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in other words, Fly Me to the Moon — 宇多田ヒカル《Bohemian Summer 2000》 [音楽]

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竹宮惠子の『少年の名はジルベール』という本は、『風と木の詩』を描くまでの苦難の道のりのように見えて、その本質はもちろんもっと他のところにある。こんなヘヴィーな内容だとは思わなかったので、面白かったけれど誰にも勧めない。

竹宮の最も暗い部分は風木ではなくて、『Passé Composé』に描かれたニーノ・ソルティである。私が最もシンパシィを感じるのは、華やかなエドナンの影のような息子ニーノなのだ。
それゆえに私の偏愛する竹宮作品はまさに偏っている。好きなのはたぶん、少年マンガの風合いを色濃く残している『空がすき!』(というより冬の暗さを感じさせる〈NOEL!〉) と、SF系の詩情を湛えた小品〈ジルベスターの星から〉、そして昔からの典型的なSF的構成を持った『私を月まで連れてって』である。
この作品のヒロイン、ニナ・フレキシブルはロリータの変形であり、その名前・ニナはニーノの女性形だと私は思っている。少女のなかに少年の永遠は封印される。
竹宮惠子の暗い情念をはっきりと見てしまった今、むしろエンターテインメントな作品を選び、その伝統的マンガの方法論としての物語性に没入して行くほうがホッとするし、私は以前から無意識にそのような選択をしてきた。それで正解なのだったと思う。

「私を月まで連れてって」 というタイトルは、ジャズのスタンダード・ナンバー〈Fly Me to the Moon〉からとられている。でも、普通は 「月に連れていって」 という言い方が多いので、「月まで~」 という限定的な言い回しに、竹宮の意志を見るような気がする。
ちなみに原田知世主演によるホイチョイ・プロダクションの映画《私をスキーに連れてって》というタイトルは、この曲の邦題タイトルのパロディであると思う。「月→スキー」 という変換がオヤジギャグらしくて心地よい。

バート・ハワードの書いた〈Fly Me to the Moon〉はフランク・シナトラが歌ったことで大ヒットとなりスタンダードになる素地となったといわれているが、曲の雰囲気がそれらしく感じられるのは、シナトラのようなリズムを外している歌いかたでなく、たとえばドリス・デイのようなムーディでリッチなゆったりとしたサウンドのもとでの歌のほうである。

そして、ここのところ私は宇多田ヒカルの動画をよくYouTubeなどで観たりしていたりしたのだが、そうだ! 宇多田にも〈Fly Me to the Moon〉があった、と突然気がついた。それに〈Fly Me to the Moon〉は、アナログディスクを買い逃したのが残念だったということでも覚えている。

先日のTV《マツコの知らない世界》に出演した小室哲哉が、宇多田ヒカルが出現してきたときの衝撃を語っていたが、1stアルバム《First Love》の翌年、初めてのライヴ映像である《Bohemian Summer 2000》も同様に衝撃的であった。この最初のアルバムとDVDそれぞれのインパクトがあまりに強かったために、もっとも心が弱くなったとき、私は結局そこに戻って行く。私がこのライヴで一番好きなのは〈Movin’ on without You〉だ。このドライヴ感とせちなさ、チープさを装ったプリンスのようなシンセ音。リフレインの 「せつなくなるは/ずじゃ/なかった/のに どうして」 という歌詞の切り方がカッコイイ。

ライヴで宇多田は〈Fly Me to the Moon〉も歌っているが、当然、ジャズ・ルーティンのような歌い方ではない。日本の過去の歌手、尾崎豊や山口百恵のカヴァーにおける解釈や、自己曲の、スタジオ録音とは異なる崩し方とそのテンションの高さに、あらためてその音楽の密度の濃さを実感する。


宇多田ヒカル/Bohemian Summer 2000 (EMIミュージック・ジャパン)
宇多田ヒカル BOHEMIAN SUMMER 2000 [DVD]




竹宮惠子/少年の名はジルベール (小学館)
少年の名はジルベール




宇多田ヒカル/Movin’ on without you
Bohemian summer 2000
https://www.youtube.com/watch?v=dK4ORcX4KE8

宇多田ヒカル/Addicted to You
https://www.youtube.com/watch?v=fnSZD_YPfSM

宇多田ヒカル/Fly Me to the Moon
https://www.youtube.com/watch?v=JyMEoWiY7Sk

Doris Day/Fly Me to the Moon
https://www.youtube.com/watch?v=M_CRJNKvWsk
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コメント 12

きよたん

竹宮恵子 宇多田ヒカル どちらも興味を引く解説
読んでみよう 聴いてみよう
by きよたん (2017-02-08 18:42) 

うっかりくま

萩尾望都の「ポーの一族」「トーマの心臓」は好きでしたが、
竹宮恵子の「風と木の歌」はBLに免疫がなかった当時は
衝撃が大きすぎて。。少女漫画の革命だったのですね。
全部そっち系かと思い、SFも読んでいませんでした。
あの頃の漫画をまとめて読める所、ないものでしょうか。
同業者への嫉妬は、手塚治虫も凄まじかったようですね。

by うっかりくま (2017-02-08 20:29) 

末尾ルコ(アルベール)

竹宮恵子は、『ブラボー!ラ・ネッシー』という作品がなぜか印象に残ってます。ポップなギャグ漫画で、ネッシーが出てきました。『ファラオの墓』や『地球へ…』もよく読みました。でもなんと言っても、『風と木の詩』。ガッコーへ持って行って読んだのをよく覚えてます。1巻の冒頭で、カレー味のキスをする男を嘲笑するシーン・・・あれは忘れられません。わたしは過去のノスタルジーに浸る趣味はありませんが(つまり過去であれ現在であれ、凄いものは凄く、そうでないものはそうでない、という考えですが)、あの当時は文学、映画、音楽、漫画を地続きで語る雰囲気が色濃くあったと思います。もちろん何にも興味のない人も多かったですが。 リンクしてくださっている動画、視聴しました。で、宇多田ヒカルと言えば、年末の紅白でロンドンから中継で歌ったのですが、何やら神々しい雰囲気を漂わせていました。今後の歌にさらに期待できそうな感じを受けました。   RUKO
by 末尾ルコ(アルベール) (2017-02-09 01:41) 

向日葵

あら?
「少年の名はジルベール」。。
確かlequicheさんに勧められた、と思っていましたが。。
記憶違い・・??

散々探しましたが、見付けられなくて。。
ようやく某図書館の蔵書にあるのを発見。
早速予約を入れましたが、早や数か月。。
未だに手元に来ていません。。

もうあと二人待ちくらいみたいです。。

無事に読めましたら、またその読後感など
お話にあがりたいと思っています。

「ニーノ」により惹かれる、と言うのが、
「いかにもlequiche さんらしく」て納得でした!!

宇多田ヒカルさんと関係ない話ばかりでごめんなさい。

by 向日葵 (2017-02-09 03:17) 

lequiche

>> きよたん様

そう言っていただけるとうれしいです。
是非読んだり聴いたりしてみてください。(^^)
by lequiche (2017-02-09 03:33) 

lequiche

>> うっかりくま様

免疫って確かに言えてますね。(^^)
今、TVではオネエ全盛ですが、
それだけ時代が変遷してきたということなのかもしれません。
竹宮先生のSF系は、ごくノーマルな作品が多いと思います。
なによりその描線/タッチが私は好きです。
石ノ森章太郎→竹宮惠子という流れが確かにあります。

マンガとかアニメに関する国立の施設を作る
という話が一時ありましたが、立ち消えになってしまいました。
政治家先生はアタマ固いですから仕方がないです。
そういう場所ができるといいんですけどね。

マンガに限らず、芸術全般に嫉妬や不満はあるのです。
そのパワーを正の方向に持って行けるといいのですが。
by lequiche (2017-02-09 03:33) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

おぉ、「ブラボー! ラ・ネッシー」 よくご存知ですね。
あのように軽く描かれたような作品のなかに
竹宮先生の真価があります。

『風と木の詩』は、
wikiにはヴィスコンティの影響があるとありますが、
ヴィスコンティが《イノセント》を完成し亡くなったのが1976年、
同年に『風と木の詩』の連載が始まっているというのは
非常に象徴的です。
《イノセント》は最も退嬰的で死のにおいがしますが、
あの時代はそういう空気があったのかもしれません。
たとえばデヴィッド・ボウイの《Low》が1977年、
そして『風と木の詩』を絶賛した寺山修司の演劇
《中国の不思議な役人》が1977年、
そして《奴婢訓》が1978年です。
文化というものは万遍なく存在することはなくて、
ある時期にだけ、妙に偏在して出現するような気がします。

紅白歌合戦は残念ながら仕事があったので観ていません。
そうだったんですか。
宇多田は音の使い方に独特の方法があります。
これでいいの? という個所があちこちにあって、
それが結果として特殊なテイストになって成立しているというか、
まぁ普通の人ではないですね。(^^;)
同時期に出て来た倉木麻衣は宇多田のようなアクが無いので、
その分、一般的には受け入れやすかったのかもしれません。
でもそれは歌謡曲の延長線上でしかありませんでした。
by lequiche (2017-02-09 03:33) 

lequiche

>> 向日葵様

いえ、向日葵さんには是非読んでいただきたいですね。
ただ読後感が大変よくありませんので。
逆にいうと竹宮先生、よくこういうの出したなぁと思います。

ニーノは、売れないにきまっている現代音楽なんかやって、
つまり親の七光りを利用しようとしなかったんです。
でも、そもそもエドナンとウォルフの関係性は、
ウォルフがサリオキスであり、エドナンはスネフェルです。
エドナンのウォルフに対するコンプレックスにプラスして
ニーノという存在があるわけで。

そしてエドナンのコンプレックスは、
大人気指揮者だったカルロス・クライバーが
終生、父親であるエーリヒ・クライバーに対して
持っていたコンプレックスに似ています。
そして、つまりエドナンが竹宮先生なんです。
by lequiche (2017-02-09 03:59) 

hatumi30331

おはようございます。
今日は雨・・・・
かなり寝過ごしました。へへ;
まあ今日はゆっくりでもいい日なので〜(笑)

梅は、もう終わってる木もあれば・・・
今から咲くのもあって〜種類でも違うみたいですね。
京都の梅は、今月末が満開かも。^^
by hatumi30331 (2017-02-09 07:29) 

lequiche

>> hatumi30331 様

雨の日にゆっくり家のなかにいられるのは
いいですね〜。(^^)
雪にならなくて幸いでした。

梅の花が春の訪れを感じさせる気もします。
でも雨が降ると土埃と混じってどろどろだったりします。
by lequiche (2017-02-09 11:30) 

sakamono

昔々、友達に薦められて『風と木の詩』を全巻一気読みしました。
読んでビックリしましたが、面白くて一気読みしてしまったコトを覚えています^^;。
by sakamono (2017-02-11 01:26) 

lequiche

>> sakamono 様

良いお友達がいらっしゃるんですね〜。
全巻一気読みというの、私も何度か経験があります。
1巻1巻で読んでいると、間が空くとそれまでどうだったか
忘れてしまったりしますし。
でも読んでいて面白いというのが必須条件ですが。(^^)
by lequiche (2017-02-11 14:39) 

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