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〈弦楽のためのレクイエム〉 [音楽]

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Seiji Ozawa and Herbert von Karajan

ユジャ・ワンが2024年のグラミー賞をとったことは喜ばしくもあるが、その対象がアルバム《The American Project》だと聞くと、アメリカの限界というものも薄々感じる。圧倒的にすぐれているのはラフマニノフかプロコフィエフだと思うからだ。
だが、それよりもずっと悲しいニュースに遭遇して永遠に続くかもしれない暗い雪の日々というのはあるものなのか、とふと思う。ここ数年ずっと、私の心のなかは毎日が暗い雪の日々だ。

昔、まだ高校生の頃、割引で買えるレコードショップを知っている友人がいて、数えるほどしかレコードを持っていなかった私がそのツテで手に入れたレコードの1枚にフォーレのレクイエムがあった。もちろんクリュイタンスである。
なぜレクイエムなのかが今となってはわからないのだが、きっとオーソドクスなパターンで交響曲などに入れ込むのを避けたのかもしれない。レクイエムならフォーレかモーツァルトだという思い込みがあるのだけれど、でもフォーレは音が澄み過ぎていて、モーツァルトは彼自身の姿が感じられ過ぎていて、今の悲しみには合わないような気がする。

〈弦楽のためのレクイエム〉(1957) は武満徹の初期の代表的作品と今は言われるが、彼は早世した早坂文雄のために、またその頃、健康的に不安のあった自分自身にも向けて、その曲を書いたのだという。
初演は不評だったと聞くし、武満自身も情緒的過ぎて構造性に欠けるというようなコメントをこの作品に対して残しているようだが、情緒が計算ずくでなく自然に流れ出たところが、いつまでも変わらない清新な印象を持ち続けているように思える。むしろ音楽は構造でなく情動なのだ。

小澤征爾がこの曲を振った動画を観ることができるが、それは1990年11月6日の東京文化会館におけるライヴで、今や〈弦楽のためのレクイエム〉は人気曲だからあまたの演奏があるが、このときの小澤の指揮にまさるものはおそらく無い。
極弱音から入る冒頭のニュアンスが絶妙だ。小澤は両手を合わせ祈るようにしてから指揮棒を持たない両腕で音を紡ぎ出すが、この音の感触はこのライヴの演奏でしか聞くことができない。そしてこの冒頭の和音の鳴り方は一瞬、マーラーのアダージェットを連想させるのだが、指揮者によってはそのような音は聞こえない。つまり各楽器間のバランスの違いにもよるのだろう。

作曲家本人が不満足であろうとも、この曲はある種の特別な意味合いを持って成立しているような気がする。それは死者に対する思いであり、自らの不安感であり、そして人は必ず死ぬという無常観である。
そうした特別な曲を完璧に仕上げたマエストロが、今、そうした曲をおくられてしまう立場になってしまったのだ。小澤が師と仰いだのはカラヤンとバーンスタインとミュンシュ、こんな人は他にいない。

ブリュノ・シッシュの映画《ふたりのマエストロ》は指揮者の親子のストーリーだが、そのなかにスカラ座でジュリオ・カッチーニ (正確にはウラディーミル・ヴァヴィロフ) の〈アヴェ・マリア〉を振る小澤がモニターのなかに映るシーンがある。ほんの数秒なのにリアリティを高めるその効果は絶大だ。
小澤征爾は2002年、ウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートに招かれた。恒例の〈美しく青きドナウ〉が始まる前に、楽員たちが新年の挨拶を幾つもの言語で述べたシーンは、とても心があたたまる美しいときだった。このときの演奏曲リストを見ると、ヨーゼフ・シュトラウスの選曲が多いことに気付く。私の偏愛するウィンナ・ワルツはヨーゼフなので、小澤、わかってるなぁと思うのだ。


小澤征爾&新日本フィルハーモニー/
武満徹:弦楽のためのレクイエム
1990年11月6日・東京文化会館
https://www.youtube.com/watch?v=uHfa1uCAmAA

小澤征爾&ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団/
ヨハン・シュトラウスII:美しく青きドナウ
2002年ウィーン・フィル・ニューイヤーコンサート
https://www.youtube.com/watch?v=VJZaElpTC7M

ブリュノ・シッシュ/ふたりのマエストロ・本編映像
スカラ座で指揮する小澤征爾の映像
https://www.youtube.com/watch?v=C16Kg6Q2hak
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TaekoLovesParis

小沢征爾指揮のコンサートはたくさん行きましたが、やはりオペラは思い出深いです。「エフゲニー・オネーギン」は良かったですが、少し衰えを感じさせ、最後に見た横浜県民ホールでの「蝶々夫人」の時は、病気で一幕しか振れずに交代しました。世界の小沢を一度聞いてみたいと、あまりコンサートに行かない人に足を運ばせた功績は大きいですね。ご冥福を祈ります。
「ふたりのマエストロ」、見逃してる映画ですが、見てみます。
by TaekoLovesParis (2024-02-12 10:57) 

lequiche

>> TaekoLovesParis 様

コンサートはたくさんご覧になった! それは素晴らしいです。
ただ、指揮者に限らず音楽家は体力勝負なところがありますから
全盛期を過ぎてしまうとちょっと……ということも。
でもそれはそれでまた良いと思います。
亡くなったのは残念ですけれど年齢的には仕方がないとも言えます。
でも最後までボケたりすることもなかったですし、
立派な指揮者でした。
by lequiche (2024-02-12 13:26)