思っているのだろうか (知ってるけど、一応このように書いておく。尚、La Fiestaの最初のテーマはNow He Sings, Now He SobsのSteps—What Wasの後半に出現するテーマであり、この頃からコリアの中にはこのメロディがあったようだ)。

最後にかけられたのがケニー・バロンとのデュオである《People Time》——デンマーク、コペンハーゲンにおけるラスト・ライヴである。観客は彼の死期が近いことを誰も知らない。だがバロンは知っていて気遣っていたのであまりゲッツに吹かせないようにした。しかしゲッツの音に死の影は感じられない。堂々としたソロである。
このアルバムはCDのみでしかリリースされていなくて、しかし、当初2枚組で出されたがその後、コンプリート盤7枚組が出ていたことを私は知らなかった。したがって白鳥の歌である〈First Song〉は3テイク存在する。かけられたのは最後の3月5日の演奏で、予定ではライヴは3月3日〜6日の4日間であったが、6日の演奏は中止になった。村上はあまりにつらいので、このライヴはほとんど聴いていないのだという。
その日から3ヵ月後にゲッツは亡くなる (→d)。

「彼の音楽は美しかったが彼の生活は美しくなかった」 という言葉は非常に重い。そうした傾向はチャーリー・パーカーにも言えるかもしれない。ある意味、スタン・ゲッツには、かつてのいかにもジャズ・プレイヤーらしきジャズ・プレイヤーとしての姿を見ることができる。


a)
オンエアレポート 村上RADIO
https://www.tfm.co.jp/murakamiradio/

b)
Stan Getz/Lover Come Back to Me
album: Stan Getz Plays
https://www.youtube.com/watch?v=gntpCY8Kfr8

c)
Stan Getz/A Summer Afternoon
album: focus, composed and arranged by Eddie Sauter
https://www.youtube.com/watch?v=85pNIniTYpo

d)
Stan Getz/First Song
Live At Jazzhus Montmartre, Copenhagen / March 5th 1991
https://www.youtube.com/watch?v=uyeG55zQeWw
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南佳孝《SPEAK LOW》 [音楽]

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前記事からのつづきです。

木村ユタカ『Japanese City Pop Scrapbook』を読んでからかなり影響を受けてしまって、このところ古いJ-popがマイブームである。レコードを何枚か買った中に南佳孝があった。南佳孝については随分以前に《忘れられた夏》について書いたことがあるが (→2019年02月03日ブログ)、実は私はこのアルバムと、1stアルバムの《摩天楼のヒロイン》きり知らず、しかも1stはあまりに力が入り過ぎているというか技巧的に構築されている感じがして、すごいとは思うのだけれど深くはのめり込めなかった。

だがやがて、もう少し肩の力の抜けた他のアルバムの魅力がわかってきたのは、過ぎて来た過去を懐かしむような気持ちはないのだが、きっと年齢のせいなのかもしれなかった。

購入した南佳孝のレコードは《SPEAK LOW》と《SILKSCREEN》である。両方とも初めて聴いた。
《SPEAK LOW》は4thアルバムで1979年発売。全11曲のうち、9曲は松本隆作詞。〈渚にて〉〈Monroe Walk〉の2曲が来生えつこ作詞で作曲は全曲南佳孝。編曲は佐藤博と坂本龍一。〈Monroe Walk〉はもちろん郷ひろみに提供された曲 (タイトルは〈セクシー・ユー〉) であり、このアルバムのメインチューンのはずだが、そのような気負った印象は感じられない。
松任谷由実のアルバムなどと同様、この時期の演奏者がすごい。佐藤博、細野晴臣、高橋ユキヒロ、松原正樹、鈴木茂など。ブラスもストリングスもシンセなどまだ無いから全部ナマ楽器である。
〈渚にて〉にのみ、大井貴司のヴァイブラフォンが入っていて、終曲の〈Simple Song〉はストリングスと坂本龍一のピアノのみという構成である。

このアルバム全体から感じる気怠さのような、南佳孝独特のアーティキュレーションがこの時代特有の雰囲気を伝えてくれる。たぶんこの頃がこの国のポピュラーミュージックの最盛期だったのではないかと思えてしまう。

歴史のメジャーとしての松任谷由実を例にあげれば、79年には2枚のアルバムがあって、それは《OLIVE》と《悲しいほどお天気》であるが、翌80年に最も暗いアルバム《時のないホテル》がリリースされている。何かで読んだのだが、松任谷由実のアルバムにはレコードにのみ封入されている付属物があって、それはCD発売の際はオミットされているので、オリジナルアルバムは重要なのだそうである。
ユーミン結婚後の《紅雀》から《時のないホテル》あたりまでのアルバムは、以前はあまりパッとしないような印象だと勝手に思っていたのだが、実はこのへんが傑作群であり〈奇蹟の3年間〉のようにも思えてしまう (一応、念のために書いておくと〈奇蹟の3年間〉とは樋口一葉の〈奇蹟の14ヵ月〉のパロディである)。それは若い頃には良さがわからなかった南佳孝と同様であって、人間の感性というのは年齢とともに変わるものなのだ。

ということで数日前に《時のないホテル》のLPも見つけてしまった。あとは谷山浩子の初期のLPが2枚、ちわきまゆみの4曲入り12インチが1枚、以上はすべて中古盤であるが、佐藤奈々子の《Funny Walkin’》とコシミハル+細野晴臣の《Swing Slow》は再プレスの新盤である。
そんなにたくさん買って、と思われるかもしれないが谷山浩子のキャニオン盤《ねこの森には帰れない》は税込330円だった。多少ジャケットが灼けているがきれいで、しかもおそらく一度も針を下ろしていない。
村上春樹は中古盤を買うとき、出せる金額は上限で5,000円くらいと書いているが、私の場合はどんな貴重盤だったとしても2,000円くらい。それ以上は無理です。

佐藤奈々子の初期LPが再発されたのはちょっとびっくり。佐藤奈々子は日本のブロッサム・ディアリーというわけではないけれど特徴的な声を持っていて、だからカヒミ・カリィのようなフォロアーを生んだ渋谷系の元祖とも言われているが、でも後年はフォトグラファーになったりして、さらにいえばピチカート・ファイヴの〈Twiggy Twiggy〉の作詞作曲者としても知られる。野宮真貴で聴いたときも、この佐藤奈々子とは結びつかなくて最近になってそれを知った。《Funny Walkin’》のLPは日本コロムビアからもうすぐ再発されるが、私が購入したのはBeat Ball Musicレーベルの輸入盤である。この盤は180g重量盤なので、音にこだわるのならばコロムビア盤よりもこれだと思う。

今はYouTubeを探せば《SPEAK LOW》だって下にリンクしたように全曲が聴けるのだが、そして音楽さえ聴ければそれで十分ならそれにこしたことはない。でも実体 (メディア) が無いと聴いた気がしないのは悲しい性である。このLPにはインナースリーヴがあってそれに曲名と歌詞が印刷されていて、さらにポスターが6つ折りにされて入っていた。CDだとポスターを封入するのは無理よねぇ。
尚、《SPEAK LOW》といえば普通はウォルター・ビショップJr.の同名アルバムのことであって、ビショップJr.の唯一の傑作アルバムともいえるが、南佳孝はそれを知りながらわざとタイトルにしたのだと思われる。


南佳孝/SPEAK LOW (Sony Music Direct)
https://tower.jp/item/3197444/SPEAK-LOW

南佳孝/SPEAK LOW [Full Album]
https://www.youtube.com/watch?v=hLI4WrmbuYw

佐藤奈々子/Funny Walkin’ [Full Album]
https://www.youtube.com/watch?v=o28-ePxcQuY
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ミシェル・ビュトール『レペルトワール II』 [本]

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大晦日の午後の駅の構内ではカートを引っぱっている人たちで混み合っていたのに、ハリー・ポッター展開催中のステーションギャラリーの前を通って外に出ると曇り空で、oazoの丸善は空いていた。しばらく書店に行かないでいると禁断症状が出てきて、欲しい本のあまりの多さに眩暈がしてしまう。でもそれを全部買うわけにはいかない。
めざす本がなくて、意外な本や買わなくてもよい本を買ってきてしまうので、だから永遠に欲しい本が買えないような気がする。

木村ユタカ著&監修の『Japanese City Pop Scrapbook』という本をずっと読んでいて、以前出した本の増補改訂版という内容なのだそうだが、なかなか中身が濃くて面白かったけれど少し疲れてしまった。シティ・ポップもキリがない。この本に触発されて書きたいこともあるけれど、まだ視点が定まらない。

それで偶然見つけた本はミシェル・ビュトールの『レペルトワール II』で、すでに1年前に『レペルトワール I』が刊行済み。知らなかった。主に評論集といってよいが、最初にいきなり 「長編小説と詩」 という章があって 「これだ」 と思ってしまうのは、今、マイブームが詩歌だからなのだ。でも吉増の新刊は買わない。だって……。

トミカの72がエリーゼなので思わず買ってしまう。そしたら『CG』2月号に131エミーラの小さな写真が載っていた。エリーゼと較べると大きいが、最後になってきれいな造形を出してきたなと見入ってしまう。

でも年末に手に入れた本でヒットなのは復刊された山尾悠子の歌集『角砂糖の日』で、暗い赤の表紙には、箔押しされた金の余りが少し散ってきらきらとしていて、白い貼函との対比が美しい。詩集もいいけど、詩集より歌集かなぁとも思う。

などと書いてしまっているうちに、もう2022年になってしまった。紅白はMISIAとの藤井風のデュエットでしたね。ということで2022年もよろしくお願い申し上げます。


木村ユタカ/Japanese City Pop Scrapbook
(シンコーミュージック)
ジャパニーズ・シティ・ポップ スクラップブック




谷山浩子/空の駅
https://www.youtube.com/watch?v=gi6Wzyv9ZUw
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