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失われたとき、見出されたとき ― 児玉桃《Point and Line》 [音楽]

MomoKodama_170304.jpg
Momo Kodama (http://www.concertclassic.com/より)

ECMからリリースされた児玉桃の《Point and Line》を聴く。
ウゴルスキのメシアンについて書いたときに、この児玉桃のメシアンについても少しだけ触れたけれど (→2017年02月12日ブログ)、それは児玉のECMからの1stアルバム《La vallée des cloches》に収録されているメシアンの〈ニワムシクイ〉についてであり、ラヴェル、武満、そしてメシアンという3者からの選曲のなかの1曲であることは過去に書いた (→2014年02月22日ブログ)。

さて、ECMからの2ndアルバムである《Point and Line》はドビュッシーと細川俊夫という組み合わせである。ところがあまり予備知識もなく、いきなり聴いてみたらちょっと驚く。
収録曲はドビュッシーの《Douze Études pour piano》と細川の《Étude I~VI for piano》で、つまりどちらもエチュードと名付けれた作品なのだが、この2人の作品がほぼ交互に入っている。ドビュッシーは12曲、細川は6曲なので、ところどころドビュッシーが続く。
それだけでなく、それぞれの並べ方も番号順ではないのだ。1曲目がドビュッシーの11番、2曲目が細川の2番、3曲目がドビュッシーの3番、4曲目が細川の3番といった状態である。
18曲のエチュードがシャッフルされて配置されていると思えばよい。

なぜそのようにしたのか、ということは解説等で述べられているので、そういうコンセプトでアルバムを作るのも面白いとは思うのだけれど、あえて私の好みを言うのならば聴きにくくてしかたがない。なぜなら私はCDは一種のアーカイヴとしてとらえているからである。ドビュッシーの12曲のエチュードを聴くのなら、それを全部聴くこともあるけれど、第6曲目だけ聴きたいこともある。そのとき、6曲目がtrack6にあるのが便利なのである。
もちろんCDプレーヤーで曲順をプログラミングし直して聴くとか、自分で新たに曲順を変えてCD-Rを作ってしまうということも可能だけれど、それは本末転倒である。逆にこのようにシャッフルして聴くという聴き方だってあるが、でもそれはあくまでリスナーの好みなのであって、シャッフルを強要されるのとは異なる。

このアルバムは、たぶん、この曲順で聴いてもらいたいという意志のもとに作られているのだ。
ひとつの仮説として、ドビュッシーの第1番を最初に持ってくるのを嫌ったのではないかと私は思う。このドビュッシーのエチュードは、エチュードといってもショパンのエチュードと同じく、非常に高いテクニックを必要としていて、実際には練習曲ではなくて、あくまでコンサート用の曲目であることはショパンのエチュードと同じである。というよりショパンのエチュードへのリスペクトと考えたほうがよい。
だが残念なことにショパンのエチュードのような華がない。それはドビュッシーだからしかたがないといえばしかたがないし、その、華という安易な言葉でくくれるような範囲の外にドビュッシーはあるのだから、と思えばよいのだが、第1番は〈Pour les «cinq doigts» ―d’après Monsieur Czerny〉(五本の指のために―チェルニー氏による) というタイトルで、ドレミファソファミレドレミファソファミレといういかにも練習曲風の音で始まり、そこにとんでもない音が重なり、やがて崩れていくという過程を通してチェルニーの練習曲をおちょくっているのだ。面白いといえば面白いし、相当高度なテクニックも必要とされるのだけれど、最初にこのドレミファソファミレが聞こえてくるのはイヤな感じもする。それはシューマンのダヴィッド同盟に似た笑えないギャグみたいにとれなくもない。
それでこの第1番を、なかのほうに閉じ込めてしまおうというのが真意なのではないか、と私は勝手に推理するのである。なによりも、第11曲を最初に持ってきたかった、というのもアリである。

しかし曲を、しかも2人の、年代も異なった作曲家の作品をシャッフルして配置するとどうなるかといえば、それぞれの曲が屹立しているという聴き方をされたいと演奏家とプロディーサーは思っているのかもしれないが、むしろ全体が靄のなかに存在しているようで、ベクトルの方向がよくわからないし、私にはその説得性や必然性があまり感じられないのだ。

ちなみにこのドビュッシーのエチュードには内田光子の演奏があり、その動画もYouTubeで見ることができるが、内田と児玉の個性の違いがくっきりと明らかになって大変興味深い。
児玉桃には、どんな難曲を弾いているときでも 「どうだすごいだろう」 感がない。たとえばラヴェルの〈道化師の朝の歌〉もさらりといつのまにか過ぎてしまうような印象を受ける。児玉にとってそうした曲を楽譜の通りになぞれるのは当たり前なので、課題はその先にあるからだ。

たとえばジャズのアルバムにおいては、最初にリリースされたときの曲順に人はその印象を左右されるものである。1曲目がこれ、その次に2曲目がこれ、という記憶が何度も聴くことによって刷り込まれているからで、最近のCDでやたらにオルタネイト・テイクや未発表の曲が増やされていると、違和感ありまくりのことがよくある。
チック・コリアの《Now He Sings, Now He Sobs》というアルバムは私の聴くほとんど唯一のチック・コリアなのだが、再発のCDには〈Matrix〉から始まる盤があって、気持ち悪くてあらためて買い直したりしたものである。〈Steps―What Was〉から始まらないとナウ・ヒー・シングスではない。
でも、次に何が出てくるかわからないというベストヒット盤的な聴き方だってあるのだから、曲順にこだわるのは固陋に過ぎるのかもしれないという迷いもあるのだ。

そういうポピュラー・ミュージックのアルバムのプログラム・ビルディングに似た意識が、この《Point and Line》にはあるのではないかと思う。つまりECMはあくまでジャズから始まったレーベルであり、だからアルバム全体をひとつのイメージとしてとらえているという考え方も成り立つ。そのほうが児玉の個性は引き立つから。
だがそれは逆にいえば、一種のインスタレーション・ミュージック的なムードをも連想させるし、もっといえば単なるBGMに堕してしまう危険性もあるような気もする。曲をバラバラに拡散させることはオブジェとしては面白いが求心性は弱まるし、この場合、ピアニストのプロフィールは明確になるが、コンポーザーに対するインプレッションは飛散する。

普通のクラシックCDのようなステロタイプでないもの、というECMの方向性はわかるような気がする。それはかつてのアルヴォ・ペルトであったし、そして境界線上に位置するようなエレニ・カラインドルーでもあったはずだ。だがキース・ジャレットがいくらクラシックを弾いても、それはジャズ・ピアニストとしてのクラシックでしかないという限界をかえって色濃く見せてしまったのもまたECMなのである。
以前は見やすかったecmrecords.comが、最近は妙にデザイン優先で見にくくなったのと、音楽の本質よりもスタイルをあまりに気にし過ぎるのはどこかで通底しているのかもしれない。


Momo Kodama/Point and Line (ECM)
Debussy/Hosokawa: Point & Line




児玉桃/ECM PV: Point and Line
https://www.youtube.com/watch?v=j--4Cn5EzBo

内田光子/Debussy: 12 Études
https://www.youtube.com/watch?v=oK8AuyAjOsY
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末尾ルコ(アルベール)

なるほど!とても興味深いお話です。アルバム単位で聴く時に、確かに曲順はいかにも重要。例えとしては何ですが、ツェッペリンでいきなり『天国への階段』が1曲目とか、ピンク・フロイド『狂気』の曲順が全然違っているとかを想像すれば、アルバムトータルだけでなく、曲そのものの印象も違ってくるような気がします。それにしても「ドビュッシーの第1番を最初に持ってくるのを嫌ったのではないかと私は思う」というご仮説の下に展開される「推理」はとても楽しく、高雅な知的遊戯の趣を感じさせられます。わたしは《Point and Line》を通して聴いてないので何とも言えませんが、拝読しているとまたいろんなアルバムの曲順をチェックしながら聴いてみたくなります。「最近のCDでやたらにオルタネイト・テイクや未発表の曲が増やされていると、違和感ありまくり」というお気持ちにも同意です。未発表とか別テイクとかがあとからあとから出てくるというのは、ある種のマニアの方は喜ぶかもしれませんが、作品の純粋性が損なわれてしまう印象を持つこともしばしば。映画で「~カット」とか言いながら、別バージョンがいろいろ出てくるのもそうですが、(余計なことを・・・)と感じることしばしばです。    RUKO

by 末尾ルコ(アルベール) (2017-03-04 08:58) 

kinkin

昨夜はお疲れ様でした、自分は一足先に失礼しましたが、いつもながら
楽しいオフ会でした、また宜しくお願いします。
by kinkin (2017-03-05 07:25) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

ご賛同ありがとうございます。
有名アルバムであるほど、曲順は記憶されますし、
その順序であることの必然性があるはずです。

ドビュッシーに関しては私の勝手な推測に過ぎませんが
11曲目の Pour les arpèges composés は
最もドビュッシー的な雰囲気がありますから、
キャッチとしては一番的確な曲です。
でも、最初にスペードのエースを出したらダメだろ?
という考えかたもありますが。

何曲かまとまって組曲のようになっている曲集、
たとえばショパンのエチュードとか、
ラヴェルのミロワールとかチャイコのキャトルセゾンとか、
コンサートではそういう曲を1曲から数曲だけ演奏する
ということもよくありますから、
必ず全曲をアタマから演奏しなくてはならない
というきまりはありません。
ただ全曲演奏なのに順序がぐちゃぐちゃで、
しかも他の曲とまぜこぜというのはややトリッキーですが。

別テイクの発掘は貴重な場合もありますが、
本テイクより劣ることがほとんどです。
だからそれが本テイクにならなかったんですよね。(^^)

映画の場合は、上映されたものが最終版ではない
という傾向になってきているようですが、
ディレクターズカットが必ずしもよくなくて、
そんなディレクターこそカットしてしまえ!
ということもありますね。
by lequiche (2017-03-05 08:42) 

lequiche

>> kinkin 様

お疲れさまでした。
私も楽しませていただきました。
また次の機会もよろしくお願い致します。
by lequiche (2017-03-05 08:42) 

青山実花

昨日はありがとうございました。
lequicheさんとは1回目からお会いしているので、
ずいぶん気安い感じになってしまっていて、
酔った勢いで、
失礼な事を言っていなければいいのですが(笑)。
今度カラオケ、行きましょう。

by 青山実花 (2017-03-05 14:17) 

lequiche

>> 青山実花様

こちらこそありがとうございました。
失礼なんてどんでもないです〜!
いつもとてもためになるご教示をいただき、
感謝している次第です。
実はこの前、古くからの友人たちとカラオケに行き、
あまりのアンティークさに辟易してしまいましたので、
是非普通のカラオケがやりたいです。
by lequiche (2017-03-05 16:26) 

ぼんぼちぼちぼち

昨日はオフ会にご参加くださり ありがとうございやした。
久しぶりにお逢いできて、そしてGSの話ができて嬉しかったでやす。
カラオケ、行きたいでやすo(◎o◎)o
by ぼんぼちぼちぼち (2017-03-05 16:49) 

えーちゃん

昨日は、どうもお疲れ様でした。
楽しかったですね~
また、よろしくお願いします。
2次会もお疲れ様でした。
焼肉美味しかったね(それしか覚えてない(^^;)
私も歩いて40分くらいかかったよ。
てゆーか、ヤミーで既に飲み過ぎてたからフラフラ状態でした(^^;
by えーちゃん (2017-03-05 16:50) 

馬爺

昨夜はお疲れ様でした、初めてお会いしまして今後ともよろしくお願い致します。
by 馬爺 (2017-03-05 17:22) 

Flatfield

昨日はどうもです。 今後ともよろしくお願いします。
by Flatfield (2017-03-05 19:23) 

さる1号

昨日のオフ会、お疲れさまでした
楽しい時間でしたねー
また宜しくお願いします
こういう時にしかコメントが書けない・・・^^;
by さる1号 (2017-03-05 19:31) 

hatumi30331

オフ会だったんですね〜〜
いいなぁ〜〜♪
by hatumi30331 (2017-03-05 20:36) 

koten

昨晩はおつかれさまでした。
相変わらず気合いが入った記事に感心しております。
私ももう少しマメに記事書かなアカンですねぇ・・先ほどようやくオフレポっぽい記事を書いて更新しました、、やれやれです(汗)。
by koten (2017-03-05 20:46) 

green_blue_sky

昨日はお疲れさまでした。
またよろしくお願いいたします。
いつもコメントできないので(^_^;)
飲みすぎて日曜日は良く寝ていました。
by green_blue_sky (2017-03-05 21:08) 

lequiche

>> ぼんぼちぼちぼち様

こちらこそありがとうございました。
ビートルズやストーンズが出て来た頃と、
エレキブーム、GSの頃のシンクロの仕方というのは
歴史的に見ると非常に興味があります。
その前後のポップスも重要です。
時間軸だけで捉えるとその真相には迫れないかもしれません。
たとえば日本で発売されていたビートルズのアルバムは
初期の頃は日本独自の選曲で、
さらにアメリカとイギリスでも違いましたし、
またビートルズに限らずそうしたブレがありました。
私はオリジナル盤が最も正しいと思っていたのですが、
最近、そうしたブレの面白さがやっとわかってきました。
というようなことをそのうち書きたいと思います。
(もう随分書いちゃったジャン! ^^;)
カラオケ、行きましょう。
by lequiche (2017-03-05 22:21) 

lequiche

>> えーちゃん様

お疲れさまでした。
いろいろと面白かったです。
焼き肉が期待とうらはらにおいしかったのでびっくり!
え? タクシー乗らなかったんですか?
私はそんなに飲んでいなかったので
まだまだ大丈夫でした。(^^)
by lequiche (2017-03-05 22:22) 

lequiche

>> 馬爺様

お疲れさまでした。
アイコンがみたまんま、というの、
あらためて拝見し、おお〜っ、と感激しました。(^^)
こちらこそよろしくお願い致します。
by lequiche (2017-03-05 22:22) 

lequiche

>> Flatfield 様

ギター演奏ありがとうございました。
ああいう演奏だとは思わなかったので、
とても興味深く拝聴しました。good jobです。
今度は機材持ち込んでやっちゃってください。
(と勝手にけしかけてみる ^^;)
by lequiche (2017-03-05 22:22) 

lequiche

>> さる1号様

楽しかったですね〜。
さるさんのお話もためになりました。
コメントは内容と関係なくてもよいんです。
ブログ本文は飾りだと思えばいいので。
とゆーことで、これからもよろしくお願い致します。
by lequiche (2017-03-05 22:23) 

lequiche

>> hatumi30331 様

はい。たまにはそういうこともないと
煮詰まってしまいますので。
また明日から地獄の日々が続きます。(ホントか? -_-;)
by lequiche (2017-03-05 22:23) 

lequiche

>> koten 様

いえいえ、ごく稚拙な記事でお恥ずかしい限りです。
久しぶりにkotenさんとお会いできて幸いでした。
ギターのヘッド方向から見ると、フレットが輝いていましたね。
こだわりがよくわかりました。
早速の記事もありがとうございます。
う〜ん、食べてないものがあるなぁ、と思いました。(^^;)
by lequiche (2017-03-05 22:23) 

kick_drive

こんばんは。昨日はありがとうございました。
皆さんと楽しい時間を過ごすことができました。
次回もよろしくお願いします。

by kick_drive (2017-03-05 22:26) 

Ginger

昨日は、楽しいひと時をありがとうございました♪

by Ginger (2017-03-05 22:51) 

lequiche

>> green_blue_sky 様

お疲れさまでした。
こちらこそ今後もよろしくお願い致します。
コメントは時間が無いと大変ですよね〜。
飲み過ぎには寝るのが一番かもしれません。(^^)
by lequiche (2017-03-06 03:29) 

ponnta1351

土曜日はお疲れ様でした。
帰りはお話出来て良かったです。 焼き肉、時間が無くて残念でしたね。今度こそ早めにリベンジを。
歩いて帰られたんでしょ?
by ponnta1351 (2017-03-06 09:37) 

lequiche

>> kick_drive 様

どうもありがとうございました。
次回が楽しみですね。またよろしくお願いします。(^^)
by lequiche (2017-03-07 01:12) 

lequiche

>> Ginger 様

楽しまれたようで何よりです。
お疲れさまでした。(^^)
by lequiche (2017-03-07 01:13) 

lequiche

>> ponnta1351 様

あはは。時間がちょっと無かったですけど、
でも面白かったです。
歩いて帰りましたがそんなに寒くはなかったので
全然問題ナシでした。(^^)
by lequiche (2017-03-07 01:13) 

るね

遅ればせながら、先日のオフ会ではありがとうございました……の前に、お騒がせ&ご心配をおかけしました。
おかげ様でほぼ完調に戻っております。
当日は2次会もあったんですね~。自分はあの日は体調が万全だったとしても、先に失礼しなくてはならなかったんで、何れにせよ参加できなかったんですが(^^;)

次回は体調を整えて参加しますので、また色々伺わせて下さい。

で、本題。
曲順、構成を変えることで、アルバム全体のイメージを新たに構築するというか、コンポーザーのものとはやや異なる新たな絵図面を描き出す手法……冒険的で面白いとは思うものの、仰る通り両刃の剣やもしれません。
コンポーザーでなく、アーティスト側にフィーチャーするという意味ではわかりやすいのかもしれません、が……。
by るね (2017-03-11 02:20) 

lequiche

>> るね様

ご回復されたとのことで安心致しました。
2次会はほんのちょこっとですけどね。
では、次は朝までカラオケの2次会でもしましょう。(^^;)

そうです。まさに両刃の剣ですね。
たとえばコンサートで順不同で弾くというのはアリですが、
CDでそれと同じようなことをする意味が希薄なように思います。
たとえばバッハの無伴奏をぐちゃぐちゃに収録したら、
そんなCD、誰も買わないと思います。
もっと穿った見方として、
他の演奏者と比較されたくないからそうしたのだ、と
思われてしまう危惧さえあります。
演奏内容はとてもよいのに、なんとも惜しいです。
by lequiche (2017-03-11 14:32) 

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