SSブログ

市街地ギャオ『メメントラブドール』 [本]

gyao_241020.jpg
市街地ギャオ (毎日新聞 2024年06月14日記事より)

毎月送られて来る宣伝誌『ちくま』の10月号で最初に目を惹いたのは柴田元幸が訳しているバリー・ユアグローの都築響一『TOKYO STYLE』に関する記事だったが、30年前とは、こんまりもスマホもインスタもない時代の写真集という記述に思わず肯く。
それはともかく、市街地ギャオの短編 「かぁいいきみのままで」 が掲載されていたので読んでみた。市街地ギャオとはすごいペンネームだが、最近のロックバンドなどでよく見かけるどちらがアルバム名でどちらがバンド名なのかわからないような傾向に較べればたいしたことではない。

市街地ギャオは筑摩書房と三鷹市による太宰治賞の今年度の受賞者である。「かぁいいきみのままで」 は受賞後第1作とのことだが、ちょっと面白いなと思ったので、遡って受賞作そのもの 「メメントラブドール」 も読んでみた。

主人公・忠岡柊太はほとんどリモートで仕事をしながら、コンカフェで男の娘になって働き、さらにノンケ喰いをしているという毎日で、いきなりTinderでのやりとりが描写されるし、言葉は略語とネットスラングの嵐だが、ストーリーとしてはわかりやすい。
コンカフェの店名はラビッツ、柊太は店では 「うたちゃん」 と呼ばれている。他には奏乃 (トランス)、ひなた (パンセク)、もち助 (ノンケ)、masato (アセク) など、少しずつ嗜好がわかれている。店を仕切っている笹井は雇われオーナーで、妖精さんと陰口されている。

柊太のノンケ喰いの成果のひとり、カズは最初はオズオズとしていたのにだんだんと立場が逆転し、柊太とのプレイ動画を上げてバズることに執念を燃やすようになる。柊太はオモテの仕事にもやる気がなく、コンカフェの仕事も手抜きで笹井からクビをチラつかされる。
ラビッツに来た客のひとり、女性客のまいめろ♡はやる気のない柊太にずけずけとものを言うが、それに対する柊太の内面の声が辛辣だ。

 その程度の解像度で人間をわかったような気になっちゃうからお前の髪
 の毛はパサついたままだしカーディガンのSHEINタグがひっくり返って
 ることにも気づかないんじゃないの、と思う。(p.47)

まいめろ♡はローファーもSHEINのを履いているみたいで、その形容のなかに作者のSHEINへの憎悪 (というか排斥) が感じられて笑う。
会社の後輩・紺野は仕事に意欲的で明るい性格だが、じつはこんこんという裏アカがあり、柊太はそれを見つけてしまい、ネットでのやりとりが始まる。だが自分の画像を送るわけにはいかないので、カズの画像をこんこんに送る。

ラビッツに来る客のなかで柊太を気に入ってくれている客がいて、おじさん (実際には、まだおじさんではない) と自分を呼ばせるバキ童である。だがある日、柊太にチェキを撮らせた後、突然、来なくなってしまう。上客のリストから消えていることに柊太は気がつく。(p.78)

男の娘らしくない外見であることを笹井に注意されて、柊太は仕方なくamazonでデニムのショーパンを買い、XXLの白のTシャツと白の厚底スニーカーに合わせてみる。柊太は不本意だと感じているが笹井はそのコーデに納得し、これを被れとカビくさいウィッグを投げて寄こす。
笹井の目はずっとシビアで、奏乃が好んで着ているロリータ服も 「似合ってないロリータ」 なんだからホントはやめさせたいんだと不満を述べる。(p.79)
かつて柊太は高専では姫だった。その過去の栄光が柊太に残っていることは確かだ。だがラビッツでは皮肉なことにノンケのもち助が一番かわいい。そして厳然としたヒエラルキーがあることを提示しているのが笹井であり、こうしたことは女の娘に限らず常に存在するものなのだ。

ストーリーの終盤近く、カズが柊太に訊ねる:

 「たいちょーさん*はなんて呼ばれたいの」
 「わかんない。なんでもいいって」
 なんでもいいってことは何者でもあるし何者でもないって思ってるって
 ことっすか、と茶化されて、そのフィクショナルな響きにはっとする。
 抽象化してしまえば全人類そうだろうとしか言えないのに、どのペルソ
 ナもどの擬態も全部が中途半端ないまの私に刺さっている言葉な気がし
 てしまう。(p.94)
 ( *:柊太のノンケ漁りの際のアカウント)

逆順で読んだのでわからなかったのだが、「メメントラブドール」 に出てくるおじさんを主人公としたストーリーが 「かぁいいきみのままで」 なのだ。おじさんは翔吾という名で、地下アイドルの 「推し」 をやっていたがその子は引退してしまい、その次の推しになったのが柊太だったのである。柊太の次に翔吾は再び土星ちゃんという地下アイドルの推しを始めるのだが、あるきっかけで推しをやめてしまう。この哀しみの描き方から静かな諦念が伝わってくる。

太宰治賞の選評では、各選者が最終候補作品は皆、一人称だと、まるで一人称で書くことはレヴェルが低いようなニュアンスが感じとれたが、市街地ギャオは 「かぁいいきみのままで」 では三人称で書いていて、そのレスポンスの意図がわかって面白い。
好書好日というサイトの2024年09月17日の記事に市街地ギャオのインタヴュー記事があるが、それに拠れば彼は金原ひとみを敬愛していると書かれている。金原ひとみを村上龍は褒めていたはずで、村上龍→金原ひとみ→市街地ギャオという系譜をなんとなく感じてしまう。それは『TOKYO STYLE』からも感じられる雑多な無名性の風景から滲み出してくる卑近な生活の匂いに似ていて、そしてこのような 「今ふうの若者言葉」 で書かれている作品はやがて色褪せるのかもしれないがそこから醸し出される儚さや切なさがかえって愛おしい。


市街地ギャオ/メメントラブドール (筑摩書房)
メメントラブドール (単行本)




メメントラブドールは10月24日発売予定です。
この記事の引用ページ数は『太宰治賞2024』からのものです。


かぁいいきみのままで (全文が読めます)
https://www.webchikuma.jp/articles/-/3681

好書好日 2024年09月17日
https://book.asahi.com/article/15420864
nice!(70)  コメント(6) 
共通テーマ:音楽