SSブログ

とっても低い空 ― 荒井由実〈ベルベット・イースター〉のころ [音楽]

yuming_171216a.jpg

もう記憶が曖昧となってしまった頃の過去に、ユーミンと車の好きな友人がいて、思いつきで観音崎までドライヴに行ったことがある。車は、白いセリカではなかったと思うが、なにかその手の車で (「その手の車」 って何だ?)、私はまだ免許を持っていなかったから、未知の道が目の前に開けてゆくのを助手席で眺めているのに興味があった。
観音崎に至る道は、妙に白っぽい、がらんとしてざらざらとした空虚さのような印象として残っているが、それは単にその日が風が強くて埃っぽい日だったせいかもしれなくて、観音崎に着いてから灯台まで登ってみたが、そこにも強い風が吹きつけていた。でも歌詞に出てくる肝心の歩道橋に立ってみたかどうかの記憶はない。きっとそこまで考えが働かなかったのかもしれない。

 砂埃りの舞うこんな日だから
 観音崎の歩道橋に立つ
 ドアのへこんだ白いセリカが
 下をくぐってゆかないか

ヴァージニア・ウルフの描く灯台に惹かれるのは、それがいつも地の果ての、海に近接した位置にあり、日常性と隔絶した象徴として映るからにほかならない。大げさに言うのならば、その醸し出す空間は世間からの遊離のメタファーであり、海は死である。灯台からの光は、夜の海の航行にたぶん役だってはいるのだろうが、その 「役立ち感」 は一般人の認識からは稀薄である。でも 「役立ち感」 で比較するならば、私自身の存在ランクはそれよりももっとずっと下だと自嘲するしかない。そして灯台が朽ちるより早く、人生は朽ちてゆく。

かなり幼い頃の断片的な記憶のなかに、城ヶ島に行ったときの微かな過去が残っていて、その日は利休鼠の雨で、うそ寒い感覚はあるのだが、何で行ったのかも誰と行ったのかも定かでない。城ヶ島にも灯台があるが、その近くの草のない地面の記憶だけがあって、そこがすでに磯だったのかそれともそこに至る道の途中だったのかもわからず、灯台に行ったのかどうかも不明だ。私の脳内のメモリーは、つまらない風景だけが記録される仕組みなのかもしれない。

もう一人、友人がいて、免許とりたての頃、やはりドライヴにつき合わされた。時間は必ず夜で、車はたしか古いスカGで、くたびれた車内には、たとえば 「私はこれから変わるんだから」 と言いながら結局変われない 「やさぐれ感」 が漂っていて、それはきっと白いセリカでも古いスカGでも同じなのだ。使い込んだその手の車から感じられる疲労感や寂寥感のようなもの。
横浜まで行く道の記憶はあるのだが、横浜に着いてからの記憶がない。季節は冬。途中で50~60年代風のアメリカン・グラフィティなインテリアにしたのだが、すでにすべてが色褪せて時間に埋没してしまっている店に入ったような覚えもあるのだが、でもそれは現実ではなくて、後から捏造された偽の記憶なのかもしれなかった。

それより後、やっと運転免許をとってから、練習と称して深夜に車を乗り回していた時期がある。そのときも私は闇雲に海を目指し、ここに書けないようなスピードで湘南の海の見えるところまで達してから戻ってくるのだったが、別に海が見たいわけでも引きつけられる何かがあったわけでもなくて、そこで道が終わりになっているので区切りが良いから、というのがきっとその理由なのだ。

ユーミンには〈中央フリーウェイ〉や〈カンナ8号線〉をはじめとして、車と道を描いた歌詞があるが、夜にフィットするのは〈埠頭を渡る風〉である。ただ、埠頭という言葉から私が連想するのは、まだあまり活用されていなかった頃の横浜の赤レンガ倉庫に吹きすさぶ冬の風であり、誰もいない午後の静止した情景だったりする。そしてそれはニューグランドの記憶とセットになり、過去の横浜として薄れてゆく。

だが、〈よそゆき顔で〉も〈DESTINY〉も、失敗したヤンキーに取材して書き上げた歌詞のように思えて、ユーミンにはそうした体験はおそらく無いから、彼女自身のストレートな心情が得られるのは、荒井由実時代のごく初期の作品に限られる。それは当時流行していた四畳半フォークと呼ばれていたものに近くストレートで、しかし彼女はそうした貧しさを知らないから、四畳半でなく、広い応接間の片隅のソファに座った孤独のような様相を帯びていて、そしてブルジョアの持つ不安やコンプレックスも現れていて、それはある意味、オノ・ヨーコに似たセンシティヴィティともいえる。曇り空だから外に出たくなかったアンニュイと、〈DESTINY〉の 「やっちまった感」 は通底しない。

初期の作品のひとつ、〈ベルベット・イースター〉は 「いちばん好きな季節」 と歌いながら、その本質は 「空がとってもひくい」 というところにある。〈ハルジョオン・ヒメジョオン〉のようなダウナーな感じが隠されている分だけ、騙されやすい。「昔ママが好きだったブーツ」 というママもブーツも、寓話としてのアイテムでしかなくて、それは 「空が低い」 ことを遮蔽するマスクなのだ。それに 「ママが好きだったブーツ」 は 「安いサンダル」 ほどのリアリティを持ちえないし、そもそも 「好きだったブーツ」 と、それがなぜ過去形なのかを考えれば 「昔」 の意味もわかってくる。
そしてベルベットは決してベロアやフリースではなくベルベットであり、イースターはいまだにハロウィーンほどの世俗性を獲得していない (獲得されても困るけれど)。それゆえに、ごく初期の作品でありながら風化しないのである。

 空がとってもひくい
 天使が降りてきそうなほど
 いちばん好きな季節
 いつもとちがう日曜日なの

〈ハルジョオン・ヒメジョオン〉は最も庶民的な昭和歌謡に近くて、「川向こうの町から 宵闇が来る」 のも 「土手と空のあいだを風が渡った」 のも、八王子あたりの無愛想で色の無い風景に近くて、単語の選び方があまりに無防備でユーミンらしさがない。その無防備さに惹かれる。しかしその無防備さは一瞬のことで、荒井由実が松任谷由実に変わってゆく境目の歌のような気がする。

yuming_171216b.jpg


荒井由実/ひこうき雲 (EMI Records Japan)
ひこうき雲




ベルベット・イースター
https://www.youtube.com/watch?v=fkuOaugShsk

ベルベット・イースター (Diamond Dust Tour)
https://www.youtube.com/watch?v=3fAUA6HuMUY
nice!(80)  コメント(14) 
共通テーマ:音楽

nice! 80

コメント 14

末尾ルコ(アルベール)

ユーミンと言えば、『REINCARNATION』というアルバムがありましたが、その頃は神秘主義的傾向を感じていたのですけれど、実際はどうだったのでしょうか。少し吉本ばななと共通した薫りとでもいいますか。
とは言え、わたしはそれほど熱心なユーミンの聴き手とは言い難く、ある時期にベストアルバム的なものをしょっちゅう聴いていたくらいなのであります。けれどもちろん子どもの頃からユーミンと中島みゆきの両巨頭は大きな存在感を持っており、考えてみたら、男性にはこうした存在は日本にはないのではないかと思い当たった次第です。井上陽水などもちょっと違いますよね。
ユーミンの歌の中で好きなのが、「守ってあげたい」「ダンデライオン」、そして最近山田姉妹の歌唱が素晴らしかった「ひこうき雲」、松田聖子に提供した「赤いスイートピー」もけっこう好きです。
「守ってあげたい」をダントツで好きなのは、あの畳み掛けてくる切羽詰まった雰囲気ですね。美しいメロディであるのに、とても切羽詰まった精神性を感じます。悲壮なまでの利他性とでも言いましょうか。まあ、わたしが勝手に感じているだけかもしれませんが、「守ってあげたい」はそんなこんなで大好きなのです。
ヴァージニア・ウルフもこのところ紐解いたなかったのですが、お記事を拝読すると、またまた引っ張り出したくなってきました。「意識の流れ」云々以前に、文が一つ一つ美しいところが大好きです。そう言えば、最近キャサリン・マンスフィールドの短編を呼んでいるのですが、彼女も「意識の流れ」を用いた作家と目されているようですね。なかなかおもしろいです。

>ブルトンの自動記述というのもあり得ない話です。

とても興味深いお話です。実はわたし、若気の至りで自動記述的な方法を試したことがあるのですが(笑)、確かに「自分で書いて」おりました(笑)。何かちょっとコックリさんと共通したものを感じましたね。「自分が知ってる情報しか出ない」という点が(笑)。

「アスカ・ラングレー」というのは何かと思えば(笑)、『エヴァンゲリオン』なのですね。あれはやっぱりいいのでしょうか。少し観かけて、すぐに止めたことがあるのですが、いかがなものでしょう? RUKO

by 末尾ルコ(アルベール) (2017-12-17 03:12) 

majyo

ユーミンと言えば「中央フリーウェイ」ですね
中央高速を西へ向かって走り、涙流しながら歌った事があります。
その他も何か自分に起きたことと重ね合わせる事が多かったような
今はその多感さを持ち合わせなくなりました。
乾いて来たのかなあ?
海もにあいますね。今は音楽を聴くことが少ないです。
by majyo (2017-12-17 08:08) 

青山実花

私はどんな音楽を聞いても、
最後はユーミンに戻ってしまいます。
やはり荒井由実時代が好きです。
荒井から松任谷になった頃も好きで、
アルバム、「ALBUM」の中の、
「遠い旅路」や「消灯飛行」は、
心の調子が悪い時は聞けないくらい、
思い入れがあります。

それから、誰かに提供された曲を聞くのも好きです。
最近の気分は、
石川セリさんの
「朝焼けが消える前に」^^。
ハイファイセットの「スカイレストラン」の歌詞も
胸が締め付けられる感じです。

ユーミン、語り合いたいですね^^


by 青山実花 (2017-12-17 09:31) 

えーちゃん

中央フリーウェイの歌詞に「右に見える競馬場左にビール工場」ってあるけど、今は見えません?
この曲の影響で、ここで減速しちゃう人が多くなったらしくて今はフェンスが高くなってます(゚□゚)
ぁっ、今日はよろしく、楽しみましょうね。
by えーちゃん (2017-12-17 13:10) 

NO14Ruggerman

何とタイムリーな話題でしょう!
今ブログ会場に向かっています。
覚悟してください。ユーミン談義、止まりませんよ。笑
by NO14Ruggerman (2017-12-17 17:36) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

神秘主義と吉本ばなな、ですか。
確かにreincanationというタイトルはイミシンですね。

私もそんなに熱心なリスナーではありません。
その〈守ってあげたい〉の収録されている
《昨晩お会いしましょう》や、
その次のアルバム《PEARL PIERCE》、そして
《REINCANATION》《VOYAGER》あたりが
最も売れた時期だと思うんですが、
実は私はそのへんはよく知らないのです。
リアルタイムで聴いたのは《DA・DI・DA》あたりで
でもそのときは、ふ〜ん、という程度の印象で、その後、
だんだんと遡っていって既知曲を増やしていきました。

なるほど、切羽詰まった雰囲気。
サビのリズムが秀逸ですね。
音楽と歌詞との関係性が必ずしもマッチしていない、
というか、わざとそこに仕掛けをつくる、
というのが松任谷由実の特徴なのだと思います。

意識の流れという分類はすごく雑な認識であって、
つまりワールド・ミュージックというレッテルと同じで、
それ自身を正確に表していません。
ジョイスとウルフは違いますし、エリオットもまた異なります。
キャサリン・マンスフィールドは知りませんでした。
ニュージーランドの作家というのは珍しいですね。
チェックしてみたいと思います。

ブルトンに対する解釈は私の印象であり、
そうじゃない、という意見もきっとあると思います。
でも、こっくりさん的な潜在意識を利用する方法が、
緻密に構築する文章作法に勝てるわけがないと
私は思います。たとえば 「溶ける魚」 は、
決して自動記述ではないですね。

アスカの口癖として有名なのが 「あんたバカ?」 なので
そう書いたのですが、エヴァ自体を私はよく知りません。
コスプレのアイコンとしては有名ですが。
でも、エヴァの綾波、ポケモンのムサシ、コナンの灰原哀、
すべてを担当している林原めぐみの声には
共通したキャラクターを感じます。
by lequiche (2017-12-18 04:13) 

lequiche

>> majyo 様

そうなんですか。
心に響くなにかがその言葉のなかにあるのでしょうか。
確かにだんだんと無感動になっていくことは
誰にでも共通する問題なのではないかと思います。
「神は細部に宿る」 という表現がありますが、
良質な音楽にはいくつもの局面があり、
それを探し出せると新しい感動が生じます。
音楽自体は世の中に対して具体的には寄与しません。
その、寄与しない精神が私は好きです。
by lequiche (2017-12-18 04:13) 

lequiche

>> 青山実花様

〈遠い旅路〉や〈消灯飛行〉への思い入れ、
かなり具体的ですね。
私はそうしたパッショネイトな思いから、
すでに遠くなってしまいました。
記事にも引用した〈ハルジョオン・ヒメジョオン〉の
「越していった日から顔も忘れた」 心境です。
同曲の 「川向こうの町から 宵闇が来る」 のは
八王子の大和田橋あたりだというようなことを
聞いた記憶があります。

〈朝焼けが消える前に〉という曲は知りませんでした。
なるほど、共通するなにかがあるように感じます。
この曲は私の偏愛する大村憲司さんの編曲ですね。
by lequiche (2017-12-18 04:13) 

lequiche

>> えーちゃん様

そんなに有名になってしまったんですね。
「流星になったみたい」 に加速するんじゃないかと
思っていました。(^^)
昨日はありがとうございました。
by lequiche (2017-12-18 04:13) 

lequiche

>> NO14Ruggerman 様

〈真珠のピアス〉は性格の悪いオンナですよね。(^^;)
〈ハルジョオン・ヒメジョオン〉では
「わたしだけが変わり」 なのですが、
〈真珠のピアス〉では 「私はずっと変わらない」
んです。う〜む、なんと深い。(^^;;)
by lequiche (2017-12-18 04:18) 

きよたん

荒井由実時代がいいと周りの友人も言ってました。
アパートでひこうき雲を聞いたのが忘れられない


by きよたん (2017-12-18 15:44) 

ぼんぼちぼちぼち

あっしは正直いって、ユーミンはすごく苦手でやす。
てか、1970年代以降の音楽はすべて嗜好に合いやせん。
ともあれ昨日は最高に楽しかったでやす(◎o◎)b
by ぼんぼちぼちぼち (2017-12-18 22:14) 

lequiche

>> きよたん様

独身時代の頃のほうが翳りがあるからでしょうか。
でも、ホントにすぐ結婚してしまうんですから、
翳りというのは言葉のアヤかもしれないです。
西立川駅には〈雨のステイション〉の歌碑があり、
ユーミン・ファンにとっては巡礼地のひとつらしいです。
by lequiche (2017-12-19 15:12) 

lequiche

>> ぼんぼちぼちぼち様

ぼんぼちさんはきっとお嫌いでしょうねぇ〜。(^^)
私も彼女が最も売れていた頃には興味がなくて、
リアルタイムではほとんど知らないのですが、
遡って聴くと面白い部分があります。
つまり今流行しているものはパスする、
というのが昔からの家訓のような (わけないですが)。(^^;)
by lequiche (2017-12-19 15:12) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。