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ユジャ・ワンの弾く〈You Come Here Often?〉 [音楽]

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Yuja Wang

前ブログに書いたユジャ・ワンのアルバム《The American Project》のことだが、このアルバムはテディ・エイブラムスが彼女のために書いたピアノ・コンチェルトでそのほとんどのトラックが占められているし、グラミーの受賞式にあらわれたのもエイブラムスであったから、ユジャ・ワンとエイブラムスによるアルバムといってもよいのだが、トラック1にコンチェルトの前哨のようにして入れられたマイケル・ティルソン・トーマスの〈You Come Here Often?〉が重要な意味を持っているように思える。

マイケル・ティルソン・トーマス (Michael Tilson Thomas, 1944−) はユジャ・ワン (Yuja Wang, 1987−) にとってもテディ・エイブラムス (Teddy Abrams, 1987−) にとってもレジェンドであり、現代的でありながらどこかに古き良きアメリカを引きずっているような風合いがある。
この曲〈You Come Here Often?〉はユジャ・ワンがアンコールなどでよく弾くプロコフィエフの技巧的な小曲のようでありながら、斬新な構築性に見えるプロコフィエフのある弱点を凌駕している点で、さすがに彼女宛に書かれた作品であることを見事に証明している。後半の左手の動きが秀逸である。
どちらかといえばプロコフィエフ的な系列の作品なのだが、緩急の配置のバランスが飽きさせない魅力となっている。短い曲なのに内容は濃密だ。
動画はマイケル・ティルソン・トーマスが7日前に自身のチャンネルに上げたものである。

古き良きアメリカというのは、全然見当外れな比喩なのかもしれないが、たとえばドヴォルザークの《アメリカ》に聴かれるような、少し感傷的でやや通俗な、尾鰭のついたキャディラックの走る夜の高速道路に流れる光のような翳りなく輝く全盛期の印象のアメリカであって、私はそれを巖本真理SQの演奏で初めて知った。そうした懐かしさのような、リリカルで、ある意味センチメンタルな遠い記憶はいつまでも褪せることがない。

ユジャ・ワンは特にアンコールを弾くとき、ともすると曲芸的でスピード一番なテクニック至上主義の曲を選ぶことが多かったが、それが次第にそうではなくなってきたのは、たぶんクライスレリアーナの頃からだったのではないかと私は感じている。以前の記事に書いたヴェルビエ・フェスティヴァルのことである (→2023年05月21日ブログ)。

今回、YouTubeで見つけたのはスウェーデンのイェーテボリ交響楽団の本拠地における2021年9月9日のライヴ映像である。
この日のメインとなったコンチェルトはリストの第1番であったが (指揮は首席コンダクターであるサントゥ=マティアス・ロウヴァリ)、そのアンコールで弾かれたのがグルックの〈Melodie from “Orfeo ed Euridice”〉とメンデルスゾーンの〈無言歌集 Allegro leggiero, fis-moll, op.67-2〉である。
どちらもごく穏やかで、そして悲しみをたたえた曲であるが、この儚さが音となるとき、世の中の諍いのもととなっているあまたの悪辣なものや人のことなどがどうでもよくなってしまうようなむなしさを覚えるのはどうしてなのだろうか、と私は思う。


Yuja Wang/The American Project
(Deutsche Grammophon)
輸入盤 YUJA WANG/TEDDY ABRAMS/LOUISVILLE ORCHESTRA / AMERICAN PROJECT [CD]





Yuja Wang/Michael Tilson Thomas: You Come Here Often?
https://www.youtube.com/watch?v=MK3sbDCMTcQ

Yuja Wang/Gluck: Melodie from “Orfeo ed Euridice”
(グルック/オルフェオとエウリディーチェ)
Santtu-Matias Rouvali, Gothenburg Symphony Orchestra
Göteborgs Konserthus, Sep 9, 2021
https://www.youtube.com/watch?v=kGkz0Oj4YCo

Yuja Wang/Mendelssohn: Songs without Words
Allegro leggiero, fis-moll, op.67-2
(アレグロ・レジェーロ [失われた幻影])
同上
https://www.youtube.com/watch?v=PF-oEvh6qD4
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