挾間美帆 hr Bigband 2024.11.22ライヴ [音楽]
![MihoHazama2024_241124.jpg](https://lequiche.c.blog.ss-blog.jp/_images/blog/_618/lequiche/m_MihoHazama2024_241124.jpg)
Miho Hazama (R), Immanuel Wilkins (L)
挾間美帆のhrビッグバンド (フランクフルト・ラディオ・ビッグ・バンド) とのライヴが hr-Bigband のYouTubeチャンネルにupされた。挾間美帆 [はざま・みほ/1986−] はジャズ作編曲家でありコンダクターである。2019年からデンマークのDR Big Band (Danish Radio Big Band) のコンダクターでもあるが、今回の動画はhrビッグバンドを指揮したライヴである。
最初に言ってしまえば素晴らしいライヴである。ゲスト・プレイヤーとして招かれたアルトサックスのイマニュエル・ウィルキンス (Immanuel Wilkins/1997−) を私はまだ知らなかったが、そのブロウは非常に知的でありながら、プログレッシヴであり美しい。
このライヴはおそらくリアルタイムで配信されたためだろうか、時間表示は2時間20分だが、途中で約25分の休憩がある。
今回、聴きながらアバウトだがセットリストを作成した。
表示は曲始まりの大体の時間、曲名、作曲者であり、*印の付いているのがウィルキンスが演奏に加わっている曲である。編曲はarr.と表記のある〈Fugitive Aituall, Selah〉がクリストファー・ズアー、〈Ferguson - An American Tradition〉が韓国の作曲家、イ・ジヘで、それ以外はすべて挾間美帆の編曲である。
次行にあるのは、その曲のソロのおおまかな順序である。ソロの間にトゥッティが挟まったりするが、そのへんは拾っていない。白眉なのはウィルキンスの作品〈Omega〉で、アルトとバリトンが交互にソロをとり、最後は4バースとなるのだが (この部分、挾間美帆の振り方を観ていると単純に4バースと数えていいのかどうかがわからない)、緩急のある構造、そして挾間のスコアの流れに乗って行くウィルキンスのインプロヴィゼーションはまさに今のジャズを感じさせる。
挾間はクラシックから現代音楽を学んでいたのが本来のフィールドだったので、このhrビッグバンドのような正統的ジャズのビッグバンドだけでなく、弦を加えた曲や、オーケストラにプラスしてジャズ・プレイヤーを配置する曲も得意としているようだ。
このhrビッグバンドの演奏時間は長いし比較的ハイブロウなライヴなので、MIHO HAZAMA m_unit という2023年のジャパン・ツアーの演奏〈Abeam〉もリンクしておく。ミュージシャンは日本人であり、とっかかりとしてはこのほうが聴きやすく、挾間の音楽を理解しやすいかもしれない。
挾間美帆/ビヨンド・オービット (Universal Music)
![ビヨンド・オービット ビヨンド・オービット](https://m.media-amazon.com/images/I/418CmZg1lNL._SL75_.jpg)
挾間美帆/イマジナリー・ヴィジョンズ
(Edition Records/King International)
![イマジナリー・ヴィジョンズ / 挾間美帆 & デンマーク・ラジオ・ビッグバンド (Imaginary Visions / Miho Hazama featuring Danish Radio Big Band) [UHQCD] [Import] [日本語帯・解説付] イマジナリー・ヴィジョンズ / 挾間美帆 & デンマーク・ラジオ・ビッグバンド (Imaginary Visions / Miho Hazama featuring Danish Radio Big Band) [UHQCD] [Import] [日本語帯・解説付]](https://m.media-amazon.com/images/I/31Dz9ikHHiL._SL75_.jpg)
Miho Hazama, Immanuel Wilkins, Frankfurt Radio Big Band Live
https://www.youtube.com/watch?v=5XnT2p_hKWU
1st set
00:38 introduction
02:50 I Said Cool, You Said...What? (Miho Hazama)
cl→p→g
11:56 Bourbon Street Jingling Jollies (Duke Ellington)
tb→g→tb→b
22:10 Grace and Mercy (Immanuel Wilkins)*
as→p→flh→as
30:18 Fugitive Aituall, Selah (Immanuel Wilkins/arr. Christopher Zuar)*
as→b→as
41:10 Omega (Immanuel Wilkins)*
as→bs→as→bs→as→bs→as&bs 4bars→as
50:50〜休憩〜1:16:30
2nd set
1:17:21 More? (Joel Ross)*
ts→as
1:24:33 Somnambulant (Miho Hazama)
ts→tp→ss→g
1:35:45 Dizzy Dizzy Wildflower (Miho Hazama)
tb→tp
1:45:22 Ferguson - An American Tradition
(Immanuel Wilkins/arr. Jihye Lee)*
as→tp→as
1:53:45 メンバー紹介
1:57:10 Saudade (Immanuel Wilkins)*
ss→b→p→as
encore
2:09:15 From Life Comes Beauty (Miho Hazama)*
tb→as
Live aus dem hr-Sendesaal, Friday November 22nd 2024
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Miho Hazama/Abeam
MIHO HAZAMA m_unit JAPAN TOUR 2023
on Sept 29, 2023 at Bunkyo Civic Hall, Tokyo
https://www.youtube.com/watch?v=PF1rR0Ggpk0
TOMOO YouTube LIVE 2024.11.18 [音楽]
![tomooLive02_241121.jpg](https://lequiche.c.blog.ss-blog.jp/_images/blog/_618/lequiche/m_tomooLive02_241121.jpg)
TOMOOのYouTube LIVEが公開された。2024.11.18という日付になっている。
弾き語りのライヴ、というか自宅における固定カメラのYouTube動画である。55’45”あるが、このちょっとユルくてくだけた雰囲気が良い。途中で猫にチュールを、といって画面から消えてしまったりする。だが歌になると、この人はホントにシンガーソングライターなのだとあらためて確認することになる。
![tomooLive01_241121.jpg](https://lequiche.c.blog.ss-blog.jp/_images/blog/_618/lequiche/m_tomooLive01_241121.jpg)
![tomooLive03_241121.jpg](https://lequiche.c.blog.ss-blog.jp/_images/blog/_618/lequiche/m_tomooLive03_241121.jpg)
TOMOO/2024.11.18 YouTube LIVE
https://www.youtube.com/watch?v=EFkhU2_2CgY
金原ひとみ『ナチュラルボーンチキン』 [本]
![HitomiKanehara_Natural-BoneChicken_241119.jpg](https://lequiche.c.blog.ss-blog.jp/_images/blog/_618/lequiche/m_HitomiKanehara_Natural-BoneChicken_241119.jpg)
11月15日のTokyofm《日向坂46のほっとひといき!》でみーぱんがローソン商品を試食していてASMRって何? みたいな話のなかでゲシュタルト崩壊と言ったりしたんだけど、そんな言葉知ってるんだ、と思うのは失礼なのかもしれない。アイドルグループには 「シュレーディンガーの犬」 (略してシュレ犬) というのもいるけど、そこには 「なぜ猫なの?」 という批判も籠められているのに違いない。最近のグループ名はますます凝り過ぎなつくりになってきていて、さらにそれを略すものだから、「ずとまよ」 はどんなマヨネーズなのかと思っていたのは秘密です。以上は前フリで何の意味もありません。
さて。金原ひとみの『ナチュラルボーンチキン』の簡単なあらすじを書いてみる。あらすじはホントは書きたくないんだけど、たまにはいいかな。
私=浜野文乃 [はまの・あやの] は出版社で労務を担当している。45歳で一人暮らし、趣味も特になく、友達や仲のいい家族・親戚もペットもいない。毎晩、肉野菜炒めとパックご飯を食べ、スマホでドラマを観るだけの、波風のたたない毎日を続けている。ルーティンがすべてで、何もない。
ところがケガをしたことを理由に、在宅勤務のままで出社してこない編集部の平木の様子を見に行ってくれないかと上司から依頼される。平木はオフィス街の道を、ひとりカジュアルな服装でスケボーで出勤してくるようなちょっと変わった女性だ。
平木の住むマンションを訪ねて行ってから後、平木は私にいろいろと誘いをかけて来るようになる。静かだったはずのルーティン生活が次第に崩れて行く。何度かランチなどに付き合わされているうちに、どこに行くのか知らされないまま、渋谷に連れ出される。そこはマニアックでカルトなロックバンドのライヴだった。ヴォーカルの 「まさか」 のわけのわからな過ぎるパフォーマンスに衝撃を受ける。平木はバンドのメンバーと懇意で、ライヴ後、飲み会に参加させられてから私の強いガードは変化する。そしてなぜ私が何も受け入れないようなルーティン生活を続けてきたのか、その理由が次第に明らかになって行く。
結末までは書きません。
最初は軽く始まったストーリーなのに、文乃と母親、そして父親との関係、おばあちゃんと暮らしていたこと、と文乃の過去がわかってくるにつれて、だんだんと重い話題が見えてくるのが、さすが金原ひとみだ。
登場人物の名前の付け方も平木直理 [ひらき・なおり] とか松坂牛雄 [まつざか・うしお] とか、ふざけているのではなくて (ふざけているんだけれど)、名前なんてカリカチュアでしかないという意図が感じられる。
なぜ文乃がルーティン生活に逃げ込んだのか、その理由が語られる。
だって私がこのまま惰生を貪ったところで、何が生じるのという感じだ
し、長生きしたとしても、私は結局延々とルーティンをこなすばかりで
何も生み出さないのだ。そして会社は誰かが死んでも回るようにできて
いる。私の唯一無二性など、どこにもない。(p.84)
確かにそうだ。ルーティンに逃げ込んだというよりは、ルーティンしかこなせないのがほとんどだ。考えてみれば日常生活はほとんどルーティンワークで構成されている。他には何もない。無数の無名なハタラキアリたち。少なくとも私はそうだし、そのように言われてもしかたがないと私は思う。
文乃が、まさかに対して語るおじさん論も納得できる話だ。
「まさかさんはおじさんではありません。私は二十七くらいの頃に気付
いたんですけど、おじさんというのは年齢ではなく、属性です。私は若
手の男性編集者が、感じがよく、物事の道理を理解していて察しの良い
若者から、ものの数年で権力と金への欲望により、よくいるつまらない
おじさんへと変貌していく様を何度も目にしてきました」 (p.128)
文乃が父親のことが嫌いだったと言ったとき、まさかが文乃に返す言葉もさらっとしているけれど的確だ。
「——関わりたくない人との関わりを強要する人は、世界中から一掃さ
れて欲しいと僕は常々思ってるんです。——」 (p.195)
親を敬えとか兄弟姉妹仲良くとか言うのはすでに壊死した単なる定型文に過ぎなくて、そうした言葉を軽々に口にする人はそれが死んだ言葉であることを理解していないのだろうと私も思う。
と、小説後半のあらすじを伏せているので、これらの引用の意味がわかりにくいかもしれない。
食べることへの貪欲さ、音楽が伝えてくる言葉では語ることのできないなにかについてなど、いつもながらの金原ワールドと感じられる部分はあるかもしれない。
書店にこの『ナチュラルボーンチキン』と市街地ギャオの『メメントラブドール』が並んで平積みされていた。カヴァーの派手さもあって、そこだけ異彩を放っていた。
![HitomiKanehara2024_241119.jpg](https://lequiche.c.blog.ss-blog.jp/_images/blog/_618/lequiche/m_HitomiKanehara2024_241119.jpg)
金原ひとみ (LIFE INSIDER 2024.10.23より)
金原ひとみ/ナチュラルボーンチキン (河出書房新社)
![ナチュラルボーンチキン ナチュラルボーンチキン](https://m.media-amazon.com/images/I/51ohP4yTZdL._SL75_.jpg)
〈Swamp〉— iriとマローダー [音楽]
![iri_RockinJapan2024_241114.jpg](https://lequiche.c.blog.ss-blog.jp/_images/blog/_618/lequiche/m_iri_RockinJapan2024_241114.jpg)
Marauderを弾くiri
最近、iriが頭のなかでぐるぐるしているときがあって、たぶんこういうのって中毒性があると言うんだと思う。それで2024年3月の《Live at 武道館》のBlu-rayも買ったんだけどまだ開封していない。
それよりもやられてしまったのは〈Swamp〉のMVでiriが何気なくギターを弾いているショットが何度かあって、え、なにこれ? と思っているうちにだんだん全体が見えてきて、弾いているのがマローダーなことがわかってくる。マローダーというのはギブソンのちょっとマニアックなギターで、きっと当時売れなかったデザインなんだろうと思うけど、このビザールさがカッコイイ。
Rock in Japan Festival 2024でマローダーを弾いている短い動画もある。
iriには〈渦〉という曲があって、全然関係ないけど私はSugar Soulの2ndアルバム《うず》を思い出す。〈Garden〉が収録されているアルバムだ。もっともアルバムは1stの《on》のほうが名盤で愛聴していたのだが、今は廃盤のようだ。《on》はCDだけでなく、アナログ盤も2セット持っている。でも〈Garden〉の12インチシングルは残念ながら持っていない。
そんなことはよいとして、iriは韓国や台湾でもライヴをしているようで、そうした動画も散見される。日本人でも歌うのがむずかしいような歌詞を韓国や台湾のリスナーが一緒に歌ってくれるってすごいなと思ってしまう。
iriの《Live at 武道館》はYouTubeには音声しかないので、ちょっと前のライヴ映像をリンクしておく。
*
それとTOMOOの〈エンドレス〉のメイキング動画が公開されました。これもなかなか面白い。
iri/Swamp (Music Video)
https://www.youtube.com/watch?v=k-5drkaQVoU
iri/Swamp
(Rock in Japan Festival 2024)
https://www.youtube.com/shorts/FAjAvXLLDjs
iri/friends
(from iri Presents ONEMANSHOW “STARLIGHTS” 2022.10.13)
https://www.youtube.com/watch?v=RiLpKwmZmSA
iri/渦
(from iri S/S Tour 2022 “neon” at Zepp Haneda (TOKYO) 2022.06.05
https://www.youtube.com/watch?v=IU5zsws6IpY
iri/Wonderland
(iri Asia Tour 2024 Live in Taipei Legacy)
https://www.youtube.com/watch?v=jSuxrN-g8NU
*
TOMOO/エンドレス Behind The Scenes
https://www.youtube.com/watch?v=xnJSdeFBumY
TOMOO/エンドレス (OFFICIAL MUSIC VIDEO)
https://www.youtube.com/watch?v=NW9IGlAsK7A
《マイルス・イン・フランス 1963&1964》 [音楽]
![MilesInFrance_241109.jpg](https://lequiche.c.blog.ss-blog.jp/_images/blog/_618/lequiche/m_MilesInFrance_241109.jpg)
マイルス・デイヴィスの《マイルス・イン・フランス 1963&1964》が発売された。ブートレグ・シリーズのvol.8である。今回の内容は1963年7月26日〜28日のアンティーブ・ジャズ・フェスティヴァル (Festival mondial du jazz, Antibes/Juan-les pins) と1964年10月1日のサル・プレイエルにおけるパリ・ジャズ・フェスティヴァル (Paris jazz festival, salle pleyel) で収録されたライヴ演奏である。
ブートレグのvol.7《That’s What Happened 1982−1985》は私見では 「まぁね……」 とつい呟いてしまう内容だったが (私はギターの入ったマイルス・バンドが嫌いなので)、今回のvol.8はアコースティク・マイルスであり、この時期こそマイルスの最盛期と捉えるのが当然だと考える。
録音はモノラルであるが、音質はオフィシャルで出されたものであるから問題ない。
アンティーブのパーソネルはハービー・ハンコック、ロン・カーター、トニー・ウィリアムスのリズム・セクションでサックスがジョージ・コールマンであるが、翌年のサル・プレイエルではウェイン・ショーターに代わっている。
アンティーブの7月27日はアルバム《Miles Davis in Europe》の音源なのであるが、26日と28日はオフィシャルとしては初発売とのことである (JAZZDISCOのセッショングラフィによればJazz Music Yesterdayというレーベルでブートが出ていたらしい)。
サル・プレイエルのライヴは完全に初発売であるが、前出のJAZZDISCOで確認するとHeart Noteというレーベルでブートが出されていたことがわかる。
テナーがジョージ・コールマンからサム・リヴァースを経て、ショーターに代わってからの最初のライヴが1964年9月25日のベルリン・フィルハーモニーにおけるライヴ・アルバム《Miles in Berlin》であり、サル・プレイエルはその6日後の録音なのである。
マイルスのYouTubeチャンネルでは7月26日のアンティーブにおける〈So What〉と、サル・プレイエルの〈Autumn Leaves〉が公開されている。
〈Autumn Leaves〉はマイルス、ショーター共に尖っていて音数も多く緻密、おそろしいほどの緊張感で、数多い〈Autumn Leaves〉のなかでも出色の出来である。ベースソロの終わる頃にマイルスがテーマの片鱗を一瞬被せて来る数音が美しい (マイルスがライヴで 「枯葉」 のテーマをストレートに吹くことはほとんどない)。
〈So What〉はこの曲のライヴでの常としてオリジナルより圧倒的に速いが、ハンコックのソロが特に光る。ジョージ・コールマンもクォリティが高い。
本当はこれ、レコードで聴きたいんですが、う〜ん、値段が。
Miles Davis/Miles in France 1963&1964
(ソニーミュージックエンタテインメント)
Miles Davis/Autumn Leaves
(Live at Salle pleyel, Paris Oct 1, 1964)
https://www.youtube.com/watch?v=VceamQwj8bo
Miles Davis/So What
(Live at Festival mondial du jazz Antibes, July 26, 1963)
https://www.youtube.com/watch?v=lzJ4ZTi7yoY
鳥羽耕史『安部公房 —消しゴムで書く—』 [本]
![KoboAbe1984_241104.jpg](https://lequiche.c.blog.ss-blog.jp/_images/blog/_618/lequiche/m_KoboAbe1984_241104.jpg)
安部公房 (神奈川近代文学館サイトより)
(1984年。黎明期のワープロ・NEC文豪を使用している。FDは8インチ)
鳥羽耕史『安部公房 —消しゴムで書く—』はミネルヴァ書房日本評伝選の一冊として上梓されたもので、安部公房の作品と歴史を非常に詳細に解説した労作である。特にすぐれているのは各作品のあらすじを的確にまとめていることで資料的な価値は大変高い。しかし安部公房論ではなくあくまで評伝であるので、安部公房をある程度知っていないと読解できにくい内容であることも確かである。
そして安部公房は一種の 「火宅の人」 であったわけだが、それについての女性週刊誌的な記述を期待するとはぐらかされる。第一義なのはあくまで彼の作品であることを念頭において読む必要がある。
これを読んで思ったのは、私が興味を持って読んでいたり、あるいは演劇に興味を持っていた頃の安部公房は彼の歴史からするとほんの一瞬に近い時間に過ぎなくて、そこに達するまでの長い歴史があったことをあらためて知ることになった。
まず、彼の育った満州とその戦前・戦後における経験がその作品の形成に強く関与していることは確かだ。そして日本共産党に入党し、オルグ活動をした時期もあったが党の方針と次第に合わなくなり、結果として共産党から除名されたこと。そしてその除名直後の作品が『砂の女』であったことは非常に象徴的である。
安部公房作品を辿るときにその戯曲作品は重要であるが、それに先行するラジオドラマ等の脚本書きがあり (当時、まだTVは一般家庭に普及する前で、ラジオドラマは人気があった)、そうした経験が結実して安部公房スタジオにおける演劇作品となったと考えることができる。
安部の『制服』の舞台を観て劇団青俳に入団した蜷川幸雄という当時のエピソードを読むと、つまり演劇に関してもそれだけ以前からの歴史があるということがわかる (蜷川は1955年の青俳『快速船』で初舞台を踏んだのだという) (p.71)。
ラジオドラマに関しての逸話で一番面白かったのはNHK第一放送の子供の時間における連続ラジオドラマ『ひげの生えたパイプ』(1959) で、12歳の少年・津久井太郎が、父親の置いていったひげの生えたマドロスパイプは欲しいものを何でも出すことのできるパイプなことを発見し、それを利用していろいろな事件が起こるという内容なのだそうだが、太郎役の声優は大山のぶ代 (当時名/羨代) なのである。
ちなみに、藤子不二雄の『ドラえもん』の連載が始まったのは1969年である。
安部公房が最盛期だったと思えるのは、戯曲を書くことだけでは飽き足らず、自分で劇団を持って上演するという考えから立ち上げた安部公房スタジオの頃である。もう少し正確にいえば、安部スタジオの前哨となった紀伊國屋ホールにおける『ガイドブック』の上演 (出演:田中邦衛、条文子、山口果林)と、安部スタジオとしての西武劇場における第1回公演『愛の眼鏡は色ガラス』に至る時期であり、この間に新潮社の純文学書下ろし特別作品として小説『箱男』が出されたことにより、時代はまさに安部公房ブーム的な色合いを帯びていたといえよう (新潮社の全集の装幀が『箱男』のイメージをもとにしているのは周知である)。
しかし鳥羽耕史の記述に拠れば、安部が西武資本との強いパイプを作り、西武劇場での上演という恵まれた環境にあったことに対して、68/71黒色テント (当時名/演劇センター68/70) の津野海太郎はブルジョアジーの劇場と批判したのだという。津野は浅利慶太、安部公房、山崎正和をその批判の対象としていたとのこと (p.245)。また当時、朝日新聞で演劇評を担当していた扇田昭彦も安部スタジオに対して辛口だったそうである。津野の論調は68/71の方向性として納得できるが、扇田の批評は知らなかった。当時の白水社の演劇雑誌『新劇』からの影響もあるのかもしれない。
この件に関して『現代思想』(2024年11月臨増・安部公房) で木村陽子は、安部スタジオに対する反発は従来の新劇界からの嫉妬であると述べている。少し長いが引用する。
しかし、このような安部公房のメディア露出の多さが、嫉妬を招き、安
部スタジオへの反発をいっそう強めた向きもあっただろう。戦後の新劇
の復活のあとには、〈アングラ〉がきて、小劇場になだれ込むというの
が日本の演劇の正史だという認識は、〈アングラ〉に近い劇評家たちが、
やや恣意的に残したものである。そこには、戦後に人気が復活した宝塚
劇場のことはもちろん、商業演劇として成功を収めた浅利慶太らの 「劇
団四季」 の活躍が記載されることも稀である。ましてや、セゾングルー
プという大資本が、マーケティング戦略のひとつとして展開する 「西武
劇場」 でのオープニングを飾った、恵まれすぎた環境にいた安部公房ス
タジオのことなどは、〈アングラ〉を正史とする立場からみれば、巨悪
のような存在と映っていたかもしれない。(『現代思想』2024年11月臨
増 p.200)
対して大笹吉雄は『新日本現代演劇史』のなかで、繰り返し安部に言及しているとのことである (大笹の著作は最も信頼のできる劇評であると思うが、私は『日本現代演劇史』の3巻あたりまでしか読んでおらず『新日本現代演劇史』も読んでいないので未確認である)。
では、その安部スタジオの唐突な解散について、安部公房の妻である安部真知の協力が得られなくなったことがその原因である、と木村陽子は指摘している (『現代思想』2024年11月臨増 p.203)。
これは的確な解読であると思うが、安部スタジオと入れ違うようにして擡頭してきた小劇場の雄である野田秀樹の夢の遊眠社やその他の新興劇団のパワーが、安部スタジオのメソッドを色褪せたように見せてしまったことも否めないように思う。
安部真知は装幀だけでなく舞台美術も担当していたが、他の芝居の舞台美術も担当するようになり、結果として、独り立ちしていける要素が増大することとなった。だが私見を言えば、安部真知で最も印象に残っているのは小田島雄志・訳の『シェイクスピア全集』の挿画であり、当時としては異質で新しいシェイクスピアを感じさせる作品であったと思う。
私が最初に読んだ安部公房は、確か『飢餓同盟』『けものたちは故郷をめざす』の再刊本あたりだったと記憶しているが、彼の満州での体験という背景がそうした作品の底流にあることなどまるで知らなかった。それを知ると小説の風景はそれまでと違って見えるようになるのかもしれない。
安部公房も寺山修司も演劇のスペシャリストではなかったが、それゆえにその戯曲の特殊性が際だってみえるように思う。演劇は書籍や映画などと違って、記録として最も残りにくいものである。その刹那性、不回帰性こそが魅力なのだ。
鳥羽耕史/安部公房 —消しゴムで書く— (ミネルヴァ書房)
![安部公房:消しゴムで書く (ミネルヴァ日本評伝選) 安部公房:消しゴムで書く (ミネルヴァ日本評伝選)](https://m.media-amazon.com/images/I/41Ifhi1DPrL._SL75_.jpg)
現代思想 2024年11月臨時増刊号 総特集◎安部公房
(青土社)
![現代思想 2024年11月臨時増刊号 総特集◎安部公房 ―生誕一〇〇年― 現代思想 2024年11月臨時増刊号 総特集◎安部公房 ―生誕一〇〇年―](https://m.media-amazon.com/images/I/91BzDULcg7L._SL75_.jpg)