岡田有希子7インチシングル・コンプリートBOX [音楽]
暑熱の土曜日の午後、聴くともなくNHKFMを流していたらサブリナ・カーペンターが歌っていた。とてもけだるくて、過去の夏の幾つもの情景を思い出す。午前中の夏空があっという間に暗くなり、雨が降りそうで、でも降らない。行き交う車は皆、スモールを点けている。
でもその前の番組、中川翔子の《アニソン・アカデミー》のゲストは森口博子で、新しいアルバム《ANISON COVERS 2》のプロモーションをしていた。しょこたんと森口のデュエットもあったが、アルバムからオンエアされたなかでは百田夏菜子とのデュエットの〈おジャ魔女カーニバル!!〉がちょっとキュート。
CCさくらの〈プラチナ〉はもちろんカヴァーだが懐かしい曲。CLAMPといえば『xxxHOLiC』が映画になったとき、コミックスの後半のほうを買ってなかったことを思い出し、書店で見たら装幀が変わっていたのでがっかり。小口の色塗りが無くてカヴァー絵もちょっと……。でも、あきらめずにリサイクルショップに行ったら、初期の装幀のが全揃いで950円だった。う〜ん、人気無いのか。とはいえ結局映画は観ていません。
番組オープニングの〈空色デイズ〉も懐かしい。
なんてことは措いといて、岡田有希子のシングル盤が再発された。全9枚で、各盤ごとに違うカラーヴァイナルがピンクのボックスに入っている。
最近のシティ・ポップ・ブームからすると岡田友希子は重要で、なぜならシングルの最初の3枚のA面の作詞・作曲は竹内まりやだからです。それ以後も4&5枚目は尾崎亜美が書いていて、6枚目が再び竹内まりや。そして7枚目の〈Love Fair〉の作詞・作曲はかしぶち哲郎、編曲が松任谷正隆。最もセールスを記録した8枚目のカネボウ化粧品CMソング〈くちびるNetwork〉は作詞:Seiko (松田聖子)、作曲:坂本龍一、編曲:かしぶち哲郎です。そして発売中止となった9枚目のA面〈Love Fair〉作詞・作曲・編曲ともかしぶち哲郎、そのB面〈秘密のシンフォニー〉は作詞:麻生圭子、作曲:大貫妙子、編曲:かしぶち哲郎という布陣で、今回のボックスにはこの9枚目シングルも収録されています。
この作詞作曲のメンバーはすごいんだけど、竹内まりやも当時まだ29歳。今ほどのビッグネームというわけではないのですが。
今の耳で聴くと確かに歌謡曲だし、チープな感じがする部分もあるけれど、あくまで歌謡曲というスタンスのなか、それにCMで使われるタイアップ曲となれば、まずシンプルでキャッチがあることが一番です。そうした意味で〈くちびるNetwork〉は坂本作品として、やはり印象的です。
ただ、私の好みは4枚目のシングル〈二人だけのセレモニー〉のB面に収録されている〈PRIVATE RED〉なんですが、この曲、作詞:売野雅勇、作曲:山川恵津子、編曲:大村雅朗です。山川恵津子については少し前の記事に書きましたが (→2024年07月16日ブログ)、編曲が大村雅朗であるのもなかなかです。
岡田有希子/くちびるNetwork
作詞:Seiko/作曲:坂本龍一/編曲:かしぶち哲郎
https://www.youtube.com/watch?v=IIt-iSErN0w
岡田有希子/PRIVATE RED (二人だけのセレモニーB面)
作詞:売野雅勇/作曲:山川恵津子/編曲:大村雅朗
https://www.youtube.com/watch?v=8y7xIexiG_U
森口博子《ANISON COVERS 2》全曲ダイジェスト
https://www.youtube.com/watch?v=wx8ld7jq5lY
岡田有希子7インチシングル・コンプリートBOX
(ポニーキャニオン)
amazonではなぜか品切れですが、どこのショップにも在庫はあります。
トロント2001年ライヴのR.E.M. [音楽]
Michael Stipe (2001/ Toronto, Canada)
以前にR.E.M.の《New Adventures in Hi-Fi》について書いたことがある。今、読み返してみると多分にセンチメンタル過ぎたかもしれない。その記事で私はパティ・スミスがゲストとして呼ばれる〈E-bow The Letter〉を取り上げてはみたが、主としたテーマは〈Losing My Religion〉におけるマイケル・スタイプの屈折した宗教性だ。
かつて自らが書いた文章を恥じらいもなく再録してみると、
私の好きな動画は、オリジナルのPVではなくカナダの野外ライヴの映
像だ。観客が一緒になって熱狂して歌っている表情と、でも歌っている
その歌詞との乖離にオルタナティヴの不毛さを感じる。それは過去の記
憶として残っている美しい不毛だ。フラット・マンドリンの音色に魔力
を感じたのはこのPVが初めてだった。(→2015年09月09日ブログより)
この考えは時が経っても変わらない。さらにダイレクトに音楽における宗教について考えたのがピーター・ポール&マリーを聴きながらR.E.M.を想起した記事の次の部分である。
フォークソングに限らず欧米の音楽を考える場合に重要なのは、曲に対
するレリージョナルな動機であって、その善悪はともかくとしてそれを
考えずに通り過ぎることはできない。私が繰り返しとりあげるR.E.M.の
〈Losing My Religion〉にしても同様である。「神を信じていないのだ
が、神を信じる」 的な矛盾を抱えているのが今の作詞・作曲家たち、も
っと言ってしまえばオーディナリー・ピープルという気がする。
(→2019年09月29日ブログより)
そして、例としてあげたカナダの野外ライヴの映像における〈Losing My Religion〉をYouTubeで繰り返し観ながらも、このライヴの全容を観ることができないのを残念に思っていた。ところが何気なく探してみたら R.E.M. Video Archive というチャンネルを見つけて、そこに4年も前からコンサート全体がアップされていたことを知った。
動画の解説によればこのライヴは
Corner Of Yonge & Dundas Streets, Toronto, Canada
[Free outdoor show]
とあり、日付は2001年05月17日と表示されている。
驚くべきなのはこのロケーションで、こんなコンサートが日本で可能なのかと問われたらおそらく無理としか言えないだろう。映像はそのあり得なさを誇示するようにコンサートを楽しむオーディエンスを捉えるショットが少し多過ぎるような気がするが、バンド自体の昂揚感と観客との一体感は、振り切ったVUメーターのようにマックスである。〈Losing My Religion〉を単体で聴くよりも、コンサートの流れのなかで聴くほうが曲としての存在感が増すことは言うまでもない。〈Losing My Religion〉を歌う前にマイケル・スタイプが上着を脱いでいるのも象徴的である。視聴数が10万回にも満たないのは謎である。
R.E.M.はオルタナでありパンク、あるいはポストパンクであるが、そうしたジャンル分けでは括れないなにかを持っていて、それは理知的なルーツを垣間見せる胡乱さとも、激情と破壊衝動で盛り上がる露悪さとも違うなにかである。
このトロント・ライヴのYouTube動画の解説部分にも表示されているが、セットリストは以下の通りである。コンサート動画全体の時間は50’56”であり〈Losing My Religion〉は28’17”あたりから演奏される。
Imitation of Life
The Great Beyond
Have You Ever Seen the Rain?
What’s the Frequency, Kenneth?
All the Way to Reno (You’re Gonna Be a Star)
The Lifting
The One I Love
Losing My Religion
Man On the Moon
encore:
So. Central Rain (I’m Sorry)
It’s the End of The World As We Know It (And I Feel Fine)
R.E.M.: Concert 2001
Corner Of Yonge & Dundas Streets, Toronto, Canada
2001-05-17 [Free outdoor show]
https://www.youtube.com/watch?v=Hw7IJMtrOwk
ライヴ・イン・リヨンのブライアン・フェリー [音楽]
Bryan Ferry (Live in Lyon, 2011)
ブライアン・フェリーの Nuits de Fourvière, Live in Lyon という2011年のライヴ映像があって、Eagle Rockというレーベルから2013年にリリースされたものだが、YouTubeで何曲かを観ることができる。
フェリーのバックはバンドに女性コーラス、女性ダンサーを加えたゴージャスなつくりで、全体が鳴りっぱなしと形容できるくらい音の充満したサウンドであるが、その音数の多さがかえって魅力的だ。特にオリヴァー・トンプソンのギターが延々とフェリーのヴォーカルにかぶさってくるのだが、音そのものが屹立していてうるさくはない。またジョルジャ・チャーマーズのサックスもハードな芯が感じられ、時に妖艶で美しい。
下記に何曲かリンクしたが、まず〈Like a Hurricane〉はニール・ヤングが1975年に書いた曲のカヴァーである。〈Slave to Love〉はフェリーの1985年のアルバム《Boys and Girls》に収録されている曲。そして〈You Can Dance〉は2010年のアルバム《Olympia》に収録されている曲である。
ロキシー・ミュージックを聴いたのは比較的遅くて《Avalon》がすでに過去の名アルバムと評価されてしまっている頃だった。そこから遡って《Flesh and Blood》《Siren》《For Your Pleasure》などをE.G.盤で聴いていった。そしてブライアン・フェリーのソロも聴くようになった。もっともロキシーのCDは《Avalon》までのアルバムは全て持っていると思うが、フェリーのメディアは飛び飛びかもしれない。
フェリーは音だけ聴いているのでも十分だが、ミュージック・ヴィデオが凝っていて映像付きで聴くとコンセプトがよくわかる。そこで〈You Can Dance〉のMVもリンクしておく。
ロキシーの中で私が偏愛するのは《Country Life》であり、さらにいえばtr06、レコードの場合ならB面1曲目に置かれている〈Bitter-Sweet〉である。MVの雰囲気はデカダンの極地であるが、ストリングスを加えたライヴの熱唱も聴かせる。後半にドイツ語で歌われるこの部分がカッコイイ。
Nein, das ist nicht das Ende der Welt
Gestrandet an Leben und Kunst
Und das Spiel geht weiter
Wie man weiß
Noch viele schönste... Wiedersehn
ライヴ・イン・リヨンのパーソネルは次の通りである。
Backing Vocals: Aleysha Gordon, Bridgette Amofah,
Sewuese Abwa, Shar White
Bass: Jeremy Meehan
Drums: Andy Newmark, Tara Ferry
Guitar: Neil Hubbard, Oliver Thompson
Keyboards and Sax: Jorja Chalmers
Performer [dancers]: Jade Sullivan, Marie Francis
Piano: Colin Good
Vocals: Bryan Ferry
Live in Lyon:
Bryan Ferry/Like a hurricane
https://www.youtube.com/watch?v=hTOcbONX5rs
Bryan Ferry/Slave To Love (Live in Lyon)
https://www.youtube.com/watch?v=jy0NY0MhCz0
Bryan Ferry/You Can Dance (Live in Lyon)
https://www.youtube.com/watch?v=sFBY-_Ddq60
Bryan Ferry/You Can Dance (MV)
Olympia (Bryan Ferry album, 2010)
https://www.youtube.com/watch?v=eAOzMYLMFfQ
Roxy Music/Bitter-Sweet (live)
https://www.youtube.com/watch?v=wN38ZIcF44I
Roxy Music/Bitter-Sweet (MV)
https://www.youtube.com/watch?v=y63ydqGAA3Y
J・D・サリンジャー『ナイン・ストーリーズ』 [本]
書店でJ・D・サリンジャー『彼女の思い出/逆さまの森』という本を見つけた。これって何? と思ったのだが、その横に『このサンドイッチ、マヨネーズ忘れてる ハプワーズ16、1924年』が並んでいる。同じ装幀で Shincho Modern Classics とあり、一種の叢書のような体裁になっている。訳者はどちらも金原瑞人。
後者の書名は識っていたが、まぁいいか、と今までスルーしていた。だが訳者あとがきをちょっと読んでみたらこれは大変とすぐに気づいて、2冊とも買ってきた。
以下、訳者あとがきをさらに簡単にまとめてみる。
J・D・サリンジャー (Jerome David Salinger, 1919−2010) が生前、本として出版したのは『キャッチャー・イン・ザ・ライ (ライ麦畑でつかまえて)』(1951) を含めて4冊だけで、今回の2冊『このサンドイッチ、マヨネーズ忘れてる ハプワーズ16、1924年』と『彼女の思い出/逆さまの森』は雑誌掲載のみで、アメリカ本国では本になっていない。そして 「ハプワーズ16、1924年」 は1965年6月19日号の The New Yorker に掲載されたサリンジャー最後の作品である (この作品は不評だったという)。そのとき彼は46歳、それ以後、2010年に91歳で他界するまで彼が作品を発表することはなかった。
「ハプワーズ16、1924年」 は不評だったにもかかわらず、著者には出版する考えがあったようだが、結局実現しなかったとのことだ。『このサンドイッチ……』に収められている作品は 「ハプワーズ……」 を除いて、皆、『キャッチャー・イン・ザ・ライ』以前の作品 (1940〜1946年) である。そして『彼女の思い出……』も同様に20代に書かれた作品群である。
なぜここでサリンジャーに執着したのかというと、実は『ナイン・ストーリーズ』(1953) を柴田元幸・訳で読んだからなのである。柴田訳はこの頃流行りの新訳——つまり、すでに翻訳されている有名作品を新たに翻訳すること——の一環であるが、今年上半期に読んだ本の中で最も衝撃を受けた小説に違いなくて、『キャッチャー・イン・ザ・ライ』で事足れりとしていた不明を恥じるしかない。
『ナイン・ストーリーズ』は『キャッチャー・イン・ザ・ライ』に続けて出版された短編集であり、タイトルで示されているように9つの作品が収録されている。その最初に収められている 「バナナフィッシュ日和」 (A Perfect Day for Bananafish) を読み出して最初に感じたのはうっすらとした違和感。それと会話のもどかしさから来るいらいら。そして巧妙な場面転換の末に来る結末。
吉田秋生のコミック作品『BANANA FISH』のタイトルはこのサリンジャーの短編から採られたものである。もっとも内容的にはほとんど関係がないが。
冒頭でいきなりこれはないよね、と思ってしまった。9つの短編を次々に読もうと思ったのだが、この、まるで突然殴られたような読後感が残っていて、なかなか読み進むことができない。もっと正確に形容するのなら、内容が重いから、というしんどさと、どんどん読んでしまったらすぐに終わってしまうから、という 「もったいなさ」 感とがないまぜになった状態だったとも言えるのだろう。
それとすぐに考えたのは野崎孝はどのように訳しているのか、ということと、そもそも原文はどうなっているのか、と気になったところが幾つかあって、5月の終わり頃から6月はじめにかけて読んだのになかなか感想を書くまでに行きつかなかった (時系列的にいうとハルノ宵子の『隆明だもの』より前に読んでいる)。だが次第に記憶は薄れてしまうので、とりあえずここに意味もなく書いてみた次第である。
どの作品も素晴らしいし、ほとんど完璧と言ってよいのかもしれない。
そのなかで特に面白いと思ったのは3つ目の 「エスキモーとの戦争前夜」 で、まさに演劇的な展開であり、このまま舞台に乗りそうなストーリーである。そして最後のセンテンスが秀逸で、
三番街とレキシントンのあいだで、財布を出そうとコートのポケットに
手を入れたら半分のサンドイッチに手が触れた。彼女はそれを取り出し、
道に捨てようと腕を下ろしかけたが、結局そうせずにポケットのなかに
戻した。何年か前、部屋のクズ籠に敷いたおがくずのなかでイースター
のひよこが死んでいるのを見つけたときも、ジニーはそれを始末するの
に三日かかったのだった。(p.95)
「コートのポケットにサンドイッチを入れるのかよ」 とか 「道路に食べ物を捨ててはいけません」 とかツッコミどころ満載なのだが、この終わり方はすごい。ずっと読んできてこれなのかと思うと、泣いてしまう。
8つ目の 「ド・ドーミエ=スミスの青の時代」 は、インチキ通信制美術学校で作品の添削をするという話。その学校の経営者は日本人なのだが 「ヨショト」 という苗字で、これは何なの? とウケてしまう。主人公の青年はカンチガイな自信家でその自信過剰加減が絶妙。でも当時だったらこんなインチキ学校もあったのかもしれない、と思わせてしまうところがとんでもないのである。
と、あまりにもウケ狙いな箇所を引用したのは、サリンジャーの天才性への嫉妬である (ウソ!)。
それで今は『このサンドイッチ……』を読み始めたところだが、いきなりホールデン・コールフィールドが出てくるわけです。
その6つ目の短編に「他人」 というタイトルがあって、原タイトルは The Stranger である。それで思い出したのはアルベール・カミュの『異邦人』(L’Étranger, 1942) で、かつての私のフランス語の教師は 「カミュの『異邦人』というタイトルはおかしい。この作品にふさわしいタイトルは『他人』だ」 と言っていたのである (英語のstranger=フランス語のétranger)。もっとも 「異邦人」 のほうがキャッチがあってカッコイイんですけどね。あとは悲しみを持て余す異邦人〜♪
J・D・サリンジャー/ナイン・ストーリーズ
(柴田元幸・訳、河出文庫)
J・D・サリンジャー/
このサンドイッチ、マヨネーズ忘れてる ハプワース16、1924年
(金原瑞人・訳、新潮社)
J・D・サリンジャー/彼女の思い出/逆さまの森
(金原瑞人・訳、新潮社)