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アコードのブーレーズを聴く ―《Le Marteau sans maître》 [音楽]

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Pierre Boulez et Jean-Louis Barrault
pendant les répétations de “Tête d’or” de Paul Claudel.
Théâtre de l’Odéon, Octobre 1959

ピエール・ブーレーズの録音をさらに遡っていくのならば、仏・Accord盤の《Le Domaine musical 1956 ... 1967》の vol.1 と vol.2 という2つのセットに辿り着くことを思い出した。

ル・ドメーヌ・ミュジカルとはブーレーズが主導した演奏グループで、アコード盤はその記録の集成として Universal Music France からリリースされた。その後、この2セットが合体して独・グラモフォンから再発されたが、その際に1956年の第3コンサートというディスクが1枚追加されている。
このようにして再発毎にオマケが増えていくのは悩ましくて、つい買い直してしまいそうになるが、でもアコード盤のvol.2はジャケットに小さく入っている絵がニコラ・ド・スタールで、DG盤よりもシャレている (ニコラ・ド・スタールについては→2013年08月03日ブログ参照)。

アコード盤のvol.1には本来の4枚のディスクとは別にボーナス・ディスクというのが別仕様で1枚付属していて、インタヴューと Le tout premier enregistrement du Marteau sans maître de Pierre Boulez, réalisé en 1956 [disques VEGA] と書かれている (DG盤では10枚目にあたる)。つまりこれが《ル・マルトー・サン・メートル》の最初のレコーディングであり、ヴェガというのはオリジナルのレーベル名だろう。
1枚目のディスクにも《ル・マルトー・サン・メートル》は収録されている。レコーディング・データが明記されていないのだが、deutschegrammophon.comのデータを見ると1964年とのことである。ja.wikiによれば原盤は Deutsche Harmonia Mundi である。これが2回目の《ル・マルトー・サン・メートル》の録音とのこと。1回目のvoiceは Marie-Thérèse Cahn (ja.wikiではKahnとなっているが、他のデータがCahnなのでCのほうを採る)、2回目のvoiceは Jeanne Deroubaix であり、指揮はもちろんどちらもブーレーズ本人である。
前回のブログの《プリ・スロン・プリ》でも思ったことだが、人の声 (しかも女声) へのこだわりが初期のブーレーズにはあるように感じられる。
(尚、仏・Adès盤もあるが、おそらく2回目の録音の再発と思われる。但しジャケット・デザインが複数あり実物も見ていないので、確信は持てない)

しかし《ル・マルトー・サン・メートル》は《プリ・スロン・プリ》のように延々と改訂し変容していくような経緯は辿らなかった。そのため、ブーレーズ初期の曲想を理解するのに好適である。
そしてなによりこの第1回目の録音は記念すべきディスクであるだけでなく、創生期のブーレーズの音楽がどういうものだったのかを報せてくれる。録音はモノラルである。だがこの音の生々しさが鋭く、そして心地よく耳に届く。
ビートルズやローリング・ストーンズのアルバムがモノラルでも再発されているのは、当時はまだモノラルが主流であり、ステレオの技術も未熟であったのでモノラルのほうが音が良い、というのが理由とされるが、まさにそれと同一の、モノラルの芯のある音である。

《ル・マルトー・サン・メートル》のタイトルと歌詞はルネ・シャールの同名の詩集 (1934) から採られているが、ルネ・シャールはシュルレアリスム運動に参加したひとりである。そしてダダやシュルレアリスムは、非西欧的でプリミティヴな美術に価値を見出したが、ここで展開されているブーレーズの音の志向はまさにそのシュルレアリスム的美学を音で再現しているように思われる。
アンドレ・ブルトンを語るとき、音楽についてはほとんど語られるべきことが無いが、少し持って回った方法でこうしたところにそのシュルレアリスム運動の影響があるのではないかとも考えられる。といってその音が自動記述的とかいうわけでは、もちろんない。
1956年という、すでにシュルレアリスムが衰退している時期であるし、ルネ・シャールという素材をどのような考えを持って用いたのかということにもよる。あくまでマテリアルでありシンパシィは無いのかもしれない。

ブーレーズはオリヴィエ・メシアンに教えを受けた後、その音楽的活動を開始した端緒となるのがジャン=ルイ・バローとマドレーヌ・ルノーの劇団〈ルノー=バロー劇団〉のいわゆる劇伴をしたことなのだが、ja.wikiにはそうした記述がない (というか、ごくお手軽な短い内容でしかない)。
(というようなことは先のブーレーズ逝去の際にすでに書いたことと重複するので、そちらを参照していただければ幸いである。→2016年01月09日ブログ)

《ル・マルトー・サン・メートル》の1回目の録音と2回目の録音を較べてみると、2回目はステレオであるし、音も洗練されていて音に輝きがある。現代音楽作品の演奏としてはまさに的確で、優れているものであると思う。
しかし1回目の、モノラルの、少し泥臭くて、すごくデッドで、まさにそこに楽器があるような無骨な演奏は、フランス音楽という語感から来る洒落たイメージとはかけ離れていて、ブーレーズの強い意思が感じられて、これから階段を上がろうとするその姿が想像できるのである。
ここにあるのはレヴィ=ストロース的な 「まだナマの」 火を通していない音である。それは未完成であるかもしれないが、最も情動的で初めての初々しさと荒々しさを持っている。

最近、坂本龍一のごく初期の演奏を集めた《Year Book 1971−1979》がリリースされたが、このアルバムについては別稿で書きたいと思っているのだけれど、そこにも同様に、まだ混沌とした領域にあるのかもしれない音楽の生成の様子が感じられるように思う。
クリエイターの姿はその処女作にあらわれる、というのが必ずしも全部真理ではないのだけれど、まだこれからという時期の作品にはそれまでに蓄積された (あるいは鬱積した) すべてのものが詰まっている。それはときとして、ちょっとウザかったり、押しつけがましかったりするものなのだ。ああなるほど、つまりなんでも最初はアクが強いくらいのほうがいいのかもしれないな、と少しだけ思ってみたりする。


Pierre Boulez/Le Domaine musical (Deutsche Grammophon)
Le Domaine Musical 1956




Pierre Boulez/Le Domaine musical vol.1 (Accord)
Vol. 1-Le Domaine Musical




Pierre Boulez/Le Domaine musical vol.2 (Accord)
Vol. 2-Le Domaine Musical




Icarus Ensemble/Le Marteau sans maître
https://www.youtube.com/watch?v=7JIAVneYYoM

Bruno Maderna/Le Marteau sans maître
Conducted by Bruno Maderna, Jan. 28, 1961.
https://www.youtube.com/watch?v=zvWBiox8Hd8

Le Tout Premier Enregistrement du "Marteau sans maître"
de Pierre Boulez (réalisé en 1956- Disques VEGA)
https://www.youtube.com/watch?v=3DjrZCrpRoI
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コメント 4

johncomeback

拙ブログへのコメントありがとうございます。
僕もマックには年に一度くらいしか行きませんが、
突然無性に食べたくなる事があります(^^)
by johncomeback (2016-09-08 05:47) 

末尾ルコ(アルベール)

《ル・マルトー・サン・メートル》・・・拝聴しました。ちょっとインドネシアなどの音楽にも似たテイストを感じました。心地いいですね。 ルネ・シャールは最も好きな詩人の一人で、「シャールの詩はほとんど読んでいる」というほどではないのですが、読んだ範囲だけでもとても心を鼓舞されるものが多いです。坂本龍一のアルバムについてのレビューも楽しみです。   RUKO
by 末尾ルコ(アルベール) (2016-09-08 05:55) 

lequiche

>> johncomeback 様

こちらこそありがとうございます。
そうそう、無性に食べたくなるときって感じ、わかります。
あと、欲しいグッズがあると買いに行ったりとか。(^^)
エグチって江口寿史を連想してしまいます。
by lequiche (2016-09-08 09:42) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

いつもお聴きいただきありがとうございます。
非ヨーロッパ的な音があって、でもやっぱり西欧伝統音楽的で、
不思議なバランス感覚があります。
それと、ブーレーズ本人以外が演奏することによって
曲が普遍化していくので、それはよいことだと思います。

ルネ・シャール、ほとんど読破ですか!
それはすごいです。
まだまだ知らないことばかりで忸怩たる気持ちです。

坂本龍一はあの作風に達するまでに色々な変遷があって、
それが興味深いですね。
by lequiche (2016-09-08 09:43) 

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