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BBC1965のビル・エヴァンス [音楽]

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ビル・エヴァンスのトリオ演奏のパーソネルには幾つものパターンがあるが、そのうち最も優れていたものはどれだろうか。普通だとスコット・ラファロとポール・モチアンの伝説のトリオということになってしまうが、それを除いた場合という設問を考えてみる。

エディ・ゴメスとマーティ・モレルという組み合わせでのトリオはもっとも長いが、エディ・ゴメスは素晴らしいテクニックだし、エヴァンスとの息もぴったりしているのだけれど、個人的な好みでいうと音数が多過ぎるのがちょっと……という気がする。雄弁過ぎるといってもよい。
ラファロ後、レギュラー・トリオの組み合わせとしてはチャック・イスラエルとポール・モチアン、チャック・イスラエルとラリー・バンカー、ゲイリー・ピーコックとポール・モチアンなどがあるが、チャック・イスラエルとラリー・バンカー時代のトリオに注目してみたい。

このトリオは1963年から1965年にかけてのエヴァンスのレギュラー・トリオであるが、アルバムでいうのなら、

 At Shelly’s Manne-Hole (1963)
 Time Remembered (1963)
 Trio 64 (1964)
 The Bill Evans Trio “Live” (1964)
 Waltz for Debby (Monica Zetterlund) (1964)
 Trio ’65 (1965)

あたりである (リアルタイムでなく後年にリリースされたアルバムも含む)。《Waltz for Debby》というタイトルはラファロ時代の1961年リリースのアルバムでもあるが、この1964年盤はモニカ・ゼタールンドの歌伴アルバムであり、ゼタールンドの最も有名なアルバムでもある (モニカ・ゼタールンドについてはこのブログで何回か触れているが、たとえば→2019年04月09日ブログを参照されたい) (アルバム・タイトルについて細かいことをいうと《Trio 64》というタイトルにはアポストロフが無く《Trio ’65》には付いている)。

この時期 (チャック・イスラエルとラリー・バンカー) のYouTubeで観ることのできる動画のひとつにBBCスタジオでのライヴがある。1965年3月19日と表記されていて、メディアは過去にリリースされたものでは、CDが London 1965/Hi Hat IACD10919、DVDが The 1965 London Concerts/Impro Jazz IJ544 だと思うが、DVDは入手困難である。

YouTube動画はハンフリー・リテルトン (Humphrey Lyttelton) が司会役になっている番組。テーマ曲である〈Five〉が始めと終わりに演奏されていて、それが2回あるのは、おそらく2回に分けてオンエアされた番組をつないだためだと思われる。
音質も悪く、モノクロだった映像をカラー化しているが、演奏自体は手練れな、まさに最盛期のエヴァンスの演奏といってよい。特に私が好きなのはチャック・イスラエルのベースのエヴァンスとの融合性で、冒頭の〈How My Heart Sings〉や〈Nardis〉はすぐにベースソロとなるが、いずれのソロもあまり奇矯な感じに陥ることなくスムーズである (エヴァンスを聴き過ぎるとエディ・ゴメスの手癖には食傷を感じてしまうこともあるのだがそれがない)。〈Nardis〉はジャック・デジョネットとの《at the Montreux Jazz Festival》が一番好きだが、この日の〈Nardis〉は比較的スタンダードな (つまり穏健な) 弾き方のようにも聞こえるけれどこういう緻密さにも惹かれる。
それとエヴァンスの指がよく映るが、あまりにもさらっと弾いているように見えて、それでいてこのディナミークのコントロールの完璧さはどうなのか、と思う。まさに理想的なフィンガリングなのだ。
〈Who Can I Turn to〉のイントロでは比較的クローズドなコードが続くが、この美しさは比類がない。そしてピアノの後に来るイスラエルのソロはよく歌っていて涙ものである。
次曲は幾つかのコードの連打から突然のようにさりげなく〈Someday My Prince Will Come〉のテーマが聞こえるのだが、それはすぐに終わり、速いテンポでインプロヴィゼーションになってしまう。このスリル感。バンカーのブラシ・ワークも素晴らしい。
アーヴィング・バーリンのスタンダード〈How Deep Is the Ocean?〉はアルバム《Explorations》における演奏が最もすぐれていると思っていたが、全くアプローチの異なるこうした弾き方もまさにエヴァンスで、つまりどういうふうにも弾けるのだ (ちなみにこの曲の邦題は 「愛は海よりも深く」 とよく言われるが、「愛」 という単語は原題にはない)。
前半の最後は〈Waltz for Debby〉だがこの曲について何か書いてもしかたがない。彼の最も有名曲なのだから。インリズムになってからの30’52”あたりからのピアノとベースの一瞬のユニゾンとか、カッコ良すぎる。
前半部のクロージングである〈Five〉が一気に急速調のインプロヴィゼーションに突入しながらフェイド・アウトしてしまうのが憎い。

後半の〈Summertime〉では、ベースのやや不穏な繰り返しに乗せてテーマがあらわれ、次第に普通のスウィングに持って行く構成がすぐれている。ハロルド・アーレンの〈Come Rain or Come Shine〉に続く〈My Foolish Heart〉はたぶんヴィレッジ・ヴァンガードの2枚目にあたる《Waltz for Debby》のtrack 1の同曲の演奏が有名だと思われるが、この曲はつまりエヴァンスの 「おはこ」 であり、いつ弾いてもこのクォリティなのだ。〈My Foolish Heart〉はJ・D・サリンジャーの小説を原作とする映画のためにヴィクター・ヤングが書いた曲であったが、映画自体はサリンジャーの不満を買い、以後、サリンジャーの作品を映画化することは不可能になったという経歴を持っている。だが曲だけは、スタンダードとして残っている。
後半最後の〈Israel〉は《Explorations》のtrack 1に収録されていた曲であるが、この日の演奏ではそれよりも速く、特にインプロヴィゼーションになってからの展開が爽快で、ベースとドラムスの掛け合いになるが、スティックに持ち替えた後のバンカーのドラミングも秀逸で、エンディングにふさわしい演奏となっている。
エヴァンスのライヴは常にオリジナルのセッション録音とは異なるが、どのように来るかという意外性を聴くのも楽しみのひとつである。


Bill Evans Trio/London 1965 (Hi Hat)
London 1965




Bill Evans Trio, BBC studio, London, March 19th, 1965 (colorized)
Bill Evans (piano), Chuck Israels (bass), Larry Bunker (drums)
https://www.youtube.com/watch?v=10QOOvxw0uA
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