SSブログ

宇多田ヒカル〈Gold〉とAIについて [音楽]

HikaruUtada_gold_230827.jpg

さっきまでTBSTVの《人生最高レストラン》を観ていた。ゲストは鈴木保奈美で、彼女はU2が好きでアイルランドに何度も行ったとのこと。ブレイクしたドラマ《東京ラブストーリー》は当たったけれどあれはあくまで坂元裕二の作品だから、と。そして言いにくいセリフがあって、それをいかに自然にしゃべるかが必要だったとも言う。ただ私は《東京ラブストーリー》というドラマを観ていないので何ともいえないのだが。

それはよいとして、8月20日のフジテレビ《まつもtoなかい》を途中から観た。ゲストは宇多田ヒカルである。
曲作りについては曲先であること、しかし何よりもそこに至るまでの前段階が必要なのだということで、あぁそうだろうなぁとは思うが、具体的にどのようなプロセスで作られていくのかは結局わからない。そんなものだろう。

番組のなかほどでのAIについてのトークと、実際にChatGPTを使ってみるという部分は単なるお遊びなのだろうけれど、つまりAIについて否定的なイメージが強くて、これに対してもあぁそうだろうなぁと思う。AIを作詞とかお笑いネタに使うことは不可能だ。FM番組ではChatGPTに対して肯定的ないわゆる宣伝番組みたいなのも存在するが、現状のパフォーマンスはビジネスツールに過ぎない。

25日の朝日新聞には情報工学の重鎮である西垣通へのインタヴューが掲載されていたが、AIについて彼は 「使いようによっては人類の役に立つ」 けれど 「人間の知性の代わりには決してなりません。そうしたAIの本質を理解しないまま、ただただ『乗り遅れるな』と活用にのめり込む日本の風潮が心配です」 という。
西垣はアメリカにおけるAIの将来への楽観的議論に対して違和感を持ったとのことだが、そこで 「単純な一神教批判をするつもりはありませんが、汎用AIやシンギュラリティーという発想は、ユダヤ・キリスト教の特徴を強く持っていると考えています」 というのだ。超越的な神が万物を創造したと考えるのなら、人間以外の存在、つまり機械にも知性が宿り、人間以上の知性が出現する可能性もあるという結論に達するのだという発想の連鎖が大変面白い。
そして現在のAIブームが従来と違うのは 「『正しさ』よりも、大量のデータを統計処理し『確率の高い解』を求めることに重点が置かれているのです」 という。つまり確率論的に無難な解答を選び取るのがメソッドであり、AIからアウトプットされるものが必ずしも正解とは限らないのだ。AIは平気でウソをつく、というのがそれである。

日本における 「乗り遅れるな」 的思考は伝統的なもので、たとえば卑近な話題でいうのならば、レコードがCDに代わったときに、レコードなんか捨ててしまえと実際にそうしてしまった人がいたりとか、自動車がオートマになったらほとんど全ての車がオートマ車になってしまったりとか、ファッションにおいてもひとつの流行が定着すると、すべてがその流行に靡いてしまうとか、長いものに巻かれろ的、付和雷同的傾向が強いのがこの国の特徴だと思えてしまう (ファッションとはそのときのファッション・トレンドに逆らうのこそが自立したファッションだと思うのだが)。
村上春樹が『街とその不確かな壁』で、主人公の就職した図書館ではパソコンを一切使用しないというのも、AI信奉の最近の世情を批判しているのに他ならない。かつて橋本治は 「お役所の書類など、皆、手書き作業に戻してしまえ」 と極論していたことを覚えている。

と、AIの話題にかまけて肝心の話がそれてしまったが、番組は松本人志&中居正広のツッコミどころも的確で面白く、松本が 「お母さんの曲のカヴァーをして欲しい」 と言ったのに対し、演歌と私の歌ではヴィブラートのかかるところが逆だから、それに母親にも演歌は歌うなと言われていたというので、おぉ、そうなのかと思った。でも〈面影平野〉は好きでカラオケで歌うとのこと。同曲は阿木燿子/宇崎竜童の作品である。

ところで今回の曲〈Gold ~また逢う日まで~〉はどうなのだろう。それなりによい曲だとは思うし、最近の宇多田テイストではあるのだが……う〜ん。全体的にはちょっと難解かもしれない。
彼女の歌詞にはときどき、妙に卑俗な言葉が混じる。今回のなら 「おととい来やがれ」 で、これは歌詞を見てもカギカッコで括られているが。1行だけ 「Tout le monde est fous de toi」 というフランス語が混じる。曲の最後も何度も何度も繰り返しが続きながら突然断ち切られたように終わるのが印象的だ。

最近の宇多田は成熟したオトナの歌という感じがするのだが、でも、若い頃の歌がいいとも思う。それは単に繰り返し刷り込まれたからなのかもしれないが、ユーミンの初期作品と同じで、そこには単なる曲の完成度だけではない何かがある。
最近の私のfavoriteは〈COLORS〉と、あと、そう……〈Movin’ on without you〉かな。1曲だけというのなら〈COLORS〉。これは絶対かわらない (この曲の歌詞でも 「口は災いの元」 という古風で卑俗な言葉が混じる)。


宇多田ヒカル/Gold ~また逢う日まで~
https://www.youtube.com/watch?v=u-8R5n54toE

宇多田ヒカル/COLORS (live)
https://www.youtube.com/watch?v=tJRfFCFIGrw

宇多田ヒカル/Movin’ on without you (live)
https://www.youtube.com/watch?v=Rz6qywGRbqg
nice!(71)  コメント(6) 
共通テーマ:音楽

川野芽生『奇病庭園』 [本]

KibyoTeien_cover_230819.jpg

書店で、山尾悠子の『仮面物語』の横に川野芽生『奇病庭園』が並べてあった。最初からそういう読者を想定してるよなぁと思いながら2冊とも買ってしまう。
川野芽生の歌集『Lilith』のことは以前に書いたが (正確にいうと歌集それ自体の内容については書いていないのだけれど→2021年12月20日ブログ)、『ねむらない樹』の山尾悠子とのコラボが、その後の山尾の歌集『角砂糖の日』再発に繋がっているような気もする。

で、今回の新刊『奇病庭園』は非常に面白い。といっても山尾悠子を面白いと感じる読者にとって、という限定が付くが、人間の姿が異常になってゆくさまを奇病ととらえていて、これはドノソの『夜のみだらな鳥』のようにフリークスなのではなく、奇病としての結果が異形になってしまったという論理であるように思う。
1篇が短いので、バラバラの内容なのかというとそうではなくて、だんだんとあちこちでつながりがあらわれていくという手法で、その古風な色合いの単語を多用した文章のつらなりに魅了される。逆にいえばその単語の選び方が読むのに負担になるかもしれないが、でも、子どもの名前が〈七月の雪より〉と〈いつしか昼の星の〉ってカッコよすぎませんか。

好書好日サイトの2023.08.19のインタヴューにおいてこの作品について語る川野の言葉が理解の上で非常に参考になる。
退廃的でゴシックな趣味を感じさせる場面も多いというインタヴューアーに対して、

 そうした作品は嫌いじゃないですが、差別や搾取を娯楽として消費して
 しまうという側面がどうしてもあります。ホラーや怪談にしても、狂気
 や異形と呼ばれるものへの恐怖の根幹には、差別がありますよね。そこ
 がどうしても気になります。
 それで自分が書く際には耽美的・退廃的な価値観にただ溺れるのではな
 く、“普通” とそうでないものの境界を揺るがすような表現を心がけてい
 ます。

という。
差別ということに関連してさらに述べるには、

 現実世界でも人間のカテゴリーは、時代とともに変化するものですよね。
 奴隷制の時代において奴隷は人間から省かれていたし、英語のmanが人
 間と男性を指すように、女性も人間に含まれていなかった。人間という
 カテゴリーを成り立たせるために、社会は常に “人間でないもの” を設
 定してきましたが、その範囲はいくらでも変わりうる。

単純な耽美や頽廃という価値観は旧来の、どちらかというと保守的な考えに捉えられがちであるからそれらを排し、普通なものに対するアンチテーゼとしての “普通ではないもの” という対比を提示することによって、ステロタイプで、ともするとグロテスクな男性主導の方法論から脱け出そうということなのだと思われる。
「彼」 という代名詞は、もともとは男女どちらにも使えるものだったので、あえて女性に対して 「彼」 を使ったという説明からも、英語の man や mankind という言葉が慣例的に持っている男性優位社会への批判と同様の意志が感じられる。

note.comの2022.11.05のロリータ服へのこだわりも単純にそうした服がかわいいから、というだけの理由で終わらないところに、フェティッシュな感覚への渇望に終始しない面を見出すことができる。

MegumiKawano_note221105_230819.jpg
川野芽生 (note 2022.11.05より)
*球体関節タイツ御着用とのことです

参考:
好書好日 2023.08.19
「普通」を揺さぶる幻想物語 川野芽生さん「奇病庭園」インタビュー
https://book.asahi.com/article/14983960

ロリィタとしての川野芽生さんにメール・インタビュー!
「自分にとってロリィタ服とは、魂の形」2022.11.05
https://note.com/otonaalice/n/n788ed3c1490a


川野芽生/奇病庭園 (文藝春秋)
奇病庭園

nice!(74)  コメント(4) 
共通テーマ:音楽

村下孝蔵を聴く [音楽]

KozoMurashita_230812.jpg
村下孝蔵 (1953−1999)

8月11日は祭日で、普段聴かない時間にラジオをつけていたらNHKFMで村下孝蔵の曲が流れていて、思わず最後まで聴き込んでしまった。それは《歌謡スクランブル》という番組で、内容的には5月20日にオンエアされたものの再放送らしい。

村下孝蔵について私はほとんど何も知らなかった。だが、沢田聖子の動画を探していたなかで、彼女が村下孝蔵のフォロアーであり、コンサートのMCで、村下と同じメーカーのギターを使っているということを知った。沢田聖子の歌う村下の大ヒット曲〈初恋〉のカヴァーにはそんな村下の魂が宿っている。私にとってのそんな発見があったのが昨年の12月だったのだが、それから後、村下孝蔵という人のことが少し気になっていた。

《歌謡スクランブル》は1時間30分の番組で、最小限の解説しかなくほとんど音楽を流すだけだから、濃密な聴取環境の時間だと言ってよい。聴いていて思ったのは村下の声の美しさで、極端にいえば曲など関係なく、何を歌っていても良いのである。その声の質に引き込まれてしまうのだが、それは一種の官能的な感覚に訴えかけられているからなのかもしれない。松山千春の声などもそうだが、その声に一種の呪術的な麻痺を感じてしまう歌手がいるものなのである。
ジャンルとしてはシンガーソングライターなのでフォークソングなのだろうが、限りなく歌謡曲に近く、だがポップな要素も備えているという感じがする。

それと編曲者がほとんど水谷公生であるが、彼はグループサウンズ時代に水谷淳名義でアウト・キャストというバンドで活動した人で、その後、編曲家となったのだそうだが、村下孝蔵の各作品における水谷の編曲は素晴らしい。それはある意味、時代感覚としてはやや古いのかもしれないが、音が収まるべきところに収まっていて、その構成が真摯で暖かくてうっとりとしてしまうのだ。
番組でオンエアされた曲で私が最も心を惹かれたのは〈りんごでもいっしょに〉という作品の編曲で、これは裕木奈江のために書かれた曲のセルフカヴァーである。曲のテイストをコントロールしているリズムはタンゴで、でも途中にちょっとだけ出てくるアコースティクギターのソロはフラメンコ的で、もしかするとこのトータルな構造はあざといのかもしれないが、官能的な気持ちよさのほうが勝ってしまう。

村下が中森明菜のために書いた〈踊り子〉も非常に秀逸で、ソングライターとしての資質も相当なものだったと考えずにはいられない。1991年には〈アキナ〉というタイトルの曲も存在するが、これはもちろん中森明菜に宛てて書かれたものである。
中森明菜の歌唱に関しては、〈駅〉の表現に対しての有名ソングライターの否定的な意見で有名だが、楽曲は作曲者の手から離れてしまえばどのように解釈しようとかまわないので、それをひとつの価値観だけで判断するのは間違いである。それに中森明菜の〈駅〉はまさに絶唱であり、唯一無二の歌唱でもあり、他の凡百の歌唱とは隔絶していてレヴェルが全く異なる (否定的なのは何らかの政治的思惑があったのかもしれない)。
だがそんななかで、星屑スキャットの〈駅〉はPVも含めて素晴らしい。賑わう街を歩く人々の残像の中に重層して佇むようにあらわれる3人。それは幻想というものの悲しみの具体的な描写である。そして〈駅〉に限らず、歌詞とは作詞者が意図した以上の内容を持ってしまうことがあるものなのである。それをいかに解釈し歌として表現するかが歌手としての使命であり、最低限のいわばディシプリンである。

したがって、ひとつの楽曲を元にどのような映像を作るのもまた自由である。最後に村下孝蔵の楽曲を素材とした動画のなかから黒島結菜を使った〈春雨〉をリンクしておく。モノクロームの映像が美しい。

尚、歌謡スクランブルの放送内容は 「らじる★らじる」 で8月18日14:00まで聴くことが可能である。


村下孝蔵/春雨 (黒島結菜)
https://www.youtube.com/watch?v=fDPmKJxD6f4

村下孝蔵/初恋
https://www.youtube.com/watch?v=mQfEP9KSJt8

村下孝蔵/りんごでもいっしょに
https://www.youtube.com/watch?v=jSvUbem6ZBE&t=185s

沢田聖子/初恋
https://www.youtube.com/watch?v=-_UmKBWfDGs

中森明菜/踊り子
https://www.youtube.com/watch?v=OkYegs7FCpE

中森明菜/駅
https://www.youtube.com/watch?v=XmN4lCYe9uc

星屑スキャット/駅
https://www.youtube.com/watch?v=GoWBQ27Shto

歌謡スクランブル・村下孝蔵作品集
2023.08.11 13:30〜
NHKラジオ らじる★らじる
https://www.nhk.or.jp/radio/ondemand/detail.html?p=0444_01
nice!(69)  コメント(12) 
共通テーマ:音楽

スウェーデンのヴァニラ・ファッジ [音楽]

VanillaFudge_230807.jpg
Vanilla Fudge

ヴァニラ・ファッジは1966年に結成されたロック・バンドであるが、その当時はジャンルとしてアート・ロックと称されていた。wikipediaによればアート・ロックはプログレッシヴ・ロックに吸収されたとのことだが、プログレッシヴ成分にプラスしてサイケデリックなテイストが入っていたのがアート・ロックであるような気もする。

ヴァニラ・ファッジの最も有名なヒット・チューンは〈You Keep Me Hangin’ On〉であるが、この曲はシュープリームスのカヴァーである。ヴァニラ・ファッジにはビートルズの〈Eleanor Rigby〉や〈Ticket to Ride〉のカヴァーなど、カヴァー曲が多く存在するが、〈You Keep Me Hangin’ On〉があまりに有名であるので、こればかり演奏してしまう (というか、演奏させられてしまうのだろうが) 傾向があるのは否めない。美川憲一の〈さそり座の女〉といいとこ勝負である。

ヴァニラ・ファッジのサウンドの特徴はマーク・スタインの独特な音色のオルガンと、カーマイン・アピスの手数の多いドラムスであり、これがバンド・サウンドのカラーとなっていることは確かだ。特に昨今のシンセでは出せない旧来のオルガンの響きは美しい。また、田村直美が1997年にPEARLを再結成したとき (正確には再結成というよりシンガー・田村直美をサポートするグループというべきだが)、ドラムスがアピスだったのには、どういう人脈があるのだろうと驚いたものだが、アピスのドラミングに聴くリズム・パターンは、当時の音楽シーンにおけるアート・ロックというポジションの雰囲気をいまだに持続しているように感じる。

ライヴ映像は〈You Keep Me Hangin’ On〉ばかりなので、それ以外の曲を探してみているうちに〈Season of the Witch〉の演奏を見つけた。この曲は3rdアルバム《Renaissance》(1968) の最後に収録されているカヴァー曲で、オリジナルはドノヴァンである (アルバム《Sunshine Superman》(1966) の収録曲)。この〈Season of the Witch〉はスウェーデンにおけるライヴであり、おそらく1968年頃と思われる。アルバムの演奏時間よりも長く、クリームのライヴ演奏などと同様、当時のロック・シーンの演奏傾向をあらわしている。そしてヴァニラ・ファッジの最高傑作アルバムはこの《Renaissance》であると思う。一種のコンセプト・アルバムであって、それはビートルズの《Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band》(1967) の影響下にローリング・ストーンズの《Their Satanic Majesties Request》(1967) がリリースされたのと同様に、この時代にコンセプト・アルバムが流行したととらえることもできる。

超有名曲である〈You Keep Me Hangin’ On〉もリンクしておくことにする。最もよく目にする映像は1968年1月14日の《エド・サリヴァン・ショー》であるが、ジミー・ファロンの番組《Late Night with Jimmy Fallon》に出演したときの演奏もクォリティーが高く、手練れの演奏という感じがある。ファロンがヴァニラ・ファッジのアルバム《Box of Fudge》を紹介しているので、おそらく2010年頃の演奏だと思われる。

参考までに田村直美の〈虚ろなリアル〉もリンクしておく。2018年に記事にした 「1997年のPEARL ― 田村直美」 (→2018年02月01日ブログ) でリンクした映像と同じであるが、〈虚ろなリアル〉のライヴ演奏のなかではこれが一番優れている (特に北島健二のソロ) と私は思う。
尚、1997年のPEARLのアルバム《PEARL》のCDのオリジナルはトランスペアレント・グリーンのプラケースである。


Vanilla Fudge/Renaissance
(Sundazed Music Inc.)
Renaissance




Vanilla Fudge/Season of the Witch
live in Sweden
https://www.youtube.com/watch?v=YoTQ92c9ftA

Vanilla Fudge/You Keep Me Hangin’ On
live on The Ed Sullivan Show
https://www.youtube.com/watch?v=3dJO47d26kc

Vanilla Fudge/You Keep Me Hangin’ On
live on Late Night with Jimmy Fallon
https://www.youtube.com/watch?v=RuisGkFcDXI

PEARL/虚ろなリアル (live)
https://www.youtube.com/watch?v=GQHKpxpg2kg
nice!(66)  コメント(2) 
共通テーマ:音楽