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ヴェルビエ・フェスティヴァルのユジャ・ワン [音楽]

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Yuja Wang

ヴェルビエ・フェスティヴァルは1993年から毎夏に開催されているスイスの音楽祭である。YouTubeでユジャ・ワンが出演した2016年の動画を見つけた。演奏曲目はクライスレリアーナとハンマークラヴィーア、その間にスカルボが挟まっている。
2016年7月27日に収録されたもので、セッション、ライヴのいずれもメディアでは発売されていない曲目である。

すべての曲目ともに非常に完成度が高いにもかかわらずメディア化されていないのは大変残念である。もっともこれらの曲目にかかわらず、コンサートで演奏されながらメディアになっていない演奏がユジャ・ワンの場合、多いように思える。つまりそれだけレパートリーが広いというふうに解釈することもできる。
DGにおける最近作は《The American Project》というタイトルのマイケル・ティルソン・トーマスとテディ・エイブラムスの作品を収録したアルバムだが、語弊があるかもしれないけれど、そういうのよりシューマンやベートーヴェンをリリースしてもらいたいと思ってしまうのは考え方が古いのだろうか。

この日の演奏のなかでもっとも優れているように感じたのは〈クライスレリアーナ〉である。私はどちらかというとシューマンは苦手というか、よくわからない面があった。以前、東京文化会館でマウリツィオ・ポリーニがシューマンを弾いたときも、すごいとは思うのだけれど曲そのものにノレなくて何となく不完全燃焼だった。メディアで出ているポリーニのシューマンも〈さすらい人幻想曲〉はまぁ良いとして〈交響的練習曲〉はわかりにくい。私の理解力が足りないだけなのかもしれないが。
しかし、すぐれた演奏にあたると今までわからないと信じ込んでいたもやもやしたヴェールのようなものがクリアになって突然理解できるということがよくあるのだが、このユジャ・ワンの演奏がまさにそれであった。シューマンの速い音の連なりのなかでの、ときとしてあやうい鋭さと、緩徐楽章との対比が美しい。解釈としてはアルゲリッチ的なのかもしれないが、私の印象としてはかなり違う。

ハンマークラヴィーアのほうは、やや前に前に突っ込んでしまうユジャ・ワン特有のリズム感が多少見られるけれど、この息づかいが私は嫌いではない。アリーナ・イブラギモヴァにも同様のツッコミがあるが、そうしたアプローチが私の感覚に合っているのだろうと思う。くっきりした対位法はメカニック過ぎるのかもしれないが、この構造感覚に惹かれる。終楽章のフーガは始まりは密かに、しかし爆発的に展開して行く。バッハの時代のフーガ解釈とは明らかに異なるし、そのアーティキュレーションこそがベートーヴェンの醍醐味なのだ。
ピアノは同じピアノであれば誰が弾いても同じ音が出るという認識は誤りであり、演奏者のタッチでソノリティは厳然と変化する。あまりにもそれにこだわり過ぎると、ミュージックでなくサウンドを聴いているのではないかという批難も聞くが、出てくる音に対するリスナーとしての好悪は存在すると思うのだ。ユジャの音は淀みがなくクリアであり私にとって信頼のできる音だと感じる。

どちらも長い曲なので、このヴェルビエ・フェスティヴァルのなかでお手軽にユジャ・ワンを聴くのならば、スカルボか、アンコールのトルコ行進曲がお勧めである。トルコ行進曲はユジャ・ワンのオハコで、モーツァルトが聴いたらたぶん殴られるのではないかとも思うが、もしかすると大笑いして一緒に連弾するかもしれない (映画《アマデウス》の影響が強過ぎるが)。
YouTube画面の下のコメント欄の 「Marshall Artz」 というコメントの 「続きを読む」 をクリックして広げると各曲各楽章のリンクが出てくる。


Yuja Wang/Berlin Recital (Deutsche Grammophon)
Berlin Recital (Live)




Yuja Wang/Sonatas & Etudes
(Deutsche Grammophon)
Sonatas & Etudes




Yuja Wang performs Schumann, Ravel and Beethoven
at Verbier Festival, Switzerland, July 27, 2016
https://www.youtube.com/watch?v=3q5aZeLdqgY
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コメント 17

kick_drive

おはようございます。動画の35分20秒付近、ピアノに
手が反射しているので指の動きが良くわかりますね。
尋常ではない早さです。ピアニストの指の動きはいつ見ても
信じられないです。厚底ヒールでペダルを操作しているのは
いかにも時代の違いなのかなと思いました。

by kick_drive (2023-05-21 08:02) 

バク・ハリー

こんにちは。(^.^)
Yuja Wang は、数年前に、厚底ピンヒールと露出の多い衣装で世界をお騒がせしていましたが、天才的なピアニストであることは間違い無いですね。
「Yuja Wang Chopin op 66」のキーワードで、YouTubeを探すと、子どものころ(8〜9歳くらい)の演奏動画が出てくるはずです。画質は良くないですが、さすがの演奏です。
by バク・ハリー (2023-05-21 16:32) 

末尾ルコ(アルベール)

動画を視聴してまず(凄い!)と、このひとことですましてもいいのですが、僭越ながら小さな感想のようなものを拙く綴らせていただきます。
そう言えばユジャ・ワンって小柄だということですね。とてもじゃないが小柄に見えない。ハイヒールを履いているということ以上に、彼女のカリスマ性が身体を大きく見せているのだなあという感じです。
そのファッションについて賛否あるらしいですけれど、わたしはユジャ・ワンのような服装、クラシック界にありだと思いますし、もちろん超一流がやるからこそというのはありますが、今後クラシックファンを開拓していくためには必要な行いであるとも思います。
女性クラシック奏者のドレス姿は一種の美しい様式ではあるけれど、現代の人はその姿だけで遠い存在に感じてしまうことしばしばでしょうから、外見において(え?こんな人もいるのか)というインパクトも戦略的に必要なのではと思います。
ユジャ・ワンの演奏力についてわたしには語るべき言葉がありませんが、驚くべきはその指の動きの美しさ。圧倒的な楽曲を圧倒的な奏者が演奏する場合、その動きさえ芸術そのものになってしまうのかと感じるほどの美と凄みがそこに存在しています。
そしてクラシック音楽と言えば日本ではどうしても日本では情緒的なメロディに人気が集まってしまいますが(そうした楽曲の素晴らしさはもちろんですが)、今回紹介くださった動画の如き楽曲の快楽も大きな魅惑であることをより多くの方に知っていただければとも感じました、 RUKO

by 末尾ルコ(アルベール) (2023-05-21 20:48) 

coco030705

こんばんは。
Yuja Wangの演奏、聴かせていただきました。とにかく、好きです!
初めて聴いたのですが、ドレスのセンスもいいしとっても魅力的な人ですね。演奏は、聴いて楽しい感じがするのです。たぶん天才的な才能のある人の一人でしょうね。すごいなぁ。
また色々聴きたいものです。ご紹介有難うございました。
by coco030705 (2023-05-21 23:59) 

lequiche

>> kick_drive 様

動画をご覧いただきありがとうございます。
指のスピードは相当に速いです。
これだけ速く弾けるピアニストはそんなにいないと思います。
ただ、単に弾き飛ばしているのでなく
音楽性が損なわれていないのがユジャ・ワンの特長です。
彼女の発言によればヒールがあるほうが
ペダルは踏みやすいのだそうです。
by lequiche (2023-05-22 04:07) 

lequiche

>> バク・ハリー様

確かにユジャ・ワンのファッションは
いままでのクラシック音楽の奏者の衣裳とは
かなり違いますね。(^^)
ただ、彼女に影響されたわけではないでしょうが
最近のクラシックやジャズの演奏の動画など観ていますと
露出の多いファッション (特に脚) の女性ピアニストを
かなり見かけます。

ユジャ・ワンの幼少期からの動画で
その才能が早くからあったことはよくわかりますが、
でもカーティス音楽院在学中までの演奏はそれなりで
それ以降からの進歩がとんでもないように感じます。
by lequiche (2023-05-22 04:08) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

身長は158cmとのことですが正確かどうかはわかりません。
ユジャ・ワンは一番最近では2016年に来日していますが
そのときもヴェルビエ・フェスと同様、クライスレリアーナと
ハンマークラヴィーアを弾いたのだそうです。
でもCDは出していないのです。

ユジャ・ワンのファッションについては色々言われますが
もともとクラシック音楽の演奏では
上半身 (つまり胸や腕) は露出することが多いですし、
ヴァイオリニストの中には長袖は絶対着ない、
なぜなら弾くとき袖が邪魔だから、という人もいます。
しかしクラシック・コンサートに於いて
いままで脚を出すことはほとんど無かったのですが、
脚を露出してはいけないというきまりはないわけで、
そのほうが精神的に良いのなら別に構わないと思います。
それにユジャ・ワンの場合、セクシーさというのは
あの衣裳からはほとんど感じません。
アスリートのユニフォームみたいなものだと思います。

ユジャ・ワンのピアニズムについては私もよくわかりませんが、
指があり得ない動きをしているということを感じます。
普通、ああいうふうに指は動かないよなぁと思うのですが、
といってトリッキーなことをしているわけではなくて
テクニックとしてはあくまで正統的です。
単なる才能だけでなくて緻密な練習の成果でしょうね。
打鍵の正確さだけでなく、その音質がすぐれていることもありますが
決して自己中心的でわがままなピアニストではなくて
他の演奏家の伴奏をしたときの彼女の融合性はすごいです。
by lequiche (2023-05-22 04:11) 

lequiche

>> coco030705 様

ユジャ・ワンはそのピアニズムの速度で超絶技巧とか言われますが
一番重要なのは速く弾くことではなくてその音楽性です。
彼女はどんなに速く弾いていても弾き飛ばさないので、
一音一音が確実に鳴らされていますがこれは驚異なのです。
そして、むしろ速度の遅い部分の演奏のときに
彼女の音楽的な真価が出るようにも思います。

ファッションはこの日の演奏では長いドレスですが、
超ミニスカートのボディコンのようなドレスを
好んで着ることが多いです。
でもそれはセクシーさを売り物にしているわけではなくて、
ただ単に自分が着たい服を着るのだ、というか
自分の好きな服を着たほうが自信を持って演奏ができる
というようなことを言っています。

同じヴェルビエ・フェスティヴァルの2022年の演奏では
超ミニのドレスを着ています。(下記リンク)
おそらくアンコール曲のごく短い演奏ですが、
フィリップ・グラスのエチュードで、
これは一見地味ですが、非常に難度の高い運指の曲です。

Yuja Wang/Glass: Etudes for Piano, Book I No.6
July 26, 2022 (Verbier Festival, Salle des Combins)
https://www.youtube.com/watch?v=uJsl1cJcC1w
by lequiche (2023-05-22 04:13) 

coco030705

lequiche さん、こんばんは。
Yuja Wang、すごくカッコいいですね。こんなに挑発的なドレスを着て演奏できるなんて、すごい!このEtudes for Pianoも、とてもいい曲ですね。演奏が難しそうですけれど。
ぜひ、コンサートに行ってみたいです。近々来日の予定はあるのでしょうか。本物に会ってみたいですね。
by coco030705 (2023-05-24 00:31) 

lequiche

>> coco030705 様

音楽にも自分のスタイルにも自信がなければ
こういう衣裳を着ることはできないと思います。
すごく厚底のハイヒールを履いていますが
たぶんクリスチャン・ルブタンです。

演奏のむずかしさでいうと
プロコフィエフのコンチェルト3番の動画があります。
ベルリン・フィルの宣伝用YouTubeで
曲のごく一部ですから3分間しかありませんが、
ピアニストにもオーケストラにも過大なテクニックが要求されます。
ペトレンコ指揮のベルリン・フィルという最高のオケをバックに
ユジャ・ワンは全然遜色のない弾き方をしています。
自分で弾くメロディを口ずさみながら弾いているのが分かります。
この難曲に対しても楽しそうですね。

Yuja Wang, Petrenko, Berliner Philharmoniker/
Prokofiev: Piano Concerto No.3
https://www.youtube.com/watch?v=JJ25kOkpCdc

ただ、ユジャ・ワンは自分が主役でなく
伴奏に回ったときでも非常に優れた演奏をするのです。
普通、このくらいの演奏家になると
「オレ様」 な人が多いのですが (女性だからオレじゃないですね)
彼女は非常に柔軟で謙虚で相手に合わせるのが上手いです。
まだ若い頃の演奏なので画質が悪いですが、
ジョシュア・ベルとのベートーヴェンのクロイツェル・ソナタ、
これは超有名曲のヴァイオリン・ソナタですが
もはや巨匠といってもよいベルにうまく合わせています。
2010年のヴェルビエ・フェスティヴァルで
このとき、ユジャ・ワンは23歳です。

Joshua Bell, Yuja Wang/
Beethoven: Violin Sonata No.9 《Kreutzer》
3rd movement
Verbier Festival, July 28, 2010
https://www.youtube.com/watch?v=8ktkmhJ8Fm8

今のところ、来日公演は無いようですが
もしコンサートが決まったら
チケットはすぐに売り切れになってしまいます。
by lequiche (2023-05-25 01:47) 

coco030705

こんばんは。
ユジャ・ワンの「Prokofiev: Piano Concerto No.3」すばらしいですね~~~☆ 顔の表情がすごく楽しそうで、こちらも楽しくなります。相変わらず、メチャクチャお洒落なドレスですね。最高!
by coco030705 (2023-05-25 23:02) 

coco030705

またお邪魔します。
Joshua Bell, Yuja Wang/Beethovenも聴いてみました。
すごい! ヴァイオリンの方も上手いのですが、ユジャ・ワンは余裕ありで楽しみながらの演奏という感じですね。ドレスも素敵、パリのオートクチュールコレクションを観てるみたいです。
コンサートのチケット、ぜひとも手に入れたいなぁって思います。
by coco030705 (2023-05-25 23:09) 

lequiche

>> coco030705 様

さらにリンクをお聴きいただきありがとうございます。
プロコフィエフのピアノ・コンチェルトは
(というよりプロコフィエフの作品はどんな曲でも)
難曲ばかりなのですがこれをこんなに楽しそうに弾くピアニストは
滅多にいません。
クロイツェルはヴァイオリンとピアノが比較的対等な曲で、
とてもスリリングな名曲ですが、まさに余裕で弾いていますよね。
ベルもこのようなピアノ伴奏でとても楽しそうです。

wikiに拠ればユジャ・ワンはエルヴェ・レジェの服が好き
とのことですが、エルヴェ・レジェはマックス・アズリアに
吸収されていて本人も亡くなっていますので、
ブランドが現在どうなっているのかはよくわかりません。
Vogueのサイトを見ても、一番最近のコレクションが
2020年のリゾートまでしか発見できませんでしたが、
こんなのです (下記リンク)。
左の「Look 1/19 → 」 の→をクリックするとスライドショーになり
19点の画像があります。
すでにレジェ本人のデザインではないと思いますが
その特質は維持されているような気がします。

Hervé Léger by Max Azria
https://www.vogue.com/fashion-shows/resort-2020/herve-leger/slideshow/collection#1

レジェはその後、エルヴェ・エル・ルルー (Hervé L. Leroux)
というブランドを創立しましたが、
その特徴がわかるリンクを発見できませんでした。
by lequiche (2023-05-28 15:09) 

coco030705

lequicheさんへ
こんばんは。ユジャ・ワンのドレスについて、色々教えていただき、ありがとうございます。エルヴェ・レジェの洋服、サイトで見せていただきました。すごくお洒落で、ユジャ・ワンが好む感じですね。
私も色々調べていただら、ユジャ・ワンがMICHAEL KORSのドレスを着て、クリスチャン・ルブタンの靴を履いている写真がありました。
色々なブランドの、自分が気に入った服を着ているのだと思います。
ユジャ・ワンの話で、母親はダンサーだったそうで、だから彼女もどんな服でも着こなせて、とにかくお洒落だ好きだとありました。
by coco030705 (2023-05-28 23:06) 

lequiche

>> coco030705 様

Vogueのリンクまでご覧いただきありがとうございます。
このような身体にぴったりした服は、いわゆるボディコンと言われますが、
かつて日本でもボディコン・ファッションの流行がありました。
しかし本来のボディ・コンシャスからすぐに
日本ローカルな作りに変質してやがて廃れました
(ディスコブームでジュリアナ東京とか言われていた頃です)。
ボディコンの創始者はアズディン・アライアですが、
アライアのその当時のボディコンは日本製ボディコンと似て非なるもので
いかに日本のファッション・シーンが自堕落であったかがわかります。
(いまでも東京ガールズ・コレクションとかありますが、
まぁ、ああいうのもそれなりに存在意義はあるとは思いますけれど)。

アライアはティエリー・ミュグレーの下で才能を伸ばしましたが、
常に古い伝統的なファッションをリスペクトしていました。
彼は2017年に亡くなりましたので、
現在のアライアのデザイナーはピーター・ミュリエですが、
よくアライアの伝統を引き継いでいると思います。

下記リンクはピーター・ミュリエ・デザインの2023年春の
アライアのファッションショー動画です。
約10分ほどですが、すぐれたコレクションだと思います。
音声がオフになっていますが、下右あたりにある音声アイコンを
クリックすれば音が出るようになります。
https://www.vogue.com/fashion-shows/spring-2023-ready-to-wear/azzedine-alaia
by lequiche (2023-05-31 00:58) 

coco030705

lequicheさんへ

アライアのファッションショー、みせていただきました。すごくきれいで楽しく拝見しました。モデルさん達のボディがドレスと一体化しているようで、とてもいいですね。セクシャルな感じはあまりしませんでした。素敵なものをみせていただき、有難うございました。
by coco030705 (2023-06-02 22:02) 

lequiche

>> coco030705 様

アライアのリンクまでご覧いただきありがとうございます。
そうなのです。セクシャルな感じがしません。
ユジャ・ワンから話題がそれているように思いますが、
この部分でつながっていて、つまりアライアもユジャ・ワンも
世間一般的にいわれるのセクシャルとはやや違う 「何か」
だと思うのです。
その 「何か」 が何なのかは表現しにくいのですけれど。
by lequiche (2023-06-04 02:48)